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4-15. 生物災害(バイオハザード)の兆候


■第一日目 ルナたち被咬者の発症まで十四日間


 シンは商業地区(ダウンタウン)近くのホテルにいた。

 建物は野戦病院のような状態だ。負傷者は多数、医師や看護師が治療し、薬師たちが医療物資をはこんでいるだとか、とにかく雑然としている。

 建物は大きいのだけれど、それでも全員が建屋内に(おさ)まりきらず、外の街路にまで関係者が溢れていた。


 シンも負傷者を診ているが、その目的は判別すること。

 治療するためでは“ない”。

 【侵蝕するモノ(エクセイザー)】に咬まれたのか否かを見極め、咬傷(こうしょう)があれば隔離するためだ。

 彼ら被咬者、つまり卵を産みつけられた者を野放しにできない。ひとりでも見逃してしまえば、寄生型魔物が王都に繁殖してしまう。


 そうなると生物災害バイオハザードの発生だ。

 悪性の感染症が密かに広がるのと同じで、人々が気づいたときにはもう手遅れ状態になっている。

 王都全体が疑心暗鬼に駆られてしまい、都市機能は完全に止まってしまうだろう。

 

 誰が寄生されているかは判らない。

 いつの間にか魔物に(おか)されて発症する。罹患者は尋常ではないパワーを発揮して暴れまわるのだ。

 それは隣人、あるいは友人かもしれない。もしかしたら夫や妻、親か子供か。もしかしたら自分かも。そんな恐怖が住人を支配する。


 ましてや、寄生型魔物を駆除する薬はない。

 治療方法もなければ、ワクチンのような予防法もないのだ。人間側にはこの魔物に戦う(すべ)はなく、いま現在できることと言えば、コイツ(・・・)に咬まれて卵を産みつけられた人間を隔離するだけ。ひたすらに防衛的な対応策しかないのだ。


 危険な生物災害バイオハザードを防がねば。


 これは、関係者の共通する思いだ。

 そのために誰もが野戦病院と化したホテルで懸命に働いていた。参加しているのは、医師や看護師、薬師組合、科学アカデミーに属する民間人。

 さらには王都衛士隊などの国家機関の者たちなど、じつに多種多様な人間がかかわっている。

 

 彼らの多くは、砦街キャツアフォートでの感染爆発(パンデミック)とその顛末を知っている。数千にも及ぶ死者がでた無残な結末を。彼らは砦街と同じ悲劇を起こさせまいとしていた。


 その日の夜。

 主要関係者の会合がひらかれる。


 シンは【侵蝕するモノ(エクセイザー)】の発見者として参加を要請されていた。

 少数ながら錬金術師組合の人間も出席している。グレゴワール翁のように運よく国家保安局に逮捕されなかった者たちだ。ただ、おおっぴらに出歩くと拘束される危険もあるので、ひそひそと陰に隠れるような状態である。


 議長役は薬師組合の総長。


「では、今までに判っていることを情報共有しよう」


 今回の商業地区(ダウンタウン)での負傷者は三百二十余名。

 うち、咬傷の跡がある者は四十八名。【侵蝕するモノ(エクセイザー)】に寄生された可能性が高いとして、彼らをホテルに隔離している。

 

 他の負傷者は問題なかった。

 怪我は骨折や打撲傷がほとんどで、彼らが負傷したのは二次被害によるものばかり。軽傷者は明日にでも帰らせることができる。重傷者はそのまま借りあげたホテルで治療するつもり。念のため、後日に追跡できるように全員をリスト化する予定だ。

 これで最低限の対応はできたはず。

 

 そうなると皆の関心はとある事に集まってしまう。

 なぜ、王都で【侵蝕するモノ(エクセイザー)】が現れたのかと。


「国家保安局の言い(ぶん)は信じられん。錬金術師組合が危険な寄生型魔物を王都にまき散らしたなどとはあり得ない。なにかの間違いではないのか」


 国家保安局が発表したこと。

 それは、錬金術師組合が【侵蝕するモノ(エクセイザー)】を王都に解き放ったというものであった。組合が社会不安をまきおこし、市民の怒りを王家と貴族に向けるべくテロを起こしたというの


