3-02.再会
夜明け。
太陽が地平線から姿を現した。
陽光が地上にあるものすべてを照らす。
シンは、朝日にむかって柏手をうって一礼。
毎朝の習慣だ。お天道さまにむかって“おはようございます”とご挨拶した。この異世界で目覚めてから続けており、もう十年以上になる。
「さあ、出発しようか」
騎竜ウコンに騎乗し、【岩窟宮殿】から出立した。
従うのはサコンを含めて四騎。背中には荷物がくくりつけてある。
二脚竜たちは、ツクモ族と同じ錬成生物だ。
本来の地肌は大理石のように真っ白。いまは、表面加工をして本物そっくりにしておいた。道中で他人に見られても問題ない。
周辺には警護役が展開している。
上空には空中警戒用の鳥型ゴーレムたち。
地上はツクモ族と硬殻兵士の護衛部隊である。
ここは人外魔境の大森林だ。
人類文明圏の人たちは、この地を【邪神領域】と呼んで怖れている。以前、聞いた話によると、武装兵と冒険者の数百人が魔境に侵攻したことがあった。
あっという間に全滅したらしい。
「人間社会に近い森林領域なんて弱敵なのに。
脅威度は低いはずだが、全員死亡か。街の住人にとって、危険地帯になってしまうとは。どうにも判断基準が違いすぎて、困惑するな」
彼がいるのは【邪神領域】の深層部だ。
狂暴凶悪な魔物は多い。大型恐竜のような魔獣や、強烈な魔法を放つ化物など。多種多様なモンスターがいるのだ。
どいつもこいつも剣呑そのもの。
戦って負けることはないけれど、相手をするには面倒だ。はやく人類文明圏に行きたいのに、戦闘ばかりだと、余計な時間がかかってしまう。
「それでも試作品の実地テストはするけどな!」
銃弾は新たに開発した特別性だ。
【錬金弾】と命名した。
画期的なのは、魔法発動のタイミングが着弾時であること。発想を変えて、弾頭は魔法陣を届ける役目だと割りきっている。
錬金加工をした弾丸の威力は強力だ。
ふつう、弾痕のあとは小さな穴になる。
だが、この魔法弾だと拳ほどの大穴が、ポッカリと空くのだから恐ろしい。
「標的発見。猪豚鬼が一匹だ。実験対象にはちょうど良い。
私が始末する。皆は、周囲の警戒を頼む」
シンは、試作小銃を構えた。
使用するのは水属性系統の魔弾で、今回がはじめての試射である。
慎重に狙いを定めて発砲。
醜いブタのバケモノが、グヒィと大声をあげて転倒した。
命中したのは胸部のあたり。着弾点を中心にして皮膚がボコッと膨らむ。
次に、弾痕からピューと水が噴き出た。
敵は胸を押さえて、悶え苦しんでいる。
中途半端に身体が頑丈なので、即死には至ってなかった。試作弾の破壊力不足も関係しているのだろう。
「あ~、これは失敗かな。魔物とはいえ、さすがに甚振る趣味はないしなぁ。さっさと、成仏させてあげようか」
豚の化物にとどめをさしてやる。
内心で、“イジメるつもりじゃなかった”と詫びておいた。
「水属性系弾丸は改良すべきか。着弾した個所に水を発生させただけだと、致命傷にはならない。水蒸気状にして膨張さてみようか。いや、いっそのこと氷棘を形成して内部破壊するのもアリだな。とにかく、もっと研究しないと」
ちなみに、他系統の検証用弾丸は良好な結果を得ている。
火属性系の弾頭だと、小爆発をおこして敵の身体に大きな穴が空いた。
土属性系なら、トゲトゲの土製槍が標的の内側から突き出る。
風属性系は、風船が破裂するような感じで肉体がはじけてしまった。
「試作品とはいえ、錬金弾の取り扱いは注意しないと。迂闊に人間社会に流通させるには、威力が強すぎる」
悲しいかな、銃が最も活躍するのは戦争だ。
魔物相手に使うぶんには問題ない。
しかし、対人戦闘を想定するなら、考慮が必要かも。
殺傷力の高い銃弾が、戦場で使用されると悲惨だ。
もし、コイツを一般公開するなら、低威力に改変したモノにしたほうが良い。
十日後。
シンは【岩柱砦】に到着。
ふつうに移動すれば、もっと早くに着くのだが。
