26:王との謁見
玉座の間に入れば、ピリッとした緊張感が伝わる。
赤い絨毯の道の向こうには、玉座に鎮座する国王陛下と、今年二十五歳になるという王太子殿下がいた。美しい金髪と、翠眼が陛下によく似ている。
さらにその横には白髪長髪の神官もいた。純白の礼装に神殿の象徴である十字架を首に下げる彼は中央神殿の管理者である大神官セシアル・ルークベルレ様だ。
中性的な美貌に真っ白な肌、絹のような白髪。天使と自己紹介されても納得してしまうほどだった。神官を志す者はほとんどが彼に憧れを抱いた者たちだと言われている。
国王陛下と王太子殿下は予想できたけれど、まさか大神官セシアル様までいらっしゃるなんて……その方が都合がいいけれど。
国王陛下に、王太子殿下に、大神官様。錚々たる顔ぶれに私は無意識に唾を飲み込む。しかし彼らの威厳を前に委縮してしまってはいけない。
私達家族は国王陛下の前に横一列で並び、膝をついて礼を尽くした。国王陛下から許可をいただき、当主であるおじい様が一番に口を開く。
「フォグ・ブルースカイ、ならびにブルースカイ家一同、栄光なる国王陛下のもとに参上致しました」
「うむ。久しぶりだな、フォグ」
「陛下もお元気そうでなによりでございます」
視線をかわし、互いにニッと口角を上げるおじい様と国王陛下。旧友として、久しぶりの再会を喜んでいるみたい。
次に陛下は私に視線を移した。
「クレアよ。君も大きくなったな」
「はい、お久しぶりでございます」
太陽のような陽気な笑顔を向けてくださる陛下に私も思わず笑みを返した。
陛下とは幼い頃から面識はあるけれど、相変わらず元気で若々しい。見ているだけでこちらまで活力が湧いてくるような気がするほどだ。
そして。
次に陛下が視線を向けたのは。
「して、そなたがブルースカイ領の守護神、クラウドか」
クラウドは「はい」とはっきり答えた。もう彼は自分を偽ることはしない。
陛下は難しそうな顔をしながら、クラウドをまじまじと観察する。
「……本当に君はその、魔族なのか?」
「はい。陛下のご許可さえいただければ、証拠も出しましょう」
「そうか。では、見せてくれ」
クラウドが目を瞑る。角は感情が昂らないと現れないとのことだけど、なにかを思い出しているのかしら。
しばらくすると、クラウドの頭から漆黒の角が生えた。途端に王太子の両眉がきつく寄せ合い、大神官も驚いたように目を丸くしていた。
「……なるほど。角か。疑いようがない」
陛下はそれだけ言うと、玉座に背を預け、黙り込む。そこでおじい様がすかさず意思表示をした。
「王よ。クラウドはこのように魔族です。しかし私共はそれでも彼を受け入れるつもりです。そのご許可をいただきたい」
「うむ。君の気持ちは分かるぞ、フォグ。だが私が簡単に頷けないのも知っているだろう。無条件で彼の存在を容認するわけにはいかないんだ」
「クラウドは何も罪のない人間に危害を加えることは絶対にしません。彼は今まで、己の力を国やブルースカイ領を守るためだけに使っております」
おじい様はそうハッキリ示した後、「ですが、陛下が不安に思うのはもっともです」と言葉を続けた。
「こちらも無条件で容認しろとは言いません。代わりにもし陛下が、クラウドが国を裏切る可能性があると確信した際はこちらをお使いください」
「これは?」
それは十字架だった。
大神官セシアル様が足早におじい様の目の前に立ち、十字架を受け取る。
数秒後、十字架を凝視したセシアル様は「これはこれは……」と言いながら、目を丸くする。
「陛下。この十字架にはフォグ殿の誓約魔法が込められているようです。この十字架を壊せば、フォグ殿、クレア嬢、そしてクラウド殿。三人の心臓が即時潰れるように誓約があります」
「なっ!? フォグ!?」
これには陛下も驚いたようで、思わず立ち上がった。
おじい様は「これが我らの覚悟です」とだけ依然として冷静に返す。
