3-18.問題の船をさがせ
労働者たちが、チラホラと戻ってきた。
彼らは、恐ろしい白霧が立ち込めるなか、各所をまわって情報を集めたのだ。
パッと見るかぎり、誰もが無傷で怪我なんかしていない。そのことから海神の眷属たちに襲われていないのが判る。
【海神の金貨】を持たせたおかげだ。
巨大ザメや槍イカが、攻撃停止命令に従わず、人間を襲撃するのではと心配していたが、杞憂であった。
ダヴィッド代表が、皆を労う。
補足すると、彼が情報収集と整理についてすべてを仕切ることになっていた。自分に任せて欲しいと申しでてきたからで、シンはそれを素直に受け入れている。
協会代表は、労働者たちから丁寧に話を聞く。
要点をまとめては、協会事務員たちに記録をつけさせた。たくさんの人員を相手にして、適切に指示する様子は手慣れている。ずいぶんと頼もしい。
ルナやグレゴワール翁は感心する。
「へぇ、ダヴィッドは頭脳労働派なのね。見た目は肉体労働者だけど、中身は正反対じゃない」
「そうじゃのう。港湾の仕事をまとめてきた実力は本物じゃな。
部下の差配。倉庫の空き状況や入出庫の運営。金勘定など、どれもきめ細かな管理が必要じゃ。どんぶり勘定だと、赤字になってしまうからのう。
そのへんを弁えておるから、組織のトップが務まるのじゃろうて」
シンも、翁の見立てに賛成だ。
それだけでなく、協会代表のやり方を注意深く観察していた。アレは参考になる。
「ああ、自分は間違っていた。データを収集すれば、解決するとおもっていたけれど、それは違う。もっと具体的に考えるべきだったのに。
どんな方法で、どんな種類のものを、どうやって整理するべきか、事前にまとめておかないと。曖昧な指示では、配下の者だって動きようがない」
先日、彼は失敗をしている。
新設した諜報部隊の試験運用でのことだ。
情報収集を担ってくれたのは、ツクモ族動物シリーズの猫タイプや鴉タイプ。みんな、熱心に活動してくれた。
だが、それらは使えないものばかり。
量こそ多いのだけれど、質はゴミ屑レベルだ。
たまたま、とある商人の家族関係の話を拾えたので、交渉の小ネタにしたのが、唯一の成果である。
それ以外は碌なものがなかった。
ニャンコが持ってきた『あそこの飯は美味しい』なんて、どう活用しろというのか。無理にきまっている。
「反省すべきは、諜報目的が不明瞭だったことか。
“なにか有用そうな話を集めてこい”なんて命令は曖昧すぎた。価値判断の基準も具体的な事例も示していない。そんな指令で、満足な結果を得られるワケがない。我ながら酷すぎる。穴があれば、入りたいほどだ」
ついつい、前世での会話を思い出す。
相手は優秀なマーケティング専門家で、話題は市場調査について。
その人物の意見は次のとおりであった。
『目的設定の程度が、分析結果の質を左右する』
調査をする理由は、意思決定に役立てるため。
あるいは、なんらかの判断をすること。
例えば、新しいサービスの提供や、不採算事業の撤退の是非を決めるなど。なにがしかの決定をするために、リサーチをおこなうのだ。
最初に目的設定し、そこから逆算してなにが必要なのかを考える。
どんな情報が欲しいのか。その入手方法はどうする。予算や人員はどの程度必要になるか。組み合わせるべきデータはあるか。公的な統計情報。特定市場の市場規模。場合によっては、消費者から直接ヒアリングすべきかもしれない。
マーケティング専門家が強調していたこと。
意識すべきは、ゴール設定であった。
これが曖昧だと、獲得すべきモノもボンヤリしたものになる。不明瞭な目的は、モヤっとした調査結果になってしまうのだから。そんなシロモノを基にして決定をすると、痛い目にあうこと確実だ。
使えない調査の典型的な例がある。
それは、マスコミの政党支持率調査。
毎月のように結果発表をしているが、たいした価値はない。単なるアイドルグループの人気投票と同じである。
彼らの調査目的は“発表すること”。
支持率調査から、なにかを“決断し行動する”なんてことは皆無だ。
だから、調査担当者の姿勢は甘くなってしまう。結果に対して責任も負わないし、失敗するかもという緊張感もない。極端な話、調査内容がいい加減でも、かまわない。
問題は、コレを政権批判に利用すること。
特に、思想的に偏りのある新聞社は悪辣だ。
彼らが実施するアンケートには、回答者をミスリードする質問設定が多々ある。しかも、調査対象者も偏向していて、中立公正なものではない。
しかし、マスコミは中立を装う。
実際は歪んだ調査結果を発表して、世間を惑わすのだから、まことに質が悪い。
話を戻そう。
意識すべきは『目的設定が分析結果の品質を左右する』こと。
シンは、それを知識として持っていた。しかし、実行できていなかった。だから諜報部門の運用に失敗したのだ。目的が“なにか有用なもの”なんて、あまりにも曖昧過ぎる。
今回の件でも、彼の考えは浅かった。
情報収集の目標は、宝珠を盗んだ者を発見すること。これは正しい。
欠落していたのは、具体的な行動内容だ。どんな情報を誰から集めるのか。それらから、盗人を特定するかまでの具体策を考慮していない。
此度は運が良かった。
港湾協会代表のダヴィッドが積極的に動いてくれたからだ。
この人物、見た目こそ筋肉ダルマだけれど、中身は頭脳派で、実に頼りになる。大勢の港湾労働者に指示をし、皆が聞き取ってきた内容から要点を抜き出した。バラバラな話を関連付けて、価値あるものに仕上げてゆく。
彼の協力がなければ、宝珠追跡は難航していたはずだ。
その協会代表だが……。
「なんで、こんな苦労をしなきゃならんのだ?
