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ボンボヤージュ

遡ること400年前、人類は宇宙空間において結晶構造生命体と遭遇、これをクリスタルと命名した。まもなく、人類とクリスタルとの間で50年に渡る宇宙戦争が勃発、一時人類は地球にまで侵入を許したものの、ヴァルキリーと呼ばれる人型戦闘機の開発、改良により反転攻勢を開始、英雄アーノルド・エバンズの活躍により推定されるクリスタルの上位種、イシュタルを撃破。その後はごく少数の小型クリスタルが稀に出現するにとどまった。

時は流れて350年、西暦2613年。悪化する地球環境と人口増加により限界の地球から正常な遺伝子の保存を目的とした移民船アストラル号が出発することとなった。アーノルド・エバンズの息子、ケイ・エバンズはこの船に乗り星の大海へと旅立つのであった。

中国喀什《カシュガル》、OSP-03直結軌道エレベーター

「軌道エレベーター臨時32便は1時間後に出発いたします、お乗りのお客様は移民船手続所にて保安検査と身分検査を実施の上ご搭乗ください。当便は第五次移民船団搭乗の方のみとなります。」


アナウンスが軌道エレベーターの建物中に響く。

人類が初の宇宙移民を成功させてから早くも500年の時が過ぎた、人類の居住域は拡大し、今や月、火星、アステロイドベルトにも地球人類が生活している。


「今回の移民船は今までの移民船とは規模も趣旨も桁違いだ、果たすべき役割も大きい、乗せる人間の数も過去類を見ない300万人だ。」


隣を歩きながらそう語りかけてくるのは第五次移民計画における人選担当管轄官、アレックス・シュリフェンダー国際連合弁務次官である。


「地球人類が初めて敵対的宇宙生物と遭遇してから今年で400年、この宇宙にはまだ知らないことが多すぎる。よくもまぁこの人数の人類を宇宙に送り出そうと考えるものですね」


「我々はクリスタルと史上初めて宇宙空間で戦った、人類にとって初の宇宙生物とのコンタクトが戦闘だったんだ、本来なら宇宙を恐れていてもおかしくない、だが我々には選択の余裕はないんだ、地球はもはや我々を支えることはできない、我々が取れる手は宇宙に人類を送り出し、居住域を増やすことに他ならない。」


シュリフェンダーさんは一つの封筒を渡してきた中に入っているのは移民計画の詳細だ、それに目を通しながら話を聞く。


「これから先地球の環境がどうなるのか想像もつかない、地球に住む人類が何か変異を起こすかもしれない、だから今の我々の遺伝子を持つ人間達を我々の及ばぬところに送り出し、種としての保存を計りたいんだよ。」


「なるほどねぇ、まぁ確かに月や火星生まれの人は微妙に遺伝子が違うらしいですからね、まぁ、僕にはそこまで種の保存にこだわる理由も分かりませんがね。」


「ケイ、君も意地悪なことを言うな、本当の狙いに気づいているんだろ?君の予想通りさ、用は人を減らしたいんだ。とはいえ、今回は上位層も参加する、追放ではないさ。今回はな」


今回は、ということは次回からは要らない人間の追放になるかもしれないということだろうが、まぁ、もう自分には関係のない話ではある。


「移民船に乗せるヴァルキリーについてですが、一体何を積むつもりで?」


「それについては心配しなくてもいい、地球で積むのは現状の最新鋭機、テンペストだ。移民船には日本の大光重工が拠点を置く、宇宙へ出発後も新型の開発や改良が行われるだろう。」


大光重工なら安心だ、世界初のヴァルキリーの開発も人類がクリスタルに優位に立ち回れるようになった機体、白雪の開発も大光重工によるものなんだし


「それなら安心ですね、搭乗する空間騎兵については?」


シュリフェンダーさんの歯切りが悪くなった、これは何か隠してるな


「そ、そうだな、特に問題はないはずだ、最精鋭とまではいかないが、世界各地の有望な者を集めているよ…」


「本当に?」


「…君の前で嘘は吐きたくない、正直に言おう。今回の選定で優先されたのは練度より反乱を起こさないかどうか、命令に従順かどうか、あとは見た目といったところだ、だから…まぁ。」


「練度は期待するな…ですね?」


前者二つの理由は分かるが見た目?なんのために?


