51話 殺戮
実に悲しいことだ。戦争なんて馬鹿げた争いは今すぐやめるべきだと思う。
戦列は魔物が攻めてきたとたんに崩れ去り、乱戦となった。敵味方入り乱れているが同士討ちは起こらない。敵は明確に人間ではないのだから、編別は非常に用意だ。
魔物の軍勢は、ゴブリンが多数を占めている。ちらほらとオークだとか大型種が混じっているくらいだ。そのくらいなら戦列のままでも対応できた。しかし戦列を崩された。
上空、しかも遠距離からの攻撃があったのだ。その攻撃により、戦列を組み続けるのは危険となり『魔狩り』は乱戦に持ち込んだのだ。
『魔狩り』はパーティを組んで魔物を退治する。戦列を組んで規律に縛られて戦うよりも、パーティごとにまとまって、それぞれのチームワークで戦った方が効率がいい。
乱戦になったことは悲観すべきことではなかったのだ。
「ウォッ!?」
僕の頬を魔物が放ったのだろう尖った何かが掠める。
「危険過ぎるッ」
「逃げ腰ならせめて邪魔しないでよ。君に向かっては攻撃できないんだから」
乱戦になってくれたお陰で、僕は逃げに専念していた。ミミカからの希望をもう少しだけ待つためだ。乱戦になっていなかったら、僕は血だらけになっていただろう。そして回復するのを目撃されるという最悪の連鎖。
乱戦最高。誰が何をしているかはっきりとわからないという状況が素晴らしい。
素晴らしいけど、完璧じゃないから喜べない。最善じゃないんだ。
「どうしようもねぇぇぇなぁぁぁ! 僕いらないよねぇぇぇ!」
「騒いで価値をマイナスアピールしても無駄。戦場から逃げたら罰を受けることになるよ」
ダーリアは余裕綽々。この戦場にここまで死から遠いと感じさせる人間はいない。魔物からの攻撃を剣で逸らし、回避。身を翻して被弾を避ける。
器用に攻撃を避けながら乱戦のなかを生きていた。敵味方入り乱れているはずなのに、ダーリアは魔物しか目に入れていないようだった。味方のことを気にしていないからこそ、できる戦闘だ。
「罰といっても誰も個人なんか見ちゃいない、バレやしない!」
魔物からの爪による斬撃。僕は辛うじて避けることに成功。不死だとしても痛いのは嫌だ。
「私がバラすよ。敵前逃亡はブタ箱行き。君という驚異を排除するにはうってつけだよね」
「敵は味方か?」
口にしておいて思う。今更なことだった。
ダーリアは味方であっても仲間じゃない。友達じゃないんだから信用なんて危険。そういう簡単なこと、忘れがちなのが僕の欠点だ。
どんなに長く一緒にいることになっていても、この女はブッ飛んだ殺人鬼。人間の屑。人類の悪を一纏めにしたような邪なる存在。
「……ほら、ぼやぼやしない。動くんだよ」
「はい?」
直後、僕らの足元に暗い陰が出現。魔術とかそういう小難しいことではない、もっと単純明快。
上空に、落下してきた隕石と見紛うような大きさの岩。岩というよりも岩盤。
落ちてきた。ダーリアが動けって言ったのは、これに気がついたから。
潰されたくなければ動かなくては。
でも、こんなときに限って僕の足はすくむ。
助からない。正確には生きられるけど人間社会では生きていけなくなるかもしれない。
「今生の別れが突然くるとは、実にメルヘンだよリムフィ・ナチアルス」
ダーリアのそんな声がした気がする。
落下してくる岩盤から逃げ遅れた者は僕一人じゃない。一緒にいる3名は潰れる。僕は生き延びる。
僕だけが、生き続けられる。潰されても死なないから。
そして、時は訪れた。岩盤が地面に叩きつけられ、下にいる僕らが一瞬にして潰された。
