第20話:おねしょ……
私は海の中を泳いでいた。
いや、泳ぐというよりは浮かんでいるって感じ。
すぐに、ああ、これは夢なんだと自覚した。
たまに、目覚める前に夢だとわかることがあるんだよね。
見渡す限りの大海原。
クラゲのようにプカプカ浮かぶのは大変に気持ちいい。
最近、なんだかんだ忙しかったし、リラックスできる良い夢だ。
そう思っていたら突然、水が温かくなった。
お風呂に浸かっているみたいでいいじゃん。
違う、これは……。
「う、うそ……」
温かさが冷たさに変わったところで目が覚めた。
パジャマの局部がじっとり濡れている。
……マジか。
おねしょしちゃった。
まさか、この年でおねしょするとは……。
ショックやら恥ずかしさやらで頭がいっぱいになる。
と言っても、今は5歳だから不思議じゃないけど。
きっと、記憶が戻ったり錬金術使ったりで体が疲れていたんだ。
「大丈夫。落ち着いて、ルー。まずは気持ちを整えるの」
ゆっくり深呼吸を繰り返す。
少しすると激しい動悸も収まった。
一旦着替える。
時計を見ると6時前。
父母が起きてくるまでにまだ1時間ほど猶予がある。
二人と私の寝室は別々だ。
すぐ隣の部屋だけど、まだバレてはいないはず。
あの優しい父母のことだから怒られはしないだろう。
でも、さすがに恥ずかしい。
これは私のプライドの問題なのだ。
〔んぁぁ~〕
〔…………〕
幸いなことに、リリスはまだ寝ている。
彼女は私が起こさないと絶対に起きない。
とりあえずは安心だ。
ディーガードも目の赤い光が消えているので、たぶんまだ眠っているんだろう。
よし、今のうちに乾かしてしまおう。
日当たりが良いとこに干しとけば、案外すぐに乾いちゃうかも。
カーテンを静かに開ける。
「……なんでぇ?」
が、外は雨。
そりゃあもう植物に恵みを与えようと、しとしとしとしと雨足強いよ。
最近は毎日晴れていたのにぃ~。
ああ、どうしよう。
その瞬間閃いた。
「今こそ錬金術を使うべき……!」
そうだ、錬金術で布を乾かすアイテムを造るのだ。
さて、どんなのがいいかな。
頭をフル回転させる。
乾かすのだから……熱風が出るような装置はどうだろう。
私でも持てるくらい軽くて、使わないときはしまえる小さいヤツ。
ぼや~っと細長い筒みたいなのが思い浮かんだ。
「うん、いいね」
結構良さそうだ。
そうと決まったら、すぐに素材を探そう。
静かにかつ迅速に部屋を探索。
棚や机をガサゴソ探していると、いくつか有用そうな素材があった。
<壊れた金網のカゴ(小)>:Eランク。金網で編まれた小さなカゴ。底に穴が空いてしまっている。破れているところは危ないよ。
<ボンヘイドングリの木の枝>:Eランク。芯の詰まった木の枝。強度がそこそこあるので、太い物は簡易的な武器としても使える。
ふむふむ、いいね。
上手く錬成すればいけそう。
あとは、できれば火魔法に繋がる物が欲しいところだね。
何かないかな?
机の引き出しのずっと奥にあった硬い物を取り出した瞬間、私の心に明るい火が灯った。
<ショック火打石の欠片>:Fランク。激しく打ち合わせると発火する火打石の欠片。火付け時に強いショックを受けるので、そのような名前がついている。火を起こすには小さすぎるため実用性は皆無。
これだああ。
火打石!
たしか、記憶を戻す前にボンヘイ山で拾った小石。
捨てずに取っといて良かった。
まさかこんなところで役に立つとは……ありがとう、過去の自分。
さっそく、机の上に素材を並べて錬成陣を描く。
完成品が静かに扱えるよう、念入りに術式を組み立てる。
静音タイプ、静音タイプ、静音タイプ……!
とにかく、すぐに乾いて静かなヤツ!
「<アルケミー>!(小声)」
素材たちが光に包まれる。
粒子レベルに分解され新しい存在へ。
頼む……!
そして、起死回生のアイテムは現れた。
<錬金魔道具・ぽーたぶる式みに乾燥機(静音タイプ)>:Bランク。持ち運びできる、軽くて小さな筒状の乾燥機。持ち手のでっぱりを推すと、使用者の魔力を消費して温風を出す。音が静か。
「よっし!(小声)」
ガッツポーズ。
これさえあれば、おねしょの痕跡は簡単に消せるだろう。
この時点で勝利を確信しつつあった。
だけど、まだ油断は禁物。
喜ぶのは完全に乾いてからだ。
服を置いてアイテム装備。
「起動!(小声)」
持ち手の出っ張りを推すと、ぅぅぅぅ……という、それはそれは小さな音で温風が吹き出した。
いいじゃん!
まさしく、こういうのが欲しかったんだよね。
見る見るうちに局部の染みは消えていく。
素晴らしい……。
〔ルー、さっきから何やっとるん?〕
「え」
上機嫌で乾かしていたら、リリスが私のすぐ横に座っていた。
それはもうお目目パッチリに起きている。
……なんでぇ?
「ど、どうして、もう起きてるの……自分から起きることなんて、一度もなかったのに……」
〔あのなぁ、変な夢見てん。お城みたいにおっきなドングリ食べて、お腹がパンパンになる夢や。しんどうて目ぇ覚めたん。なっ、おかしいやろ〕
リリスは大きな声でゲラゲラ笑う。
ちょ、ちょっと静かにしてよ~。
父母が起きたらどうするの。
し、仕方がない。
服もだいぶ乾いてきたし、この隙に隠してしまおう。
〔ごっつおもろそうな物持ってるなぁ。それも錬金術で造ったん?〕
「あ、え」
〔なんやめっちゃぬくい風出てくるやん! おもろ!〕
隠す間もなく、リリスが乾燥機をいじりまくる。
だ、だから、父母が起きちゃうって~。
〔起床……〕
ああ、ディーガードまで起きちゃった。
〔そらそうと、なんでパジャマを乾かしてんねん〕
「い、いや、ちょっと雨に濡れちゃって……」
〔ほ~ん、そりゃ大変やん。おか~ん、おと~ん! ルーが錬金術でまた新しいアイテム造りよったで~!〕
「あっ、ちょっ……!」
いきなり、リリスがひと際大きな声を上げた。
「なにぃ、ルーが新しいアイテムを!」
「ルーちゃんが錬金術ですって!」
バーン! と部屋の扉が開かれる。
すかさず入ってくる父と母。
私の計画はもうめちゃくちゃだ。
「おお、この筒みたいなヤツがそうか! 朝からルーのアイテムが見られるなんて幸せだなぁ!」
「どんな素敵な効果があるの!?」
「温かい風が出ます……」
「「それはすごい!」」
父母は朝からとんでもないハイテンションだ。
「お風呂上がりに髪乾かすのが、すごく楽になりそうね」
〔量産して売ったらええやん〕
〔我も賛成……〕
「それはいいアイデアだ! ルーさえ良かったら、コモン商店の新しい目玉商品にさせてくれないか!?」
「はい、わかりました」
幸か不幸か、ここにいる誰もが“おねしょ”には気づいていない。
でも、心の中に虚無感が広がっていくのは何故だろう。
うわははははっ! とみんなが喜んでいる中、無心でパジャマに温風を当て続けていた。
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