54話 仲間
「弟さんが死んでしまったんだね……お悔やみ申し上げるよ」
「心にもない言葉はいらない、つうか死んでくれて心が清々しいんでしょ?」
「当たり前だよ、ほんのちょっぴりしか交流はないけど実に鬱陶しかったかったよ」
当人の遺体の傍でする話じゃない、罰当たりかもしれないな。
氷の世界と化した平原には、もはや生命の鼓動は感じられない。すべてが止まった世界だ。
ついさっきまで人類の存亡をかけた戦争をやっていたはずだ、命の奪いあいが嘘のようになくなり、平等に消えていた。
「コイツに頼まれたんだ。もう一人……あの女の『パラーチ』の遺体を探してくれって。やるべきかな?」
「どうでもいいよ。戦争やってる場合じゃないし、好きにしたらいい」
人類だけが氷の被害を受けたわけではない。魔物の軍勢もまた壊滅的な被害を受けている。痛み分けというには些か度が過ぎるが、結果としてはそうだろう。
「ダーリアはどうするつもりなの? グアズ・シティに戻る?」
「戻って、マスター・ジェスに状況を伝えるよ」
人類としてやるべきこと。ダーリアがそんなことをするというのは、本性を知っている奴なら「似合わない」というだろう。
「マスター・ジェスに報告して、『魔狩り』の増援が来るの? それともグアズの軍?」
「そう……だと思うよ。なにかが変わるってこともないだろうけど」
「人の総数が減るでしょう」
現場にいたからわかる。いくら強力な増援がやって来ても、人間では到底太刀打ちできない怪物が存在する。もう人類は怪物にちょっかいをかけてしまった。このまま進めば滅びだ。
「魔界のお偉いさん方に、ジェスさんが土下座して謝って媚びへつらうってのをやってもらえばいいんじゃない?」
「それが人類の破滅回避になるわけ? ならないと思うよ」
言われなくても、わかってる。結果なんてもう変わらない。ダーリアも理解しているんだ。
ジェスさんへの報告なんて、ただ義務を果たすためだけに過ぎない。一応、印象を良くしておこうというダーリアの思惑。
もうグアズという国の運命は、滅亡で確定したも同然。もし滅びなかったならということでダーリアは印象操作を徹底しておくのだ。十中八九滅ぶだろうが、念のためらしい。
「魔物の侵攻が開始される前に、私は戦略的な撤退をさせてもらうよ」
攻撃でなく侵攻というのがミソ。あの氷を落としてきた怪物がいる限り、人類に勝ち目なし。魔界から襲来してくる魔物の数も含めて完全な詰みだ。
「逃げても……誰も文句は言わないし、言えないよね。こういうことになったなら」
「勝手にすればいいよ、死なないって気楽でいいよね」
そんなことはない。気を使うことが多いくらいだ。痛いのは不死でも逃げられないから、避けなくてはならない。痛みを忌避するのも一筋縄ではいかないのだ。
「……はぁ」
僕はため息をついた。そして空を見上げる。青空。僕が今いる地上とは真逆の色。同じ世界にあるにしては、あまりに相反している。
不条理だよなぁ。不死身になっても何も良いことがない。死なないっていうのは、安心じゃないって最近になってようやくわかった。
ふんわりと、頭の中を巡る思想。これからどうしようかと考えていたら、ふと思いついてしまった。
真の安心はきっと……僕一人じゃないと手に入らない、他人がいては安心できないということに。
簡単なことだ。僕は死なない。他人を必要としないんだ。僕は楽して生きることに捕らわれ過ぎていたかもしれないな。
楽をとるか安心をとるか。決まってる。
「……ここで今さら、人が死のうと誰も気にしないだろうなぁ」
僕のもとからをダーリアは歩いて離れていこうとしていた。
誰が死んでもおかしくない場所だった。そこらじゅうは血で染められ、死体は余っている。氷の下敷きになっている死体は勘定にいれない。
断っておく。良心の呵責とか、そういうのはくだらないと考えてる。その時の思いつきを大事にするには、心を葛藤させてる暇なんてない。行動に移さねばならないからだ。
僕はダーリアの背後から、思いっきり蹴りをかまそうとした。
「……なんのつもりか、聴いていいよね?」
あぁ、さすがはダーリア。あらゆることを想定しているって豪語するだけのことはある。
僕からの攻撃も当たり前に想定したことだろう。
僕たちは気を許した仲間じゃない。特にダーリアは僕を警戒して当然だ。僕の前で、無防備に背を向けるはずはない。迎撃、もしくは回避することができるから背を向けていたのだ。今までもずっとそうしてきたに違いない。お疲れ様だね。
「なーに、ちょっとしたじゃれあいさ。ちょっかいをかけたくなった。茶目っ気だよぉん」
「じゃれあいにしては、やけに殺気だってたよ。私の背骨をへし折る勢いだったし」
バレてたみたいだ。不意打ち失敗。成功してればもう終わったのに、残念だ。
「実に察しがいいね。羨ましい。君を心から尊敬してるよ。僕は君をお慕いしておりましたぁ……嬉しいかい?」
「私はいつだって、君が嫌いだ。殺してやりたいくらいにだよ」
ばっさりだな。
「フラれちゃった………これでもう人と会話するこはないってことになるかなぁ?」
そんなことを孤独だなんて思わない。思いたくない。他人といるなんて煩わしいし、安心できない。
ダーリアは僕を攻撃できない、そういう呪縛をかけてある。飼い主がペットをどうしようと勝手だ。
道具をぶっ壊すのも一興。どんな人間でも、破壊活動は快感なはず。僕だけじゃない。
僕は念のため装備していたナイフを手に、ダーリアに向かっていく。対魔物用のだけど結局使わなかった。
無抵抗で殺されてくれるなら、とてもありがたいことだが、ダーリアという人間に限ってそれはない。抵抗はしてくる。たとえ僕に攻撃できなくても。
「デヤァァ!」
ナイフをダーリアの胸に突き刺そうと、突撃。
しかし彼女は闘牛士のごとく華麗に避けた。
「そんなアホ丸出しなのに当たるわけないよ」
「僕を攻撃できないなら、こういう攻撃でも別に問題はないもんね」
いくら隙の多い攻撃をしようとも、反撃の恐れはない。一方的にぶちのめせるのだ。
「リムフィ君、私がいつまでも君の下にいると思わないことだよ」
「はぁ? 何言ってるの?」
「君の呪いを解くために、ミミカを出張させてるんだよ」
……馬鹿な。そんなことができるはずがない……と思いたいところだけど、解く方法はあるかもしれない。僕の能力は不死身であること以外は実に中途半端で、実用性がない。呪いだって、そうだろう。
「いやいやいや、ミミカの所在……知らないって言ってたじゃん……」
「嘘だよ。君に本当のことなんか教えない」