「それと、見た目?とは一体どういうわけで?」


シュリフェンダーさんが封筒の中身の別の書類を見るように言ってきた、もう一冊入っていた書類を取り出して読む


「なるほどねぇ、世代交代型移民船である以上、婚姻もしくは子作りのためにある程度の容姿を持ち、遺伝的異常を持たない者をクルーとする。」


なんとも無慈悲な…とはいえ必要なことではあるのかもしれない、必須かどうかは知らないが。

「とはいえ、君も想像している通り、大規模都市一つ分の人口を美男美女で揃えるなんてことは正直ままならなかった、だから美男美女の割合が多いと考えてくれ、世の中にはマイノリティ的好みもあるわけだし、歴史的に美の価値観が変わったこともある、という論拠を元にだな。」


「まぁ、そうでしょうね。地球で乗せる空間騎兵の人数は?」


「各国から希望者を集めて、4000人だ。それに加えて養成課程の人間もある程度乗せる、数年後には5000人程度にはなっているだろう。」


5000人か、未知の世界へ飛び出すにしては少ないと考えるべきなのか、その他防衛部隊の数も考えれば妥当と考えるべきか…


「ヴァルキリー部隊の他に特別編成の艦隊が護衛に就くと聞きました。」


「あぁ、その通りだ。何とか願いが聞き入れられてね、戦艦20隻、巡洋艦20隻を含む艦隊だ、移民船にはそれらを収容、修理、改修するドックが取り付けられている。」


「それでだな、私の方から提案があるんだ、どうだい?ヴァルキリー部隊の練度を君も確認したいと思わないかい?」


何を言い出すかと思えばそのことか、知りたくない訳がない。同じ部隊になるのだから


「わざわざ聞くことでしょうか?もちろんですよ。」


「まぁ、一応な。こちらで国連軍と話をつけておこう、月面基地司令なら快諾してくれるだろう。エバンズ君、君のお父上には感謝してもしきれないし、何より君にも感謝の念が絶えない、しかしもう一つお願いしたい、移民船を守ってくれ。」


「もちろんですよ、シュリフェンダーさん。壊されたらたまったものじゃないですからね。」


「心強いよ、それでは…今生の別れだな。君が産まれたころから見てきたが、アーノルドにそっくりなったな、ヴァルキリーの腕前も実に頼もしい、君はまだ27歳だ、老化抑制剤を使えばあと500年以上生きることになる、それに君には優秀な空間騎兵には高純度のものが渡されるだろうから僕みたいに白髪が生えることもないだろう、アーノルドのようにハンサムなまま美人な奥さんに看取られるだろうな。宇宙でも元気でな、簡単に死ぬんじゃないぞ?」


シュリフェンダーさんは父さんと共に400年前の戦争で戦い、僕が産まれた時から世話をしてくれた、7年前に父が死んでからもずっと力を貸してくれた人だ、別れは悲しい。


「えぇ、シュリフェンダーさんもお元気で。」


2人で握手を交わし、移民手続所に向かう。


「ケイ!」


名前を呼ばれて振り返る


「Bon voyage!!」


()

保安検査を終え、身分を開示したのち軌道エレベーター往還機に搭乗した。中はごくありきたりな航空機の座席と変わらない、座席表を見て席に座った。窓の先では見送りにきたシュリフェンダーさんがこちらを見ている。


「えっと…ここかな…うわ!すみません!」


後頭部に何かがぶつかり振り向いた

ホワイトブロンドのボブヘアーをした、子犬のような雰囲気を感じさせる女の子である。


「ご、ごめんなさい!お怪我はないでしょうか?」


Wow…クソ可愛い、この便に乗るということは移民船に乗るわけだが、シュリフェンダーさんから渡された資料に書いてあったことは本当なようだ


「えぇ、大丈夫ですよ。貴女も移民船に?」


「は、はい!フランス宇宙軍の空間騎兵でした!」


待てよ?この子は空間騎兵なのか?マジか


「そ、そうなんですね…、探査だけじゃなく戦闘もするわけですし、怖くはないんですか?」


その子は唇を軽く噛んでから答えた


「その…へへ、心配させたくないので言いたくはなかったんですけれど、正直言うと、怖いです。」


怖いのは当たり前だ、死ぬかもしれないし、死なずともこの広い宇宙に捨てていかれるかもしれないのだから。


「戦えない人達が安心して過ごせるのは空間騎兵の人達のお陰なんです、誰もそれを責める人なんていませんよ、居たらこう言ってあげればいい、レールガンを撃ち込んであげますよ?ってね」


