3-19.弾劾
夕刻。
領都シュバリデンは、いつもより薄暗い。
ただでさえ日が陰っているうえに、霧が街全体を包みこんでいるせいだ。視界は十メートルほど。ちょっと離れてしまえば、建物の輪郭はボンヤリとしてしまう。
街は非常に静かだ。
普段であれば、この時間帯は家路を急ぐ人たちで騒めいている。
今はまったく違う。
街路にはひとの気配がない。寂しいという以上に異様な雰囲気で、幽霊都市みたいだ。
そんななか、移動する集団があった。
ダヴィッド代表と百名以上の港湾労働者たち。
徒党を組んで歩いているのだけれど、かなり物騒な様子。
ある者は手に松明を掲げている。
別の者は船工作用の大槌や鉄製バールなどを両手に持っていた。
どの顔も厳つく、かつ怒りに満ちている。
追随するのは、空中を泳ぐバケモノたち。
巨大なホオジロザメや槍イカ、大小さまざまな魚類など。
海神の眷属だ。
魔物どもが、人間と行動を共にするなんて、あまりにも異常すぎる。だが、今回だけは目的が合致して、一時的な同盟関係が成立しているのだ。
まるで物語のワンシーン。
濃い靄が街全体を覆うなか、ユラユラと揺れる松明の炎。
無言で歩む男たち。
何百何千といる海洋性モンスターども。
不気味な集団は、獰猛な気配を漂わせつつも、粛々と行進してゆく。
これは聖戦だ。
海の神さまに仇為す者どもを成敗せよ。
奪われた宝珠を取り戻せ。
正義は我にあり。
自分たちは神々の陣営にいるのだから。
「危ういな」
シンは小さくつぶやいた。
港湾労働者たちは、根拠なき全能感に支配されている。
しかし、それは独りよがりな思い込みだ。
みんなして奮い立っているが、彼ら自身が上位階梯者から【神告】を受けたワケではない。勝手に気持ちを昂らせているだけ。
「この正義感は危険だぞ。本来の目的は宝珠を取り返すことだ。けれど、港湾関係者たちは、犯人を私刑で殺しかねない。神様を裏切るヤツは報いをうけるべきだとか、不心得者には天罰を与えよって、本気で考えている」
ルナも同意見であった。
「ええ、たしかにね。この種の神懸かり的な勘違いは、暴走しやすいわ。もし、コルベール家が、既にお宝を入手していたら、どうなるかしら?」
港湾労働者たちは、領主と真正面から対立する可能性が高い。
だが、相手は第一身分の貴族だ。
貴族は魔導師でもあり、単独で驚異的な戦闘能力をもっている。生半可な武器では太刀打ちできない。たかが第三身分の平民が抵抗したところで、蹴散らされて終わりであろう。
「私たちが請け負った仕事は宝珠の奪還。【大亀仙霊】に返却すれば業務完了だ。だから、魔導貴族と一般市民が争っても、無視して問題はあるまいが……」
「そうよねぇ。大勢の人々が殺されるのも見過ごせない。かと言って、部外者のわたしたちが、この国の支配階級と戦うのも、お門違いだし。どうしようかしら?」
とりあえず、ふたりは海神の眷属にお願いした。
海洋性魔物の半分に、白霧と通常空間の境界線で、警戒網を構築してもらう。宝珠が男爵領外に持ち出されることを防ぐためだ。
残りは、指定する各所へ移動。それらの場所は、容疑者の屋敷や拠点であったりする。
特に、男爵家屋敷の包囲は厳重にした。
お宝強奪の首謀者が、最後に運び込むのは領主館だ。
できれば、男爵家がお宝を入手する前に回収したいところ。
手遅れならば、力づくで奪還するしかない。
並行して、シンは配下の諜報部隊も動かした。
ツクモ族のニャンコとカラスによる偵察だ。彼らには周辺状況や建物内部にいる人間の確認をしてもらう。
可能であれば、宝珠の有無確認も。
ただし、これは難易度が高い。誰も現物を知らないのだから、判別は難しい。ということで、部下には無理はしないようにと、つけ加えておいた。
やがて、百余名の集団は商館に到着。
建物はけっこうな大きさで、倉庫部分と事務所が組み合わさっている。ずいぶんと繁盛している様子だが、男爵家の資本が入っていることも寄与しているのだろう。
労働者たちが建屋をとり囲んだ。
彼らは松明を掲げており、その炎の明かりを受けて、館が赤く染まっている。ユラユラとゆれる灯りと影のせいで、なんだか不気味な眺めだ。
ダヴィッドが建物正面に立つ。
「門を開けてくれ。俺は港湾協会の者だ。大切な要件がある」
商館からの返事はない。
立てこもる人々は怯えているのだろう。
彼は、開門するようにと三回通告した後、背後にいる部下に合図をおくった。
