第7話:父の店
錬金術はもう廃れた……。
家に帰って来てからも、ずっとその言葉を考え込んでいた。
ルーとして生きてきた5年間は、錬金術など考えもしなかったので、まさか廃れているとは思わなかった。
世界中であんなに発展していたのにどうして……。
各国は<錬金魔道具>の製造に躍起になっており、錬金術の発展はそのまま国の繁栄に繋がったのだ。
「なぁ、ルー。今日はお父たまの店に一緒に行くか?」
「え? あ、うん、どうしようかな……っ」
前世について思索を巡らせていたら、いきなり父が頬ずりしてきた。
ちょ、ちょっと、父……髭痛いって……。
中途半端に剃り残しがあるので、じょりじょりが地味に痛い。
5歳児はまだまだ柔肌なのだ。
押しのけようとするも気が引けてどうにもならない。
「ちょっと、スモーリーっ!」
「ワ、ワイズ……」
すかさず、母が助けに来てくれた。
父から私を引き剝がす。
さすがは我が一家の精神的支柱だ。
頼りになる。
「私も混ぜなさい」
と思いきや、母も一緒に激しく頬ずりしてきた。
こ、この、毎朝の儀式はどうにかならないの?
いや、愛されているのは嬉しい。
とても。
……そうなのだけど、もうちょい加減していただきたかった。
「一緒にお店に行こうよ~。ルーがいないと仕事できない~」
「わ、わかった、行くから」
結局、じょりに負けて父の店へ行くことになった。
外へ出ようとしたとき、母に呼び止められた。
茶色い揚げパンが突き出される。
「スモーリー、余りのパンでお菓子を作ったわ。これも売ってきてくれる?」
「ああ、お安い御用さ」
<ワイズ揚げパン>:Dランク。油で揚げたパン。コモン家が育てているてんさいから作った砂糖がまぶしてある。甘い。 これを食べても天才にはなれないぞ。
安い砂糖をまぶした揚げパン。
これも母の得意料理だった。
甘くておいしい匂いが漂う。
すでに父はだらしない顔だ。
「ちょっと味見してもいいかな」
「ダメに決まっているでしょう」
「ですよね~」
父と手を繋いで、一緒に街へ向かう。
「二人とも気を付けて~」
「愛しているよ、ワイズ~」
父母は姿が見えなくなるまで、互いに投げキッスの嵐をかましていた。
キッスの流れ弾に当たりつつ……歩く……歩く……歩く。
とにかく歩く。
「悪いなぁ、遠くて。ルー、疲れてないか? おんぶしてやろうか?」
「ううん、大丈夫、お父たま」
「店がもっと近ければ、毎日にでもルーを連れて行きたいのだが……」
父の店は街の端っこにある。
山の真反対方向なので、毎日とにかく歩くのだ。
もちろん、私はその事情を知っている。
なぜなら、土地の使用料が一番安かったから。
でも、それだけ安いお金でも毎月支払うので精一杯。
コモン家の家計は、雀の涙が枯れ果てるほどのやり繰りの日々なのだ。
「さあ、着いたぞ」
占めて、徒歩30分。
私たちは、辛うじて店の体裁を保っている……といった感じの小さな店に着いた。
汚れた赤レンガの壁に、塗装が剥げかかっている茶色の三角屋根。
壁の隅っこはひび割れているし、地面に近いところは蔦が浸食し始めている。
お店の整備にまで手とお金が回らず、放置気味になっていたのだ。
その名も“コモン商店”。
街で一番安い店。
取り扱っているのは、薬草やナイフといった冒険者向けの品から始まり、フライパンや鍋などの日常品まで何でもござれ。
まぁ、いわゆる何でも屋だ。
「いやぁ、いつ見てもすぐ潰れそうな店だなぁ。もしかしたら本当に潰れちゃうかも、はっはっはっ」
父は豪快に笑う。
一応、このお店の収入が生活費の7割を占めているんですが。
「……お父たま、お店の準備をしなくていいの?」
「おっと、こうしちゃいられないな! もうすぐ開店時間じゃないか。ルーの言う通りだ! はっはっはっ」