ただ、今回は、試作小銃の実地テストに時間をかけ過ぎてしまった。ちなみに、ここは【岩窟宮殿】から二百キロほど距離が離れている。
なので、幾つもの中継点で泊まりながら、やって来た。
周囲の風景は、前世地球の中国の武陵源にそっくり。
高さ三十メートル以上の岩柱が百本ほど立っている。
そのうちのひとつを要塞化して最前線基地としたのだ。
【岩柱砦】は外見こそ自然のまま。
でも、内部はかなり凄い。まず、補助人格のミドリと同じ錬成結晶体を設置。彼女よりは低機能だが、施設の維持管理を任せるには充分だ。
他に各種装置や機器類も置いた。
たとえば、彼の身体を再生処理する培養カプセルや研究施設。小規模ながらも硬殻兵士の製造工場。念話ネットワークの中継局もあって、本拠地の【岩窟宮殿】とも接続している。
次の日、砦を出発。
午前中には人外魔境の大森林を抜けて、人間が住まう領域に到達する予定だ。大河をはさんだ向こう側は、弱い魔物ばかりなので道中は安全なはず。
途中、砦街キャツアフォートを観察した。
「すっかり廃墟と化しているな。あそこを離れて半年になるが、復興の気配がまったくない。それどころか、化物どもの巣窟になっているじゃないか」
陸クラゲが上空を漂っている様子が、遠目にも見える。
街区内では、緑色小鬼や猪豚鬼の群れもいるはず。
以前、彼が街を脱出する際、火をつけた。
モンスターの住処にしないための措置であったが、効果がなかったようだ。想像以上に連中の繁殖力が強いのだろう。
あんな状態では、アイツらを追い払って、街機能を復活させるには苦労するに違いない。そんなことを思いながら、人類文明圏へと進んでゆく。
夕刻。
野営の準備をしていると、妙な違和感を覚える。
その源は、前方にある山のほう。一キロほど離れた先だ。
ちょっと、気になるので偵察にむかう。
距離を縮めるにつれて、ソレが強くなってきた。
清浄な空気が流れてくる感じで、嫌な気配はまったくない。
「むっ、結界か」
眼には視えるものではない。
しかし、他者の侵入を阻む機能を有するもの。微かに漏れ出る神聖な“気”が違和感の元になっている。
コレには覚えがあった。
彼は、これを展開した人物に挨拶するため待つことにする。
「ああ、やはり貴女でしたか」
「あら、こんばんは。妙なところでお会いしますね」
姿を現したのは、ルナ・クロニス。
以前、いっしょに仕事をした【禍祓い】の女性だ。
パッと見たところ二十歳台半ばくらい。ただし、老練な智者の雰囲気がある不思議なひとである。
彼女は、邪気や穢れを祓う神器の使い手だ。
強烈な神気を帯びた魔道具で、資格のない者は使用できない。それどころか、触れることすら不可能。シンですら接触するのを全力で回避するほどのもの。
眼前の人物は、そんな物騒なものをふたつ同時に扱える。
とんでもなく凄まじい権能の持ち主である。
彼女は精霊からの請負仕事をしていたらしい。
“らしい”と表現したのは、当の本人が何をしていたか、けっして語らないから。彼とて、上位階梯者からの仕事については黙秘する。
理由は神々の不興をかいたくないため。
ふたりは、互いの暗黙の了解もと、ここでの出来事を話題にするのを避ける。
「夕食はいかがかな? 野宿なので簡素だけれど、あたたかなスープを提供できるが」
食事は一人でするよりも、誰かと共に食べるほうが愉しいとおもうのだ。
ましてや、見目麗しい美人となら、なおのこと。
いっぽう、彼は念話で密かに連絡。
護衛役たちには離れてもらった。ルナには、ツクモ族や硬殻兵士たちの姿を見せたくない。
食事内容は簡単なもの。
乾燥野菜と小さく削った干し肉を煮込んだスープ。携帯用の団栗クッキーを数枚。最後に香茶をふるまった。
シンは、以前から疑問に思っていたことを尋ねてみた。
彼女なら、なにか教えてくれると確信をもっての質問である。
「ひとに集る透明なハエみたいなモノを知っているかな? 私には視えているのに他人は認識できない。そんな不思議な存在だ」
これまで経験したことを説明した。
