2-18.砦街脱出
モルガンは感慨深げに言葉を発した。
「ようやく、浮橋が完成したか」
とはいえ、急ごしらえの粗末なもの。
大河の中ほどに取り残された橋脚が三つあった。それらの間にロープを渡し、イカダを連結させている。
工事期間はわずかに一週間。
驚異的な短さであった。しかも、【邪神領域】の近くという悪条件が重なっている。
「これも、あの若者のおかげか。感謝せねばな」
成功要因のひとつに、シンの働きがある。
密かに資材を大量調達してくれた。それを知るは冒険者組合長のみ。
「よし、野郎ども。キャツアフォートから脱出だ。見張り役はキッチリと警戒線を維持しろ。魔物を見つけたら、単独で動くな。必ず、周囲に報せるんだ」
「おおっ!」
数千人もの人間が、一斉に臨時の橋へと歩き始めた。
街から目的地まで数キロの距離があり、街道には人の長い列ができている。
当初の計画から大きくズレてしまった。
予定では、幾つかのグループに分け、時間差をつけて移動させようとしたが、住人たちの反対で計画変更を余儀なくされる。一刻も早く逃げたいという強い要望に押しきられたのだ。
そんなこともあって、群衆がひと塊になって仮設橋を目指している。
冒険者たちは誘導役だ。
彼らは、組合長の依頼を請け、護衛と道案内役を担っていた。道ゆく人々にむかって、順序良く行列をつくるようにと大声をあげる。
「浮橋は揺れるけど、慌てなくていいからな。慎重に歩けばだいじょうぶだ。ゆっくりでいいが、絶対に足を動かし続けろ」
「いいか、ちゃんと子供を掴んで離すなよ。橋っていっても粗末なものだし、転落防止の手すりはない。いちおう、補助用のロープはあるけど油断はするな。
おお、お嬢ちゃん。お父さんと一緒にいれば怖くないからな。気をつけるんだぞ」
「ダメだ。荷馬車なんて重すぎて渡れないだろうが。事前に通達があったのを聞いてないのかよ。確実に河に落ちてしまうぞ。ちっとは考えろ」
ゴウゴウと音をたてて流れる大河の勢いは強かった。
仮設橋は細くて頼りない。
イカダを連結させただけだし、水流に圧されて、ユラユラと大きく揺れる。今にも転覆しそうだ。
不安定な筏の上を移動するのは危ない。
成人でも恐怖を感じるくらいだし、子供となれば足がすくんで動けなくなった。それが原因で、向こう岸に到着するのに時間がかかってしまう。
岸辺では渋滞が発生していた。
渡河のスピードは遅いし、数千もの人間が一ケ所に集中したためだ。短気者はケンカし、横着者は行列を抜け出て少しでも前の順番に横入りしようとする。
「後ろがつかえているんだ! 早く歩けよ」
「馬鹿野郎、押すんじゃねぇ。落ちるだろうが」
「うえ~ん、怖いよ~」
皆のイライラは募るばかりだ。
人々は苛立ち、次第に騒ぎが大きくなってゆく。
警護役の冒険者は、住人たちを鎮めようと走りまわり、ときには実力行使して暴れる者を拘束した。
混乱のなか、シンは請負仕事をこなしている。
モルガン組合長からの依頼で、流行り病に感染した病人をチェックするのだ。彼にだけ視える“透明なハエ”を目印にして、罹患者を選り分けるので、判別は完璧である。
「はい、そこのアゴ髭のおじさん。こっちに来てください。体温を計るから」
「な、なんじゃ、ワシはなんともないぞ。病気なんぞに罹っとりゃせん」
「怖くないから大丈夫。係の人、お願いします」
彼の合図で、冒険者が対象人物を確保。
抵抗する感染者を臨時の野外診察所へと連れてゆく。
医師役の助祭が問診して解熱剤を飲ませる。
すでに、何人もの患者が簡易ベッドにいて、髭オヤジも仲間入りだ。男は高熱で体力を消耗しており、あっという間に寝入ってしまう。
ちなみに、医師や関係者の感染防止はバッチリだ。
長袖長ズボンに手袋、顔下半分を布で覆って肌を露出させない。
