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38話 助け船

 爆弾のサイズは手投げ弾くらいだった。それなのに、周辺の建物にまで爆発の被害があるらしい。相当良い火薬をしこたま詰め込んでいたのだろう。


 爆心地そのものだった僕の再生方法。地面からスライムみたいなヌメヌメが、人の形に変形。そして肌色になっていき、最後に髪や眼などを創り上げ、人間の身体になっていく。


 ゼロから再生だと時間がかかる。爆発の影響でこの辺には住民はいないようだから、再生の瞬間は目撃されていないはずだ。


 爆発の規模を侮っていた。見回してみると、周辺のレンガ造りの建物が焦げ付いていたり、少しだけ壊れていたりした。

 これは損害賠償されること間違いなし。もしも人的被害があったとしたら、僕は牢獄行きだ。


 さっさと逃げねば。


「ふざ、けん……なクソ」


 もしかしてやっちまったか? 

 そう思ったけど違った。一般人の声ではなかった。


 金髪爪ナイフ男の頭が、喋っていた。首から下はなく、頭だけが道端に転がっていた。


「アンタ……それで生きてられんのかよ……化け物じゃん」

「おま……えに、殺」


 息も絶え絶え。喋るのもきつそうにしている。首から下がないのだから、そもそも生きていることすら不可能なはずなのに、喋るなんて高等なことはできるはずもない。


「やっぱ、アンタは僕と同じようなヤツなのか?」

「がッ……くた……パラー……チが」


 情報を聞き出すなら、もう少し身体を残しておくべきだった。今更後悔しても遅い。もうじきにこの男は死ぬのだろう。

 僕と同じようなヤツだとしても、僕ほど不死身ではないらしい。


「俺は……俺はパラーチ、の……!」


 そこで、この生首は事切れた。

 事切れた直後に、泥のようになって溶けて消えてしまった。恐ろしく不気味だった。


「はぁ……」


 なんかよくわからないことを言っていたけど、僕はそんなことを気にしてはいられなかった。この爆発現場から早急に逃げなければならないと考えていたからだ。



 爆発現場から猛ダッシュで逃げて、現在『魔狩り連盟本部』の出入り口。そこにある看板に寄りかかって休憩している。

 中で椅子に座ってテーブルに突っ伏すというほうがたぶん楽なのだろうが、寄りかかった瞬間にもうこれでいいやって気分になった。


「リムフィ君がなんでそんなに疲れた表情してるんだよ……」


「あ、あぁダーリア……会いたかったとこだ」


 心底、嫌そうにダーリアは僕を見た。眼を細めて。

 看板に寄りかかる酔っ払いみたいな僕。ダーリアは立っているため、自然と見下す形になるけど……これは運命の悪意を感じる。


 ダーリアが僕を見下すのは日常茶飯事だが、こう物理的にやられると心が痛い。


 キモがられるのは、僕の今までの行いのせいだろう。恋愛イベントをやってこなかったせいだ。やる気が起きなかったんだから仕方ないじゃない。


「変なのに襲われたんだ。貰った便利ポーチの爆弾使って自爆特攻してやっつけたけど……どう考えても人間じゃなかったんだ」


「どう考えても人間じゃないのが目の前どころか、身近に2人にいるせいで、真実味が増すのは卑怯だよ。さっきの爆発音は君のせいなんだ? 少し気になってたよ」


「あの爆弾威力強すぎじゃない?」

「あれは敵を倒す用じゃなくて、岩盤とか障害物を破壊するための爆弾だよ。威力が強いのは当たり前だよ。派手な自決にも使えるから、おススメだよ」

「死ぬほど痛いからもう二度とやらない」


 そういう類の爆弾ということは事前に教えておいてほしかった。あのポーチを貰った際にダーリアは一切説明をしてくれなかった。

 中身を大して確認してなかった僕も僕だけど……いつ貰ったかもよく覚えてない。確認しようと思っても、ずっと後回しにしてた。


 お互いに非があるパターン? そんなことない、僕は悪くない。

 ただの情報の伝達ミスだ。


「現場から逃げてきた爆弾魔のリムフィ君、これからどうするつもりなのか聞かせてよ。街中で白昼堂々と自爆特攻したんだから、たぶんそのうち憲兵が来ちゃうけど」