「いや、間違いというよりは言いがかりだわ。寄生型魔物の危険性は関係者なら誰でも知っているもの。ましてや錬金術師の連中はそういった危ない生物の扱いに慣れている。彼らは徹底した管理をおこなっていたはずよ」


「公安局の反応は早すぎるのう。だいたい、商業地区(ダウンタウン)で騒ぎが発生してから一時間もしないうちに、犯人は錬金術師組合だと断定しよった。あらかじめ騒動が起きることを知っていたとしか思えないぞ」


「あるいは錬金術師組合を罠にはめたとか。そもそも【侵蝕するモノ(エクセイザー)】を研究していたのは、私たち科学アカデミーも薬師組合も同じです。

 にもかかわらず、我々は事情聴取すらされていない。いっぽうで錬金術師組合にはいきなりの封鎖ですからね。」


 参加者たちは、国家保安局に疑いをもっていた。

 錬金術師組合は狙い撃ちされたのではと考えている。

 背景には、身分間の緊張があった。

 支配者階級と平民の対立である。王侯貴族と教会が、発言権を増す平民たちに不快感を示しているのだ。彼ら支配者階級は“平民とは喋る家畜”だとみなしていたが、いまは、そんな中世時代の感覚は通用しない。


 時代が進むにつれて、平民たちが“力”をつけてきたからだ。

 国全体の商業活動が活発になり、裕福な中間層が増えてきたおかげである。経済力や資金力をもつ商家や投資家たちの発言権は増している。実際に一般市民の意見を政治に反映してくれとの声は日増しに大きくなるばかり。


 そして、平民の代表とみなされているのが錬金術師組合だ。

 ここ最近、組合はさまざまな魔道具を開発し、それを量産化して市場へと供給している。民衆の生活向上に貢献し、平民たちの経済的自立に貢献してきた。


 それを(うと)ましいと思う貴族。

 つまり魔導師の選民意識は昔のままだ。

 平民は、魔法は使えないけれど魔道具なら持てる。なによりも経済力は向上し続けていた。双方がともに鬱屈した感情が蓄積中なのだ。それが今の王国の内患である。


 シンはこの国の世情には疎いし関心もうすい。

 会合の参加者が懸念していることはもっともだと思うが、それ以上にやるべきことがある。


「かぎられた情報では【侵蝕するモノ(エクセイザー)】を街中に放った犯人は特定できない。あれこれと考えても無駄だとおもう。それよりも、アレの駆除に集中すべきでは? 」


「うむ、たしかに。我々が優先すべきは患者を治療することだ。あの魔物が成長して姿を現すまで約二週間。それまでに駆除薬の開発をせねばな」


 今夜の会合で幾つかのことが決まった。

 そのうちのひとつが拘束されている錬金術師を解放するための嘆願だ。

 最低でも【侵蝕するモノ(エクセイザー)】を研究していた術師と面談したい。駆除薬か治療薬についての情報を得なければ。


 ただし、ここにいる誰もが国家保安局への伝手(つて)がない。

 なので、面識のある王都衛士隊の隊長を経由して嘆願した。




■第二日目 ルナたち被咬者の発症まで十三日間


 国家保安局からの返答はなかった。


 仲介してくれた衛士隊隊長は悔しそうに結果を報せてくれる。


「ヤツら、いくら寄生型魔物の危険性を訴えても聞く耳をもたなくってなぁ。負傷者のことなんざ、なんにも考えちゃいねぇ。王都民が怪我しようが死のうが眼中にないんだよ」


 国家保安局は、法に(のっと)って犯罪者を拘束したと言うばかり。

 連中は、危険な魔物を街中に放った犯人は錬金術師組合そのものだと断定している。身元確かな情報提供者がいるので間違いないのだと言いきったらしい。


 隊長は、術師たちの面会だけでもと要望したが、それもかなわない。

 どんなに寄生された者たちを治療するためにも術師の協力が必要だと伝えても、公安局は応じなかった。

 連中は、寄生型魔物の危険性を軽くみている。

 この騒ぎに乗じて錬金術師組合を封鎖し、研究成果を横取りしようと目論んでいるのではと疑ってしまうくらいだ。


 薬師組合やその他の関係者たちは対応方針を改めた。

 残った人間で治療方法を開発することにしたのだ。もちろん、シンも薬の開発に加わる。ルナを助けるため必ず有効な薬剤を作らねばならないのだから。


 その日の夜のこと。

 

