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25:成長

 私とクラウド、レインとクウがアズールウッドからブルースカイ家に帰って数か月が経った。

 アズールウッドでの魔物の動きもすっかり落ち着いており、私達家族は平和なひと時を過ごしている。


 そんなある日、王都にあるブルースカイ家別邸の中でレインが目を輝かせていた。


「お母さん、綺麗です。女神様みたいです」


 レインの言葉に私は頬が熱くなるのを感じた。レインは落ち着きがない様子で私を色んな角度から眺めてくる。

 そんなレインが可愛くて、私はレインのぷにぷにほっぺに頬ずりをした。あぁ、天使の柔らかさ……何度頬ずりしても飽きない!

 

「いっぱい褒めてくれてありがとう、レイン。あなたもとっても素敵よ。その正装よく似合ってる」

「一人前の貴族に見えますか?」

「えぇ、見える。立派よ」


 私の言葉に嬉しそうに頬を染めるレインはブルースカイ家を象徴するスカイブルーの生地に白のラインが袖と襟元に入った正装に身を包んでいた。

 ちなみに私はというと同じくスカイブルーのロングドレス。胸元の大きなリボンが肩まで覆っており、とても可愛らしい。リボンの中心には金の装飾があり、そこにはブルースカイ家を象徴する両翼を広げる鷹の家紋があった。

 下半身部分のフリルは少なめでとっても歩きやすいしお気に入りのドレスだ。


 そして最後に……。


「着替えたぞ。どうだろうか?」

「――!!」


 クラウドが、私達と同じスカイブルーの騎士装束に身を包んでいた。サーコートの胸元部分にはブルースカイ家の家紋が黄金の刺繍によって描かれており、ブルースカイ家の守護神にふさわしい恰好だった。深い紺色のマントも体格のいいクラウドにより似合っていた。


 クラウドはきっちり着込むような服は苦手だから、今のような正装姿はなかなか見れない。しかもアズールウッドの一件以降、彼はさっぱり髪も切ってより魅力的になっている。

 もちろん、前の長髪も好きだけれどね。でも今の方がクラウドが自分をさらけ出してくれているようで、嬉しくなるのだ。


 ゆっくり私に近づいてくるクラウド。その表情には不安がうかがえた。私の顔色を窺っている様子だ。


「おかしくないだろうか?」

「…………」

「クレア?」


 クラウドに顔をのぞき込まれて、我に返る。

 いけないいけない! 正装姿のクラウドがあまりにかっこよすぎて見惚れてしまった。

 不安げなクラウドを安心させるために私は素直な感想を彼に伝える。


「す、素敵よ! 見惚れてしまったくらい。……正直、他の女性には見せたくないと思ってしまったわ」

「っ! ……そ、そうか。君も綺麗だ。この世で一番、誰よりもな」


 「俺も、できることなら君を隠してしまいたいと思う」と、砂糖も溶けてしまうような甘い言葉に頬に熱が集まった。しかも私の手の甲にキスまで落として。


 アズールウッドの一件以来、クラウドは変わった。髪を切ったっていうのもあるけれど、こんな風に自分の心を素直に見せてくれるようになった。

 それはすごく嬉しいんだけれど、あまりに情熱的に愛情表現をしてくれるようになったものだから、心臓に悪いのよね。


 視線を感じて、ハッとする。そういえば傍にレインがいたのだったわ!

 レインは何故かニコニコと私達を見上げている。目が合うと、満面の笑みで「気が利かず申し訳ございません。しばらく二人きりにしましょうか?」と子供らしからぬ発言をする。

 い、一体その気遣いはどこで覚えたのかしら!?


「れ、レイン。そ、そこまで気を遣わなくていいのよ!?」

「でもお母さん。僕はお母さんとクラウドさんが心を通わせて、幸せそうな姿を見るのが好きなんです。大好きな人達が幸せそうにしているのはこんなに嬉しいことなんですね」

「ッ!」


 レインはへにゃりと頬を綻ばせて、そんなことを言い出す。

 そんなレインに私はうるっと涙がこぼれそうだった。大好きな人。我が子にそう言ってもらえて喜ばない母親がいるもんですか。

 それにこんなにいい子に育ったレインに喜びが溢れていく。思わず、私はレインを抱きしめた。


「お前達、着替えたか」

「おじい様!」


 ノックと共に部屋に入ってきたおじい様も私達と同じスカイブルーの正装を着こなしている。こう改めて見ると高身長なクラウドとおじい様が並ぶと威圧感がすごいわね。

 ちなみにクウもスカイブルーのリボンがついた首輪をつけて、おじい様の足元で胸を張っている。これで家族が全員揃ったわね。


 ブルースカイ家全員でこうして正装をしているのにはもちろん理由がある。

 私達ブルースカイ家全員が王城へ来るように王命があったからだ。だから私達は今、王都にあるブルースカイ家の別邸にいるのである。

 

