4-20.魔人誕生
ダミアンは国軍の超戦士であったが、負傷して退役した。
いまは王都でよろず屋を営んでいる。最初のころは、仕事を選ぶ余裕なんてなく、依頼があればなんでも引き受けた。
数をこなすにつれて、人材斡旋やちょっとした調査、裏情報の売買など商いの幅が広がってゆく。最近では、それなりに固定客もいて商売は順調だ。
そんな彼に昔の知り合いから連絡がくる。
相手は、ルナ・クロニスという冒険者の女性。
幾度か、彼女から業務を請け負ったこともあるが、金払いの良いお客さんなので、はっきりと覚えていた。優良顧客は大切にすべきだし、すぐに再会することにする。
待ちあわせの場所は馴染みのオープン・カフェ。
彼は目敏くルナの変化に気づく。
「かなり印象が違っているよなぁ。ずいぶんと穏やかじゃないか」
ルナという人物は、どことなく“おっかない”。
人間離れしたところがあって、ときおり独特な雰囲気になる。変な表現になってしまうのだけれど、彼女が人間のフリをしたナニか得体のしれない存在と化してしまうのだ。
そんな状態の彼女に触れてはならない。
周囲にいる者は誰でも自然と解ってしまう。なにか途轍もないモノと繋がっているのだ。
迂闊に邪魔をすれば厄災がふりかかってくる。
あの女性は、神様か精霊の依り代になっているのかもしれない。荒唐無稽な想像ではなくて、本当にそうなのかもしれない。
そう感じているのはダミアンだけではない。
実際、一部の貴族たちはルナを畏れ敬う。貴族、つまり魔導師の連中なのだが、優秀であるほど彼女に対して丁寧な態度になるのだ。
ある程度の実力を持つ人間だけが感知できるのだろう。
いっぽうで、見極めできない馬鹿者もいる。
ときどき愚か者が彼女にちょっかいをかけるのだけれど、まわりの実力者が必ず阻止する。目的は馬鹿を助けることではない。
周囲のひとが巻き添えにならないためだ。
愚行を止めないと、不運なできごとが誰彼なしにふりかかってくるのだ。それこそ祟り神を怒らせたみたいに。
まあ、とにかく解る者たちの共通認識は『ルナはおっかない』である。
ダミアンがみるに、彼女は誰にも心を閉じていた。
心理的な壁があって一定以上の範囲から内側に入れないのだ。
ただ、けっして人間嫌いというワケではない。むしろ、人当たりは良いし、常に気配りを心がける“できた女性”である。
それでも、彼女は他人と深い関係になるのを避けていた。
心理的距離を詰めようとすれば、柔らかく丁寧に、しかしキッパリと拒絶する。
そんなルナが変貌していた。
穏やかに笑う表情がまぶしい。
以前から美人なのは知っていたけれど、こうも艶やかな女性であったのかと驚くばかりである。
例えるなら、無機質な陶器人形に魔法で命が吹きこまれたかのよう。
なにか瑞々しいというか、生命力にあふれている感じだ。それほどまでに、大きな変化が彼女の身に生じている。
なにがあったのだろうか。
ダミアンは内心の疑問を隠しながらも挨拶をする。
「よう、ルナ。待たせたな。元気だったか? 」
「ひさしぶりね。急な呼び出しに応じてくれて感謝するわ。こちらはシン・コルネリウス。わたしの仕事のパートナーよ」
ダミアンは、紹介された男と握手する。
掌が触れた瞬間、バチッと静電気のような刺激がきたので思わず手を離してしまった。ビックリして、相手の顔と自分の手を交互に見やる。
シンと名乗る男に謝罪されてしまった。
コイツの説明によると、ときどきダミアンのような反応をする者がいるとのこと。原因は不明。トリックではないし悪戯でもない。
ほんとうになにも無いのだけれど、不快にさせたようで申し訳ないと、詫びられてしまう。
ただ、ルナが嬉しそうに、
「あら、ダミアン。あなた、なにか隠れた“力”があるかもしれないわ。シンは才能判定機なのよ」
彼女は、“仮説なのだけどね”と前置きしながら語ってくれた。
先刻の静電気みたいなモノを感じる人間には、高い潜在能力があるのだという。残念なことに、どんな能力なのかまでは判別不可能らしい。
彼女は、なぜか我がことのように自慢している。
ときおり、キラキラした瞳で隣にいるシンをみつめていた。その姿は恋する乙女そのものだ。
ダミアンは直感的にわかってしまった。
ルナを変化させたのは、この錬金術師だと。
こんなイイ女を口説き落としたのか。チッ、爆発して死んでしまえ!
