第40話:間際(Side:ヘッディ⑥)
「うっ……」
『『こ・ろ・せ! こ・ろ・せ! こ・ろ・せ!』』
あたくしとクラウンは十字架に磔られていた。
周囲からは魔族の叫び声が聞こえる。
あれから何日経ったのかわからない。
魔族たちに殴られ蹴られ焼かれ……もう身体はボロボロだった。
気絶しそうになっても、全身の内から外から痛みに襲われ、また意識が戻る。
地獄のような毎日だった。
クラウンも生きてはいるようだけど、目も顔も死んでいる。
『貴様らはリグレット王国の錬金術を支配しているらしいな。王国の錬金魔道具にはずいぶんと苦しめられたぞ』
群衆から、ひと際大きな魔族が出てくる。
毛で覆われた身体に二本のねじ曲がった角。
他の魔族とは一線を画す雰囲気だ。
でも、こいつが何なのか、敵の中でどれほどの地位なのか……そんなことはどうでもいい。
「お願い……助けて……」
ただその一言しか出なかった。
『さて、貴様と隣にいる王子はこれから処刑されるのだが、その前に良い物を見せてやろう』
魔族がパチンッと指を鳴らすと、群衆の中から袋が持ってこられた。
そのまま逆さにすると、ゴトゴトと丸い物が出てくる。
な、なに……?
目がぼんやりして良くわからない。
爆弾であたくしたちを吹き飛ばすつもり?
そ、そんなの絶対にイヤ!
恐怖で思わず顔を背けたけど、長い毛のような物が気になった。
爆弾に毛?
ち、違う、これは……。
「「ぎゃああああっ!」」
人間の……頭だ。
し、しかも、どれも見知った顔……王国の宮廷錬金術師たちだった。
恐ろしさと信じられない気持ちとで頭が真っ白になる。
首を持ってきた魔族は、ニヤニヤと笑いながら錬金術師たちの頭部を蹴っていた。
『見ての通り、リグレット王国の錬金術師……いや、貴様らは宮廷錬金術師と呼んでいたか。その者たちの首だ。今後王国の領地を奪う上で脅威になるかもしれん、一足先に殺しておいた』
そ、そんな……あいつら全員…………殺されたの……?
震える目で転がっている頭を見る。
みな、絶望が染み付いたような表情だった。
ひ、人が死ぬときってこんな感じなんだ……。
身近な人間の死を体験し、猛烈な恐怖が身体を襲う。
『では、まずは王子を殺す。引き延ばしても何の意味もないからな』
正面の魔族が仲間から大剣を受け取った。
切れ味を確かめるように刃を撫でていると、クラウンが悲鳴に近い叫び声を上げた。
「ま、待てっ! 僕は王太子だ! 僕を殺せば国中の怒りを買うことになるぞ!」
『別に問題はない。錬金魔道具が造られない以上、俺たちの勝ちは確定だ。元より、人間どもより魔族の方が何十倍も強い』
魔族は片手で大剣を振り上げる。
その顔には何の感情も浮かんでいなかった。
そう、まるで虫を潰す人間のように……。
「ま、待ってくれ! そうだ、取引しよう! 王国への抜け道を教えてやる。だから、僕だけは助けっ……!」
シュッと空気を切り裂くような音がして、クラウンの頭が消えた。
い、いや、斬り落とされたのだ。
頭を失った胴体から、噴水のように血が噴き出る。
同時に、地鳴りのような大歓声が轟いた。
『すげえ! 血の噴水だ!』
『ざまぁみろ! 虫けらが! 俺たちに逆らうからこうなるんだよ!』
『やっぱり、人間が死ぬところは最高に面白いな!』
ヒートアップする処刑場。
みな、手を叩いて大喜びだ。
中には酒らしき液体を呷っている者もいる。
こ、こんなのただのショーじゃない。
自分の命が単なる娯楽の消耗品として扱われていることに、途方もない屈辱を味わう。
もう……心が壊れそうだった。
『じゃあ、次はお前だな』
「待ってください! あたくしは殺さないで! あなたたちの役に立ちます! 王国を攻撃する魔道具を造ります!」
必死になって懇願する。
こうなれば最後の頼みだ。
王国を裏切りって魔族に取り入ってやる。
何度も何度も頭を下げて懸命に頼み込む。
魔族に対する忠誠心を少しでも見せたかった。
辺りは不気味なほどに静まり返っている。
も、もしかして、思いが通じたの……?
助かるかもしれない……!
生き残る微かな希望の光が見えてきた。
しかし、その直後、淡い期待を見下すように、ぎゃはははっ! という下品な笑い声が湧き上がった。
『お前の魔道具なんかいらねえよ! どうせろくに修理もできないんだろ!?』
『錬金術師たちがペラペラ話しやがったぜ! 酒を飲んでばかりで、まともな魔道具も造れないってなぁ!』
『あの世でもう一度勉強し直してこい! そうしたら考えてやるよ!』
そ、そんな……。
崖から突き落とされる気分で呆然としていたら、なぜかリグレット王国の王宮広場が処刑場に重なった。
え……な、なに?
謎の幻覚はどんどん鮮明になる。
巨大なギロチン台に罵声を上げる群衆、そして十字架に磔られた女。
こ、これは…………ルーベリーを処刑したときじゃないの。
何の因果か、今はあたくしが同じ目に遭っていた。
『俺たち魔族に裏切り者は必要ない。天国とやらで神様にでも媚びていろ、クソ錬金術師』
「待っ……」
大剣があたくしの首に斬りこまれる。
鋭い痛みを感じた瞬間、今までの出来事が激流のように思い出された。
クラウンに取り入ってヘラヘラしている自分、朝から晩まで酒浸りの怠惰な生活、ウソで固めた名声の数々……。
そうか、これが走馬灯ってヤツか。
死ぬ間際だというのに、ずいぶんと冷静な自分がいた。
そして、最後に浮かび上がってきたのは…………一人の女の姿だった。
天才錬金術師、ルーベリー。
神のごとくあらゆる魔道具を造り、“土と水さえあれば何でも錬成できる”真の錬金術師。
クラウンや錬金術師長の地位を奪ったりせず、こちらから歩み寄っていれば、あたくしはこんなことになっていなかっただろう。
むしろ、ともに魔族を倒して平和な人生を送れていたはずだ。
だって、あいつは心底優しい人間だったのだから。
訪れていたはずの明るい未来を、愚かなことにむざむざ自分から捨ててしまった。
――処刑なんてせず、もっと親身に接すれば良かった……。
今さら後悔したところで遅すぎる。
深い自責の念を抱いたまま、あたくしの首もあっけなく刎ね飛ばされた。
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