4-17.貴族至上主義者
■第五日目 正午 ルナたち被咬者の発症まで十日間
さらに若い魔導師が言い募る。
「あの狂人は逃げずに、さっさと罰を受けて死ぬべきだった。そもそもが俺さまの前を横切るのが悪い」
今回の騒動の始まり。
【侵蝕するモノ】が原因で狂暴化した罹患者が、貴族が乗る馬車の進行を邪魔したのが、ことの発端であった。
ふつう、平民ならば魔導師(すなわち貴族)との関わり合いを避ける。
うかつに近寄れば何をされるか判らないからだ。
たいていは難癖をつけられて酷い目にあう。逆に運が良ければ何か施しをもらえるかもしれない。まあ、分が悪すぎて、自分の命をチップに賭博をするなんて価値はない。
つまり、一般市民の共通認識は“貴族とかかわるな”である。
ただし、件の罹患者には常識がなかった。
まさしく狂人として正常な判断力を失ったまま、商業地区で暴れまわる。その最中で魔導師が乗る馬車の進行を妨げてしまったのだ。
最初に対応したのは貴族に従う私兵たち。
彼らの役目は主の警護であり、通行の邪魔をした狂人を立ち退かせようとしたのだが……。
若い魔導師が気まぐれで馬車から降りてきた。
さらに、自ら不埒者を成敗すると言って、自信満々に魔法を使用。しかし、結果は本人の意気込みとは正反対のものであった。攻撃はすべて避けられてしまう。
彼は、狂暴化した罹患者を見誤っていた。
ふつうの人間であれば、自身の身体を壊さないために無意識のうちに力加減をしている。しかし、問題の狂人は寄生型魔物のせいで本能的制御が外れていた。
尋常でない能力を発揮して魔法攻撃を避けたのだ。
若い魔導師が放った火炎魔法は背後の建物に命中。
爆炎は周辺にいた人間を吹き飛ばし、建築物には火がついてしまう。思い通りにならなかったことで、彼は怒ってさらに何発もの攻撃魔法を街中で撃った。
「あの平民は良い動きであったよ。まあ、俺さまが本気を出せば、あっという間に始末できたがな」
「あなたは簡単と言ったが、無茶が過ぎるのでは? さすがに人々が密集している商業地区で火属性魔法を選択したのはマズかろうに。そのせいで多くの住人が怪我を負ってしまったぞ」
「ふん、平民どもが少しばかり死んだところで問題にならん。魔導師である俺さまが直々に天国へと送ってやったのだ。愚民どもは涙を流して感謝すべきだろうよ」
シンは、青年貴族の言い分に呆れてしまう。
アカン。こいつは典型的な選民思想の持主や。
魔導師至上主義者と言い換えてもエエやろうな。この手の輩の精神構造には独特な偏りがあったりしよる。
自分たちは神から選ばれた絶対的な正義。
それ以外の者どもは貴族に仕える奴隷やと本気で思っとる。ホント質が悪いわ。価値観がぜんぜん違い過ぎる。
適当にお茶をにごしてさっさとお引き取り願おうか。
会話はできても、根本的なところで相互理解は不可能やしなぁ。これ以上コイツと関わっていると面倒なだけや。
「なるほど、お貴族さまのおっしゃるとおりで。では、我々は薬師としての仕事があるので、お暇させてもらう」
「いや、それは認められないな。俺さまを相手にしてお前は小賢しい態度をとった。しかも、錬金術師なんぞは似非な技術で魔法をつかう下衆野郎だ。楽に死ねるとおもうなよ」
この若い魔導師、錬金術師に対する嫌悪は相当なものだ。
シンは内心でため息をついてしまった。
彼は錬金術師であるが、同時に魔導師でもある。
この事実を告げたなら、この貴族はどんな反応を示すであろうか?
同じ仲間だと認めて引っ込んでくれるかも……。
いや、錬金術を似非ものだと断言するくらいだから、魔導師の面汚しだと難癖をつけそう。
どうにも面倒な状況になってしまった。
貴族の私兵たちが主の意をうけて前に出てくる。
人数は十五名。その動作はキビキビとしていて、充分な訓練を受けているのが窺い知れる。
いっぽう、シンの護衛役たちも前進した。
数こそ五名と少ないけれど、各個人の戦闘能力は途轍もなく高い。護衛たちは、ツクモ族(改)のなかから選び抜かれた最精鋭。剣などの武器はもちろんのこと、無手であっても無類の強さを誇っていた。しかも全員が魔法を使える。
この場の流れのまま戦えば、シン側陣営の圧勝で終わること確実だ。
貴族の私兵たちは、自分たちの劣勢を自覚している。
彼らはほんとうに優秀で、彼我の戦力差を見極めていたのだ。
戦いを生業とする者であれば、戦う前から敵を注意深く観察する。たとえば相手が歩くときの体重移動や、その身から発する雰囲気など。
私兵たちは撤収すべきだと考えていた。
彼ら本来の役目は、主を危険から守る警護である。敵と戦って勝利することではないし、今ここで争っても無意味であろう。
そう考えているのは、彼ら私兵ばかりでない。
この場にいる誰もが不要な戦いは回避すべきだと思っていたのだが……。
例外がひとりだけいた。大貴族の令息だ。
戦って勝利する気満々である。
自信の根拠は、自分は偉い魔導師ということ。平民は、貴族にひれ伏して当然だという思い込みだけ。ハッキリ言って、現実がみえていない愚か者である。
暗愚な青年貴族が呪文を唱えはじめた。