「やれ。扉をぶち壊せ!」
「おう」
船大工ふたりが、木製大槌で正面玄関を叩く。
扉は硬いオーク材製だけれど、大工が振るう大槌にはかなわない。大きな破壊音とともに、ドアは破壊された。
労働者の半数が建物内へと押し入る。
残り半分で建物を取り囲んだのは、盗人が抜け出るのを防ぐためだ。
ダヴィッド代表は大声で、
「ブッシュ会頭。尋ねたいことがあって来た」
「き、きさま。どういうつもりだ」
商会主は海運業を営む人物だ。
頭髪がちょっぴり後退しているけれども、商売はすこぶる調子が良い。男爵家の威光を背に受けて、マーケットでは肩で風をきるようにブイブイいわせていた。
「わかっているのか。ウチの商会に盾突くということは、領主さまに反逆するのと同じだぞ。今すぐに詫びるなら、穏便に済ませてやる。とっととこの場から立ち去れ」
「いや、そうもいかん。なぜなら、【紺碧神殿】から宝珠が持ち出されたからだ。我々はそれを探している。
で、会頭に質問したい。アンタのホットスパー号だが、直近の航海履歴について知りたいんだよ。どこに行っていた? ちゃんとした返答を聞くまでは帰るつもりはないぞ」
「ふん、いつもの定期航路だ。神殿の島なんぞに行くことはない。稼ぎにならないからな」
ブッシュ会頭は否定する。
対するダヴィッド代表は、返答に間違いがないかを再確認した。
そのうえで、商船の航海記録の写しを突きつける。
港湾協会では、船舶の必要物資を調達する関係上、港を出入りする船から記録紙を受け取っていたのだ。
だが、商会長は虚偽ではないと言い張る。
記録を見せられても、所有する艦船が【紺碧神殿】まで往復したことを認めなかった。それどころか、捏造だと捲し立てる始末。
ふたりの押し問答が始まったのだが……。
「罰当たりめ」
「どこに逃げるつもりだ」
「お前の悪事は判ってんだよ」
外が騒がしい。
どうやら、建物を包囲していた連中が、誰かを捕まえたらしい。事務所にいる者たちは、ただ事ではない雰囲気に慌てて屋外にでる。
「な、なにをする。乱暴はやめてくれ」
司祭が囲まれていた。
この人物、コルベール男爵家の係累とのことだが、貧相な顔つきで威厳に欠ける。
ただ、気になる点がひとつ。
小箱だ。
怯える男は、両手で小さな木箱を大事そうに抱えていた。
「おお、ブッシュ会頭。こいつらに言ってくれ。儂は反対したんじゃと。神殿島から宝珠を運び去るなんて、そんな畏れ多いことに加担できないとな」
「バ、バカ。余計なことを言うな」
商会長は、慌てて黙らせようとしたが、もう遅い。
司祭の迂闊な発言で、【紺碧神殿】に行ったことがバレてしまった。
ブッシュ会頭の表情は渋いものへと変わる。
背後にいた商船乗組員たちはアアッと頭を抱えていた。彼らは神殿に同行した船乗りたちである。
完全にアウトだ。
判断の早い者は、すばやくこの場から逃げようとする。
ただし、それは不可能。周囲を厳重に囲まれていた。抜け出るなんて、できやしない。
「自分は脅されただけなんだよ」
「船長の命令に従うしかなかった」
「俺は悪くない、わるくない」
商船船員たちが無実を訴えはじめた。
人数は十五名ほどで、誰もが無理強いされたのだと主張する。
しかし、その自己弁護は反発を招くだけ。彼らの罰当たりな行為のせいで、神さまが怒っているのだ。下手をすれば、領都全体が海の底に沈んでしまう。
港湾労働者たちから罵倒されるだとか、乱暴を受けるが、それは自業自得だ。
司祭が転倒した。
貧相な男は、ヒェと情けない声をあげ、抱えていた小箱を手放してしまう。
パンと軽い音がした。
箱が地面に落ちるとともに、蓋が開く。
宝珠が、小さな木箱からこぼれ落ちた。
それは、直径十センチほどの球状物体。
輪郭がぼやけており、形が定まっていない不安定な塊であった。
表現に困るが、強いて言うなら、微小物質の集合体みたいなモノで、常に変化している。しかも、中心部には光源があって、隙間から淡い光が漏れ出ていた。
なんとも幻想世界にふさわしい不思議マテリアルだ。
司祭が隠そうとしたが失敗する。
ソレを横合いから取り上げる者がいたから。
人魚が、宝珠を奪い返したのだ。
彼女はそのまま一気に上昇する。
高さ十メートルほどで一旦停止し、天にむかって掲げた。
不定形な球状物質の輝きが強くなる。
光量が増すにつれて、海神の眷属たちが集まってきた。
