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格差恋情  作者: 桜華
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臆病者の主張3

初デート、である。

人生初、櫂とのお付き合いで初、である。

昨日の夜、いろいろな思いが頭を駆け巡りなかなか眠れなかったにも関わらず、朝早くから目が覚めた響子は、女性誰もが直面する難問に頭を抱えていた。


何を着たらいいんだろう。


デートで着用する服装である。

普段制服で過ごすことが多い女子高生とはいえ、年頃の女性として、それなりに洋服は持っている。

ただし今まで交際をするという選択肢が、響子の中には無かったため、服を購入する際には、響子が気に入ったかどうか、似合うかどうか、女友達からも認めてもらえる程度のセンスだろうか、などという基準で選んでいた。


響子は基本的に楽な格好が好きだ。ただし「可愛らしい」という表現に憧れのようなものを持っているので、楽な中にも可愛いディテールが加えられているような洋服をよく選ぶ。

Tシャツよりはカットソー。ジーンズよりはワンピース。

他人が持つ響子のイメージよりは、乙女が入っているかもしれない。


友達と出かける時は、大体おしゃれして行くのでワンピースが多い。

ただし今日は勉強をするので、スカートだと集中できないかもしれない。

勉強が目的なのに、あまりに可愛らしい格好をして行くと、なんだかデートに張り切りまくっているように見える可能性がある。

あまりに乗り気な印象を与えてしまうと、その誤解のままの空気で過ごすのはかなり辛そうだ。


心配の内容が多少捻くれているが、悩むこと一時間。

結局、ブルーデニム調のワイドパンツに、胸元にリボンのアクセントがあるフレアブラウスを組み合わせることにした。

足元は疲れないようにバレエシューズにする。


ただでさえ年齢よりも上に見られることの多いのに、メイクをするとさらに老け顔になる響子は、日焼け止めとオレンジのグロスをつけるだけにする。

髪の毛は、学校に行くわけでもないので、邪魔になっても特に問題ないだろうと下ろしたままだ。念のためヘアクリップをバッグに入れた。


ある程度の融通が利くように多少のバリエーションを持たせてテキストなどを用意すると、待ち合わせの時間に十分間に合うように家を出た。

響子は多少方向音痴気味であることを自覚しているので、用心したのだ。

待ち合わせの10分ほど前には到着しているのが、いつもの行動パターンである。


櫂の指定してきた駅は、櫂の家の最寄り駅の隣駅だった。学校で普段利用する駅からは、ちょうど4駅ほど離れている。響子の家は櫂の家とは逆方向なので、家から向かうと20分強の時間、電車に揺られていることになる。


学校はいろいろな地域から学生が集まっているので、もちろん駅での待ち合わせなどできない。櫂の家が近いということで、女子はいつ櫂を目にするチャンスがあるかもしれないと、意識している可能性も高い。

事実、毎週ではないが、休日に櫂を見かけた女子の噂話が、翌週には全校を駆け巡っていることがある。

どこで見かけたのか、服装はどんなだったのか、誰と一緒だったのか。


王子様にプライバシーという言葉は無いのだなあ、と同情気味にクラスメートがする噂話を聞いていた響子だが、いざ自分もその標的になる可能性が高い立場になってみると、恐怖以外のなにものでもない。

自分の一挙手一投足が見られているかもしれないという状況は、ストレスが溜まり過ぎる。

響子なら家から出なくなってしまうかもしれない。



指定された駅で降りるのは、初めてだった。

特に大きな駅でもないので、用事などで来ることもなさそうだ。

櫂から言われなかったら、響子とは一生縁のない駅だったかもしれない。


住所を携帯に登録して、ナビを使いながらゆっくりと歩くと、ほどなくして櫂の指定した店の前についた。


そこは、個人経営の喫茶店のようだった。



気軽に入れるチェーンのカフェが乱立する昨今、響子は個人の喫茶店に入ったことなどない。

友達とおしゃべりするのも、周りを気にしなくていいような店が気楽でいい。

入らないと雰囲気もメニューも分からないような店は、響子には正直敷居が高かった。


それでも今日は櫂から指定された店であるので、響子は「コンフォート」という店名を確認して中に入った。




カランコロン。

なんか懐かしさを感じる鐘がドアから響く。

扉を開けて響子が店内へ入ると、カウンターに居るオーナーらしき人が「いらっしゃいませ」と心地よいテノールの声で迎えてくれる。

オーナーはおだやかな笑顔が素敵な白髪のかなり年配の男性だ。恐らく響子の親よりも年配で、どちらかといえば祖父の年代のほうが近いのかもしれない。響子は年配の方の年齢はあまりよく分からないので、あまり判断に自信がもてないが。


オーナーに会釈をすると、響子は店内を見渡す。

カウンターの8席とテーブルが5つ。広くもないが、狭苦しい印象はないほどよい広さに見える。

客はカウンターに2人とテーブルに2人いた。まだ9時なので、皆モーニングセットらしきものを食べているようだ。


櫂が見当たらないので、響子はしまったと思った。

時計を見ると待ち合わせの時間よりも15分ほど早い。遅れないように早めに出てきた分、スムーズに到着したので、早すぎる到着になってしまったのだ。

こんなことなら商店街を覘いて時間をつぶしてくるんだった、と響子が心の中で反省しながら、オーナーに待ち合わせであることを告げようとしたとき、櫂の声がした。


「響子さん、こっち」


カウンターがカーブしている奥から声がしたようで、響子は再度そちらに眼を向ける。

すると、観葉植物にさえぎられてスタッフ用の出入り口しかないように見えた場所に、もう一つテーブルが置いてあることに気付いた。

櫂はそこの奥に座っていたようで、入り口からは全く見えなかった。


「あ、櫂くん。おはよう」

「おはよう。響子さん早かったね」

「道に迷うかと思って早めに出てきたら、案外ちゃんと来れたみたい。櫂くんこそ、早いね。まだ到着してないかと思って、焦っちゃった」

「喫茶店の待ち合わせだから、先に居ても全然苦にならないから、早めに居たんだ。あ、紹介するね。こちらオーナー。オーナー、話しておいた響子さん。これから週末二人で長居させてもらうと思うんで、よろしく」