仕事が始まる前は、父はいつも上機嫌だった。
お店に入るとまずは掃除だ。
父は商品の埃を、私は床のゴミを取る。
店の中も外見の期待を裏切らない。
軋む床板に雨漏りの染み。
どこをどう見ても流行っていない商店だ。
「ワイズのパンは外から見えるところに置こう」
「すぐ売れるといいね」
床を箒で掃きながら、さりげなく棚の商品をチェックした。
もちろん、値札もしっかり確認する。
<ただの薬草>:Eランク。そこら辺に生えている一般的な薬草。入手は容易だが、応急処置程度の回復効果。一束300レン。
<セイリョー川の水>:Eランク。街近くに流れているセイリョー川の水。そのままでも飲めるが、念のため沸騰させよう。一瓶150レン。
<鉄のフライパン・純度低>:Eランク。食物を焼くときに使うキッチン用品。鉄の純度が低いのですぐ焦げる。使えなくなったら武器に。900レン。
「やっぱり……」
チラッと見ただけで、ため息交じりに呟きが漏れた。
もしやとは思っていたけど、お店の商品はまったく変わっていない。
どれもこれもEランクばかりで、時たまDランク。
ここには粗悪な物しかないのだ。
質が悪ければそれだけで売るのは厳しい。
原価が安ければ、まだ利益は出るけど……。
そうならない理不尽な理由があるのだ。
「おやおやおやおや! どこの馬小屋かと思ったらスモーリーの店だったか」
掃除をしていたら、通りの方から急に大きな声が聞こえてきた。
この前のジャック騒動のときと同じ不愉快なだみ声。
ガチャリ……と太った男性が入ってくる。
「ニュ、ニューリッチ様っ!」
「おやおやおやおや! これまた貧乏そうな男がいると思ったらスモーリーじゃないか」
ジャック父のニューリッチ。
金のネックレスに金の指輪、おまけに金の鼻輪。
成金趣味全開男。
それにしてもでっぷり太っているなぁ。
よく燃えそう。
ニューリッチが品定めするように店内を見渡していると、父が恐る恐る尋ねた。
「あ、あの~、今日はどういったご用件で?」
「別に、こんな貧相な店に用事などないわ。変な物を売ろうとしていないか確認しにきただけだ」
こいつは毎朝決まって嫌味を言ってくる。
家で父がぼやいている様子から、毎朝言われているのだとわかった。
「しかぁし、ここには低ランクの物しか売っていないなぁ。おやおやおや、Eランクの薬草にEランクの水。こんなものばかり売って恥ずかしくないのかね?」
「私としましても、もっと良い品を売りたいのですが、どうしても入荷できなくて……」
「おやおやおや、言い訳するとはみっともない。それは単に君の努力不足じゃないのかねぇ?」
「……っ」
ニューリッチはニッチャニッチャした笑みで父を見るが、父は申し訳なさそうに俯くだけだった。
この街の商売は、ずっと前からジャック一家が仕切っている。
街の憧れだった母を妻にできた父は目の敵にされ、一方的にイジメられていた。
行商人に賄賂を渡して良い品を入荷できないようにする、運よく珍しい品を入手できそうになっても横取りする、誰がやったからわからないように店の前を汚す……などなど。
法律の穴を突くかのような嫌がらせの日々だ。
やめてくれ、と言えばいいのに、気弱な父は我慢するしかなかったのだ。
「すみません、用がないのなら出て行ってもらえますか?」
なので、父の代わりに私が追い出すことにした。
お忙しい中読んでくれて本当にありがとうございます
少しでも面白いと思っていただけたら、ぜひ評価とブックマークをお願いします!
評価は下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけたら本当に嬉しいです!
ブックマークもポチッと押せば超簡単にできます。
どうぞ応援よろしくお願いします!