46話 魔界の門
グアズ・シティに戻ってこれたのは深夜になってからだった。すぐに、見かけた安い宿屋に駆け込んでぐっすり寝込んだ。僕の人生の転換の日であったとしても、睡眠だけは欠かさないようにしたかった。
しかし、一睡もできなかった。目が冴えきった状態で朝を迎えた。
宿に金を払って外に出たはいいものの、『魔狩り連盟本部』に行く気にもなれずブラブラとほっつき歩くだけ。『魔狩り』の仕事なんてする気分じゃない。
早朝の街は、いつもより静かに感じられた。さすがに皆、朝っぱらから活気づいていられないらしく、商人だけがやたらと元気だった。朝から元気いっぱいに仕事とは、お疲れ様です。その元気とやる気を少し分けていただきたい。
「奇遇だね、リムフィ・ナチアルス君」
人通りの少ない商店街で、僕はダーリア・モンドと出会う羽目になった。昨日が濃密過ぎてすごく久しぶりに感じた。
「果たして奇遇なのか、僕には知る術がないけどさ……探してた?」
「私の奴隷がしばらく見当たらなかったから、それを聴こうと思ってたんだよ。まぁ、それだけなわけがないけど」
ダーリアの言葉の中には小さな怒りが潜んでいるように思えた。後半の口調が気持ち強めなのが、僕の心に小さなプレッシャーをかけてくる。
「とりあえず、『魔狩り連盟本部』に行こうよ。積もりそうな話だから座って聞くよ」
「ミミカのこと、急ぎじゃなくていいの? 近くに侍らせておかなくて怖くないの?」
「あんな生霊だか死霊だかどっちつかずの脳ミソ爆発女なんて、いつも近くに置いておきたくないの。必要な時には呼び出すだけの関係で充分」
ミミカは僕への抑止力のはずなのに、ダーリアのミミカに対する扱いの雑さよ。抑止力となる物はもっと丁重に慎重に扱ってやるべきだ。核ミサイルのように、抑止力を脅し合いに使うために。
「……ミミカは昨日僕と一緒に、研究所に行った。そんで少し僕の用事を手伝ってもらったから、対価として研究所の資料を眺めてるんじゃないかな?」
「そんなのどうでもいいよ。ミミカなんて、少し私が念じればすぐに戻ってくる。眷属化の魔術なんだからそういう効果もちゃんとあるよ。飼い主の言うことは絶対だよ」
本来の眷属は確かにこういうことなのだろう。眷属を便利な小間使いにできる。なんと魅力的な魔術なのだろう。魔物にしか使えないにしても、魔物使いとか憧れないわけがない。カッコいいに決まってる。
「あ、そうだ。昨日のゴタゴタで君に会う機会がなかったから報告を忘れてたけど、あのグアズ・シティの魔物駆除の依頼は達成されたことになったよ。君の自爆に巻き込まれたヤツが標的だったみたいだよ」
そういえば、彼も『パラーチ』のはず。あの男は何故グアズ・シティにいたのだろう。僕と同じで脱走してきたのだろうか。その割には、何も知らなそうな口ぶりだった。僕のことも知らないようだったし。
というか、その謎の存在はすでに爆発で死んでいるので、解明してもきっとスッキリとした気分になれないだろう。
同族殺し。ある意味では弟を爆死させた。そんな罪を背負う気もなければ償うつもりもない。僕は何も悪いことはしていない。
元は人間だったとしても、すでに改造を施された異常な生物。そんなのを人間となんか呼びたくないし認めたくもない。
僕は気持ちの悪い不快害虫の駆除をしただけで、人なんて殺してない。だからそのもそも罪すらない。潔白も潔白。罪とは無縁の男。害虫駆除で動物愛護団体は動かない。
「……待った、『本部』はダメだ」
歩いている途中で重要なことを思い出した。僕が『魔狩り連盟本部』に行くのはマズい。ジェスさんは僕が研究所にいると思っているはずだ。見つかれば疑われるのは必至。
「昨日の研究所のことならもう事件になってるから、マスター・ジェスに会っても心配してくれるだけだよ、たぶんあのジジイなら疑われないよ。ジンバルド・スタンフォッドの乱心って憲兵が発表してた」