「フォグ様……!? 聞いておりません! 俺の命だけではなく、フォグ様とクレアの命まで懸けるなんて!」
陛下同様、クラウドもひどく焦ったように声を上げた。
それも当然だろう。
実は、私とおじい様の心臓を懸けることをクラウドには話していなかったのだ。クラウドがこの事を聞いたら、絶対に反対するだろうと思っていたから。
でも、陛下に許してもらうにはこれくらいしないと筋が通らない。おじい様に私の命まで懸けると言われた時は私は躊躇いなく十字架に血を捧げた。
動揺するクラウドの瞳をまっすぐ見つめ返す。
「クラウド。私もおじい様もあなたを信じてる。あなたと一緒に生きるために、私達はこのくらいの覚悟もしているということなのよ」
「…………!!」
クラウドはぐっと唇を噛み締める。その瞳が潤っていた。
彼はしばらく固まっていたが、震える拳を握りしめ、国王陛下に深々と頭を下げた。
「国王陛下。私は魔族ですが、この国を、この国の民を命をかけてお守りすると誓います。国王陛下のご判断を後悔させるようなことを絶対にいたしません。だから、どうか……私を、この国に置いていただけませんでしょうか……」
「…………」
沈黙が包んだ。
その緊張の糸は陛下のため息と共に途切れる。
「まったく、とんでもないものを差し出してきおって……。これを管理する私の気持ちにもなってくれ」
「では、我らブルースカイ家の十字架を受け取っていただけると?」
「あぁ。“王国の盾”であるお前にそこまで覚悟を見せられては、こちらも応えなければなるまい。この十字架は受け取ろう。よってクラウドをブルースカイ領の管理下に置くことを許す。後で大神官から公文書を送ろう」
「ありがとうございます……!」
私は笑顔で頭を下げた。喜びと安堵を噛み締める。口角がぐっと上がった。これでクラウドと堂々と一緒にいることができる。こんなに幸せなことは他にない。
でも、私達の用事はこれで終わりではないのだ。再び気を引き締めて、国王陛下を見上げた。
「して、フォグよ。今回はもうひとつ用事があるんだったな」
「はい。そちらの件に関しましては私の娘、クレアから申します」
おじい様の視線に応え、私は頷く。
私はおじい様とは反対側の隣にいるレインと顔を見合わせる。レインはコクリと私に頷いた。
「陛下。この子は私の養子、レインでございます。今回はこの子の魔力の登録をお願いしたかったのです」
「お初にお目にかかります、国王陛下。レイン・ブルースカイです。国の太陽であらせられる国王陛下にお会いできて、誠に光栄でございます」
レインは事前に打ち合わせした通りに挨拶をした。
五歳の子供とは思えない落ち着いた様子に陛下も王太子殿下も大神官様も感心した様子だった。
「ほぅ、魔力の登録とな。しかしその子は既に魔力なしと診断されたと聞いているが?」
「はい。しかしレインの魔力はアウリー・ハーミット魔術爵のお力添えもあり、新たに目覚めたのです。前例がないことではございますが、今からそれを証明しましょう」
「あなたの力を見せて」と、私はレインを見た。
「はい、お母さん」と答えた後、レインはゆっくり目を瞑り、集中を始める。
再び玉座の間に沈黙が宿る。しかししばらくしても、玉座の間では何も起きない。
痺れを切らした国王陛下が首を傾げる。
「…………? なにも起きないぞ?」
「恐れながら陛下、窓の外をご覧ください」
「窓の外?」
王太子殿下がハッとして、玉座の間の赤いカーテンを勢いよく開けた。外から何かの音が聞こえたのだろう。
カーテンを開けた窓からは王宮の美しく整えられた中庭が一望できる。雲一つない晴天だというのに、小雨が降っていた。
中庭を一望できるこの場所だからこそ、その不自然さがよく見える。
「雨? 先ほどまで晴天だったというのに……」
不自然な雨は十秒ほどすると止んだ。さらに数秒後には、美しい虹の橋が中庭上空にてハッキリと浮かび上がる。
