43
「やあ大臣久しいな」私にこんな軽口をきける人間はこの国では少ない。もっとも彼に軽口をきける人は更に少ないだろうが。私は軽く一礼して「ご無沙汰しております、侯爵」と挨拶をする。
「今日は三男の帰国祝いだから礼儀は気にするな」しばらく他愛の無い話で食事が進む。多分、本題は食後に移動してからの酒の席だろう。悪いことでないと良いが。
侯爵の表情からは全く分からないし見当もつかない。
侯爵から振る舞われた酒は、米酒といって米という穀物を発酵させて作った酒で温度管理が難しく、輸入が難しい酒なのだと説明を受けた。米という穀物は知っている。
この国よりも南下した雨量の多い国で、主食としてパンの代わりに食べられているのだという。確かに麦ではエールを作るから、米でも酒が作れるのだろう。
侯爵家ではよく冷やされて出されたが、温めて飲んでも美味いのだそうだ。それにしても米酒とはフワッとメロンのような香りの後に甘みが来て、舌に苦味と軽くピリっと残る痺れ、最後に少し度の高いアルコールが喉にくる、なんとも味わい深い酒だ。
「美味いな」小さなグラスがあっという間に空く。
「大臣なら分かってくれると思っていたよ。しかし美味いからと飲み過ぎると直ぐに酔う。あと1杯にして、ウイスキーを水割りにしよう。こちらも年代物だぞ」
少し残念に思いながら、こちらも貴重なウイスキーを水割りで喉に流し込む。口内に残っていた米酒の後がサッパリと洗い流される。これはこれでいい。
酒の席にはエリオットも残っていて「僕は炭酸で割るのが好みなんですよ」と一緒にウイスキーを傾けている。最近、若者の間では炭酸で割って飲むのが流行りなのは聞いていた。
「大臣、今日来て頂いた件なのだが、ただの食事会ではないことは薄々察していただろう?」本題キター!俺はにわかに緊張する。
「そろそろエリオットに身を固めるように言っていてね。そのお相手に侯爵のご令嬢を望みたいのだが、どうだろうか?」俺は一瞬、理解に時間がかかる。
俺の令嬢ってビアンカのことか。「つまりビアンカが聖女にならなかったらと、言うことですかな?」語気が少し強くなる。
ビアンカが聖女にならないだろうことは俺でも気付いていることだが、他人から言われると少しプライドが傷付く。まだ期間も終わっておらず結果も出ていないというのに。
「あぁ済まないな。大臣のプライドを傷付けるつもりは無かったんだよ。しかし実は次男のライオットの婿入り先も今日決まってね。公爵家の聖女候補のご令嬢だよ。君の娘と今頃一緒に頑張っているところだろうな」一瞬、俺のグラスを持つ手が震え、氷がカランと音を立てる。
「!!っ、まっまさか公爵令嬢も聖女にならないということか!?」
彼女は本命と噂だっただろう!?それなら一体誰が?その時俺は馬車でのエリオットとの会話を思い出す。俺の娘の侍女がエリオットの従姉妹。エリオットの従姉妹は子爵家出身。
子爵家は彼らが守る妖精達だ。まさかその妖精か!?
俺の表情を見て「本命に気付いたようだな。そう言うことだ」侯爵はグラスを一気に空けてウイスキーを注ぐ。
俺も同じようにグラスを空けてウイスキーを注いでもらう、次はロックだ。
エリオットの方に視線をやると、彼は申し訳なさそうにして言う。
「閣下、ご令嬢にはきちんとプロポーズをするつもりです。ですので今は婚約を許していただけたらと」俺に断る理由は無い。娘が拒まなければの話だが。だがこれ以上の縁談は無いと分かるはずだ。
あの子は賢い。それにエリオットなら俺の妻もやり込める事ができるだろう。
息子は厳しく教育をやり直して、どこか婿入り先を探してやろう。
俺は「娘を宜しく頼む」と一言、言ってウイスキーを一気に煽る。何だか泣けてきた。これで前妻は許してくれるだろうか?いやまだだな。まだこれからだ。
侯爵がまたグラスにウイスキーを注ぐ。俺は今日は帰れないかもしれない。