もうひとつ察したことがある。
シンという人物は “あちら側”の存在だ。
ルナには神秘的なところがあるのだけれど、コイツも同質のものを持っている。いや、男が放つソレはもっと濃度が濃くて圧力も凄い。
尋常ではない不思議な“力”があるはず。
“あちら側”の連中は、ふつうの人間では絶対に到達できない超越的領域にいる特別な者たちなのだ。
事実、シンは謎めいた能力を発揮した。
ダミアンが戯れ半分に話をふったのだけれど、知り合いの娘っ子が妊娠していると指摘したのだ。感知方法は秘密だとしながらも、その判定には自信がある様子。
しかも、ルナは“シンが言うなら間違いない”と太鼓判をおした。
彼女は嘘偽りをいうタイプではない。その助言は的確だし、素直に従うほうが良かろう。
ダミアンは頭をかかえてしまう。
「信じられねえ。あっ、ごめん。アンタを疑っちゃいねぇ。ルナから優秀な錬金術師だと聞いていたし指摘は信じるよ。
はあ~。俺は、あの娘が幼子のときから知っているからショックでな。にしても、あの子のお腹に赤ん坊がいるとなると、父親にどう説明したらよいか…… 」
時間が欲しいと願ってルナたちと別れた。
少しでもはやく、知人の娘っ子が本当に妊娠しているかを確認したかったのだ。シンには、日を改めてお詫びに無料で弁護士を紹介するとも約束しておいた。
当日の夜、娘に問い質してみる。
本人は回答を拒否。その頑なな態度から、懐妊しているのは事実だと確信した。
問題は、このあとの対応だ。
さすがにダンマリをきめこむ訳にもゆかない。
ダミアンは令嬢の両親に報告した。父親は怒り心頭で娘を勘当すると宣言し、母親はショックのあまり寝込んでしまう。兄は、妹を傷ものにした相手を見つけだして制裁を加えると息巻く始末。もうこの一家は大荒れだ。
えてして悪い報せをもたらす者は恨まれてしまう。
案の定、ダミアンは件の家族全員から苦情を言われた。まったくもって損な役回りである。こちらは親切で事実を告げたのに、なぜに非難されるのだろうか。どうにも納得がゆかない。
数日後、問題の娘っ子が家出した。
沈黙したまま部屋に籠城していたのに、いつの間にやら屋敷から姿をくらます。残った家族は大いに慌てて令嬢を探すが、行方は分からぬままだ。
ダミアンは、助けを求められ街なかを駆けめぐる。
都合よく使われている気もするが、相手に恩義もあって無碍にできなかった。まあ、料金は割増しで請求しておこう。うん、迷惑料込みだし妥当であろうよ。
夕暮れ。
太陽は西の地平線へと近づき、空はオレンジ色に染まってゆく。
夜になれば、街中であっても危険度が増す。
はやく、娘っ子を見つけないと本気でヤバイ。
ダミアンは、あちらこちらで聞き込みをした。
どうやら、家出娘は貧民街のほうへと向かったようだ。世間知らずの深窓令嬢には困ったものである。
王都のスラムは危ない。
身なりの良い小娘が、フラフラとさ迷い歩けば犯罪被害者になること間違いなしだ。強姦されて娼館に売り飛ばされるなんてマシなほう。
最悪だとアッサリと殺害されてしまう。たかが銅貨数枚を奪うために人を殺す輩がいるのが、この無法地帯なのだ。
極貧者たちが住まう区画を巡る。
彼とて安全ではないのだけれど、それでも立ち回りは心得ていた。少しばかりの金を渡して住人の助けを借りるだとか、害意のある者を見極めては危険を回避してゆく。
怪しげな団体を発見した。
全員が頭までをすっぽりと覆うフード付コートを身につけている。
動きから推測するに訓練をうけた戦闘職だ。ダミアンも軍隊にいたことがあるので分かってしまう。
練度の高い猛者たちが貧民街にいるなんて場違いだ。
どうにもキナ臭い。彼は物陰に隠れて、連中の様子をみることにした。
ヤツらは適当に散らばって裏道を歩いている。
視線をキョロキョロとさせながら、貧民街の人間を観察しているようにもみえた。
「あれなんかどうだ? 健康状態も良いし、麻薬中毒でもなさそうだ。実験動物としてイイ感じだぞ。」