レールガンの話に関しては母の口癖だった、夫婦喧嘩を覗き見していると毎回言うのだ、貴方の尻にレールガンをぶち込んであげるわよ?と、その時の父の顔が実に愉快だった。


「ふふ、そうですね。大丈夫です!ちゃんと皆さんをお守りしますから!」


彼女は隣の席にちょこんと座り、腕の時計を見ている。とても爽やかな花の香りが漂ってきた。


「当便はまもなく出発いたします、OSP-03への到着は出発より3時間後、15:00を予定しております。快適な宇宙の旅をお過ごしください。」


窓の外を見ると、シュリフェンダーさんが大きく手を振っていた、手を振り返す。すると、徐々に機体が持ち上がりシュリフェンダーさんが見えなくなる、どこまでも続く砂漠が見える、やがて大地が丸みを帯びてくる、機体は加速していくが機内はそれを程よく感じる程度に収まっている。


「さようなら、地球。さようなら、父さん、母さん。」


青黒い空を抜け、煌めく星々の海が目に飛び込んできた。


「こうしてゆっくり見ると、星の海が綺麗ですね!戦闘訓練中の宇宙はおっかなくて、少し近寄って見てみてもいいですか?」


了承すると、シートベルトの限界までグイッと上半身をずらしてきた、豊かな胸が僕の足の上で存在感を発揮している。


「これから、この宇宙に旅立つんですよね。なんだか信じられないです、怖いような楽しみなような…」


「怖くて当然ですけれど、怖がってばかりじゃ前には進めません、きっと楽しいこともありますよ。」


彼女はパッと笑顔になった

「そうですよね!きっと楽しいことも待ってますよね!」


ニコニコしながらすっと席に収まり彼女は瞳を閉じた。


()

第三軌道宇宙港OSP-03

「君、宇宙港に着いたよ。」


彼女はムニャムニャと深い眠りについていたが声に気づいたのか目を開けるとパッと立とうとしてシートベルトに止められる。


「ふぐっ!?はわわ、あ、ありがとうございます!すっかり眠ってしまっていました。」


彼女がシートベルトを外すとぷかぷかと浮く。


「はわわわ!?す、すみません…降ろしていただけますか…?」


彼女のしなやかで柔らかい手を掴み床に降ろした


「す、すみません…軌道エレベーター往還機は無重力なのを忘れていました…。」


「お気になさらず、さぁ、早く重力のあるところに行きましょう。」


機内を移動して連絡通路を通り、宇宙ステーション内に入ると重力が戻り着地した。


「あ、あの…そういえば、私の自己紹介してませんでしたね。私、クロエ・ベルナールって言います!ヴァルキリー部隊の空間騎兵で階級は少尉です!」


そういえば僕もしてなかったな、素性を明かすべきだろうか?まぁ、明かしたところで問題はないだろうしいいか。


「僕も自己紹介が遅れたね、僕はケイ・エバンズ。国連直轄のヴァルキリー部隊ヴァルチャー中隊に所属していたよ、階級は大尉。」


太陽のように輝いていたベルナールさんの笑顔が引き攣った

「え…えへ…え??…ふぇ?」


その頃クロエ・ベルナールの脳内では

ふぇ?ヴァ…ヴァルチャー中隊?あの、精鋭の?そ、それにエ、エバンズって、あのアーノルド・エバンズの息子さん??た、タチの悪い嘘っていうやつなのかな??で、でも言われてみれば見たことがあるような気がする…


ベルナールさんは急いで端末を起動し、そこに表示した写真と僕を比べ始めた。だんだん顔色が悪くなっていく。


「そ、その!も、申し訳ありませんでしたぁ!ケイ・エバンズ大尉とは知らず、その、馴れ馴れしくしてしまって!」


???


「??馴れ馴れしくしてもらっても構わないよ?同じ船に乗るんだし、同じ部隊に入るかもしれないんだから。」


その頃クロエ・ベルナールの脳内では

お、同じ部隊?!た、確かに可能性としては充分あるし…そ、それよりどうしよう、偉人にあんな馴れ馴れしくしちゃったよぉ…、ハニートラップとかって思われたくないよぉ


「そ、その!ちょっと馴れ馴れしくしすぎちゃうのは、昔からの癖で…だからその!決して、ハニートラップというわけじゃなくてですね…、その!ええっと、うぅ…よろしくお願いします。」


