王国の真実
上半身、裸になった俺に薬を塗布し包帯を巻きつけるライアスの手際は良かった。
薬草の匂いが充満する部屋で、
「ライアスは草に詳しいのよね~。山菜とか薬草とか毒草とか」
オズの弾んだ声。
「ふたりはどういう関係?」問いかけると、
「お夜食を届けてるの~。月に二回くらいかな?ね~!」
ライアスと視線を酌み交わしている。
“あれは虚言では無くて本当だったんだ”と、頭を抱えたくなった。
するとまさか?
王宮の厨房云々もまさか???
その疑問をライアスが掬い取った。
だが王宮の厨房の話に辿り着くにはスケールが大きすぎた。
「これから話すことは王国の極秘事項です。が、ここにいるあなたたちは知る義務があります。とくにエイセル」
そう名指しで言い置いて話し始めた内容は、驚愕に値するものであった。
★☆★☆★
緑豊かなセアルギニア王国には不老長寿の泉、海に浮かぶ小さな島国アゼルギニア王国には金銀財宝が眠っていて、このふたつの国は遥かな昔から神秘の力に守られていた。
本来ならこの王国に余所者が辿り着くことなど出来ない。セアルギニアを守る聳え立つ山脈は天を突き抜け、アゼルギニアを守る外海は荒れ狂い、天然の要塞を誇っているからだ。
だが、決まった時期にこの王国の封印が弱くなり、外から不老長寿や財宝の噂を聞きつけた者たちが攻め入ってくる時がある。それを防ぐためにそれぞれの王国には、日頃の鍛錬を欠かさない騎士団を抱えていた。
王国の封印が弱くなるのは、決まってセアルギニアの王位継承者が十八の誕生日を迎える前。王位を継承するだけの素質があるのかを試される、自然界が定めた儀式をやり遂げなければならない。
儀式に必要なのは南の神殿の不老長寿の泉の水を数滴、王位継承者が直接酌み、北の神殿の祭壇で水を注いで呪文を唱えれば王国はまた神秘の力の加護を得るというもの。
そして、もうひとつ。
王位継承者に相応いかどうか、カンザス団が認めた者でなくてはならない。
王子の場合はカンザス団に認められるだけでいいが、王女の場合は夫候補が儀式に同行し、夫候補もカンザス団に認められなければならない。
そのくだりで、なにやら聞き覚えのある名前に眉根を寄せる。
「カンザス団?」
オズの所属する暗殺集団の名前ではないか?
ライアスがさらりと続けた。
「国王直属の闇の組織です。今のカンザス団の長は国王に仕えています」
耳を疑う言葉。
そして、
「オズはカンザス団の次期団長。オズが認めたあなたはジェシカ女王のご夫君として認められたのです。おめでとうございます」
な、なにそれ・・・。
茫然自失。
口をぱくぱくさせて、ライアスとオズの両方を見る。
デビッドも眼を丸くしている。
「・・・ま、待て。こいつは裏切り者だぞ。ジェシカを敵に売るような男だぞ」
絞り出して言うと、
「実は王国の封印が弱まったときに敵を手引きしているのは、カンザス団なのです。ですからその裏切り行為も想定内のこと。ご夫君となられる方がどのような行動をするのか見定めるためです。さらに明かせば、王城を抜け出すときからオズの監視の目はついておりました」
開いた口が塞がらない。
その一方で、だからなのかと腑に落ちた。
カンザス団の手引きがあったから、王城は呆気無く敵方の掌中に落ちてしまったのか。ブライアン率いる敵方に王城が占領されている事実を、国民の大半は知らないでいる。
「あ~ん、ついにばれちゃった~」
てへぺろ~って感じでオズが身体をくねらせた。
「じゃあカンザス団を抜けてきたっていうのは・・・」
「は~い、嘘で~す!」スッパリと明るく言い切った。
何から何まで用意周到な嘘偽り。悪趣味な王位継承の儀式。
茫然自失のあとに、むくむくと怒りが沸いてきた。
人を虚仮にするにも程がある。
「ジェシカの信頼を失う行為をして、俺も今の今まで騙していた、そんな奴に断固、認められたくない。王位継承の儀式などクソ食らえだ!」
「あらあら、汚い言葉をご存知だこと」オズは他人事のように笑い、
「現国王も王位継承の儀式では現カンザス団長に、それはそれは手酷い扱いを受けたそうですよ。それが試練といいますか、洗礼といいますか、宿命といいますか」
ライアスの眼が気の毒そうに詫びている。しかし、次に続けた言葉が彼の本意なのであろう。
「お世継ぎというだけで、生半可な考えでこの王国とカンザス団を引き継いでもらっても困ります。不老長寿の泉と金銀財宝、そして暗殺集団、この3つを併せ持つと最強でしょう。強靭な思考で統率していただくために、またご夫君となられる方は王女殿下をどれだけ愛されているのかを計るために、この儀式は必要なことなのでございます」
有無を言わせないライアスの口調に、俺は天を仰ぐ。
確かに俺はジェシカを愛している。結婚できたらいいな、なんて淡い期待と叶うはずも無い妄想も抱いていた。
だけどいきなり「夫候補に受かりました。おめでとう」は、無いだろう。
ましてやオネエ言葉の余計なタンコブが生涯付いて回るなんて悪夢だ。
南の神殿でオズが口走った、
「一生ついていくんだから」
あの言葉は本気だったということだ。
「この男の趣味は料理です。国王ご夫妻もその腕に惚れ込んでおられます。良かったですね」
王宮の厨房でお夜食を作っていたのは本当だったのか。
しかも相手は国王夫妻・・・。
いやはや、もう、なにこれ・・・。
太刀傷が無駄に疼く。
「さて、秘密を暴露したところでお腹が空いてはなんとやらよ。今からオズお手製ランチを作るから、みんなでジェシカに会いに行きましょうよ」
能天気なオズの声がこの場を締めくくった。