砦街キャツアフォートで広がった感染症の患者に不可視の蟲が群がっていたと語る。ソレは、感染初期の病人だと少なく、重篤者ほど多く集まっていた。
それを目安にして、罹患者を判別したこともある。
ミミズみたいにウネウネと蠢くヤツや、黒い靄などを街なかで見かけた。共通しているのは、彼以外は誰も視認できないこと。
ルナは、話を聞いて“アレねぇ”とうなずく。
「わたしたちは【忌蟲】ってよんでいるわ。基本的には無害だけど、気持ちの良いモノではないわよね」
彼女よると、瘴気の塊だという。
瘴気といっても定義は曖昧だ。人間由来のものだと、邪な思いや妬みの念が、主な原因。自然発生的なものでは魔物発生の元になる悪い“気”であったりする。
【忌蟲】は病人に寄って来るとのこと。
たしかに、砦街では、透明なハエが感染者に群がっていた。他にも、不可視の蟲が多い場所は不幸や争い事が発生するなど、雑学的なことを教えてもらう。
「仕事を依頼したいのだが」
シンは、ルナに助言者役を務めてほしいとお願いする。
人間社会で活動するときに、周囲と不要な摩擦をおこさないように適切な助言をしてもらいたいのだ。
彼には一般常識が欠落している。
たとえば、衣類ひとつ買うにしても相場観がない。だから、売り手が言うままの金額を支払ってしまう。適正価格なのかボッタクリなのか判断できないのだ。
一事が万事、そんな調子なので、アドバイスしてくれる人がいれば心強い。
彼女は信用できるだろう。
理由は、相手が“神々からの仕事”を請け負っているから。
超常的存在は邪な人間を嫌う。
不誠実で邪念にまみれた人格だと、精霊と接触ことすら不可能だ。
幸いにも軍資金は豊富にある。
以前、街で回収したお金は結構な額になっていた。
高額な報酬をだしても、お財布にはたいした影響はない。
「私は、山奥でずっと修行に明け暮れていました。砦街キャツアフォートに滞在した期間も短いから、本当に一般常識に疎い。なので、貴女が助言役を務めてくれると心強いのですが」
「そうねぇ、お試しで三日間。問題がなければ期間延長ってところでどうかしら」
「感謝する」
翌朝、彼らは領都シュバリデンに到着。
地域一帯を治めるコルベール男爵家の本拠地だ。
また、良質な港に恵まれており、地域交易の中継点として栄える港街でもある。
都市名の由来は、【騎士たちが集まる庭】から。
それが短縮されてシュバリデンになったとのこと。むかし、対魔物戦争の前線基地であったのが、時代がくだるにつれて発展してきた。
シンは、最高級ホテルに泊まることにする。
この地で活動をするためには、見栄えの良い舞台が必要なのだ。
出費金額はかなりするけれど、ここでケチってはいけない。目論見どおりにすすむなら、宿泊費の何十倍もの金額を回収できるはず。
騎竜たちを獣舎に預け、荷物を部屋に運び入れたのち、宿泊先を出る。
冒険者組合へとむかった。
違う土地でも、同一組織だと雰囲気は似てくるみたいだ。室内のレイアウトも、砦街キャツアフォートのものとほぼ同じ。
要件を伝えるために受付カウンターに並ぶ。
受付女性が、シンの姿を見て立ち上がった。
「あなた、生きていたのね」
受付嬢が大きな声をあげる。
彼は、思わず顔をしかめた。
詰問口調で責められる真似はしていないはず。
「誰ですか?」
なんとなく、見覚えがある。
どこかで、この人物を助けた気もするが。
名前はイバンカ、いやイザベラだったか……。
背後では、ルナが面白そうに笑っていた。
“あらあら隅におけませんね”と煽る感じ。ちょっと癪に障る。
まわりの人々も何事かと集まってきて、実にうっとうしい。
そんな騒ぎのなか、階段から降りてくる女性がいた。
「あっ、シン」
「シモンヌか。裏切り者め!」
彼は詰め寄り、彼女を壁に押しつける。
片手で相手の首を吊り上げて、詰問した。
「なぜ砦街のひとたちを見捨てた!」
■現在のシンの基本状態
HP:198/198
MP:210/210
LP:107/120
活動限界まで、あと百七日。