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3-03. 領都のお偉いさんたち

 シンは殺風景な部屋にいた。

 己の短慮な行為を反省して、ハアッとため息をつく。彼は、錬金術師組合の()組長であるシモンヌに乱暴をして取りおさえられた。

 いまは、頭を冷やせと小部屋に閉じ込められている。

 本来なら、牢屋で監禁されるところだ。だが、被害者(シモンヌ)自身の指示で、この扱いで済んでいる。


 ちなみに、暴れる彼を鎮めたのは、ルナ・クロニスだ。

 まあ、“鎮めた”という表現は穏やかすぎる。

 実際には“叩きのめした”が正しい。

 彼女は片手一本で、背後から彼の手首、肘、肩の三か所の関節を()めた。痛みに耐えかねてつま先立ちになったところを、巧妙に誘導して相手の身体を地面に抑えつけたのだ。


 じつに高度な格闘術である。

 合気道か中国武術の擒拿(きんな)術に似ていた。筋力に頼ることなく、最小の“力”と体捌(たいさば)きだけで、敵を制圧するのだ。

 彼女は、外見こそ(たお)やだが、怒らせると怖い女性である。本当に身をもって痛感させられた。


 ルナがテーブルのうえで頬杖をつき、


「どう、落ちついた?」


「ああ、手を煩わせて申し訳なかった」


 シンは己の行動に驚いている。

 彼自身、シモンヌのことをさほど恨んでいないと思っていた。

 しかし、彼女の姿を見てカッと頭に血がのぼったのだ。自分でもビックリである。どうやら、心の奥底では“裏切り者”と断じていたらしい。


 だから、こう叫んでしまったのだ。


『お前はキャツアフォートの人々を見捨てた。大勢の人間が死んでしまったぞ』


 我ながら暑苦しいセリフである。

 恥ずかしすぎて穴があれば入りたい。


 コンコンとノックの音が響く。


 受付嬢のイザベラが扉を開けてくれた。

 彼女は、もともと砦街の所属だが、今は領都シュバリデン働いている。


「お待たせしました。案内しますので、ついてきてください」


 彼らが移動した先は、大会議室。

 そこにいたのは街の重要人物が十数名。

 錬金術師組合の責任者や薬師組合のマスター、商業協会の代表など民間組織のトップたちだ。都市の役人も複数名いる。


 気になったのは、シモンヌが同席していること。

 彼女の役職は、コルベール男爵家令息の秘書官だそうな。

 完全に支配者側の立場だ。以前の、しがない錬金術師組合長代理から、ずいぶんと出世したものである。


 会議の進行役は、冒険者組合の支部長。

 少々くたびれた感じの白髪交じりオヤジだ


「さて、錬金術師シン。お前が見聞きしたことを話してもらおうか」


 会議室によばれた理由。

 それは、砦街キャツアフォートについて説明せよというもの。

 尋問されているうちに、街を最後に脱出した人間だと知られてしまった。さらに廃墟の状況を目撃した唯一の人物でもある。

 その結果、この場が急遽設定されたのだ。


 背景にあるのは砦街奪還計画。

 お偉いさんたちは、王国中央軍に派遣要請し、補助戦力として冒険者の募集も予告している。軍資金を集めるために公募債を発行もしていた。

 ただ、計画は頓挫状態にある。


 砦街の状況が不明なのだ。

 直近半年のあいだ、偵察隊を幾つも出しているが、満足な結果を得られていない。魔物が多すぎるためだ。

 せいぜいが、遠方から観察するのが限界。

 しかも、派遣した斥候要員の犠牲が増えている。最近では、仕事を請け負う人間がいなくなってしまった。

 そんなところに、【邪神領域】の奥から、若い錬金術師がヒョッコリと現れたというワケである。


 シンは内心でホッとしていた。

 彼が、女性秘書官(シモンヌ)に乱暴した件について、お咎めがない様子。叱責されるより、廃墟の現状を伝えるほうが気分的に楽だ。


「私は、住人を救助するために街へむかった」


 説明の冒頭は、キャツアフォートへ戻ったところから。

 救護院に隠れ潜んでいた者を助けたこと。翌朝、橋の残骸を利用して渡河を成功させたこと。魔物を邪魔するため、彼だけが岸辺に残ったことまでを語る。

 ここまでは、生存者の報告で、領都のお偉いさんたちも知っていた。


「翌日、猪豚鬼(オーク)緑色小鬼(ゴブリン)たちが大森林へ帰るのを見た。ヤツらは武器などの物資を担いでいたので戦利品扱いだとおもう。火事が広がっていたことも、連中が砦街から出た理由だろう」


