4-19.潜入調査
■第九日目 ルナたち被咬者の発症まで六日間
シンは高級ホテルにいた。
日中は薬師組合の研究室で新薬の開発をしているが、夜はかならず宿泊先に戻る。寄生型魔物に咬まれたルナの様子を確認するためだ。
「だいじょうぶかい? 」
「ええ、心配してくれてありがとう。でも、そんなに深刻な表情をしないで。体調が崩れるなんてずいぶん久しぶりだけど、さほどキツイものではないわ」
「かなり熱がありそうだ。解熱剤を飲むかい? 」
「ううん、いらない。だって、あのお薬って苦くって好きになれないもの。この程度の痛みならがまんできるわ。
ずっと昔だけれど、身体が完全消滅したことがあってね。あのときの苦痛に比べれば軽いものよ。それにあなたが駆除薬を作ってくれるのでしょう? 」
彼は、自分に任せておけと言葉に力をこめて返答した。
愛おしい彼女が苦しむ姿をみて、決意を新たにする。なんとしてでも【侵蝕するモノ】を駆除せねば。
いざとなれば手段を選ばない。なんだってするつもりだ。
いっぽうで強い懸念がある。
それは【復元】のこと。
ルナを不死化させる奇跡の権能なのだが、寄生型魔物に侵された肉体にどんなふうに影響するのか予測できないのだ。
【復元】には謎が多い。
彼の本拠地【岩窟宮殿】にある情報格納庫や、最近の活動で集めた文献などを調べたが、詳しいことは不明なまま。
彼女から聞き取り調査もおこなった。
しかし、本人自身の記憶が欠損しているせいで、やはり詳細は判らない。どうにも困った状況なのだ。
推測だけれど【復元】には基準点があるはず。
彼女の身体情報がどこかに記録されていて、それを基に肉体を再構築している。
基点が固定的なものであれば心配はない。
たとえ体が完全消滅しても、ベストな状態で復活するのだから。裏ワザ的だけれど、このやり方で寄生しているバケモノを除去できる可能性がある。
ただし、これは推奨できない。
なぜなら、基点が変動している可能性があるからだ。
たとえば【復元】は常に二十四時間前の身体を再現するとしよう。このパターンだと、いま現在の彼女が死ぬと、魔物に侵された姿でのよみがえりとなる。
最悪なのは、ルナが狂暴化した容体で死亡すること。
【復元】が発動しても、寄生型魔物に支配されたままだ。つまり、不老不死と化した【侵蝕するモノ】の誕生である。
こうなると正直にいってシンの手に負えない。
そんな悲劇的な状況に陥らないためにも、なんとしてでも彼女を治療せねばならないのだ。
<生物災害について>
有名なゲーム・タイトルではなくて、現実におきたことを語りたい。じつは現代地球において既に何件も発生している。
その多くは不幸な事故が原因だ。
どんなに厳重な管理基準や運用をしていても、残念ながらアクシデントは起きてしまう。人間とは失敗する生き物なのだろう。完全無欠では“ない”。
ゆえに、偶発的事故を前提にして事後対策を準備しておくのが人類の知恵だとおもう。
だが、逆方向の悪知恵をはたらかす輩はたくさんいる。
特に独裁的あるいは権威主義的な国家や組織などがそうだ。
事故をおこした当事者は、平気で犠牲者を見殺す。ときには隠蔽工作をして悲劇そのものがなかったことにする。
倫理観が欠けるインテリジェンスはまことに質が悪い。
具体的な話をしよう。
現在のロシア、昔のソビエト連邦の片田舎で不幸な事故がおきた。
場所は陸軍の生物兵器製造工場で、ここから炭疽菌が漏れ出てしまう。
数日の潜伏期間を経て幾人もの住人が発症。
主な症状は急性敗血症による発熱や下痢、嘔吐、呼吸困難など。そして最後には内臓が壊死してしまう。
もう、病院はパニックである。
短時間に大勢のひとが運び込まれたうえに病気の正体は不明。混乱状態になるのも当然だ。
医者たちは対処療法的に薬を投与しまくった。
解熱剤やら抗生物質、ステロイド剤など、とにかく効きそうな薬剤をかたっぱしから試す。原因不明だしなりふり構っていられない。
医者や看護師たちは【ヒポクラテスの誓い】のとおり、献身的に働く。
人間の善性のあらわれといっても良いだろう。
逆に、細菌兵器施設の関係者は外道そのもの。
情報封鎖をして、危険な細菌が漏れ出たことを医療機関や市当局に連絡しなかった。事故直後に原因を報せていれば、多くの患者は的確な治療をうけていたはず。死亡する人数だって、もっと減ったであろう。
しかし、元凶である連中はなにもしなかった。
苦しむ被害者を目にしても、奮闘する医療関係者をみても、ヤツらは口をつぐんで素知らぬ顔で時がすぎるのを待つだけ。その品性は下劣きわまりない。
その後、多方面からの助言をうけて、病院は原因を特定する。
たくさんの犠牲者をだしながらも、ようやく適切な処置がおこなわれた。
いっぽう、地方行政機関は被害地域を除染するために、建物を洗浄し、大地の表面を削るなどの作業をすすめる。
まあ、その仕事ぶりは手荒であったため、炭疽菌が舞い散って二次被害が発生するのだが。
同時に、隠蔽工作も始まっていた。
しかも国家ぐるみで。実際に活動をしたのは悪名高きKGB(ソ連国家保安委員会)。工作員たちが病院の検死報告書やカルテを書き換え、偽の事故をでっちあげる。
とはいえ、すべてを隠すことはできない。
事件直後から、なにか大規模なアクシデントがあったのではとささやかれる。