研究員の誰かがグアズ・シティに逃げてきて、それで憲兵に保護されたそうだ。その保護されるまでに人々に目撃されて、奇妙な噂になってしまったので憲兵が事実を発表したということらしい。
血だらけなはずの研究員を保護した理由を明らかにせねば、住民がきっと突飛な噂を立てるに違いない。それを防ぐべく先手をうったのだろう。
「それならいいんだけど……それでも『魔狩り連盟本部』にゃ行きたくない……」
疑われないならいい。そのニュースだと僕も被害者の一員ということでチヤホヤしてもらえるだろう。しかし万が一と言うこともある。僕のことを疑うようなヤツがいないとも限らない。
すごく可能性は低いのかもしれないが、用心に越したことはない。たった一人でも僕を疑えば、他者にも疑われる。疑惑は伝染するのだ。
「ねぇダーリア……そこらへんのベンチでもゆっくりと話はできるでしょ。飲み物奢ってあげるから『本部』だけは勘弁して」
まるでナンパのような文句で、ダーリアにそう提案したその時だった。
突如として、グアズ・シティ全域に聞こえるくらいの、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。警報のような、人を不安にさせる音だった。
「なッ何、何?」
「『魔狩り連盟本部』からの非常招集の合図だよ。グアズ・シティにいる『魔狩り』は全員、可能な限り『本部』に集合っていう命令だよ」
「だったら街を離れよう!」
「この鐘が鳴った時点で、グアズ・シティにある各関所はほとんど通行止め状態になるんだよ。旅をしてる行商人ですらも、通行に手間取るくらいになるよ」
街にいる『魔狩り』は逃がさないってことか。
「この鐘の音が鳴ったなら緊急事態ってことだよ。『魔狩り』としては、めんどうでも必ず行かなきゃいけない決まりになってる。行くよ」
「えー……」
「行かないと、あとで『魔狩り連盟』から処分を受けるし、罰金もあるそうだよ」
「わかった、いくよ」
処分はどうでもいいが、罰金はすごくお断り。
しぶしぶ僕も行くことに。走るダーリアの背を追って、『魔狩り連盟本部』へと向かった。
『魔狩り連盟本部』。その建物の中には今まで見たことがないくらいに人でいっぱいだった。街にいる『魔狩り』が全員集合しているから、約50人近くの猛者たちが集まっているそうだ。
ダーリアはいつも通りにしていたが、僕は圧倒されていた。男性はどいつもこいつも筋骨隆々。細いのはたまにいるが、筋肉はどうみてもついている。女性も、ダーリアのような戦士の風格をお持ちの方ばかりだ。
「皆さま、お静かに願います。マスター・ジェスから今回の件についてのお話があります」
施設内によく通る声。ざわめいていた『魔狩り』たちが一斉に黙り込んだ。
司会進行役はレーア・フラストリさんらしい。見知った顔がああいう公の場にいるというのは、こういう場面でなければなんとなく誇らしくなるだろう。
依頼書が貼られている掲示板の前に、ジェスさんが歩いてくる。ジェスさんの動きに、僕たち『魔狩り』はジェスさんに注目した。
「皆、集まってもらった理由は他でもない。大変なことが起きた。先刻、グアズ・シティ近郊の村……ズアリの村が魔物によって壊滅した」
ジェスさんの発言に、施設内の『魔狩り』は再びざわめきだす。ズアリの村といえば、僕とダーリアで魔物を退治しに行ったことがある。確かデカい猫を狩りに行ったところだ。
『魔狩り』として初仕事だったから覚えている。
「ズアリ村の魔物は我々が駆除してきた。魔物の数は少なかったはずだとお思いだろう。ズアリ村からの鳥には、緊急事態の手紙が付けられていた。その内容は……『魔界の門が開いた』と。魔界の悪が、現世に攻め込んできたのだ」
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