捕まえた罹患者たちは送り返す計画だ。
というか、【バケモノ病】の感染拡大は絶対に阻止せねばならない。怪しい人間は、すべて移動禁止だ。いくら、キャツアフォートが孤立していても、病魔を撒き散らしてはならない。
「安心しろ。ちゃんと医者や看護人が面倒をみるから」
「ほ、ほんとうか。ワシらを見捨てたりせんじゃろうな?」
「ああ、嘘じゃないぞだから、おとなしく戻るんだ」
砦街に送り返し、外には出さない。
病人の看病は続けることになっている。
さらに、今でも薬師や錬金術師たちが街に残って、薬をつくっている最中だ。最終的には、浮橋を利用して外部から応援の医師をお願いするつもりである。
これらの計画は、街の有力者たちが立案した。
感染者は救済するし、謎の奇病も封じる。
領主一族のジュール長官による、“大を生かすために小を殺す”という施策に対して、反対の意味を込めた行動計画だ。切り捨てられる側の精いっぱいの抵抗でもある。
夕刻。
全住人の半分以上が渡河し終えた。
想定よりも大幅に時間がかかっているが、それでも事故はない。大河の反対側にたどり着いた者たちは、みな無事だ。
ただし、残った連中の身勝手な行動が目立つ。
待つのに疲れたのだ。三々五々に、待機場所から離れて焚火をしたり、持参した携帯食料を食べたりと、気ままにふるまっていた。
シンは、緊張感のない住人たちを見て、顔をしかめる。
どうにも悪い予感がした。
「まずいな。この状態は魔物を引きつけるぞ」
まもなく日が暮れる。
暗くなるにつれて活発に動きだすモンスターは多い。
無防備な人間がたくさんいる現状は、血に飢えた敵に襲ってくださいと言わんばかり。
何事もなく一夜を過ごすなんて不可能だ。
いったん、渡河を中止して砦街に戻ったほうが良かろう。
「ふむ、今からでも遅くはあるまい。モルガン組合長に伝え……、なんだ?」
赤い信号弾があがった。
魔物襲来の合図だ。
位置は、街道から森の奥へ数百メートル入ったあたり。
耳をすませば、獣の唸り声や男の怒声が聞こえてくる。
戦いが始まっているようだ。
不意に、樹々の合間から数十頭もの魔獣が現れた。
森林から駆け出てきたのは、小鬼騎兵。
これは、緑色小鬼が魔犬に騎乗したモノ。両者とも低位の雑魚扱いされる。しかし、このふたつが組み合わさると、非常に厄介な敵になるのだ。
魔物どもの襲撃がはじまった。
ゴブリンの短槍が人を突き刺す。
槍といっても赤錆びた粗末な造り。
ただし、疾走の勢いが加わるので殺傷力は高い。
騎獣代わりの魔犬も手当たり次第に噛みついた。
さらに、徒歩の緑色小鬼どもが森からでてきた。
連中は非力だし足も遅いが、とにかく数が多い。
ひとりの人間に何匹もの小鬼が群がって襲いかかるから、あっという間にヤラれてしまう。
「武器を持っているヤツは前へ!」
「早く、女や子供を避難させろ」
「うわ~来るな、くるな」
あたりは、完全なパニック状態になる。
我先に逃げようとするけれど、密集していたせいで転倒者が続出。酷いことに、倒れた人を後続者が踏みつけてゆく。
特に悲惨なのは岸辺にいた人々であった。
逃げる群衆の圧力に押されて大河に転落し、そのまま川下へと消えてゆく。
彼らの命は絶望的だ。
というのも、水泳は特殊な技能であり一般市民のほとんどは泳げない。襲撃からわずか五分ほどで、数百名が溺死した。
さらに犠牲者が増えるのは確実な状況だ。
「よし、応援がきたぞ」
「弓隊、放て!」
「攻撃するぞ。俺につづけ」
しばらくして、人間側が反撃を開始。
冒険者以外にも戦う者は多かった。
商人や農夫であっても、危険な【邪神領域】が近いせいか、キャツアフォートの住民は荒ごとには慣れている。農具の鉈や護身用の短剣などを手に取って、モンスターどもに立ち向かった。