クロエ・ベルナールの脳内では

はぁ…なんでいきなりよろしくお願いしますなんて、なんで言えばいいかまとまらないよぉ…


「こちらこそよろしくお願いします、クロエ・ベルナールさん。」


その言葉にクロエ・ベルナールはハッとした、慌てて差し出された手を握り握手した、安心というより困惑の方が勝っていた。


「移民船へは貴女1人で?」


クロエ・ベルナールはその言葉に反応し、写真を出した

「え、えぇっと、私1人だけではありませんでして、父と母とあと、血縁はないんですけれども弟が…、別の便で来るのでそれまではここで待っていようかと…」


「なるほど、ご家族で…」


「頑張り屋さんなのですね、それでは僕は先に移民船へ、また会う機会があれば、お会いしましょう。」


去ってゆく彼の背を見ながらクロエ・ベルナールは徐々に目を輝かせた。


()

移民船とのシャトルに乗り、宇宙港を出た。このシャトルには慣性制御が効いているようだ。シャトルが月の裏側が見える位置に来た時"それ"が見えてきた。


移民船アストラル号、シュリフェンダーさんから渡された資料にはそう書いてあった、全長70キロ、横幅23キロ、全高14キロの超大型世代交代型移民船である。動力はレーザー融合式核融合炉5基を直列配置、交換、換装も容易にできるように設計されているらしい。


その他、各種自衛用に460ミリレールガンや荷電粒子砲、粒子加速砲に、ミサイル、防衛用ドローン、ヴァルキリー、艦隊を収容するドッグなどが備えられている、船というより移動する要塞国家というべきだろう。


シャトルはアストラル号の中へ入っていく、接地したと感じる振動の後、ハッチが開いた。同乗者達の移動の流れに身を任せて外に出た。


「うわ…眩し。」


薄暗いシャトルの中にいたせいか目が照明に慣れない、人の流れに従って移動する、全面透明素材の水平移動エレベーターに乗りこみ、発着場を後にする。


暗いトンネルを少し移動していると、またいきなり明るくなった。どよめきが広がる


「おぉ…!地球だ!」

「これが居住区なのか…すごいな。」

「これからはここに住むのか!」


同乗者達に阻まれて外がなかなか見えないが隙間から見える景色は地球で見るそれと変わらなかった。


水平エレベーターが集結しているターミナルに到着し、アストラル号の居住区に足を踏み入れた。


「すぅ〜、はぁ〜、新鮮な外の空気と言って差し支えなさそうだな。」


さてと、何しようか。とりあえず俺の家に向かってみるか?シュリフェンダーさんが紙で渡してきたこの移民船計画の資料達、紙で渡してきた以上あの人のことだ何か仕掛けてるだろうし、それを確認したい。


ターミナルの一階に降りて出口を探していると


「お待ちしておりましたケイ・エバンズ大尉。私は移民船アストラル号の艦長ジャック・ドレイヤーの秘書官、宮越賢治と申します。」


いきなり声を掛けられては心臓に悪い、声の方向を向く、いかにも秘書官という見た目の日本人の男だった。


「私に何か御用でしょうか?」


「今生きている空間騎兵の中で最高と評しても構わない操縦技術、その卓越した空間把握能力と判断力、そして何より英雄アーノルド・エバンズ様のご子息として受け継がれた多くの情報を持つ貴方に見ていただきたいものがあります。お疲れでしょうがお付き合いください。」


この空気、断れない。渋々ついていくことにした。


3次元移動エレベーターに乗り、上昇していく。

眼下には居住区が広がっている、改めて見ると人が作ったとは信じられない規模の大きさだ。


「驚かれていますね?この移民船の規模に」


「それは驚かない人間の方が少ないでしょう?この規模の船、異星人の技術でも使ったんじゃないですか?」


「ふふふ、そう思ってしまうのも無理はありませんが、この船に使われている技術は純地球人類種の技術利用ですよ、我々は老化抑制剤により寿命という概念が激変しました、たかだか70年程度しか研究できなかった数百年前の人類と違い、我々は600年近くを研究に費やせる、その結晶がこの船です。」


「この船を作るための資源なんてどこから引っ張ってきたんですか?」


「アステロイドベルトに必要鉱物が膨大に含まれた小惑星帯域が見つかりました、その帯域の鉱物資源をほぼ全て使い切って作られたものです、足りない部分は火星や月、土星の輪から補充しました。」