 シンが宿泊する高級ホテルに来訪者があった。


 客は若手弁護士だ。

 彼は、シンの代理人を務めていて、冒険者組合に横領されたお金を取り戻すために動いている。


「今までの折衝についてご報告をしますね。冒険者組合側もシン様の預金が横領されたことは認めています。ただし、彼らは、自分たちも被害者なのだと主張しています」


 冒険者組合の言い分はこうだ。

 今回の横領事件の主犯はコルベール男爵家であり、領都シュバリデンの組合長は脅されただけ。よって、横領された金額の一部返金はおこなうけれど、全額補償はしないと言っている。

 被害者としてとうてい納得できる話ではない。

 弁護士の意見も同じで、冒険者組合が全額補償すべきというものであった。


「冒険者組合側の態度が妙に攻撃的なのですよ。なんというか、今回の案件は連中の触れてほしくないところに刺さっているような感じです。

 で、以前の勤め先である弁護士事務所に聞いてみました。そこの先輩が秘かにウワサされている情報を教えてくれましてね」


 その情報とは冒険者組合の裏資金だ。

 主要な資金源は、亡くなった冒険者の預金。これが組合に横領されているのではないかとウワサされている。

 結構な金額が裏金としてプールされているのは事実だと、金融関係者たちの世界では常識の話らしい。


「一時期、あなたは死んだとされたので、預金が裏金に組み込まれたようです。まあ、普通であれば本人の生存確認がされた時点で返金します。だが、今回はなにかの事情でそれができなかった。で、言い訳にコルベール男爵家をつかっていると、わたしは推測しています」


「ふむ、コルベール家か。私は、あの家の血縁者を知っているし、詳しい話を聞いてみようか」


「たしか、男爵家の者は全員死亡したと聞いていますよ。ほんとうに話が聞けるのですか? 」


 シンは可能だと返答した。

 生き残りは、男爵家令息のジュール・コルベール、その秘書を務めていたシモンヌだ。彼女にはペンダントを渡しているのだけれど、それは魔道具なので位置特定ができる。さらに緊急連絡機能もあって短い会話なら可能だ。

 いざとなればこちらから迎えに行ってもよい。

 代理人弁護士には、彼女の名前や性別を伏せたうえで概要を説明した。


弁護士は思案顔になる。


「なるほど、いざとなれば男爵家縁者の証言が得られると。この情報を冒険者組合との駆け引きに使って良いですか? 有効な手札になりますので」


「ああ、かまわない。ただ、ほんとうに彼らを王都に連れてくるかは別の話だけれど」


 弁護士はそれでもかまわないと返答した。

 彼の目的は、冒険者組合との交渉を優位に進めるためであって、本当に男爵家縁者を出席させることではない。

 彼は、横領されたお金は全額補償させてやりますよと張りきる。期待して待っていてくださいなどとずいぶんと勇ましいセリフを残して帰っていった。


■第五日目 ルナたち被咬者の発症まで十日間


 シンと関係者たちは薬の開発に(いそ)しんでいた。

 基本的な方針は毒の使用。

 ふつうの“虫下し”のような薬剤は毒薬である。まあ、毒といってもその毒性は弱くて、人体に寄生するサナダムシや回虫のような寄生虫には致命的でも、人間には腹痛や微熱など軽度な副作用がある程度の毒性でしかない。


 だが、今回の駆除すべき相手は難敵だ。

 小なりといえども魔物なこともあって毒への耐性が強い。【侵蝕するモノ(エクセイザー)】を完全に駆除できる毒だと服用する人間も死んでしまうのだ。


 知られている毒薬は幾百もあって、それらを片っ端から試している。

 寄生型魔物を殺し、逆に人間への悪影響が最小限な毒薬を見つけねばならない。しかも、限られた期間内で。薬師や錬金術師たちへの心理的負担(プレッシャー)は大きく、彼らは昼夜を問わず働き続けていた。


 だが、この研究は邪魔されてしまう。

 再び【侵蝕するモノ(エクセイザー)】に(おか)された患者がでて、救援要請がでたのだ。






 ■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:210/210

 LP: 68/120


 活動限界まで、あと六十八日。


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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