謎の青年
結局あれから砂金を金貨に換えることも出来ず、夜の街ラズールから離れたところで夜を明かすこととなった。鮮やかな剣舞を披露したあと、ごろつきどもは毒を抜かれたように放心状態だったが、代わりに喧嘩を見物していた野次馬たちがジェシカには眼もくれず俺を取り囲んだ。
「兄ちゃん、剣さばき凄いじゃないか。うちの用心棒にぜひ雇いたい」
「旅芸人だが、うちの一座に入っとくれよ。顔も剣舞も最高だ、花形になれるぜ」
勧誘の声が圧倒的に多かったが、なかには、
「あいつらを倒してくれてスカッとしたよ。兄ちゃんがこの裏通りの親分になってくれ」
と、子分を志願する者も少なからずいた。
ごろつきどもの相手なら喧嘩も出来るが、英雄扱いしてくる野次馬たち相手には敵わない。
「どれもこれもお断りする」
と言い置いて脱兎の勢いで、ジェシカの手を取り雑多とした夜の街を走り抜け、辿り着いたのがディアナンだった。
飲食店が軒を並べた大通りには白み始めた夜明けとともに、朝市の用意がそこここに見られる。みずみずしい野菜や獲れたての魚、芳醇な香りを放つ果物、焼きたてのパン、色とりどりの花々などなど、商売人達による朝の活気に満ち満ちている。大通りの裏手には商人や庶民の家が建ち並んでいる。
夜の街ラズールとは対照的な賑わいを見せるディアナン、いうなれば昼の街だ。
周りは聳え立つ山脈に囲まれ、広大な肥沃の土地に流れる悠々としたS字型の河川。山脈から湧き出る源泉や雪解け水などが大地の恵みとなり、王国に潤いを与えていた。河川の上流から北の神殿、王城、貴族の館があり、中流には昼の街ディアナンと夜の街ラズールが川を挟んで対峙している。下流には大海原を望む南の神殿があり、目指すはその場所だった。
美味しそうな焼き菓子の匂いが鼻をくすぐって、空腹感がイライラを募らせる。
あの場所でジェシカが目立たないように布を被っていれば、砂金は金貨に換えられ今頃はお腹も満たされていたはずだった。ディアナンが朝の活気に満ちてくれば、ラズールは夕方まで静寂に身を包む。つまり食事は今日の夕方までお預けってことだ。時間が無いってのに。
隣では俺の肩に身を預け、気持ち良さそうに睡眠を貪っている元凶がいる。
困り果てて肩を落として溜め息を吐いていた俺の前に、影が立ちふさがった。と、同時に腰に刷いていた長剣を抜刀して切っ先を相手の喉元に突きつける。
「うわっ!!!!!」
よほど驚いたのか影が尻餅をついた。だが余裕があるのか、お尻をさすりながら立ち上がり。
「いてて・・・そんな無粋なものしまってよ」
と、俺の剣を指で弾く。
剣呑な雰囲気を持った青年で眼光も鋭いが、敵意はまったく感じられない。栗色の髪を短く刈り込み、さらに剃り込みで右耳上の頭髪部分に凝った模様を目立つように描いている。引き締まった右の上腕にも似たような模様の刺青が彫られていた。
無表情でいたらお近づきになりたくない類の不良青年が、おそらく彼なりのにっこりなのであろう、にんまりと笑いながら親しげに喋りかけてきた。
「ラズールでの喧嘩すごかったわね。私、見惚れちゃって、あなたの腕に」
野次馬がこんなとこまで追いかけてきたのかと、脱力気味に剣を収める。が、それよりも何よりも見てくれはカミソリのような雰囲気の眉目秀麗な風貌なのに、なんでオネエ言葉なんだ。
「私、あそこで用心棒していたの。カンザス団にも所属していたのよ」
「カンザス団?」
ほら、と右上腕部を指差して、
「これがカンザス団の証、聞いたこと無い?暗殺のプロ集団の名前」
あっさりと暴露している。この王国にそんな秘密組織があったとは驚きだ。
「もし暗殺のご用命があるなら私が窓口に立ってあげても良くってよ」
すごく物騒なことを茶目っ気たっぷりに耳打ちされる。
これが本当なら藁にもすがりたい思いだが、出会ったばかりの存在だ。信用するほうが馬鹿げている。
「用はそれだけか?」
早めに話を切り上げようと冷たく見上げると、彼は頬を上気させて、
「いやん」
と身をくねらせた。
動作が気持ち悪くて思わず眼を背ける。
「そんなわけ無いでしょ~、なんのためにあなたを探したと思ってるわけ?あなたの腕に惚れちゃったの。私をあなたの弟子にしてちょうだい」
「で・・・し?」
鸚鵡返しに呟いて言葉を反芻する。弟子のことか?この見た目カミソリでオネエ言葉な自称暗殺者を弟子にしろと?
いやいやいや、むりむりむり、無理だよ。脳内が全否定している。
「めざわりだ、失せな」
バッサリ切り捨てるように言うと、
「あ~ん、冗談じゃないのよ。カンザス団を抜けてきたんだからラズールには帰れないの。私は何が何でもあなたについていくと、決、め、た、の!」
まさかのストーカー宣言。しかも暗殺集団を抜けてきたなら逆にお尋ね者ではないのか?
「荷物持ちでも肩たたきでもなんでもするから。温かい寝床も美味しいご飯も手配できるわよ」
どんな言葉も動じなかったが、最後の言葉に心が揺れた。
悪魔に魂を売るのはこういう気持ちなのかと俺は天を仰いだ。