なんとまぁ大規模なこと、そんなことしたら次の移民船はどうなってしまうのやら。


天井の分厚そうな金属部に接近し、開いたハッチからエレベーターはさらに移動する、どれくらい移動したか分からないがしばらく待ったらエレベーターが止まった


「こちらへどうぞ」


エレベーターが開き壁のドアが開いた、宮越の後ろをついていく


「これをご覧ください。」


宮越がレバーを引くと窓がクリアになりその窓の向こうのものが照明に照らされた。


「これは、新型のヴァルキリーですか?背部推進ユニットはBAEの可変式プラズマ直噴式翼型推進システムに似ていますが、あれよりかは翼感が少ないですね。」


「これは貴方のお父様が使われていたヴァルキリーですよ、大光重工製のX-01試製全領域高性能邀撃ヴァルキリー、そしてこの機体に与えられた名は、明星。」


「しかし、私の父が使っていたヴァルキリーは白雪の改修型であったはずですが?」


宮越は首を傾げた

「おや?まさか、お聞きになっておられないのですか?クリスタルを束ねる上位種、イシュタルとの最後の戦闘時に貴方のお父様が乗られていた機体です。」


「イシュタル…、美と戦闘の女神、推定される最上位個体、父が幼い頃から僕に叩き込ませてきたシミュレーションで見てきました。」


「それはそれは、さぞ強い敵であったでしょう。戦闘記録ではアーノルド大佐とこの機体を持ってしても紙一重の勝利であったとあります、貴方のお母様、森下結城少佐との共同戦線でなければ敗北していた可能性は85%であったとコンピューターは導き出しています。」


宮越はこちらの顔色を伺っている

「失礼いたしました、ご子息の前で言うべき話ではありませんでしたね。」


「いえ、正当な事実を語ることを躊躇うべきではない、だからこそ父はイシュタルと戦うための術を私に授けたのですから。」


宮越は微笑む、悪気はないんだろうし素なんだろうが、ちょっとばかりキモイ。


「流石です、やはりシュリフェンダーさんからお聞きしていた通りの方のようですね、いかがいたしましょう?私はこの明星は貴方が乗るべきであると考えますが、貴方の意見をお聞きしたい。」


「この船に乗っている空間騎兵は練度に不安があると聞きました、彼らの練度を上げない以上想定されるクリスタルとの戦闘でこちらが不利になる、私が彼らの練度の底上げに協力します、そのためには彼らと同スペックである必要がある、しばらくはテンペストで戦いますよ。」


宮越は軽く目を閉じたあと言った。

「承知しました、それでは明星は今しばらく改修に励むこととしましょう。部隊のことはお願いいたします。」


その後エレベーターに再び乗り込み居住区へ戻った。


()

移民船アストラル号A-01区画

「宮越です」


扉が開き宮越は部屋の中に入る、優雅なアンティーク調の家具が並べられた部屋、その机には今の時代では珍しい旧基準の50代程に見える男性が座っていた。


「彼の様子はどうだったかね?」


その男の言葉に宮越は答える

「27歳と赤子のような若さですが、精神面はおそらく問題なし、むしろ図太いかもしれません、そして何よりイシュタルを恐れている雰囲気は感じませんでした、まるで勝つことに慣れているように。」


「シミュレーションと実戦は違う、シミュレーションで何連勝しようと所詮奴らはデータの蓄積、実戦では想定外が常に起こる、彼はそれにも対応できそうか?」


「実戦を見てみなくては分かりませんが、不思議とやってくれるだろうという安心感を感じました。」


「アーノルドもそういう男だった、アイツの翼の元には知らぬ間に多くの人間が集った、ただのエースという枠組みを超えた、灯台のような存在だったんだ。私はそこには及ばなかった…」


「何はともあれ、ヴァルキリー隊の練度向上は喫緊の課題だ、ヴァルキリー隊の部隊長達と協力し早急な対応を。月面基地のアレクサンダー・ブブリク中将からヴァルキリー隊による模擬戦闘が提案されている、隊員が揃い次第実施するように。」


「承知しました。」


()

移民船アストラル、ヴァルキリー格納庫

「いやぁ、アンタが来てくれるなんて思ってなかったよ!君のお父さんとは長い付き合いだったからなぁ、君の機体はもう整備を終えているよ。今後細かい調整をしていこう。一応今は、君のお父さんの設定と同じにしている。」


旧基準の40代中頃に見える男性がそう語る、この人は整備部隊の隊長、ヤン・ユーウェン中佐。父のヴァルキリーの整備を担当していた人だ。


「ありがとうございますヤン中佐、早速発艦しても?」


ヤンさんは目を丸くした

「い、いきなり?構わんが発艦許可は出ているのか?」


端末を見せた、先程宮越から送られてきた命令書である。

ケイ・エバンズ大尉は月面基地へ出発、月面基地と面会せよ。移動方法は貴官に一任する。


「なるほどなぁ、それでヴァルキリーに乗っていきたいとね?よし、推進剤と反重力システムの再点検をするから着替えてきてくれ、その頃にはバッチリにしとくよ。」


更衣室に向かい、素っ裸になる。その後インナーを装着する、ボタンを押すと空気が抜かれて身体に密着する、戦闘時の心肺蘇生、血液循環の調整などがおこなえる。そして、その上から装具を身につけ、宇宙服を着る。


