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4-22.殺人事件


 ルナは、シンを見据えたまま問いかける。


「じゃあ、私は魔物に寄生されて狂人化するの? 」


 台詞の裏にあるもの。

 それは『絶対にならないはず』という意味を含んでいた。


 彼女の口調は静かで揺らぎがない。

 まったく不安を感じていない証拠だ。シンが寄生型魔物を除去すると、ルナは確信している。信じる根拠はどこにあるのかは不明だけれど、微塵も疑っていない。


 シンにはわかってしまう。

 当然、その信頼に応えるつもりだ。


「貴女の身体が乗っとられることはない。そんなことさせやしない。薬剤を使用しなくても、バケモノを駆除できる方法はある」


 それは電気ショックを利用することであった。

 アイデアが閃いたのは数日前。駆除薬の開発は間に合わないと判断して、他のアプローチで解決すべきだろうと考えを(めぐ)らせてみる。

 で、過去のできごとを思い出したのだ。


 以前、彼は不注意でひとを死なせかけたことがある。

 場所は砦街キャツアフォートの救護院。相手は【侵蝕するモノ(エクセイザー)】に寄生された罹患者だ。その人物は狂暴化して司祭を襲ってしまう。

 なので、その男を取り抑えようとして魔法の【麻痺】を使った。


 ところが、男性が心停止してしまう。

 【麻痺】の電撃が強すぎたせいだ。

 シンは慌てて蘇生させたのだが、やり方は魔術で除細動器(AED)を再現して電気ショックを与えるというもの。なんども感電させるなんて酷い扱いだったとおもう。でも、そのときは動転していて、患者を気遣う余裕なんてなかった。


 問題の男はなんとか生き返る。

 再び暴れて他人を傷つけるおそれがあるので、救護院の個室に閉じ込めておいた。

 後のことは知らない。街ごと封鎖される騒ぎがおきてしまい、経過観察する時間がなかったのだ。


 後日、(くだん)の男性を見かける。

 砦街から脱出するときだ。住人たちが、大河に()けた浮橋をつかって避難していたのだけれど、群衆のなかにソイツがいた。

 その姿はごく普通の一般人。

 幼い子供を背負い、妻らしき女性の手をひいている。家族を守ろうとする懸命な様子であった。


 今から思えば、けっこう重大なことだ。

 当時は気にも留めていなかったけれど、男は正常であった。

 つまり、寄生型魔物は駆除できていたのだ。

 でなければ説明がつかない。生き延びようとする姿勢はまともだし、狂暴化していなかったのだから。


 ここでシンは思考を巡らせる。

 なぜ【侵蝕するモノ(エクセイザー)】が駆除できたのか? 

 考えられる要因は電撃ショックだ。


 しょせん寄生タイプの生物は弱い。

 人間の身体を内側から(むしば)むのは厄介だが、宿主に巣くうだけの小さな生き物だ。あのバケモノは薬物に耐性はあっても、物理的な防御力は皆無に等しい。


「すでに動物での検証実験を済ませている。結果は満足のいくものであったよ。動物実験で得たデータを基に、人へ適用する場合の電流量など数値も演算済みだ。あとは、患者への施術だけだが…… 」


「言いたいことはわかるわ。人体でのテストは未実施。だから、それなりに危険があるのね。でも、実験の被験者としてみるなら、わたしって最適よねぇ」


 ルナの言うとおり、彼女は実験体としてうってつけだ。

 なにしろ絶対に死なないのだから。

 【復元】というとんでもない権能を持っており、身体に流す電流量の加減が間違っても必ず生きている。


 とはいえ、苦痛を与えるつもりはない。

 単純なことだが、いくら人助けのためだからといって、愛おしい女性を痛い目に合わせたくないのだ。不快な思いをさせないためにも入念な準備をする必要がある。


「今日は機材や麻酔薬などの手配をする。君への施術は明日にするつもりだが、それで良いかい? 」


「ええ、わかったわ。」




■第十三日目 ルナたち被咬者の発症まで二日間


 【侵蝕するモノ(エクセイザー)】の駆除は成功。

 後遺症は残らず、術後の経過も良好だ。

 彼女いわく、寝ている間にすべてが終わっているなんて、ハッピーエンドよね、と余裕の発言であった。シンが惚れた人物なだけあって、少々のことでは動じない性格をしている。