俺の肩に全住民の命がかかっているなんて、冗談じゃねぇぞ。宝珠奪還に失敗すりゃ、領都が海の底に沈むなんてよ。自分は、ただの肉体労働者のまとめ役だぜ。重大な役回りが巡ってくるなんて、何かが間違っている」
彼は事務員にも命令していた。
ここ最近、協会が請け負っていた仕事を調べさせている。
宝珠を盗みだした連中は、絶対に船を利用したはずだ。そして船舶を動かすにはとにかく金銭がかかる。人員や物だって必須だ。
とてもではないが隠せるものではない。人・モノ・金の流れを追ってゆけば、宝珠強奪に使われた船舶が判る。
「いったいどこの馬鹿者だ。神さまを怒らせるなんて、不信心にも程があるぜ。しかも、お宝を領都に隠しているとは、まったくもって度し難い。絶対に見つけだして罪を償わせてやる。泣き叫んでも許してやらんからな」
彼は、各種情報を突き合わせてゆく。
荷運び人たちの労働報告書、物資の流れ、支払いや売り上げ記録。船乗りから娼婦にまで聞いてあつめた噂話など。
都合の良いことに、海神の宝珠が【紺碧神殿】から持ち去られた時期は判明している。対象期間内で条件に合致する帆船を絞り込んだ。
「信じたくはなかったが、そういうことか」
シンは、ダヴィッドの小さな呟きに反応した。
「うん? その言葉だと、容疑者を特定できたようだが」
「ああ、神殿の島と領都を往復した商船が一隻ある。
状況証拠からすれば間違いないだろうな。船長が首謀者なのかは不明だが、関係しているのは確実だ」
協会代表は、ひとつの商会名をあげた。
そこは件の艦船を保有しており、コルベール男爵家の資本がはいっている。商会長ならば、領主の意向に従うとも説明した。
シンは商会の所在地を教えてもらう。
手がかりが掴めたのだし、お宝を取り戻しにゆこう。
彼は、ルナとグレゴワール翁と共に港湾協会の建物を出ようとした。
すると、ダヴィッドが声をかけてくる。
「なあ、ちょっと待ってくれ。俺たちも連れていってほしい。ほんとうに、あの船の連中が宝珠を盗んだのか確かめたい」
「反対だな。相手が素直に宝珠を渡せば良いが、返却を拒否すれば争いになる。後々のことを考えてみろ。もし、ほんとうに男爵家が、お宝を持ちだしてきたなら、面倒事に巻き込まれるぞ。領主の恨みをかって、街から退去するハメになる可能性が高い」
「危険は承知している。でもな、今回の件は、俺たち領都民の問題でもあるんだ。この港街はな、海の神さまのおかげで繁栄している。神恩に仇為すす行為は、たとえ領主様でも許しちゃいけねぇ」
ダヴィッドは、疑惑の商会に行くと言い張った。
港湾労働者たちも異口同音に、同行するとの声をあげる。いつの間にやら、港湾協会の建物にいた全員が賛同していた。
彼らは信仰心が篤い。
海神から恩恵を受けていると信じているし、それを冒涜する者に対して怒っている。
そんな男たちが口々に叫ぶ。
「神さまを裏切るヤツに罰を与えよ」
「馬鹿者どもは制裁すべきだ」
「俺たちがケジメをつける」
シンは少しばかり困惑する。
港湾関係者たちが、こうも激怒するとは予測できなかった。建物内には百人以上いるけれど、皆が感情を昂らせている。
この流れを止めるのは、もう無理だ。
改めて考えを巡らす。
目的は、盗まれた宝珠を奪還して【大亀仙霊】に返すことだ。誰が主導してもかまわない。
―――目的達成するんやったら、コイツらがやってもエエやん。
結果良ければ、すべて良しやで。あとあと発生する面倒ごとも全部、みんなに押しつけたろ。
というか、街で起きた問題は、当事者で解決せなアカンやろ。自分みたいな部外者が口をはさむことやないしな。うん、そうしよ。
「わかった。これから先の仕切りは、ダヴィッド代表に委ねよう。でも、キッチリと始末をつけてくれ。宝珠を取り戻して、ちゃんと返却しろよ。でないと、海神の怒りは収まらない」
「ああ、任せてくれ。しくじったら、領都と一緒に海底に沈んでやらぁ。それくらいの覚悟はある」
協会代表は力強くうなずく。
なぜか、やたらと張りきっていた。その顔は晴れ晴れしい。心内でなにかが起きているのだろう。
「いくぞ、野郎ども。罰当たりな盗人をぶちのめして、お宝を奪還するぞ。俺についてこい!」
「おう!」
ダヴィッドを先頭にして港湾関係者たちがうごく。
皆の意気軒高な様子は、まるで戦いに挑む戦士の群れのようだ。
実際、大義は彼らにある。
神さまが大切にしていた宝珠を悪党どもから取り返す。そう思えば、高揚するのも自然なことであろうか。
「はりきっているなぁ」
シンは、ハァとため息をつく。
主役を奪われた形だが、そこは構わない。
港湾労働者たちに花を持たせて、恩を売っておくのも良かろう。
そもそも、彼は巻き込まれただけだ。
本来の目的は、LP数値を引き上げること。そのために、知識や魔導的技術の獲得をしてきた。
でも、今回の宝珠奪還は無関係である。
「うん、みんながんばれ」
彼は、気持ちのこもってない声で応援した。
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:185/210
LP:73/120
活動限界まで、あと七十三日。