「その呼び方は嫌いだ。爆発の瞬間というか、その辺は誰にも見られてないと思うけどさぁ……一般人も殺されて、野次馬はみんな逃げたはずだし」


 たぶん、きっと。

 僕の考えのすべてが憶測。希望的観測もいいとこだ。


「見られてたみたいだよ、ホラ」


「え?」


 ダーリアは僕の背後をみて、微笑みながらそんなことを言った。何が面白いんだと突っ込む前に、僕が振り返る。


 青色のジャケットのようなのを羽織った、勇ましい巨漢が2名。あのジャケットみたいな服は憲兵が着る制服らしい。


「そこの金髪の少年。少し、話をさせてほしい。爆発現場にいたそうじゃないか」


 まだ爆発から1時間と経ってないぞ。

 この国の憲兵の捜査、凄すぎると思いますけど?


 いや、そんなことを思っている時ではない。下手をすれば僕の不死身が憲兵に露見する、もうしてるかもしれない。


 あの現場、一般人はどこまで見ていた? そこが僕にとって一番気になる。


 刺された時までなら、まだいい。怪我をしてるって演技をしたり、嘘を吐くだけだ。何とかなるかもしれないライン。


 問題は、頭を落とされた時を目撃されていていた場合。

 言い逃れのしようがない。


「野次馬の中にも、ガッツのあるヤツがいるんだね。私も驚きだよ」


 呑気にそんなことを言うダーリアが憎い。僕が大ピンチなのに、今まで見たことがないくらいとてもいい笑顔をしている。


「あぁ……えっとそのですね……」


「ここでは話さなくていいよ。君とは詰め所でゆっくり話をしたいんだ」


 巨漢の片方が、僕の言葉を遮る。

 2人が僕のことを怪しんでいるのは、眼をみるとわかる。目撃者の証言を聴いているからだろう。どこまで聴いたのかわからないが。


「とにかく一緒に来てくれ」


 僕の腕を掴んで引っ張る、巨漢憲兵そのいち。


 状況を打破することはほぼ不可能。もう大人しく詰め所まで連れていかれるしかない。

 問題は詰め所で何を話すか、下手なことは言えない。質問をされても黙秘するしかない。

 そしてゆくゆくは……。


 駄目だ。ネガティブ思考になってる。考えても考えても、僕はここで詰みとしか考えられない。不死身がバレる予感しかしない。


 そして、ダーリアは笑いを堪えていた。


 もう駄目だ、と思ったその時。


「身柄の拘束は少し待っていただけるかな?」


 救いの手は意外なところから。久しぶりに会う人物が差し伸べてくれた。

 『魔狩り連盟』の長、ジェス・ヨーガさんだ。


 憲兵の手を、僕から払ってくれた。


「あなたは……マスター・ジェス!?」

「ど……どうしてこの男の拘束を待たねばならぬのですか?」


 ジェス・ヨーガという人はずいぶんと有名人らしく、屈強な憲兵2人もたじろいでいた。

 しかし、いくらなんでも、有名人に出会ったからというリアクションにしては、委縮しすぎているような気がする。


「そのことは、あなた方の上司にも話はいっていると思うが……確認してくれるか?」


「わ……わかりました」


 ジェスさんのその一言で、憲兵2人は逃げるように退散していく。

 

 何が何だかわからないけど助かった。このおじいさん、背が縮み始めているくせに威圧感だけはあるらしい。僕からみれば、しわだらけの白髪ジジイだ。


「さて……リムフィ・ナチアルス君だったな? 久しぶり。茶でも飲みながら話をしたいところだが、別件の用があってな。奥に来てくれるか?」


 ジェスさんのあのセリフは、憲兵から庇うための嘘ではなかったようだ。


 『魔狩り連盟』の長からの誘い、面倒くさい。行きたくない。このまま宿に戻って寝たい。

 ……話をするだけなら、ダーリアが代わりに聴けばいいんじゃないか? ダーリアが聴いて、あとで僕に内容を伝えてくれればいいじゃない。妙案だ。


 そう思ってダーリアに呼びかけようとしたけど、いつのまにか姿を消していた。さっきまでケラケラと笑っていたくせに、いつのまにかにいなくなっていた。

 あの女、感がいいな。嫌なことだ。



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