「うむ。よかろうよ。にしても、なぜに我らが人さらいなどという下賤な仕事をせねばならんのだ。こんな汚い場所にいては、臭いが身体に染みついてしまうわ」
「しかたあるまい。隊長からの直接命令なのだからなあ」
ダミアンは焦ってしまう。
漏れ聞こえる会話内容が剣呑すぎた。
いくら極貧区域に住まう者であっても人間なのに、それを実験動物だと言いきっている。アイツらは極悪な差別主義者だ。
ここは早く離れたほうが良かろう。
連中がなにを目論んでいるかは知らないが、ちょっとでも関わってしまえば、面倒なことになるのは確実。
彼はソロリと後退したのだが……。
ガツンと後頭部を殴られて、気絶する。
気づけば、ダミアンは鉄格子のなかにいた。
食事は一日に一食。クズ野菜がほんの少し入ったスープだけ。床下は石で冷たくて、横に寝るだけでも体力が奪われてゆく。
しかも、奇妙な粒が入った液体を無理やり飲まされてしまった。
そのせいだろうか、あっという間に身体がやせ細ってしまい、体調は絶不調である。
高熱で全身がだるく、吐き気がして苦しい。
思うように身体を動かせなかった。
しかも皮膚の下でなにか得体のしれないモノが蠢いている。あまりにも気持ち悪いので体表を掻きむしった。全身、線状の爪傷だらけだ。
意識が朦朧として正気を保てなかった。
自分が夢をみているのか、現実なのかすら判別できない。
いつの間にか戦場に立っている。
とても陰鬱な土地だ。空は気味の悪い緑色に染まっており、ドス黒い雲が広がっていた。大地は赤黒く、所々にひび割れがあって、裂け目から真っ赤な溶岩が噴き出ている。
「な、なんだここは? まるで地獄みたいじゃないか。いや、これは夢だな。現実じゃない。しかも俺を睨んでいるヤツはバケモノだし」
敵の造形は歪でグロテスクだ。
野犬や大熊、蛇などの獣を適当に混ぜて作りあげたみたいな姿。四肢のバランスは悪くて口吻だけが異様に大きい。
そいつらが群れを為して襲ってきた。
魔物どもの狙いはダミアンの身体。
連中に捕まって喰われてしまえば、彼の肉体は乗っ取られてしまい、意識どころか魂まで消滅してしまう。
そんなのはイヤだ。断固として拒否する。
俺は俺のままでいたい。モンスターどもの自由にさせてなるものか。
力が続くかぎり、いや死んでも抵抗してやる!
ダミアンは固く握りしめた拳を敵にぶつけた。
剣で切りつけ、槍で突く。弓矢を射り、大盾でバケモノの突撃を止めた。現役兵士であったことに習得した戦闘術のおかげもあって、戦いを有利にすすめてゆく。
いつの間にか、五体満足な肉体に戻っていた。
大怪我のせいで不自由であったのに、いまは超戦士として活躍していた現役時代とおなじだ。全身にパワーが漲ってきて、いくらでも戦える。
ふと気づけば、ほかにも争っている者がいた。
十数人ほどか。彼らの戦う様はド素人だし、かなり劣勢な状態。体力任せに長い棒を振り回しているが、時間がたてば負けてしまうだろう。
ダミアンは近づいて、男たちを援護する。
声をかけて励まし、互いに助け合うようにした。円陣をつくって、負傷者を内側で休憩させる。なかには敵の群れに飲み込まれて姿を消す人間もいたけれど、皆で協力しあって抵抗し続ける。
ふと気づけば、戦いは終わっていた。
彼らはヤツらに勝ったのだ。醜悪なモンスターどもは這いつくばって許しを乞うている。さらに魔獣の“力”を提供するとまで申し出てきた。
ダミアンはこれを受け入れる。
彼は、バケモノどもを征服したのだ。連中には反抗の意思はなく、もう言いなりである。
■第十一日目の夜 ルナたち被咬者の発症まで四日間
シンは驚いて、ソファから立ちあがってしまう。
【念話ネットワーク】経由で中継画像を眺めていたのだけれど、そこには信じられない光景が映っていたからだ。
「なんてことだ、ダミアンが魔物を支配したのか? いや、これはもう【魔人化現象】と表現して良いほどの異常事態じゃないか! 」
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP: 62/120
活動限界まで、あと六十二日。




