第8話:嫌な奴
「なんだぁ、貴様はぁ。大人の話に子どもが首を突っ込んでくるんじゃないぞぉ」
「ですから、用がないのなら出て行ってくださいと言っているのです」
ヘラヘラするニューリッチを正面から見据えた。
こういう輩は毅然とした態度を取らないとさらにつけ上がる。
私の存在を知らないはずがないだろうに、知らないフリをしているのだ。
ニューリッチは大仰に目を細めてジッと私を見る。
と、思ったら、わざと大きな声で叫んだ。
「おやおやおや! 誰かと思ったらコモン家の貧乏娘ではないかぁ」
ニューリッチは眉毛が八の字になるほど曲がった笑顔で私を見下す。
よくもこんなに性悪な表情ができるものだ。
「コモン商店にどのようなご用件で来られたのでしょう。何かお探しなのですか?」
「はっ! 笑わせるな。こんな粗悪な品をワシが買うわけなかろうが!」
何がそんなにおかしいのか、ガハハハッ! と大笑いしている。
ふむ、どうやら出て行くつもりはないらしい。
「なるほど……用が無いのに店に居座る。出て行ってくれと言っても出て行かない。これは不退去罪に該当しますがお分かりでしょか?」
「な、なにっ」
この街にも衛兵はちゃんといるからね。
通報すればすぐに駆けつけてくれるだろう。
先ほどまでの威勢の良さはどこに行ったのか、ニューリッチはたじろいでいる。
具体的な罪の名前を出したからだ。
自分の行いが法的に問題だと認識すると、大抵の人間は怖気づく。
それだけで戦意喪失してくれれば儲けもの。
たじろぐニューリッチをよそに、父が心配そうに私を抱く。
「ル、ルー。あまり挑発してはいけないよ……どんなことをしてくるか……」
「いや、大丈夫。お父たまは私が守るから、後ろに下がってて」
「いつの間にか、こんなに逞しくなって……うっうっ……」
泣き出してしまった父にハンカチを渡し、ニューリッチに向き直る。
「ご存じないようなのでご説明しますが、コモン商店は物を売るお店です。薬草などのクエスト必需品だけでなく、フォークやスプーンなどの日用品まで扱っています」
「そんなことは知っておるわ! ワシを馬鹿にするのか!」
ニューリッチは威嚇するように声を張り上げる。
経験上、自分に自信がない者ほどすぐに大声を出す。
例によって、この人も内心は怯えているのかもしれない。
「何をお探しなのですか?」
「だから、こんな粗悪な物は買うはずがない、とさっきも言っただろ!」
「あなたは元より商品を買うつもりはない。つまり、迷惑をかけるため店に居座っている……という認識でよろしいですね?」
「ぅぐっ……」
怒鳴るヤツに怒鳴り返しても意味がない。
むしろ、冷静に話した方が効果がある。
6歳の女の子に諭される中年オジサンもどうかと思うけど。
さらに都合が良いことに、お店前に人だかりが出来ている。
「他のお客さんも入りづらいようです。このままでは威力業務妨害罪も成立しそうですが……どうしますか?」
「な、なに?」
ニューリッチの大声を聞いて人が集まっていた。
みな、何事かと商店を覗いている。
実際のところ、彼らがコモン商店に用があるかはわからない。
だけど、本当に用があるかもしれないのだから、ウソを言っているわけでもない。
「用が無いのにいつまでも居られると衛兵を呼ばねばなりませんね。それとも商品を買いますか?」
ニューリッチは冷や汗をかきながら、うっ……とか、ぐっ……とか言っている。
もういいから早く出て行ってよ。
「ふ、ふんっ……! まぁ、今回はこれくらいにしておいてやる」
吐き捨てるように言うと、そそくさと出て行った。
やれやれだぜ。
一息吐いていたら、父にガバッ! と抱き着かれた。
こ、今度はなに!?
「ル、ルー、大丈夫だったか!? 怪我はないか!?」
「え……う、うん、大丈夫だけど」
「ああ、よかった……お前に何かあったら私は生きていけないよ。次からはあまり無茶はしないでくれな」
父は私の無事を確かめるように、ぎゅーっと抱きしめる。
思った以上に心配をかけてしまったらしい。
「う、うん、ごめんなさい」
「いや、わかればいいんだよ」
私を撫でる手はガサガサしているけれど優しさが詰まっている。
貧乏な生活でも、父母と一緒に過ごせればそれ以上の幸せはない。
「それにしても……」
少々しんみりしていたら、父がボソッと呟いた。
「どうしたの、お父たま」
「5歳の誕生日からルーは変わった気がするよ」
ギクリ……と私の体が動くも、父は気づかずに話を続ける。
そして、不意に表情が暗くなった。
「すまないなぁ、頼りない父親で」
このしょんぼりしたセリフも家の中でよく聞いてきた。
やはり、父はニューリッチとのいざこざを気にしているらしい。
私も母もそんなことは思っていないのに……。
「頼りないなんて言わないで、お父たま。お父たまのおかげで、私とお母たまは楽しく生きていけてるよ」
「ありがとう。ルーはやさしいなぁ。もっと強い父親になりたいとは思っているんだけどね……」
私を撫でる父の目に力はない。
どこか諦めているような顔に胸がキュッとなった。
「私もルーと一緒にいられるだけで幸せさ」
微笑む父。
その力ない笑顔を見た瞬間、私は強く決心した。
よし、決めた。
錬金術を使ってこのお店も繁盛させる。
せっかく前世の知識も経験も思い出したのだ。
父母に少しでも恩返しする。
ジャック一家に悪口を言われないくらい稼いでやるんだ。
「お父たま、私に任せてください」
「え? な、なにを?」
「私がこのお店を街で一番の商店にしてみせます」
そう力強く宣言した。
この街での商売をジャック一家が仕切っている以上、ただ毎日を過ごすだけでは何も変わらない。
運命は自分の力で切り拓くのだ。
しかし、宣言したら父はプルプル震え出した。
え……こ、今度はどうしたの?
「ルー! お前はなんて良い子なんだ!」
「だ、だから、髭が……!」
噴水のように泣いている父に抱かれながら、さっそく商品のアイデアを考える。
どんな物を造ろうかな。
どうせならコモン商店でしか買えないような品がいい。
考えていたら気になることが思い浮かんだ。
この前会ったジャックだ。
そういえば、何かヒントになりそうなことを言っていたような……なんだっけ?
先日の騒動を思い出す。
なんか、ジャックはすごい自慢していたな。
思い出せ思い出せ……。
記憶をたどっていると、パンッ! と思い出した。
“帝都で流行っているおもちゃだぞ。羨ましいだろ~”
そうだ、女の子の人形を自慢してきたんだ。
思い出したことをきっかけに、どんどんアイデアがあふれてくる。
よし、帝都で人形が流行っているんなら、錬金術で動く人形を作ってやれ!
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