 ちなみに、魔法の【麻痺】は【術符】で発動させた。

 これは魔法惹起用の魔導具で、錬金処理した専用用紙に魔法陣を刻み込んだもの。おなじことを魔法でもできるのだが、あえて【術符】選択した。

 理由は、医者や薬師に使ってもらうため。

 事前加工した符をつかえば、誰でも寄生型魔物の駆除治療をおこなえる。


 これが錬金術の良いところだ。

 魔術は、魔法使いでなければ発動できない。

 でも【術符】のような魔道具は、ふつうの人間であっても効果を得られる。魔力のない一般庶民にとって、錬金は頼りになる技術だ。

 そして、魔導師が錬金術師を目の(かたき)にするのも同じ理由である。

 高慢な貴族(魔導師)は、選ばれた自分たちだけが魔導知識を独占すべきだと思っているのだから。彼らにとって、己の優位性を崩す(やから)盗人(ぬすっと)そのものだ。


 シンは駆除方法を一般公開する。

 さらに治療用の【術符】を救護院や医師組合に提供し、【侵蝕するモノ(エクセイザー)】に(おか)された患者たちを治療してもらった。

 特に、ルナと同じ時期に寄生された罹患者たちは、狂暴化する直前であったので、最優先の治療対象である。これで直近の問題は対処できた。


 ただ、気になることある。

 魔人化したダミアンたちが行方不明なのだ。

 彼らは、バケモノに寄生されているにも関わらず、自我を保持している。狂暴化せず普通の人間として活動しているのであろう。

 魔物を駆除できる情報は、王都じゅうに広まっているけれど、彼らは治療を受けに来ていない。そのことから寄生型魔物との共生を選択したのだろう。

 このさき、ダミアンたちはどうするつもりであろうか。


 ちなみに、国家保安局の悪事は明らかになった。

 連中は、今回の生物災害(バイオハザード)について隠蔽工作をおこなったけれども、隠しおおせなかった。

 王都衛士隊が、先に捕虜の事情聴取を済ませていたのだ。

 同時に新聞各社がスクープとして報じたので、この事件の全容が王都ばかりでなく全国に知れ渡る。

 被害を受けた一般市民は保安局を非難し、関係者の厳罰を求める声が日増しに大きくなっていた。


 もうひとつ、民衆が激怒したことがある。

 それは【商業地区(ダウンタウン)の火祭り】と呼ばれる騒動の顛末だ。

 元凶は大貴族の令息。コイツが街中で火炎魔法をぶっ放して、大勢の王都住人を死傷させた。

 

 貴族院は処罰を決定したが、領地で三ケ月間の謹慎とあまりにも軽いもの。

 この刑罰で王国国民は認識させられた。

 王国の支配者たちは『庶民には厳しく貴族にはあまい』という事実を。


 市民は、王侯貴族への不信感を(つの)らせてゆく。

 彼らの不満は、ゆっくりとでも確実に蓄積した。それは、まるで地震エネルギーのよう。いつの日か必ず大地を揺らすことになるのだ。




 錬金術師組合は事業再開していた。

 先日、組合の無実が明らかになり、拘束されていた者たちは解放されている。王都の状況がひっ迫していたことも大きい。

 寄生型魔物を駆除するための【術符】を作成できるのは、錬金術師なのだから。


 シンも符の作成に参加している。

 彼の作成技術は約五世紀前のものだし、今代の技術レベルを知るには良い機会だ。時代と共に進歩した技法や、逆に退行している領域などを分析するのも愉しい。


 並行して書籍や研究報告書などを閲覧していた。

 こっそりと画像複写(コピー)もしてデータを【岩柱砦】へと伝送する。本来の目的である知識獲得のためだ。

 薬師組合が所有している専門書などは、すでにコピー済みだ。

 来週には科学アカデミーに訪問する予定だし、相手方も歓迎すると言ってくれている。生物災害の事件で少々寄り道した感もあるけれど、知見の習得は順調そのもの。これらの知識を活用すれば、寿命延長もできるであろう。


