殺意
王城に辿り着いたのは翌日の朝だった。
本来なら真夜中に着いていたはずなのに、思い返すのも忌々しい。
夕方、すぐにも南の神殿から王城に引き返すつもりだった、俺は。しかしオズによって呆気無く阻まれた。すとんと首を軽く叩かれ身体がへなへなとくず折れる感覚に、まんまと手刀を食らったことを察した。が、もう遅い。暗転する意識の中で、
「おやすみなさ~い」
歌うような声が薄ぼんやりと聞こえ、不覚にも俺は気を失ってしまったのだった。
目覚めたのは真夜中。ベッドに横たわっていることに気付き慌てて身を起こすと、ほぼ同時に扉を開き美味しそうな匂いを運んできた元凶がにんまりと笑った。
「ここはどこだ?」
噛み付くように問いかけると、
「そんなことよりよく眠れたかしら?」
まったく悪びれていない顔が俺の問いかけを無視して続けた。
「腹が減ってはなんとやらよ。ここの厨房の山菜料理は絶品なんだから食べなきゃ損よ。さあ、オズお手製の夜食を存分に召し上がれ」
机にワンプレート料理を置いた。夜食にしては品数が多く、その美味しそうな匂いに猛烈にお腹が空いていたことに気付き、俺は腹立たしさを飲み込みしばし食事に時間を費やした。
悔しいことに、こんな卑怯な男なのに、料理の腕が天賦の才ってどういうことだ?しかも厨房の山菜料理が云々言っていたが、まさかここにも忍び込んでいるとか?いやいやまさかと頭を振る。
完全にオズの掌に転がされているのが悔しくてならないが、しかし束の間とはいえ休息が取れたおかげで身体は随分と軽くなっていた。そのスッキリとした俺の顔を満足げに眺めて、続いてオズは、
「これに着替えてもらうわよ」
と黒い服を手渡してきた。不思議そうに眺める俺に、
「言うなれば通行手形ね」
と余裕綽々に微笑んでいる。よく分からないまま着替えてなるほどと納得した。これはまさしくダグラス配下の格好そのものだった。
そのおかげというべきか南の神殿から王城までの道すがら、刺客一匹近寄ってこなかった。さらに城門も、オズがなにやら紙切れを見せると拍子抜けするくらい、するりと通り抜けることが出来た。
だが気が抜けない。オズ様々なのだが、なにしろこいつには卑劣極まりない前科がある。罠かもしれないと、抜かりなく周囲に眼を凝らしながらジェシカの部屋を目指した。
★☆★☆★
王城の深奥部、王族の居室に近付くに連れて警備が物々しくなってきた。俺の無事のためジェシカの意思で王城に戻る結果となったが、恐らく彼女の再逃亡を防ぐために用心に用心を重ねているのであろう。その中に見知った顔を見つけて驚いた。思わず駆け寄る。
「デビッド、無事で良かった」
心底、安堵して懐かしい顔に声を掛けた。
訝しげな視線は俺の全身を舐めて瞳を丸くし、続いて泣き笑いの表情を浮かべた。
全体的にもふもふの子犬のような外見の青年だ。
思わず手を絡めたくなる蜂蜜色の垂れ耳のような癖っ毛が特徴で、髪型はふわふわと襟足まで揺れている。銀縁の丸い眼鏡の奥の人懐こい水色の垂れ目は、零れ落ちそうなくらいにパッチリと大きい。ふっくらとした頬には笑うと笑窪が出来て、口を開けば八重歯がちらりと覗く。小柄で手足が細く“時々、毛艶の良い尻尾が見える”とジェシカが冗談を口にするほど雰囲気が犬っぽい。忠犬の意味合いも兼ねているのであろうが、しかし子犬のような雰囲気で年下に見えるこの男は同い年で、しかもこの若さで王宮の近衛長官を勤める出世頭だ。
「心配していたんだよう。エイセルは帰ってこないしジェシカには近付けないし、すごく途方に暮れていたんだよう」
いつも通りの聞き慣れた間延びした声の調子には、いつもには無い非常時の焦りが滲んでいる。迷子の子犬のように眼は項垂れていた。
「どういうことだ?」促すと、
「ここでは人目があるから部屋を移して話すよ?」
と腕を取られた。歩きかけてデビッドが後方のオズの存在に気付いた。
「誰、この人?」ぽかんとした顔。
対してオズは含み笑いを浮かべてデビッドを実に興味深そうに眺めている。オズの様子からして名乗る気は一切無さそうだ。かといって俺が紹介するのも煩わしかった。
「気にしなくていい」
と言い置いて、デビッドの案内した部屋に入った。
だがすぐに違和感を感じる。
部屋に入ってすぐ、背後から俺を睨む憎悪に満ちたじっとりとした殺気に気付いた。
“やはり金の髑髏の罠か”と唇を噛む。
だがそれよりも驚愕したのは、信頼していた前方の迷子の子犬が狂犬に変貌して俺に襲い掛かってきたことだった。悪夢を見ているかのように俺は最悪の展開で、避けきれない太刀筋を袈裟懸けに受け止めた。右肩から左の脇腹までバッサリ綺麗に切られ鮮血が散った。思いのほか痛い。
悪びれた様子を見せずに狂犬の眼を宿した青年は、
「エイセルが悪いんだよう。ジェシカを守りきれ無かった代償は高いよ?エイセルを傷つけてブライアンに引き渡せば僕は信用されてきっとジェシカに会えると思うんだ。だから僕のために協力してよう」
彼なりの理屈を振りかざしている。そんな仮定説のために斬られたのか。なんともいえない脱力感が襲ってくる。
「坊や、それは虫が良すぎるんじゃなくて?」
ふふふ、と笑いながらオズがようやく口を開いた。その口ぶりで後方の殺気はオズ本人が発しているのではないことに、ようやく気付く。
振り返るとオズに剣を突きつけた複数の近衛兵の姿を認めた。その眼が皆、殺気立っている。
「部外者は黙っててくれないかなあ?」
デビッドはオズを疎ましげに睨みつけた。
「エイセルは斬られて当然なんだからね。ジェシカが無事ならこんなことをするもんか」
デビッドの投げつけてきた言葉が棘のように俺の胸を刺し貫いた。