最終的には、ロシア連邦の大統領が生物災害の事故を認めた。ソビエト社会主義共和国連邦が崩壊した後のことである。
公式発表によれば、感染者九十六名、死者六十四名。
ただし、この記録を疑う者は多い。一説によれば死亡したのは一千人以上に及ぶとされるが、真相はいまだに闇のなか。ほんとうに犠牲者は浮かばれない。
くどいようだが繰り返す。
独善的な組織は、性根の腐った下種の集まりであると。
国家威信を守るためなどと美辞麗句をならべるけれど、その実態は自分たちの失敗を隠蔽したいだけ。連中のマインドは、親に叱られるのが嫌でテスト用紙を隠す子供に似ている。
人間の悪しき性なのかもしれない。
この異世界は現代地球とは違うけれども、特権階級者の心理は同じだ。不幸な事故をおこしても無関係者をよそおい、被害者を見捨てる。
まったくもって度し難い。
■第十一日目 ルナたち被咬者の発症まで四日間
シンは、諜報部リーダーから報告を受けていた。
奇妙な場所を発見したのだという。
今回、彼らの主任務は王都全域の地図作成である。ツクモ族動物シリーズが王都に散開して街区画像をあつめ、分析官が収集データを基にして図面に描きおとす作業をおこなっていた。で、街中を巡っていたネコ型の一匹が怪しげな区域をみつける。
魔物の気配が集中しているのだ。
一匹や二匹ではなく、数十もの個体が群れを為しているらしい。
もっとも、放出されている魔素子から推測すると、対象は弱小のモノ。殲滅しようとおもえば、すぐにでも可能だとのレポートがあがっていた。
ちょっと信じられない。
人間の生存圏内、しかも国の首都で魔物が蔓延るなんて不可能。
辺境地ならいざしらず、ここ王都には衛士隊や近衛兵などの戦力が外敵の侵入を防いでいるのだから。
とはいえ、諜報部隊は優秀だ。
特に敵を感知する能力は長けている。
凶悪なモンスターが跳梁跋扈する人外魔境の大森林で、日常生活しているのが、彼らツクモ族なのだから。
この手の探知は手慣れたものだし、報告に間違いはないだろう。
「魔物が群れているのはわかった。で、問題の場所というのはどこだ? 」
「王国政府が所有管理している土地です。確定ではありませんが、おそらくは国家保安局かと。詳細な情報が欲しいのであれば、潜入調査をおこないます。
ただし、人員を調査活動に割り振るので、現在の主任務である地図作成に差し障りがでてしまいますが」
国家保安局。
国内の反乱分子を捕まえるだとか、外国の諜報員を相手にして防諜を担う組織だ。つい先日も、街中に寄生型魔物をばら撒いたとして、錬金術師組合を封鎖し、関係者を捕縛している。でも、連中の発表は胡散臭くて信用できない。
シンは、件の場所を調査するように指示した。
王都の地図作製はべつに急ぐ必要はない。それに彼の第六感がささやくのだ。この怪しい区画を調べたほうが良いと。
翌日。
諜報部隊は対象区域の調査を開始する。
彼らは、前衛特務と後方支援などの体制を整えていた。
現場指揮所を近くの建物に設置。指令官や情報分析官などがつめている。
上空を旋回して周辺地域を警戒しているのはツクモ族の鳥型。対象地への侵入は各種動物タイプたち。万が一の戦いに備えて戦闘要員も配置済みである。
前衛特務の猫型数匹が敷地に忍び入った。
目立たないように建築物の陰に隠れながら移動し、区画内にある小ぶりな建物内へとはいる。
なにかの研究施設のようだ。
幾つかの部屋があって、十数人の研究者が働いていた。ビーカーを振って溶液を混ぜているだとか、専用紙に魔法陣を描いている者なんかもいたりする。
確認すべき場所は地下。
事前の長距離探査によって魔粒子が漏れ出ているのは地下室だと判明している。そこに魔物の群れがいる可能性は高い。
猫タイプは、誰にも気づかれることなく問題の場所へ侵入した。
地下牢に十数名の人間が放り込まれている。
囚人のようにも見えるが、どうにも様子がおかしい。全員が呼吸をゼイゼイとさせて苦しそう。なかには嘔吐を繰り返している者もいて病気を患っているみたい。
シンの眼前には中継画像が映っている。
彼がいるのは宿泊先の高級ホテルなのだけれど、現場情報が【念話ネットワーク】を介して伝送されていたのだ。
これは情報管理システムのおかげである。
戦術・交戦支援のC4Iシステムを再現しようと、錬金術やら魔法でそれっぽいモノを構築したもの。いまのところ技術的な問題は多いし、各種テストをしている段階である。まあ、今回は運用試験の一環として、臨時に試してみた。
「囚われている連中はみんな体調不良なようだな。うん? 右奥の人間の映像を拡大してくれ。……おいおい、なんでこんなところにダミアンがいるんだ」
よろず屋のダミアン。
その名のとおり、ちょっとした雑用請負から人材の仲介、裏情報の売り買いなど手広く商いをしている。シンは、彼から若手弁護士を紹介してもらった。
ダミアンは、退役軍人で片足が不自由だ。
魔導師ではないが、魔法の【身体強化】を使える超戦士であったが、戦争で負傷して退役している。ルナの評価では、彼は頭が良くて、立ち回り方を心得ている優秀な人物。
簡単に牢屋に放り込まれる人間ではない。
なぜ、こんなところにいるのだろうか?
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP: 62/120
活動限界まで、あと六十二日。