 来客があった。

 相手は王都衛士隊の隊長。わざわざ錬金術師組合にまで会いにきたようだ。

 彼とはずいぶんと親しくなっている。

 先日の【侵蝕するモノ(エクセイザー)】騒ぎで一緒に苦労したこともあって、戦友みたいな間柄であったりする。


「ああ、シン殿。突然、押しかけてすまん。そちらの事情も分かっているのだが、伝えておきたいことがあってな。あなたが契約していた弁護士が殺害された」


「えっ? 」


 若手弁護士は自分の事務所で殺された。

 通報したのは事務職員で、朝に出勤すると倒れているのを発見したという。


 プロによる犯行らしい。

 というのも、室内は荒らされた形跡がない。強盗ではないのだ。さらに犯人は殺害後すぐに現場を立ち去ったことも判っている。

 衛士隊が捜査して各種書類を回収した。

 そのなかにシン宛の中間報告があったので、隊長がわざわざ報せにきたとのこと。


「殺しのプロが動くには相応の理由があるはずだ。関係があるかは不明だが、念のために事情を知りたい。貴方がどのような仕事を任せたか教えてほしいのだが」


「ああ、犯人逮捕に役立つなら協力しよう。私が頼んだのは……」


 シンは、弁護士に依頼した仕事内容を説明した。

 目的は横領された金を取り戻すこと。砦街キャツアフォートの冒険者組合に預けていた売却金を、現地の組合長に着服されてしまう。それを訴えるために、王都にある組合本部までやってきたのだ。