格納庫に戻る、ヤンさんが待っていた

「準備は完璧だよ、それじゃあ気いつけてな。」


「ありがとうございます。」


そのまま扉を開けて中に入る、機体格納庫は無重力なため上下の移動が楽である、胸部コックピットに入りハッチを閉める。


()

アストラル号中央戦闘航法司令室

「18番ハンガー、エバンズ機出撃シーケンスへ移行します。」


オペレーター達による操作が開始される

「第18番ハンガーより射出口への移動開始、射出口の第3、第2隔壁解放、エバンズ機射出ルートに移動中。」


ヴァルキリーより通信が入る

「こちらエバンズ大尉、反重力システム作動、背部推進システム接続待機中、機内圧力正常、酸素濃度問題なし、慣性係数正常値、オールグリーン。」


「エバンズ機の浮上を確認、反重力システムの正常稼働を確認、背部ガントリー、カタパルトとの接続確認問題なし。」


アストラル副司令官レティシア・マーナル中将が指示を出す

「出撃を許可します、無事の帰還を。カタパルト射出!」


()

無線越しに女の人の声が聞こえた直後一気に機体が加速しアストラルから射出された。反重力システムにより機体の急制動の補助や急激な方向転換が可能になってからというもの宇宙空間での移動の自由度は飛躍的に進歩した。


「よし、いい反応だ。」


方向転換ののち背部推進ユニットを起動して加速する。


急制動と方向転換はできるけれどまだ反重力システムだけでの推進は実現できてないからなぁ。


そのまま静かの海基地へ向かう。月は開発が進み、月面都市や地下都市、多数の軍港や民間港が築かれている。こうして宇宙から見ると月も発展しているなと思う。


通信が入る

「こちら、月面基地総司令部静かの海基地である。ケイ・エバンズ機は誘導に従い第330バンカーへ。ようこそ月へ。」


「了解、誘導に従う。歓迎に感謝する。」


誘導ビーコンをキャッチした、その道筋に従う。

「主推進ユニット停止、慣性航行へ移行。」


ビーコンの終わりが見えてきた、速度が少し出過ぎている。

「機体スラスター、逆噴射。減速。」


見えた、バンカーの入り口だ。

「速度調整、スラスター逆噴射。反重力システム稼働正常。静かの海基地へ、これよりバンカーに侵入する。」


機械補正に任せつつ、目視確認で状況把握を続ける。誘導ロボットが機体の最終誘導を行い、ガントリーロックに機体を固定する。そのままゆっくり機体を接地させ、終了だ。


機内の慣性制御を切ると浮遊感が身体を包んだ。ハッチを開けて外に出る、変な所に行かないように調節しながら手すりに掴まり、慣性制御区画を目指す。


ドアに近づくと整備班の人達が出てきた、敬礼して機体を任せる。慣性制御区画に降りてヘルメットを脱ぎ、出口へ向かう。


そして扉を開けると

「久しぶりだなケイ!!元気だったか?イケメンになったなぁ!ははは!」


これまた旧基準の40代くらいの人が抱きしめてきた。

「ブブリクさん、久しぶりって言ってもたった7年ですよ?」


「老化抑制剤を使っている私にとってはあっという間だったが、成長を続けた君には長かったろ?それに、私も寂しかったんだぞ?」


アレクサンダー・ブブリク大将は月面基地総司令官兼内惑星防衛軍総司令官であり、父とは幼馴染であり約500年を共に過ごしたらしい。僕が27年前にこの世に生まれたとき、父と母に匹敵するほど喜んだらしい。


「私も会いたかったですよブブリクさん、最後に貴方と直接会えてよかった。」


ブブリクさんがシュンとした

「そうだよなぁ…もう今生の別れになるんだよなぁ。うぅ…情けないところを見せてしまうなぁ…。」


「月面基地総司令官兼内惑星防衛軍総司令官が泣かないでくださいよ、そうだ、これを僕だと思って大切に使ってくださいね?」


そうして渡したのは日本製のお箸である。

「うぅ…もう涙が止まらないよぉ…大切にするからな。私の方からも君に渡したいものがあるんだ。」


そう言ってブブリクさんが取り出したのは、懐中時計であった。


「僕が使っているものと同型だよ、100年使っても誤差は実に0.1秒に収まるし、針時計の部分はアナログだから電磁妨害や環境変化にも強い、蓋のこちら側は様々な設定ができるデジタル時計になっている。これを君に。」