まずい。潰された状態では肉体が再構築されても意味がない。潰されてるからちっとも動けない。
なるほど。これは今生の別れになりうる。僕の封印にダーリアは成功したというわけだ。偶然か謀ったのかは知らないけど。
「人。やることがす、べて遅かったのかもし、れない。魔物た、ちは『悪炎の王』の敵討ちに、燃えている。このグ、アズという国は守、れない」
岩盤の下敷きになりながらも、何故か外の様子は聴こえてきた。動けないから音だけが辛うじて聞こえてきている。
「君たちが、リムフィ君のお兄弟なんだ。そっくりだよ」
え、ダーリアそこにいるのか。僕が押し潰された瞬間に逃げたのかと思った。
戦場でのゴタゴタの末に、そこそこ良い感じに僕から自由を得たはずなのに。不思議とはそこらにあるらしい。
「幽、霊に言、われてこ、こに来た。それなのに飼い主は……」
「あらゆることを想定してるし、準備もしてるよ」
声しか聞こえてこない。ダーリアと『パラーチ』の男の方が話しているようだ、名前なんか忘れた。
「魔物は殺す。君たちも私の驚異になるならここで」
「待て待、て。私達は君の奴隷に頼まれてきた、んだ。味方だ人、類のな」
ミミカめ。姿は現さなくても仕事はしていたのか。これは上出来。
「戦争、は今すぐ終わらせ、ようか」
「そんなこと、できるの? リムフィ君の兄弟風情が?」
「『アドゥナー』とは出来が違、う。『ヴォースィミ』、出番だ」
実に頼もしい弟たちで本当によかったと思う。
ただ文句を言わせてもらうと、兄より優れた弟なんか欲しくない。そんでさっさとこの瓦礫をどけてくれ。音しか聞こえないから状況がつかみにくい。
「構うこ、とはない。幽霊に言われ、た人間だけは生かしておけばそ、れでいい。巻き込ん、で構わない、どうせ人間だから、な」
ザビュンッと地面が抉れる、音だけでなく振動としても伝わってきた。きっと、あの人形みたいな女の『パラーチ』だ。
「ミミカに言われた、殺しちゃいけない人間ってのは誰? 私にも確認させてよ」
「魔術研究所に関わっていたこ、とのある『魔狩り』だ。ダーリア・モンド、君の名、は入っていない。巻き込、まれないように注、意することだ」
きっと僕が聞こえていないから、見えていないから。僕の中で戦争っぽさが薄れてきたのかもしれない。どこか別の場所でラジオでも聴いているような感じだ。無関心とまではいかなくとも、薄れて入る。ただ「そうなんだ、へー」って流してしまいそうだ。
「『アドゥナー』はそ、こにいるのだったか、な?」
『パラーチ』--思い出した、『ジェーヴィチ』とかいう名前だった--が僕の身体を押し潰していた岩盤をどかした。
ビックリするくらいにあっさりと。1トンはくだらない重さの物を持ち上げて捨てたのだ。
妹が駿足なら弟は怪力らしい。この異常性に加えて、かなり不死に近いというならば、確かに僕は『失敗作』と言わざるを得ない。
「久しぶり、兄、さん」
岩盤に潰されていた僕の肉体は、岩盤がどかされた瞬間に元通りになった。
元気一杯だが、立つということがとても億劫。立ってしまえば、同じ視線に忌むべき弟がいる。それだけではなく殺人鬼までいるのだから、不快極まる。
だが物理的に見下されっぱなしなのは癪。なので僕は、僕を兄と呼ぶ肉塊と肩を並べた。
「戦争はどういう状況……?」
別に、聞くまでもなかった。聞くよりみたほうが早い。というかこの状況について聞きたいことなんてない。有益であっても、絶対に詳しいことなんて聞きたくない。
『ヴォースィミ』という金髪美女が、血の雨を体に受けながら、人も魔物も区別なく殺戮していたのだ。紛れもない虐殺であった。