槍イカや小魚の群れ、ホオジロザメ、巨大アンモナイト、タコなど。なかにはグロテスクな姿の深海生物なんかもいたりする。
幻想的で心奪われる眺めであった。
白霧なかで光を放つ宝珠。
ソレを捧げ持つ人魚。
喜び踊るように眷属たちが周囲をグルグルと泳いでいる。
その光景は現実のものとは思えない。夢のなかにいるのではないかと錯覚するほど。
突然、悲鳴が聞こえた。
「離せ、離してくれ!」
声の主は司祭だ。その体は空中にあった。
たくさんの人魚たちに抱えられて、手足をバタつかせている。
ある程度の高さで放り出されてしまった。
貧相な体躯は落下するけれど、途中で大きな影にキャッチされる。
「うぎゃぁぁぁ」
狂暴なホオジロザメが咬みついた。
鋭い牙は、胴体にくい込んで離さない。
サメが、己の巨体を左右に振った。
柔な人間の肉体は耐えきれず、真っ二つに引きちぎれてしまう。
「や、やめてくれ~」
「嫌だ、イヤだ、いやだ!」
「ごめんなさい、ごめんな……」
悲鳴が幾つもあがる。
声の主は、宝珠強奪の関係者たちだ。
ブッシュ会頭は、何十匹もの槍イカに串刺しにされた。
船長も、巨大タコに掴まれて全身の骨をバキバキと折られる。
船乗りたちは、クラゲの群れに集られて、体中に毒がまわる。
その処刑方法は苛烈で、眷属たちの怒りの深さが現われていた。
港湾労働者たちは恐れると同時に安堵もする。
「ああ、天罰だ」
「不心得者にふさわしい最期であろうよ」
「良かった。これで俺たちも街も助かる」
海の魔物どもは明らかに相手を選んでいた。
宝珠を盗んだ者だけを攻撃している。
お宝奪還に協力した労働者を除外しているのは、【大亀仙霊】の意向によるもの。海神は、不信心者に対してキッチリと神罰をくだした。いっぽうで、不必要に血を流すのを嫌う性格らしい。
しばらくすると、宝珠を抱えた人魚の姿が消えてゆく。
領都の沖合にいる【大亀仙霊】の元へと向かうのだろう。
白霧も薄くなってきた。
フワリと穏やかな潮風が吹いて、靄を流し去る。
視界が良くなってきて、徐々に建物の輪郭がはっきりとしてきた。
神が怒りを鎮めたのだ。
シンはゆっくりと息を吐いた。
「ふう、これで請負仕事は完了か」
ダヴィッド代表や港湾労働者たちのおかげだ。
協会代表は有能であったし、その部下たちも熱心に動いてくれた。
まあ、彼らへの報酬は、事前に配布した金貨ということで納得してもらおう。なにせ、アレには海神の祝福が付与されている。貨幣価値以上の恩恵が巡ってくるはずだ。
「うっ!」
【大亀仙霊】から思念が届いた。
直接的に伝わってくるモノで、言葉や文字ではない。
でも、意味する内容は明確で、間違えようもないほどにハッキリとしていた。それは【喜び】と【感謝】。到達する想念エネルギーが桁違いに大きい。
というか、巨大すぎた。
奇妙な表現になってしまうのだけれど、謝意の“品質”が高純度なうえに、含有エネルギーがあまりにも膨大。もう、受け手側の容量をはるかに超えている。
例えるなら、ゴム風船に一トンの水をぶち込むようなもの。抵抗する間もなく、あっさりと破裂してしまう。
彼の意識は吹き飛んでしまった。
完全にブラックアウトだ。時間にすれば、ほんの数十秒ほど、立ったまま気絶する。正気に戻った後でも、頭がズキズキと痛んだ。脳みその奥までグシャグシャとかき混ぜられたみたいだ。
「これだからイヤなんだ」
超常的存在とのコミュニケーションは大変だ。
相手は、彼我の精神的スケールの違いを失念しがちである。人間の矮小さを考慮してくれない。配慮に欠けるというか、大雑把すぎるのだ。
―――もうほとんど、嫌がらせやん。
向こう側は、感謝の意を示してくれるんやけど、ありがた迷惑やとおもうねん。
なんか、魔導的対策を講じへんと身が持たへんわ。せや、精神回路のバイパスを構築しようかしらん。あるいは、対上位階梯者用のサイコ防壁なんかエエかも。
「うん? なんだ、コレは」
シンは、意識下にメッセージがあるのに気づいた。
送付主は【大亀仙霊】で、珍しくも文言での伝達である。
『月の彷徨い人、ルナ・クロニスに助けを求めよ』
彼は困惑した。
文章は判るが、意味が判らない……。
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:185/210
LP:73/120
活動限界まで、あと七十三日。