カウンターに居るオーナーと響子を紹介すると、櫂は響子に席を勧める。


「奥のあまり人から見えない場所は、僕が座ったほうがいいと思うんだ。本当は女の子に譲るべきなのに、ごめんね」

櫂は先ほどの見えない位置に座りながら、右の直角の位置に座る響子に謝る。角の席なので向かい合って座るのではなく、直角の位置に椅子が2個置いてあるようだ。テーブルはすごく大きいわけではなかったが、お互いに譲り合って利用すれば十分テキストとノートが開けるスペースがある。

「ううん、櫂くんが見えない位置にいるほうが、私も安心するから」

響子は櫂と顔を見合わせて苦笑する。昨日のように変に強く意識しなければ、そこそこ櫂の顔も見ることができる。但し、響子が「変な意識」を強い意志で押さえつけている状態であるのも事実なのだが。


「いいでしょ、この鉢植えが絶好の位置にあるんだよね。過去2年間ばれてないから、大丈夫だと思うよ」

櫂はこの喫茶店の常連であるらしい。よく来るのだという。

そんな状態なのに、確かにこの町で目撃されたような噂は無かった気がするので、響子は安心した。櫂の言うとおり、安全だと思ってよさそうだ。


「コーヒーでいいかな?ホット?」

櫂に聞かれてたので、ホットコーヒーを頼む。櫂がオーナーの所に言って2人分の注文をして戻ってくると、早速二人で勉強の支度をする。

「ここでよく勉強してるの?チェーンのカフェだと土日勉強ダメだったりするから、こういうところはもっとダメだと思ってた。初めて入るけど、居心地よさそうだね」

響子は店内をきょろきょろと見回す。店の窓はスモークガラスで櫂達の席側には無いが、入り口の脇に2個それぞれついている。

窓際の席は、その明かりだけでも十分なほど明るい。

カフェカーテンが今は端に寄せてあるが、明るすぎる時はそれを引いて調整するのだろう。

カウンターと奥まっているこの席の上には、それぞれ小さなランプが釣り下がっている。

ちょうどチューリップを逆さにしたようなランプで、暖かいオレンジ色のライトがついている。

蛍光灯のような煌々とした明るさはないが、読書やテキストを読んだりするには十分な明るさだった。


「そうでしょ。特にこの席がお気に入りで、常連になるからって確保してもらってるんだ。最近は朝から晩まで入り浸ってるよ」

櫂が笑った。

「あまりいいお客じゃないんだけどね。オーナーの人気があるほうが客も入りやすいって言葉に甘えさせてもらってる」

確かに、この奥まった席じゃ人気もなにもないだろう。

それでもいいと言ってくれるオーナーは、櫂をよっぽど気に入っているに違いない。

そういう居場所を作れる櫂はすごいな、と響子は尊敬してしまう。

個人経営の店は、人見知りをする響子にはいつも行くのに勇気がいるのだ。

「そっかー。私もいいお客さんになれない気がするけど、いいのかな?」

「僕が一人で占領してた席に2人で座ってるんだから、単純に効率2倍でいいんじゃない?響子さんが来た分だけ儲かるんだから、気にしない、気にしない。あ、コーヒーできたみたいだ」


櫂はコーヒーをもらいにカウンターへ向かうとオーナーと二言三言、言葉を交わして戻ってきた。

「ブラックはダメだったよね?クリームと砂糖どうする?」

生徒会室で、櫂の飲むブラックコーヒーを見たときに出た話題を覚えていたらしい。

「あ、クリームだけで」

響子はコーヒーを受け取ると、一口飲んでみる。

家で飲むよりも、深い味わいがする。それでいて酸味が少ないようだ。とても飲みやすい。

「おいしい・・・」

思わず出た言葉に櫂が「オーナーのオリジナルブレンドだよ」と言ってから、お盆を返しに行ったついでに、オーナーに今の言葉を伝えたらしい。

オーナーはにっこりと笑って「ありがとうございます」と言った。

響子は慌てて席を立つとオーナーの側まで行ってカウンター越しに「あの、こちらこそ、ありがとうございます。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」と頭を下げてきた。

響子としては、櫂が気にするなと言っても、やはりちゃんと挨拶をしておきたかったのだ。

タイミングを計っていたので、今を逃したら・・・と響子にしては思い切った行動だった。


「気にしないで大丈夫ですよ。ご覧のとおり、常連には年配の方が多いので、若い方がいるとお店が華やぎます。静かに勉強されるなら、他のお客様の迷惑にもなりませんし。勉強頑張ってくださいね」

オーナーの優しい言葉にほっとして、響子は席に戻った。

カウンター席の常連さんがオーナーの言葉を聞いて「年配とはひどいなぁ」とこぼしていたので、そちらにも笑って会釈をする。

彼は「・・・まあ、店が華やぐのは確かかな」と言って響子に笑い掛けると、オーナーともう一人の常連らしき客との会話に戻った。


「よかった。皆いい人だね。・・・勉強に誘ってくれてありがとう」

デートに、とはちょっと言い辛かったので、安全な言い回しでお礼を言うと響子は櫂と共に勉強を始めた。


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