いっぽう、シンが戦いもやむなしと判断したそのとき……。
大声が響き渡る。
「双方、引き下がれ! これ以上、王都で騒ぎをおこす無法者はすべて拘束する」
王都衛士隊の隊長が仁王立ちで宣言した。
彼の背後に衛士たちが次々と集まって隊列を形成してゆく。しかも全員が銃を構えており、必要であれば実力行使も辞さない構えだ。
「まず、シン・コルネリウス殿。王都と住人を守る者として、あなたに要請を出します。負傷した市民たちの治療活動に加わってください」
シンは、衛士隊隊長の要望を吟味する。
隊長と知り合って数日ほどだけれど、彼が職務に忠実で誠実な人柄なのは理解している。まあ、謀ることはしないだろうが、素直に隊長の言葉に従えない。
「要請の件は引き受けよう。ただし条件がある」
条件とは、シンたちが安全に退去できるように必要な措置をとること。
ぶっちゃけて言えば、若い貴族を抑えておけという意味。
ヤツは敵愾心を露わにしたままだ。下手に背なかをみせると攻撃してくる可能性がある。あの魔導師を抑えてくれないと、シンは、この場から離れられない。
衛士隊隊長は、シンの言い分を聞き入れた。
これ以降は誰にも絶対に争いごとは認めないと断言する。
さらに、隊長は青年貴族にむかって静かに告げた。
「次にジャン・ド・ミラボー殿。伯爵家の係累の者といえども王都住民への危害は許されません。なぜなら、彼ら国民は国王陛下の臣民なのですから。
そして臣民を傷つけることは陛下の御稜威を貶める行為であります」
隊長は激怒していた。
なんら罪もない一般市民を遊び半分で殺害する貴族はクソだ。彼の内心は怒りで荒れ狂っているが、鉄の意志でもって冷静な態度を維持する。
王都衛士隊に貴族を逮捕する権限はない。
せいぜいが、問題の人物を一時的に拘束するくらい。他にできることといえば、当人の違法行為をまとめた報告書を裁判権のある貴族院へ送付する程度だ。
―――それでもクソ貴族が反抗するなら、やってやる!
懲戒免職になろうが牢屋にぶち込まれようが、どうなってもかまわん。今この瞬間にも、助けを求める市民がたくさんいるのだ。これ以上の傍若無人な振る舞いは許さんぞ。
隊長は固い決意でもって魔導師と対峙していた。
いっぽう、貴族のジャンは高飛車な姿勢のまま。
「こざかしい理屈を並べおってからに。平民どもが貴族に逆らうとは生意気だぞ」
ジャン・ド・ミラボーは、隊長に攻撃しようとしたが……。
その行為は止められてしまう。
背後にいた警護役の私兵たちが一斉に飛びかかって取り抑えたのだ。彼らは口々に、衛士隊に危害を加えるのはマズイだとか、ご当主に迷惑がかかりますと、言いきかせる。
ジャンは渋々と引き下がった。
最高権力者である国王の名前を出されてしまっては従わざるを得ない。
ある意味、貴族社会はサル山と同じだ。
トップの言うことは絶対服従。逆らえばそれ相応の罰をくらうし、場合によっては命を奪われてしまう。
こうしてお騒がせ貴族は立ち去った。
シンはヤレヤレと安堵のため息をつく。
ひとまず、貴族とのイザコザを回避できて良かった。ジャンとやらいう魔導師と戦っても楽勝なのだが、その後のことが面倒になったであろう。
貴族はなによりも面子を大切にする。
たかが平民の錬金術師に負けてしまったら、あの青年貴族は笑いものだ。
ヤツが名誉を回復するにはシンに勝利するしかない。目的達成のためには手段を選ばず、汚い方法だって平気でやるだろう。
そんな事態になれば、シンの活動に支障をきたす。
彼の目的はLP数値を引き延ばし、寿命を延ばすこと。
必要な知識を獲得するために、各所をまわって書籍やら研究書物などを閲覧している。これには知識保有者との平和的な関係が前提だ。
でも、仮にシンが貴族と揉めていれば、誰もが彼を忌避するだろう。厄介にまき込まれてしまうからだ。
「やれやれ、面倒ごとは回避できて良かった。衛士隊には感謝しないと。酒でも差し入れしてやろうか」
シンは薬師たちとともに要請された現場へとむかう。
火災が複数の場所で発生していた。
黒煙が立ちのぼり、チラチラと火の粉が空中を漂う。炎の勢いは強くて隣の家屋にも延焼が広がっているのだが、消火活動は遅々として進んでいない。
このままでは火事の範囲は拡大するばかりだ。
しかも、負傷者の数が多い。
火傷を負った壮年男性、崩れた壁に圧し潰された老人、両足を骨折した女性など。無事だった者たちが懸命に怪我人を助けようとしている。彼らは、火が身近に迫ってくるなかで働いているが、あまりにも危険だ。
このままでは二次被害がおきてしまうだろう。
同行していた薬師が絶望して、
「ダメだ。我々だけでは助けられない。薬も人員もまったく足りないぞ。それ以前に、火事をなんとかしないと救護活動すら不可能だ」
シンの見立ても同じだ。
この状態が続くなら、何百何千という単位で死傷者が出てしまう。
さて、どうしたものか?
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP: 68/120
活動限界まで、あと六十八日。