陛下はどうやらレインの瞳が青く輝いていることに気づいたようだ。それはレインが魔力を消費している証。
「お、おい……まさか……今のは……」
驚く大神官、王太子殿下、国王。「馬鹿な……」と王太子殿下から驚愕の呟きが漏れていた。
「はい。今の雨は僕の魔法です。僕は狭い範囲のみですが、雨を降らせることができます。少しの間、王宮の中庭にだけ雨を降らせました」
「雨だと!? 天候を変える? そ、そんな高度な技術……本の中でしか見たことがないぞ!?」
「それにこの通り──」
レインが手を掲げると、玉座の間の中で無数の水の玉がレインの手のひらから生み出される。
水の玉は一つの場所に集約し、それは見事な、太陽と十字架をモチーフにした我が国の国章として形を変えた。
さらにレインはもう片手で種を取り出し、握りしめる。すると──種から蔓がグングンと伸び、それがいつしか人型へと姿を変える。
人型となった樹は国王陛下にギギギとぎこちない動きで恭しい一礼をした。
「同時に水魔法も、土魔法も使えます」
「な……」
見事な魔力操作に加え、二つの魔力の同時操作。
正直、レインの水魔法の繊細な魔力操作の技術だけでも、王宮魔法使い並の腕だと言っても過言ではないだろう。それに天候すら操る膨大な魔力量も感服ものだ。
母親の私ですら未だに信じられないくらいだしね。それだけではなく二つ同時に魔力を使ってもその魔力操作の精度が落ちないのも凄い。
短期間でここまでの成長を遂げるとは思わなかった。おそらく今のレインの魔法技術はこの国の未成年魔法使いの頂点だと思う。
レインの才能を間近で見た国王陛下は苦笑いを浮かべる。
どうやら言葉も出ないらしく、しばらく口を開閉させていた。
「……お、おいおい……。君たちはこの短時間で何度私を驚かせるつもりなんだ? だが、たしかにレインの才能は分かった。大神官、後でレインの魔力診断を改めて行ってくれ」
「承知しました」
私はホッと胸を撫でおろし、レインにウインクした。レインもこっそり笑みを返してくれた。
ひとまずこれで国王陛下への用事は終わったわね。そう思っていると、大神官セシアル様が恐る恐る手を挙げた。
「それで、ブルースカイ家の皆様方。ずっと気になっていたのですが……その、そちらに座っている犬はもしかして……」
セシアル様が指したのはクウだった。注目されたクウはコテンと首を傾げ、人懐っこく小さく吠える。
レインがそんなクウを抱いて、国王陛下を見上げた。
「はい。事前におじい様からご報告があったかとは思いますが、この子も私達の家族のクウです。神獣フェンリルの母親から、託された子です」
「……セシアル殿。そ、その子は……ほ、本当に神獣で間違いないのかい?」
王太子殿下が恐る恐るそうセシアル様に尋ねる。そう尋ねたくなる気持ちは分かるわ。今のクウは魔力封じの首輪をしているし。
でもセシアル様の目はごまかせなかったようで、セシアル様はガタガタ身体を震わせ、コクコク頷いていた。
いつも冷静なセシアル様のこんな興奮したような顔は初めて見た。あまりに感激して、言葉が出てこない様子ね。
クウはレインの肩に上り、元気に再び吠える。
国王陛下は疲れた様子で玉座の背もたれにもたれた。
「……フォグよ、引き続きフェンリルの管理も頼むぞ。……本当に頼むぞ」
「分かっております。神獣の恐ろしさは我らブルースカイ家がこの国で一番知っております故」
陛下は納得したように頷いた。
そしてその後、ぐっと背を伸ばし、次は国王陛下の目がキラリと輝く番だ。
「最後に一つ。私からも頼みがある。お前たちの願いを複数叶えたのだ。もちろん一つくらいは聞いてくれるだろうな?」
陛下はにっこり微笑みながら、髭を撫でる。何かしらの圧力を感じた私達の身体が固まる。
緊張しながら耳を傾けていると、陛下はレインに視線を落とした。
「レインよ。よければ我が娘──第二王女の友人になってくれないだろうか」