 弁護士のやる気を引き出すために、返却された金額の一定割合を報酬として支払う契約になっていた。


 さらにコルベール家との揉めごとも伝える。

 隊長から突っ込んだ質問があったからだ。トンデモない言いがかりで殺されそうになったことや、男爵家の生き残りを知っているなども話した。

 ただし、男爵令息のジュールと秘書官シモンヌの名前は明かさない。正直にすべてを開示するには問題があるからだ。


 衛士隊隊長は、説明を聞いているうちに表情が変わってゆく。

 最後にはしかめ(つら)になってしまった。


「ああ、やはりコチラ側のほうが当たり(・・・)だな。こうなると冒険者組合がらみの事件だし、どうにも面倒くさいことになるぞ」


 隊長が概要を語ってくれる。

 弁護士は、シンとの契約以外で利益を得ようと目論(もくろ)んでいたらしい。

 狙いは裏資金。

 資金流用の罪で告発するのではなくて、利権構造にくい込んで分け前を寄越せと交渉するつもりであったようだ。


「裏金の存在はずっと昔から語られていた」


 秘密資金の元は、亡くなった人たちの預金らしい。

 彼ら冒険者は魔物相手に危険な仕事をするのだし、毎日どこかで死亡者は発生する。

 問題は、受取人不明な口座預金が多いこと。

 組合の公式発表では、これらのお金は新人訓練だとか、負傷者救済の費用に()てられる。ただし、支出明細の発表はないし、誰も確かめたことがない。


「王国からみても冒険者組合は巨大組織でな。連中との関係は微妙だし、接触には注意を要する」


 行政府は、冒険者たちの有用性を認めている。

 国家予算を使わなくても魔物を駆除してくれるありがたい存在だ。しかも、有用な素材や魔核などを獲得し、それらをマーケットに供給することで経済活動を活発にする。


 同時に(うと)ましく感じてもいる。

 支配者階級からすれば、国内に制御不可能な武力勢力がいるのだから。

 潜在的な敵性集団と表現しても良いだろう。いつなんどき、国家転覆を(はか)るかもしれない。民衆を(あお)って反乱をおこす可能性だってある。

 統治者の本音として不安要因は排除したいが、それはできない。影響力が大きすぎるのだ。


 冒険者組合は、現代地球の巨大多国籍企業みたいなもの。

 複数の国家に拠点をおいて事業を展開している。

 常時活動している戦闘職だけで十万人以上。他の仕事と兼業している者や採取業務など非戦闘の構成員を含めれば百万人を突破する。

 保有資産も膨大だ。弱小国の年間予算をこえる財力があり、王国といえども無視はできない規模の組織である。


 注目すべきは情報ネットワーク。

 大都市はもちろん辺境の小さな街にまで支部を設置し、大陸で何が起きているのか把握している。

 それを支えるのが【聖母(マザー)】と呼ばれる補助人格の魔造結晶体。

 滅亡した古代魔導帝国の遺物で、いまの文明では創ることも修理もできない『失われた技術《|ロスト・テクノロジー》』の塊である。


 衛士隊長はつづける。


「若い弁護士は野心が大きすぎた。上昇志向は若者の特権なのだろうが、決定的に慎重さが足りていない。強大な組織を強請(ゆす)ろうなんて無謀であろうに」


 冒険者組合は武闘派の集団だ。

 毎日、魔物と真正面からぶつかって、撃退し続ける連中である。

 少しばかり脅されたからといって、簡単に金を支払うなんとことは絶対に“ない”。それどころか、強引な交渉で揉め事を抑え込む。

 さらに、(ちまた)のウワサでは、秘密の粛清部隊まであるらしい。

 そんな恐ろしい団体を相手に、個人で銭金をせびろうだなんて無茶がすぎる。


「殺された弁護士は強気な態度であった。自信の根拠は、裏金作りを証言できる人物と伝手(つて)があること。ここまでは、複数の人間から裏付けを得ているので間違いない。 で、問題の証言者とつながっているのは、シン殿ということになる」


「はあ? なぜ、私の名前がでてくるのだ。裏金を証言できる者なんて、誰のことやら判らない。男爵家の生き残りを知っているというだけだぞ」


 どうやら若手弁護士は拡大解釈したらしい。

 たしかに、シンはコルベール家の縁者について語ったことがある。しかし、コルベール男爵家の令息ジュールや秘書官シモンヌに会わせるなんて約束はしていない。


 だが、隊長はシンの考えを否定する。


「もう、あなたの言い分が正しいとか否かの段階ではない。おそらく、冒険者組合は事件の関係者すべてと接触を図るだろう。

 運が良ければ穏便な話し合い。最悪なパターンであれば強硬手段での決着だ。弁護士が殺害されたことからして、悪いほうに向かう可能性が大かな」


「そこまで予測しているなら、なんとかしてくれ。容疑者は組合の誰かなのだろう? だったら、犯人を逮捕すべきじゃないか」


「残念ながら無理だ」


 隊長は悔しそうに返答する。

 殺人犯を捕まえようにも、まったく手がかりがない。

 犯人はその道のプロだし、もう王都から脱出しているはず。おまけに、彼が語った内容はすべて状況証拠と憶測だけである。

 

 王都衛士隊といえども、物証や裏付けなしに冒険者組合に対して捜査はできない。相手は、この国の支配者階級にさえ影響力を持つ。迂闊な動きは禁物だ。


「シン殿。なるべく早く都から離れたほうが良いだろう。申し訳ないが、わたしができるのは助言ぐらいだ」


「なんてことだ。巡り合わせが悪いにもほどがある」


 彼は憮然(ぶぜん)としてしまう。

 まったくもってはた迷惑なことである。

 横領されたお金を回収したいだけなのに。ちゃんと、交渉事の筋道もつけていた。実際、領都シュバリデンの組合は説明要員を派遣したし、詳細説明の手紙もでている。


 揉める要因なんてなかったはず。

 しかし、いつの間にやら、巨大な組織への恐喝事件へと発展している。しかも死人まででる始末。はてさて、どうしたものだろうか。


 数日後。


 シンは謎の集団に襲われてしまう。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:210/210

 LP: 38/120


 活動限界まで、あと三十八日。


ようやく伏線(電撃で寄生魔物を駆除する流れ)を回収。

ここまで長くなるとは思わなかった……。

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新作を掲載しました。
よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
― 新着の感想 ―
[良い点] さあ、蘇るのだ!この電撃でーっ!!(>∀<*) ムキムキの魔人ルナさんもちょっと見てみたかったようなw
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