 さっそく私達は家族全員で馬車にのりこむ。大柄なおじい様とクラウドがいるからちょっぴり狭いわね。

 クウはおじい様の膝の上に既にチョコンと乗っているため、私はレインに手招きをした。


「レインは私のお膝の上にきなさい」

「いいのですか? お母さんの綺麗なドレスに皺が……」

「大丈夫よ。子供のあなたがそんなことまで気にしなくていいの。おいで、レイン」


 そう言うと、レインは照れながらも私の膝の上に乗った。そうして首だけ振り向いて、「えへへ」と嬉しそうに微笑んでいる。可愛い。

 レインは少し大人びているけれど、やっぱりまだ子供ね。私はなんだか少しだけ安心しながら、レインの頭を優しく撫でる。


 ちなみに今回、王城へ呼ばれたのはとある二つのことについて国王陛下から返答をいただくためだ。


 一つはクラウドのこと。アズールウッドの一件でクラウドが魔族だったことが判明した。

 おじい様はそれを隠すわけにもいかないからすぐに国王陛下に報告している。


 そして二つはレインのこと。レインも魔力の操作に慣れてきた。だからこそ、そろそろこの子の魔法の才能について国王陛下に報告しなければならなかった。

 クラウドもレインも、ブルースカイの宝だ。慈悲深い国王陛下はきっとそのことを分かってくれるはずよ。


 私は不安を隠すようにレインの小さな身体を後ろから優しく抱きしめた。




***




 王城に着き、降馬場に降りると、さっそく白の騎士装束に身を包んだ王宮騎士達が私達を出迎えてくれる。

 彼らは高身長なクラウドとおじい様の威厳に若干顔が強張っているような気がした。


「フォグ! 久しぶりだな!」

「おぉ、アルセント! 歓迎、感謝する」

「クレア嬢も、とても美しくなられましたな」

「ご無沙汰しております、アルセント様。お元気そうでなりよりでございます」


 おじい様に挨拶をした後、王宮騎士団長のアルセント様が快活な笑みを浮かべる。私は丁寧にドレスの裾を持ち上げて頭を下げた。レインとクラウドもそれに倣う。

 彼もまた国王陛下と同様におじい様の旧友だ。学生時代はおじい様の唯一無二の剣の好敵手だったと聞いている。


 彼はおじい様と同じくもう六十半ばのはずだが、その身体は衰えを見せていない。笑えば目皺が目立つくらいで、顔だって十分若々しかった。

 昔はよくおじい様と一緒にアルセント様のお屋敷に遊びに行ったのよね。アルセント様は幼い私をよく可愛がってくれたわ。懐かしさで頬が綻ぶ。


 その後、アルセント様に玉座の間まで案内してもらっていたのだけれど──道中、彼がふと足を止めた。どうやら曲がり角の向こう側にいる誰かに挨拶をしているようだ。

 だけど相手の声が聞こえた瞬間、私は思わず「ゲッ」と声が出そうになる。


 ヘイルだ。少しだけ背が伸びたクロンも彼の後ろにいる。今回はサンドラはいなかった。

 ヘイルとクロンは私達に気づくなり、固まる。特に彼らの視線はレインに集中していた。


 あぁ、そうか。今のレインの髪と瞳は彼が知っている灰色ではないのだ。雪のような白銀の髪に、青空を切り取ったような美しい青色の瞳に変わったレインに驚いているのだろう。

 ヘイルは魚のように口をパクパクさせて何かを言おうとしていたけれど、クラウドとおじい様の殺気を感じとったのか顔を真っ青にしてそそくさと通り過ぎていく。


「で、では、私は失礼します、騎士団長! 私のクロンは第一王女殿下の護衛で忙しいのでね!」


 私に言い聞かせるみたいに、彼はわざと大きい声でそう言って去っていった。


 第一王女殿下の護衛? 私は眉を顰める。王女殿下の護衛に若い貴族の息子をつかせることは聞いたことがある。そしてそれは王女の婚約者候補だという証でもあることを。

 つまりそれって、クロンが第一王女殿下の……。そこまで考えて、私は視線に気づいた。


 視線の主はクロンだ。クロンが子供とは思えないほど冷たい瞳で私達を見つめていた。

 私はレインを守るように動こうとしたけれど、レインが「大丈夫です」と私を制したので動かなかった。レインを信じて、見守る。


「…………」

「…………」


 二人はしばらく互いを見つめあっていた。先に動いたのはクロン。彼はズカズカとレインに近づいてきて、耳元に何かを囁く。

 対してレインは何も反応しなかった。ただ黙ってクロンを見つめ返すだけだ。

 クロンはそんなレインに目を見開いた後、舌打ちをして足早にヘイルの方へ去っていく。


 彼が見えなくなった後、私はすぐにレインの顔色を窺った。


「レイン、大丈夫? クロンに何か言われた?」

「……無能の僕が王城へ足を踏み入れることは恥ずべきことだと言われました。大したことありませんよ。あんな人間の言葉に耳を傾けるだけ無駄ですから」


 レインはハッキリそう言った。その言葉を聞いた瞬間、クロンに対して湧いた怒りを抑えるように私は唇を噛み締めた。

 当の本人が冷静なのに、大人の私が取り乱してはいけないわよね。もちろんクロンがレインを侮辱したことは許せないことだけれど。

 でも、それでも……大切な我が子を、侮辱されてモヤモヤしないはずがない。私のそんな心境を察したのか、レインが私に笑いかけてくれる。


「お母さん、嫌な気持ちをさせてしまってごめんなさい。でも僕は本当になんともないんです。だって今の僕にはこういう時に自分のことのように怒ってくれる家族がいますから」

「レイン……」


 あぁ、本当にいい子だ。母親として誇らしいわ。

 でも、だからこそこの優しい子のために、もうしばらく平穏なブルースカイ家での生活を守らないと。

 あんなクズ野郎共に邪魔されずにレインの才能を伸ばしてあげたいと思う。


 私は気を引き締めて、国王陛下との謁見に挑んだのだった。

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