シンは、状況把握のため【念話ネットワーク】に接続。
『ミドリ、上空からの映像データを転送して』
通信相手は、本拠地の【岩窟宮殿】にいる魔造結晶体だ。
彼女の管理下に索敵用の鳥型ゴーレムがある。
ソレを仮設橋付近へと移動させて、高度二百メートルからの情景を送ってもらった。
『ちっ、緑色小鬼の群れが幾つも来ている。街の住人が一斉に動いたので、連中の気をひいてしまった。ちょっと油断したか。広域警戒を疎かにしたのはマズかったな』
『マスター、今からでも挽回は可能です。追加で応援部隊を派遣しましょうか?』
『いや、そのまま待機。しょせん、我々は雇われの身だ。部外者なのだから余計なことは控えよう』
シンは、自分の出自を隠しておきたい。
というのも、彼は錬成人間であり魔導的な操作で生まれた存在だ。下手に正体を明かせば実験動物扱いされてしまう。
他人からの関心が強いほど、己の秘密がバレる可能性が高くなる。配下のツクモ族や硬殻兵士を人目にさらせば、注目をあつめるのは必至。そんな事態は回避すべきだ。
「でもまあ、目の前でひとが死ぬのは気分悪い。手が届く範囲で魔物退治をするか」
彼は、騎竜のウコンに騎乗して森の奥へと進んだ。
二脚竜は足場の良くない地形にもかかわらず軽快に疾走してゆく。デコボコな地面を駆け抜け、ときには巨木の枝に蹴りあがるといった、曲芸のような立体機動だ。
「サコン、前方はまかせた」
サコンは、ウコンと双子の兄弟だ。
進行方向にいる魔物を強力な脚で踏みつけ、体当たりで敵をふきとばした。先頭を走る二脚竜は、マスターが魔法攻撃に専念できるように前面のモンスターを排除してゆく。
「【散弾】三連射」
不安定な騎乗状態だが、【術符】を使用。
効力はショットガンと同じ。
弾ひとつひとつの威力は低いけれど、広範囲に散らばるので、大雑把な狙いでも相手に命中する。数十個もの小さな光弾は小鬼騎兵たちを撃ち倒した。
『ミドリ、敵方の増援を絶つ。進行経路の選定を頼む』
『了解しました。しばらくお待ちください』
彼女は周辺状況をチェックし続けていた。
上空に配置した鳥型ゴーレムからの情報を分析する。
森奥にいる緑色小鬼どもが、前線の魔物と合流するのを阻止するために、最適ルートな計算して伝達した。
シンは【散弾】を放ちつづける。
騎竜たちは森のなかを縦横に駆けまわり、モンスターどもを翻弄した。いまは、敵の足止めだけで充分だし、絶命させることにはこだわらない。
彼は割りきっていた。
既に、たくさんの魔獣が住人を襲っているが、その撃退は冒険者たちに任せる。
自分は、相手を分断することに専念すれば良い。
連中の群れが合体すれば、人間側の被害は大きくなってしまう。己の手がとどく範囲でやれることに集中するしかない。
いっぽう、ミドリは鳥型ゴーレムで索敵中だ。
『マスター、砦街に魔物が侵入しています』
『え、なんで? 』
シンは、キャツアフォートの方向を見やった。
幾筋もの煙がモウモウと上がっている。
火事だ。
街には、大勢の患者と医師や看護師が留まっていた。
護衛もいるが数は少ない。
何もしなければ、残留者たちが全滅するのは確実だ。
『作戦変更する。あそこに残った病人たちを救助するぞ』
特に助けたいのは錬金術師組合の同僚たち。
短い期間とはいえ一緒に仕事をした仲間だ。
彼の基準としては、多数の見知らぬ人間よりも、数人の友人知人の生命を優先する。この判断基準が世間一般に通用するかは知らないが、自分が納得できるマイ・ルールだ。
シンは、騎竜たちを従えてキャツアフォートへとむかった。
■現在のシンの基本状態
HP:172/172
MP:183/183
LP:35/90
活動限界まで、あと三十五日。




