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48話 正常と

 逃げる。逃避行。戦争なんか嫌だから逃げちまおう。『魔狩り』としての責任なんて知らない。そんな責任を負うくらいならやめてやる。


「具体的にどう逃げればいいんだ、いつまでに逃げればいいのかもわからん!」


「問題に直面するのが速すぎるよ……」


 そりゃ何も考えちゃいないからね。考えるのは僕の役目じゃない。


「ほらダーリアさんや、考えておくれよ」


「一応言うけど、手助けはするけど私はこの街から離れないから。そこだけは譲れないよ」


 世間体を気にするダーリアにとって、そこまでしか譲歩できないらしい。まぁ、それだけ手伝ってもらえれば充分。僕はその条件を承知した。残りたいなら勝手に残ってくれていい。


「そろそろ休憩時間も終わりだけど、リムフィ君も集会に参加するの?」


「参加しないと逃げ出す予定が立てられないからね。まったく行きたくないけど行かざるを得ない状況なんだよなぁ」


 あとでダーリアから話を聴くというのもありだが、こういう大事なことは自分で聴いておきたい。僕の身の安全がかかっているのだから、なおさら。


 食堂を出て、ダーリアと2人並んで歩き始めてすぐのこと。


「リムフィ、ちょっとお話があるの……いい?」


 上空からミミカの声が降ってきた。そういえば研究所で別れてから声を聴いてなかった。


「やぁ、奴隷。主に黙って勝手にしてた罰はいつ受けたいか聴いておくよ?」


 僕が返答するよりも先にダーリアが割り込んできた。


「……ダーリアにも耳よりな情報かもしれないの」


「ほう? 逃げの口実にしては少し苦しいと思うよ?」


「聴いてみればわかるの」


「私にも聴けと? ごめんね、これから大事な集会があるんだ。遅れていくのは印象が良くなくなってしまうから。とりあえず懲罰の日取りだけ決めておこうよ」


 この2人が仲良くなる日は未来永劫やってこないだろうなって、再確認できた。お互いに喧嘩腰で会話してるんだもの。僕たちの結んでいる主従関係の歪さがここに如実に表れている。


 このまま2人のやり取りを聴いていても時間の無駄なことは明白であるため、僕はミミカのほうの味方をすることに。


「まぁまぁ、その罰についてはおいおい話すとしてさ。ダーリア、僕のことはうまいこと誤魔化しておいて。腹が痛くて便所に籠ってるとかでもこの際構わないから」


「それは愉快だから引き受けるよ。2人で話し込むといい。下痢ピー野郎の称号が待ってるから」


 自分で言っておいてなんだが、すごく嫌だ。

 誤魔化し方を変更させてもらおうにも、ダーリアはさっさと『本部』へ走って行ってしまった。僕が不幸になることにはとても積極的で腹立たしい。


「邪魔物は消えたけど、ここだと2人で話すには少し人が多いの、リムフィが変なやつ扱いされるのは構わないけど」


 さっきまではダーリアがいて、僕と話しているような感じに見えなくもなかった。むしろ堂々と話すことで誤魔化せていた。


 ここで姿が薄れてる少女と話すのは抵抗がある。いつだって目撃されては不味い存在。


 さっさと移動する。グアズ・シティは表通りが栄えているぶん、比例しているように裏もある。その裏とされる場所なら人は少ないはずだ。


 ということで僕は懐かしくも感じない路地裏へと踏み込んでいく。


 誰もいないことを確認。そして来ないようにしっかり注意して見張りつつミミカと対峙する。


「昨日の研究所でみた資料のなかに、報告書があった。悪炎の王はすでにマギノ山から復活している」


 路地裏というのは社会からあぶれたならず者やチンピラなどが人生を無駄に浪費する空間でしかない。

 そんな日の当たるところに住む僕には、衝撃が強い。開口一番それを報告するとは、立派な社会人みたい。

 幽霊のくせにそんなことができても、もう遅い。でもできるということはミミカはかなり有能なのだろう。さすがは元研究員。


「悪炎の王って、あの山で氷漬けにした青色に炎をバァーって噴射する女の子だよね?」


「そう、それが悪炎の王なの」


「 それがどうしたの? 僕には何の関係もない」


「悪炎の王が魔界から軍勢を呼び寄せたって可能性があるの。ヤツの目的は、人類の観測なの。観測をし終えたんだったら人類の世界に攻撃を仕掛けってなるのが普通なの」


「だから、僕に関係ないじゃないか」


「悪炎の王はマギノ山から出てきてからずっと監視されていた。きっと監視してたのは、国立魔術研究所のジンバルド・スタンフォッドなの」


 その名前だけは関係がないとは言えない。

 随分と世話になった名前。忘れたくない最悪の名前。


「ジンバルドは悪炎の王の驚異を取り除くべく、パラーチの調整に入ったみたいなの。それで途中で行き詰まったから、君をとてもアホだけど察知能力が高めな『パラーチ・ビャーチ』に探させにいった。たぶんグアズ・シティにいた魔物ってのはその『パラーチ・ビャーチ』なの」


「だからなんだよ」


 壁にもたれ掛かって、僕は雲が出始めた薄暗い空を見上げる。

 僕が爆殺したアイツも兄妹分だろうとも、くよくよしたりしない。殺そうとしてきた相手のことなんてどうでもいいのだ。


「あの依頼はリムフィを探すためのものだったみたいなの。依頼主のグアズ・シティの市長だって研究所に頼ってたし、ジンバルドが飼い慣らしてるも当然だったみたいなの」


 今更それを知って、何になるという気持ちしか出てこない。

 僕に今必要な情報じゃない。


「『パラーチ』は魔物だけでなく各王に対抗するために造られた。リムフィも、あの2人組も」


 ……魔物や王に対抗するために造られた?


 ちょっと待てよ、必要な情報じゃないというのは撤回しようと思う。こうすれば簡単に逃げられる、うまくいけば火事場泥棒まで狙える。


「『パラーチ』どもと、魔物と、人間軍。3つどもえなら戦場はぐちゃぐちゃになってくれる」


 そう、そうだ。その通り。

 あの2人はこの戦から僕が逃げ出すための鍵になるかもしれない。


「ミミカ、頼みがある。どんな手段でもいいから『パラーチ』を探しだしてくれ。あの『ヴォースィミ』と『ジェーヴィチ』を優先で」


「いいよ、なんて言うわけないの」


 そりゃそうだろうな。アイツらと会ったときのミミカの様子を思い出すに、きっと関わりたくはないのだろう。

 だが、ミミカの性格はなんとなく把握しているつもりだ。矛盾に満ちた、妙に人間っぽさを残している幽霊だということを。


「『パラーチ』に興味津々じゃなかったのかい?」


「それはそうだけど」


「怖いか幽霊ちゃん? アンタにとっては、ただの実験動物なはずなのに」


 モルモットを怖がる人なんて滅多にいない。実験動物に恐怖心も好意も持ち合わせないのが普通なはずだ。


「……怖くないの、不気味なのが嫌なだけなの」


「それを怖がってるって言うんだよアホめ。悪人を気取るなら恐怖心なんか持つなよな」


「悪人じゃない」


「だよね、アンタは僕らと一緒にいるくせに正常な範囲だよね」


 ミミカの説得なんて簡単。ダーリアのほうが面倒くさいくらいだ。




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