「ありがとうございます、死ぬまで大切にします。」


その後司令官執務室に移動したブブリクさんは目元を赤くしていたが、鼻をかんでから気を取り直した。


「それじゃあ、僕ができる最後の手伝いをしよう。明後日、嵐の海基地の第103邀撃大隊とそして何より、ヴァルチャー中隊の手配をしたよ。」


「僕にとっては嬉しいですが、アストラル号のヴァルキリー隊は練度的に懸念があるとのことですし、もう少し手加減してもいいのでは?」


「まぁ、君なら勝てても他が手も足も出なかったら分からないからな、程よい部隊も一つ用意しておこう。とはいえ、アストラル号には確かドストエフスキー大佐と夕陽大佐、アントラセン中佐もいる、あの人達なら新兵教育もお手のものだろう。感覚派の君と違って300年の叩き上げだからな。」


国連軍の中でもよく名前を聞く人達のうち3人も乗っていたのか、確かに2から30代の新兵だけで編成されても困るからな。


「それなら安心ですね、それではよろしくお願いします。」


「任せてくれ。それにしても、イケメンになったな。アーノルドのような凛々しさがあるが、目元は君の結城のように優しい、彼が27年前急に子供ができたと言ってきたときは驚いたよ、結婚してから450年ほど、子供を作らなかったからてっきり作らないものかと思っていたが、君に死というものを知ってもらいたかったのかもしれないな。」


「今の時代、金のある人、能力のある人は老化抑制剤で若いままの姿もしくは、少なくとも50代くらいの見た目で600年以上を生きて死にますが、そうでない人は寧ろ60年、70年生きられるかどうか…」


「ケイ、アストラル号に住む人達がそして、もしかしたら君が移り住む星で住まう人達が、私腹を肥やしてふんぞりかえる者と、明日見えない闇の中で過ごす人に分かれ、互いを憎み合うようなことにならないよう、努力を続けてくれ。」


「僕に、そんなことができるんでしょうか…?」


「できるとも、望むようにはできないかもしれない、失敗に終わるかもしれない、だがな、努力だけは続けるんだ、君の努力はきっかけとなり、きっかけは結果を生み出す、自分の笑顔のためだけでなく、誰かの笑顔のために、そのために懸命になれる人をアーノルドと結城は望んでいたんだ。」


「父さんと母さんが…、分かりました。できることをできるだけやります。」


「君の人生に枷をかけてしまって申し訳ない、せめてそれ以外では君は君の人生を謳歌してくれ、いい伴侶を見つけて、たくさん笑って、愛し合ってな。私から言いたいのは以上だ。」


「ブブリクさん、行ってきます。」

ブブリクさんと熱い抱擁を交わした、お互いの別れを惜しむように。


そして、部屋を出る時に最後にブブリクさんが声をかけてくれた。


「ケイ、Bon voyage!!」


「はい!」


()

ヴァルキリーでアストラルに戻り、宮越に報告にした。

「以上です、アレクサンダー大将からの続報は直接艦の方に送るとのことでした。」


宮越は端末から顔を上げて言う

「ご苦労様でしたエバンズ大尉、その…忙しくして申し訳ないんですがね、ヴァルキリー隊の一個大隊が今日中に揃う見通しですので、明日貴方と模擬戦をしていただきたいのです。」


「…は?」


「こちらの方で埋め合わせはいたしますので、よろしくお願いしますね?艦長からの命令ですので、従ってもらうしかありませんから。」


「はぁ…承知しました。」

丁度いいウォーミングアップとするかな…


「本艦アストラル号の出航は2週間後を予定しています、ですからそれまでは貴方に頑張っていただきます。出航し次第、貴方にボーナスと2週間の休暇を、それでどうでしょう?」


「構いませんよ、それで。」


宮越は回答を聞くとニコニコしながら頷き、端末に入力を始めた。悪い人ではないんだろうが笑い方がキモい。


()

