44話 8・9との邂逅
魔術研究所内部は、血に溢れていた。灰色だった床と天井、透明なはずの窓ガラス、至る所が赤色に変わっている。
そしてあちこちに横たわっているのは、すべてが死体。まともな遺体ならギリギリ頭部がくっついている。顔の判別はできないくらいにぐちゃぐちゃだろうが、首で胴体と繋がっているならマシかもしれない。酷いものだと首から上がなかったりする。眼球とかが死体の周りに転がっているのだから、顔と呼べるものはもうどこを探しても存在しないだろう。あるのは肉片だけだ。
研究所内では殺人があったばかり。死体というのは特有の臭いがあるらしいが、こんなにすぐ臭ってくるとは思いもしなかった。すごく臭い。10秒と室内にいたくなかった。
「おえっ……気分悪ッ……はぁ……そんで何人中何人殺したの?」
「吐きそうなら、別のとこいって吐いて欲しいの。個人的には血よりもゲロのほうが気色悪いの」
僕は無事に逃げ出した職員たちに紛れて外に出ていた。他の職員とは離れて、腰を落とし休んでいる。
他の職員は停車してあった多くの馬車で逃げていったのだろう。
ミミカは僕よりも少し遅れて研究所から出てきた。誰もいなくなったことを良いことに研究資料を盗み見ていたらしい。
「姿を消すことができるんだからいつでも見に行けばいいのに」と言ってみたら「エレガントじゃないし、他の人間がいるところじゃ集中して見れないの」と返された。他者がいると集中できないという気持ちはわかるけど、幽霊もそういう感性があるとは。
「大丈夫……吐きはしないから、質問に答えて」
「研究所の職員は、私がいたころは100名くらい。今も多分そのくらい。で、殺したのは標的を含めて30人くらいなの」
「だいぶ殺しちゃったかな」
「研究員全員が、魔術に関するスペシャリストなの。グアズの頭脳と呼んでも差し支えない連中を30人も殺したの。うわー……殺人罪だけでなく国家反逆罪も加わりそうなの」
「その罪はぜーんぶジンバルド・スタンフォッドのだし。僕は被害者だし」
研究所内で倒れているであろうジンバルドには感謝すべきか?
……しなくていいや、こんなことになったのもあのオッサンのせいだし。
「こんな……ところに、いたのか。真犯人、さんは」
ミミカの声ではない。もちろん僕がこんなことを言うはずはなく。まぎれもなく第三者の声。しかも真相を知っているかのような口ぶり。
声のした方向に、僕は立ち上がって振り向いた。
声の主は、僕と同じような金色の髪をした男……年齢は僕と同じくらい、顔立ちが整っていて羨ましい。クールな印象を与える優男だった。
そしてその優男の足元には、何故か女性の千切れた肉体があった。
意味不明過ぎて、度が過ぎた不気味だ。
「ん……何、気にしな、いでくれていい。誰にも、真実を明か、すつもりは、ないから」
見ず知らずの、異常事態を引き連れたような男を、あっさりと信用する人間などいない。
僕を知っている人間を殺す、そしてこの計画を知っている人間ももれなく殺す。この殺戮の全てを知っているのは僕とミミカだけでいい。
「ミミカ、やっちゃえ」
「わかったの」
宙にフワフワと浮いているミミカに指示を飛ばす。当たり前に攻撃の指示。魔術で一気に殺してしまおう。
「『扉を 解放する……』」
「おい、起きろ『ヴォースィミ』……」
ミミカの詠唱に紛れて、優男の声がちょっぴりと聞こえた。誰かに話しかけているような感じだったが、誰に話しかけてるのかわからない。
一瞬、僕は考えた。その一瞬はとても短かったはず。ちょっと悩んで、まぁいいやって思ったんだから。
たぶんその一瞬だったんだと思うけど。
僕はいつ殴られたのか、わからなかった。殴られたみたいな感触だけがあった。実感はあるが経験していないのだ。
「がはッ……!?」
顎が血まみれ。頬骨が外にはみ出ている。
ただボコッと殴られただけでここまで酷いことになるはずはない。そもそも殴られたっていう事実が受け入れられない。
「リムフィ!?」
ミミカは詠唱を中断してしまった。僕の身に起きたことが、訳が分からなかったからだろう。
「いやに好戦、的だね。『アドゥナー』は、こんなに怖いの、か」
「ががッ……おはッ……お前ッ!?」
顎が砕けて骨が露出しようと、僕の身体は問題なく元通り。喋っている間に戻ってくれた。
「何者なんだよ! 魔術か今の!?」
「私は、『ジェーヴィチ』。こっちの女は、『ヴォースィミ』と、呼ばれてた。まだ君のように、名前が……ないから。これが、自己紹介になる」
この優男の名前が『ジェーヴィチ』なのはわかった。しかし『ヴォースィミ』って女はどこにいる?
千切れた死体みたいなのことかと思って、『ジェーヴィチ』の足元をみる。
何故か、影も形もなかった。
「違う、よ『アドゥナー』。君の、後ろにいるだ、ろ?」
そんな馬鹿な。このあたりにはもう人なんかいないはずだ。研究所職員はみんな逃げ出したんだから。僕とミミカと『ジェーヴィチ』以外には誰もいないはず。
「ユーは……!?」
ミミカの驚嘆。とても演技派のドッキリだと信じたかったが、ミミカがこの『ジェーヴィチ』のノリに付き合っているとは思えない。
僕はゆっくりと後ろをみた。
そこには、女が一人。ぼけーっと空をみて立っていた。
僕と同じような……『ジェーヴィチ』と同じような金髪。空をぼんやりとみているのだからマヌケ面をしてるのだろうが、そう思えないくらいに顔立ちが整っている。マヌケ面でも絵になる美人とは恐れ入る。
いつからそこにいたのかわからないけど、彼女がたぶん『ヴォースィミ』なのだろう。
「正当防衛だってこ、とは認めてもらいたい。攻撃され、そうになったん、だから。僕はただ話しかけただ、けなのに。ひどいことをす、るな」
正当防衛? これは絶対に過剰防衛だ。
この不気味極まりない二人に、さすがのミミカもほんのりとビビってるようだ。悪炎の王と一戦交えたんだから、このくらいの異常事態にはビビらないでいただきたい。僕もビビっちゃうから。
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