 その後、隙をついて街領域に侵入。

 門を閉じて、モンスターどもの再侵入を防いだ。残存していたバケモノの数は意外に少なかったので、時間をかけて排除する。

 並行して、住人の遺骸を回収して荼毘(だび)に付した。

 さすがに、たったひとりで消火活動は無理なので、最終的に燃える街から脱出したと、語りを終える。


 ここまでの説明で、嘘をついていない。

 伝えなかったことがあるだけだ。除外したのは、魔導具や書籍類など価値のあるものを回収して持ち帰ったこと。

 街から貴重品が消えたのは、すべてモンスターどものせいだと意図的に意識誘導をしておいた。


「現在の砦街の様子だが、数多くの魔物が住み着いている。もっとも数が多いのは、緑色小鬼(ゴブリン)。上位種の緑色鬼が群れを率いていた。大勢の小鬼騎兵(ゴブリン・キャバリエ)が揃っているのが厄介な点だろう。

 他に見かけたのは、猪豚鬼(オーク)や陸クラゲなども……」


 お偉いさんたちは、身を乗りだすように話を聞いていた。

 彼らにしてみれば、現状把握は奪還作戦に必須である。最新情報を得られるのだから真剣にもなろうというもの。

 ただし、詳細が判明するにつれて、皆の表情が渋くなってゆく。


 シンの語りは淡々とつづく。


「ああ、大型爬虫類の親子もいたかな。名前は知らないが、全高は十メートルぐらいで首が非常に長い。特徴的なのは面長(おもなが)な顔と、馬のようなタテガミが生えていたこと。遠目にみただけでも、子連れの魔獣が三組いた」