その頃、アストラル号にケイに遅れること数時間後に着いたクロエ・ベルナールは

「お母さん!お父さん!リュカ!ほら見て!街だよ!」

水平移動エレベーターから居住区が見えた、クロエ達は待ちに待った新天地に期待を膨らませた。


ターミナルに到着し、外に出るとクロエと弟のリュカは深く息を吸った。

「凄い綺麗な空気、パリの空気とは違うね。ここならリュカの喘息も少しは和らぐかな?」


クロエはリュカを見る、今年で18歳のリュカはパリの空気にやられて喘息になってしまっていた、この居住区は話によると都市規模を維持しながらも大規模な空気清浄により緑豊かな山の麓の空気を再現しているらしい。ここならリュカも楽に過ごせるかもしれない。


「クロエ、ごめんねぇ…。貴女に沢山苦労をさせてしまって、私達は貴女に頼ってばかりで…。」


クロエの母が申し訳なさそうにしょんぼりする。

「お母さん、気にしないで。私のこと、軍に入隊するまで頑張って育ててくれたのはパパとママだし、私も恩返しをしなくちゃ!」


「クロエにはもう十分すぎるくらい恩を返してもらったよ、リュカは私たちが頑張って育てあげるから、貴女は貴女の生きたいように生きていいんだよ…。私達もまだ48歳だ、身体は蝕まれているけれどリュカが自立するまでは働けるよ。こっちの方が仕事も良いだろうしね。」


「ダメだよお母さん!お父さんも!2人の身体はもうボロボロなんだから、安静にしてないと!大丈夫だから、もう少し私が頑張れば3人の治療費もリュカの進学のお金も用意できるから!」


「クロエ…クロエ、君まで体を壊してしまったら私達はこの世界でも要らない人になってしまう、俺たち親は構わないが君とリュカには幸せになってほしいんだ、だから無理をしてはいけないんだよ。」


「で、でも…」


「とにかく、一旦家に行こうか。」


クロエはやるせない気持ちのまま、彼女達の家に向かった。


艦内居住区E地区

少し薄暗いながらも最低限の明るさは保たれている道路を歩く、作りたてだからか舗装も整っている。しかし、木々が生えていたり、土があるD地区までとは異なりここE地区は艦内の上下水道管の配管が色々なところで剥き出しになっていて、なにより蒸し暑い。


ボックス型の家に家族みんなで入った

「すごい、キッチンがある…。床も清潔なコンクリートだ…、ねぇ、クロエ姉さん、あれが冷房ってやつ?」


そこには小さいながらも確かに冷暖房器具と思しきものがあった。

「うん、そうだよ。収納は…そこだけかな。」


一応のクローゼットのようなものが一つあったがそれ以外には収納は見当たらない。なんなら、風呂も見当たらなかった。


とはいえ作られて間もないため清潔であるのはベルナール一家には嬉しいことであった。しかし、困ったことにこの部屋は4人で寝るとなると身体を密着させないと収まらないようだ。


「私は待機任務中は待機室で過ごせるからお母さん達も少しは広々と使えると思う。」


クロエの母はクロエをギュッと抱きしめる

「ありがとうクロエ、こんなにいいところに住めるなんて夢にも見てなかったよ、本当にありがとう。」

ポロポロと涙を流す母を宥めながらクロエはもっと良いところに住まわせてあげたかったと自分の無力さを感じるのであった。


その時、ピロピロと腕部の端末が鳴ったので確認すると

(現在アストラル号に搭乗中の空間騎兵は明日10:00よりケイ・エバンズ大尉との模擬戦闘を行う、明日08:00までに装備を装着し、第1ブリーフィングルームに集結せよ。)


クロエは拳を握りしめた、まだ、まだ手はある。立派な空間騎兵になれば待遇も良くなるはず。と

白雪••第二世代ヴァルキリー、史上初の反重力システムの採用により宇宙空間での高機動戦が可能となり人類がクリスタルと互角に渡り合えるようになった。

明星••上位種イシュタル撃破のために戦闘に特化させた試作 機、量産には向かない高度な戦闘機構を複数持っていたため大規模量産はされず、決戦部隊の精鋭に向けて少数が生産、その性能を発揮した。現有機はこの機体のダウングレードモデルが元

老化抑制剤••天才ジョシュ・アンダーソン博士の発明品、老化の原因となる要素の活動を抑制するため寿命の増進、見た目の維持が可能。超ハイグレードモデルは使用時の年齢を何年でも維持できる。ハイグレードモデルは600年間で約5歳の老化、通常モデルは600年間で20歳から30歳の老化に抑えられる。

イシュタル••クリスタルの想定される上位種、結晶構造なものの人型をしており美しく輝く、戦闘能力は通常のあらゆるクリスタルを凌駕しており、単独にて国連第7航宙艦隊を殲滅した。唯一、人間の言葉を理解できている可能性がある。

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