ラズール街での騒動
案の定と言うべきか彼女、ジェシカがずんずんと勢いよく歩いていると、口笛を鳴らして近寄ってきた男がひとり。いや取り巻き連中を従えていたのか、ぐるりと図体のでかい五人の酔っ払いが彼女を取り囲んだ。
「すっげぇ美人の姉ちゃんだな、掃き溜めに鶴じゃねぇか」
顔を近づけてしげしげと眺めての髭面のひとこと。その息が酒臭かったのか、ジェシカは思い切り眉を顰め顔を背けた。
その姿を見て俺はやれやれと首を振る。
分かってないんだ、彼女は自分がどれだけの美貌なのか、顔を隠さずに夜の街、よりによってラズール街を歩くなんて酔狂にも程がある。女扱いするなって言うけど、あの容姿は男が虜になるに決まってるだろう。蝶よ花よと崇めたくなるのに当の本人はどこ吹く風で、男のような喋り方をして女扱いを嫌がる。扱いにくいったらない、まったくと心の中で悪態を吐き、頭をぐしゃぐしゃっと掻いた。
「俺はこの界隈では名が通ってる、俺の相手をすればあんたの株が上がるぜ」
と息巻いている髭面。
髭面は値踏みをするようににやにやと下劣な笑いを浮かべ、ジェシカの肩に手を置こうとした。が、その手をパシンと勢いよく払い勇ましく彼女は叫んだ。
「汚い手で触れるなっ!おまえらの相手をしている暇などない!」
相好をだらしなく崩していた男たちは気色ばんだが、髭面は逆に興味を持ったようだ。
「勇ましい姉ちゃんだ。気の強い女もいいもんだ。高く買ってやるぞ。その気位がどこまで持つか、ベッドの中でゆっくり可愛がってやるよ」
よりによってジェシカを売春婦と勘違いしてる髭面と取り巻き。
女扱いするなと言っておきながら、こんな場合に口笛でも吹いて知らん振りをしていたら絶対に怒るのだ、ジェシカは。その性格を充分知っているので俺は溜息を飲み込み、髭面の肩を手荒く掴んだ。
いきなりの俺の登場に、髭面がぎょっとしたように振り返った。ジェシカを取り囲んでいた取り巻きの視線も俺に集中する。
「俺の知り合いに汚い手で触らないでくれる?おじさん達には高嶺の花だよ」
「あ?汚い手だと?」
「臭い息もね」
付け加えると男たちがの眼が吊り上った。
「おまえ、いい度胸じゃねえか。俺らに喧嘩吹っかけてきて、ただで済むとおもうなよ」
「先を急いでるんだけど?」
「見逃すと思ってんのかよ」
すでに彼らの眼中にジェシカは映っていない。
生意気な若造をひねり潰してやろうと、殺気立った十の眼が俺を睨んでいる。ジェシカに危ないから下がっていろと視線で合図した。が、彼女は力強く首を振ってその眼は“私も戦えるんだから”と訴えている。
確かに彼女は腰に護身用の短い剣を帯刀している。二年前の誕生日に両親から贈られた細工の美しい飾り刀で、それを機に剣術を習うようになっていた。だが、上達具合はそれほどでもない。それよりも彼女の妹のほうが剣術の腕は確かだった。つまりこの場ではジェシカは足手まといということだ。
あーもう、こんな時くらい女らしくしててくれと思う反面、あの負けん気な紺碧の瞳がいろんなものに立ち向かっていて簡単には折れない、男顔負けの芯の強さを持っていることに誇らしさも感じている。
仕方が無いよ、惚れた弱みだもんな、思わず零れる苦笑。
そんな俺の胸中を知らない髭面は「笑ってんじゃねえよ!」と吠え、真っ直ぐ突進してきた。
つかみ掛かってきた男を瞬時に交わし、鳩尾にこれでもかと渾身の一撃をお見舞いすると、最初の威勢はどこへやら髭面があっけなくその場に倒れ伸びてしまった。一瞬で親玉を倒されて取り巻きが慌てふためいている。
この喧騒に乗じて、ジェシカの腕を取りその場を離れるの幸いだろう。
逃げる算段をする俺に、取り巻きのひとりがいきなりナイフを向けてきた。
「こいつを倒してくれて手間が省けた。だがその嬢ちゃんは置いていけ、俺がもらう」
「兄貴についていくよ、今度からは兄貴が裏通りのお頭だ」
数名の取り巻きが歓喜の声を上げた。
ジェシカの美貌に眼を奪われていたのだろう、親分が倒れて忠義はないのか、裏通りの下克上は常なのか、兄貴と呼ばれた男は突然降ってわいた幸運に興奮状態だ。
「もうね、あんたたちの相手をしている暇ないんだって。裏通りを好きにしていいから、俺らを先に行かせてよ」
「お前に用は無い、嬢ちゃんは置いていきな」
話が通じない。お腹も空いて身体も疲れていた。
「強硬手段に出るぞ」
と言い置き、ナイフ男にすたすたと近付く。
ぎょっとした顔をして男はナイフを翳した。その腕を鮮やかな手刀で叩き落す。激痛が走ったのか男は腕をかばい呻いた。続けざまにナイフを拾い背後から伸びてきた腕にナイフの柄で強打すると、背後の意識が崩れ落ちこれまた呻き声。残っている男たちは間合いを取り、うろうろと狼のように距離を測っていた。
八つの眼が俺に集中しているのを確認して、道化師のような動きでジェシカから飾り刀の刀身を拝借する。ふたつのナイフを両手に持ち、大胆に華麗に交互にくるくると回転させながら空中に放り投げた。ふたつの白刃の煌めきは空中でダンスをしているかのように舞い踊る。隣のジェシカを傷つけないように、しかし早い動きで剣舞を披露する。
往来での喧嘩を遠巻きに眺めていた人々の間から歓声が上がった。
人々は余興だと思ってくれているが、実際はごろつきどもに対する警告だ。
“ジェシカに手を出すとこの白刃でおまえたちの首を切るぞ”という無言の脅迫。
しばしの剣舞のあと、ふたつの刀身を両手に収めると、割れんばかりの拍手と喝采、そして毒気を抜かれた八つの眼がうな垂れていた。