「なんてこった、【馬頭竜】じゃないか!」

「馬鹿な。あやつらの縄張りはもっと奥地のはずだぞ」

「いや、それよりも問題はキャツアフォートが繁殖地になっていることだ」


 会議室は大騒ぎになった。

 【馬頭竜】は大型魔物で、一頭を相手にするだけでも百単位の兵士が必要とされる。

 問題なのは、群れで子供を産み育てていること。

 とにかく子育て中の生き物は気が荒い。

魔物にかぎらず、獣であれ人間であれ、両親は我が子を守るために攻撃的になりがちだ。近づくことすら困難であろう。

 ましてや、追い払いとか退治するともなれば、けっこうな戦力を用意すべきだ。


 会議参加者たちが激しく議論を始めた。

 派遣軍の規模を大きくすべきだとか、軍資金に余裕がないと嘆く者。あるいは奪還計画を中止しようと主張する人物までいる。

 みんな、勝手に己の意見をまくしたてるばかり。


 シンは、ウンザリとしていた。

 お偉いさんが激論するのは構わないが、自分には無関係だ。問われるままに情報を提供したけれど、ここにやってきた本来の目的は別にある。


 なので、とある行動にでた。


「CF一八五GKL九九二四。CF三六七TYE六一四三。CF二七五RSA四七六六。CF八八…… 」


 認識票の番号を読みあげ、テーブルの上に置いてゆく。

 コレは、兵士や冒険者を識別するためのアイテムだ。

 小さな板状のものが二枚一組になっている。持ち主が死亡した際に、一枚を取って報告に使い、もう一枚は遺体識別として残しておく。


 彼の口調は厳粛そのもの。

 まるで神に祈祷するかのように、淡々と識別番号を言葉にした。

 貴重品を扱うかのように、ひとつひとつ卓上に並べ続ける。


 室内が静まってゆく。

 シンが認識番号を言葉にして、それを置く意味。

 会議参加者の誰もが、認識票所持者が死んでいることに思い(いた)ったのだ。


「認識票は五十四。これらは冒険者組合長モルガンを含む英雄たちのもの。

 また、個人判別ができない一般人の遺体は約四百五十。“約”とした理由は、亡骸(なきがら)の損傷が激しくて正確な人数を確定できないためだ。

 なお、死体はすべて現地で火葬した。

 私がここに来た目的は、回収したコレらを届けること。

 そして埋葬した死者について連絡することの二点だ。よろしいか、冒険者組合長殿」


 モルガンは死亡していた。

 キャツアフォートの冒険者組合長は力尽きるまで戦ったのだ。

 遺体は浮橋の手前側にあって、まわりには冒険者の死体が多数。様子から察するに、ギリギリまで住人を逃がそうと奮闘していたのだろう。


 最後まで立派な(おとこ)であった。

 シンは、彼と密約を交わしただけで、付き合いは短いけれど、その人間性は知っている。本当に死なせるには惜しい人物だった。


 会議進行役の“白髪交じり” はバツが悪そう。

 同じ組合長役職でもモルガンとは違って人格的な厚みがない。少々頼りない感じだ。


「そ、そうか。届けていただき感謝する」


 他の者たちも、神妙な表情であった。

 彼らとて、キャツアフォートの被害報告を受けていたし、犠牲者数も把握している。ただし、それは紙に記載された数字だけのこと。実感がなかったのだ。


 認識票が机上に多数。

 どれも酷く汚れていて、きれいなものは皆無だ。

 ドス黒く変色しているのは血を吸った痕。ほかにも、魔物の歯型がついているものや、半分に千切れている品など、無傷なものはない。

 持ち主に何がおきたのかを物語っている。


「これらの所有者は、誰もが英雄だ。身を(てい)して住人を守った。議論するのも良いけれど、亡き者に対して哀悼の意を示してもらえまいか」


「も、もちろんだ。冒険者組合が責任をもって追悼式をおこなおう」


 シンの行為が功を奏して会議室の騒ぎは鎮まった。

 その後の質疑応答は、落ち着いた雰囲気ですすむ。

 ひと通りのことを伝えたあとで、気になっていたことを質問した。


「街から無事に脱出できた住民数はどれほどであったろうか?」


「領都に避難できたのは三千人ほどだな。推定死亡者数は約二千名。キャツアフォートの四割が亡くなった計算になる」


 死因の半分以上が溺死だという。

 浮橋を利用して渡河する前、魔物に襲われている。住人たちは逃げようとして大河に飛びこんでしまったのだ。

 ただし、その大半は泳げない。

 水泳は特殊技能であり、ふつうの一般庶民は遊泳する機会がないためだ。


 シンは、犠牲者の数が多いことにため息をつく。


「次に尋ねたいことは感染症について。この都市で罹患者はでただろうか?」


 感染防止に成功したか失敗したのか、ずっと気になっていた。

 いちおう、砦街脱出の際に感染者か否かの選別をおこなっている。医師や救護院のスタッフたちと協力して、念入りに確認したつもりだ。

 苦労の甲斐があったのか知りたい。


 薬師組合のマスターが答えてくれた。

 実直そうな中年男性で丸メガネが特徴的だ。


「ありがたいことに、領都や他の街に【バケモノ病】は広がっていません。モルガン組合長が指揮して感染拡大を防いだそうですね。優秀な方だったのに残念です。

 そもそも、冷静に対応していれば、こうも多くの犠牲者を出さずに済んだでしょうにねえ」


 それを聞いたチョビ髭の行政官がムッとして、


「なにが言いたい? 文句があるのか!」


「街の完全封鎖なんて必要はなかったんですよ。まさか、半年前の混乱を忘れてないでしょうね」


 丸メガネの薬師マスターが指摘した”混乱”。

 ここシュバリデンでおきた騒動である。

 始まりは、溺死体の漂着したこと。領都は砦街の下流に位置しており、上流から遺体が流れついたのだ。


 その数は、なんと一千体以上。

 次々と押し寄せてくる死体に、領都住民はパニック状態に(おちい)ってしまう。原因不明なこともあって、大混乱になってしまった。


「橋を破壊するなんてやりすぎだ。あんなことをしなければ、二千人も死なずに済んだはず」


 それを聞いた“チョビ髭”行政官が席を立って怒鳴る。


「ではジュール長官の判断が間違っていたとでも? きさま、コルベール男爵家を侮辱するつもりか。そもそも、アソコは封鎖するしかなかった。

 優先すべきは【バケモノ病】の感染防止なのだよ。それに橋は崩壊しただけだ。運悪くな! 長官が壊したなどと、(たち)の噂はデマにすぎぬわ」


 再び、会議室は混乱状態になる。

 先刻と違って、【バケモノ病】への対策が適切であったかとの疑念だ。

 薬師組合のマスターは犠牲者の数が多すぎたとして、行政側の対応を批判する。一方のチョビ髭行政官は、感染拡大を阻止するには犠牲がつきものだというもの。


 どちらにも言い分があって正しい。

 他の参加者も思うところがあったようだ。

 みんな声高々(こえたかだか)に己の意見を主張し、テーブルをバンバンと叩く。


 さすがに、中立的立場な人物が仲裁にはいった。

 商業協会代表の小太りおじさんで、領都においての影響力は大きい。


「薬師殿、もうやめよ。既に起こってしまったことを、ほじくり返しても(せん)なきこと。行政官殿も落ち着かれたほうが良かろう。

 橋が崩落したおかげで、【バケモノ病】の拡大は防げた。

 それ以上にコルベール家の皆さま方が、感染発生の阻止に力を尽くしてきたことは、誰もが認めていますぞ」


 商業会代表のとりなしで、室内は鎮まってゆく。

 薬師組合マスターもチョビ髭行政官も腰をおろして口を閉じた。

 タイミングよく、受付嬢イザベラが香茶を提供して、(すさ)んだ雰囲気を和らげる。他の参加者たちも茶を飲んで、ひと息ついた


 ただし、空気を読まない人物がひとり。

 シンだ。

 彼は、沈静化した会議に爆弾を投げ入れるような発言をする。


「ひとつよろしいか。【バケモノ病】なんてものは存在しないぞ。アレは寄生型魔獣と感染症が混在したモノ。砦街の混乱は、その見分けがつかなかったことが原因だ」


「なんじゃと!」

「どういうことだ?」

「く、くわしく説明せい!」


 こうして、三度(みたび)、大会議室は大荒れになった。






■現在のシンの基本状態


 HP:198/198

 MP:210/210

 LP:107/120


 活動限界まで、あと百七日。

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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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