42話 工作
この世界には回復魔術なるものは存在しない。死者を蘇生させる魔術ももちろんない。治療は医学によってのみ施される。
だから痛み止めになる薬草や、麻酔薬。そういうのが流通している。ダーリアも持ち歩いているし、僕のポーチの中にも一応入っている。
何故、回復魔術が存在しないのか。ダーリアに聞いたことがある。
禁忌だから。と、やけにシンプルな答えが返ってきたので、仕方ないから僕なりに調べた。
魔術は戦争・闘争の学問であり、ある意味では武術の一部。しかし万能すぎるが故に、人類の進歩を阻害する。魔術に頼り、それ以外の学問を蔑ろにする可能性がある。
そんな理由があるから、戦闘目的以外の魔術の開発は、古来より禁忌とされているらしい。回復魔術も、医学の進歩を遅らせるから禁忌なのだ。
閑話休題。
初めてミミカと出会った時に、ミミカが利用していた死体ども。その魔術をジンバルドの死体に使ってもらうところ。
僕の作戦ではジンバルドの死体は必要不可欠。動いてもらわねば魔術研究所から狙われてしまうのだ。この件の責任を全てジンバルドに擦り付けるため、この魔術は必須。理由はさておいて、ミミカが来てくれて本当に助かった。
「……『扉 解放する 征服されるために 受け継がれた 血の繋がり 敗北者よ 我の 独裁を受け仕えよ』」
やはり死体を操る例の術は結構、難しい術なのだろう。いつもの攻撃の魔術よりも詠唱が長めだ。
ミミカの詠唱が終わると同時に、ジンバルドの死体が紫色に淡く光る。すぐ消えてしまったけど、たかが死体の魅せる光にしてはやけに綺麗だと思った。
「これで完了なの。立ち上がって、ほら」
脚は修復不可能なほどにぐちゃぐちゃなのに、腕も使うことはできないはずなのに、ジンバルドは立ち上がった。瞳は白く、口も半開き。生気とやらは感じられない。
マリオネットのように強引に操られているような動き方をしている。
「その魔術ってさ、絶対に違法だよね」
「何をいまさら。死体を操る魔術が違法でなかったら、この国はとっくに滅びてるの。がっつり禁忌にも触れてるし。開発しておいてなんだけど強すぎなの」
そしてミミカは少し考えるような素振りを見せてから、「殺人鬼を仲間にしている人間が違法とか抜かすの?」と言ってくれた。仰る通り。
「そのジンバルドさ、喋らせることはできる? 喉は潰してないはずだけど」
「ミミカがこの死体の中に入って、身体の中を操作すれば大丈夫なの。でも絶対にやりたくなんかないの。こんなジジイの身体の中とか、絶対不健康な内臓とかしてるの」
この世界にも一応、タバコとか薬物は存在する。医学が発展しているのだから当たり前にある。不健康になろうと思えば、僕のいた世界よりも簡単になることができる。グアズ王国では違法とされている薬物がまだ少ないのだ。
「まさか、仮にも魔術研究所の所長……だっけ? とにかく職員の鏡となる御人なんだから、そんな不健康な生活は送ってないでしょ」
「……でも嫌、そもそもこの男は生理的に嫌い」
それを言ったらもう僕は何も言えなくなるじゃないか……。生理的に受け付けないと言われてしまえばどんな理論も通らなくなる。
「頼むよミミカ、魔術研究所にいるはずの……僕を知っている奴らを皆殺しにしないと僕の身が危険なんだ。また今回みたいなことになる。繰り返すのは嫌だ。ミミカは、僕の身を魔術研究所に取られてもいいの?」
「それは嫌なの、だけどさぁ……」
僕はダーリアには命令をすることが可能だが、ダーリアの道具扱いであるミミカに直接命令をすることはできない。(ダーリアがミミカの所有権を僕に譲れば可能らしい)
ミミカの弱みを握っていないから脅迫もできない。お願いするしかないのだ。
「……わかったの。こっちとしてもリムフィを取られるのは本意じゃないの」
すごく仲間思いに聞こえるセリフだけど、そんなことは微塵もあり得ない。僕もミミカも己の欲望のためだけに動くのだ。偶然、共闘が成立したにすぎない。だがダーリアよりも誘いやすいかな。
「でも、このジンバルドの状態で魔術研究所に乗り込むのは、怪しまれると思うの。額は割れてるし。ズボンは血だらけでしかも破れてる、コートまでも血塗られてる状態じゃあ……誰がどう見ても異常事態なの」
確かに。魔術研究所の所長たるジンバルドが身体ボロボロの血まみれでいたら、さすがに怪しまれる。間違いなく僕の目的の妨げになる。
「あー……足りない部分は、適当に泥でも詰めて肉付けしよう。血は、その辺の水たまりとかで落としてさ。誤魔化せるんじゃない?」
「額はどうするの?」
「布でも巻いて、怪我したってことにしよう。軽い怪我って演出に……」
「ずいぶんと適当なの、行き当たりばったりも甚だしい」
ああそうだよ。ぶっちゃけ何も考えずにジンバルドを殺してしまったよ。後悔しているところだから、そういうことを言って追い討ちをかけないでもらいたい。
人を殺す時くらいは感情的になっていいと思う。無感情に人を殺せるほど、僕は殺人を犯していない。
上のスーツのような服は血に濡れていただけなので交換せず、適当につばとかで血を落とせるだけ落とす。歩いている途中で水でもあればもっと綺麗にするつもりだ。
問題は下、ズボンのほう。修復は不可能なほどにズタズタ。仕方がないから脱がせて御者の綺麗なズボンを着ていただくことにした。御者の服は上だけが血だらけで下は何とか綺麗なままだったから幸運。
服を着れば身体の輪郭なんてぼやけるが、それでも誤魔化しきれないところに土を詰め込んで違和感をなくした、つもり。
「わざわざ額を布で巻かなくても、この御者の帽子を深く被せれば隠せるの」
ミミカ、ナイスアイデア。御者の頭から帽子を取り、ジンバルドの死体に被せる。確かに、思い切り深く被せれば額はみえない。
「よし、装飾はこれくらいでいいでしょ。ここから研究所までどのくらい歩けばいい?」
「30分くらい歩けば着くの。池もあるからそこで血を落とせば問題ないかもなの」
そんなに歩くのしんどい。馬車を壊さなければ馬を操って向かうところだが、ミミカが壊してしまった。助けてくれた身だからあまり文句は言いたくないが、さすがにやり過ぎだと思う。
そんなことを思いながら、僕は魔術研究所へと歩みを進める。ミミカはジンバルドの身体を動かし、僕の後を追う。まるで生まれたての小鹿のような歩き方だ。
到着するまでには普通に歩かせることはできる、とミミカが言うので、僕は何も言わなかった。僕が文句を言っても仕方のないことだからだ。
僕をこんな風にした場所になど行きたくない。しかしここで行かねば、僕は永遠に狙われ続ける。それが嫌だから我慢して行くのだ。
30分後、魔術研究所の玄関に到着。もう空は赤く染まりだしている。
研究所という建物は白一色。清潔感が溢れた立派な建物だった。1階建てだが結構広めっぽい。学校の体育館を思い出させる形をしている。
入り口近くには馬小屋があり、馬車も多く停車していた。移動用だろう。
ジンバルドの死体に腕を掴まれ、連行されているようなフリをしながら、施設へ堂々と入った。
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