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2-16.密約

 砦街は大混乱に陥(おちい)った。

 唯一の橋が破壊されて孤立した状態。

 他地域からの物資や情報も届かない。

 まともな商取引なんて無理だ。


 住人の多くは、屋内に引きこもって身を隠す。

 裕福な者たちは自分と家族を守ることに専念した。財力にものを言わせて、食料品や生活物資をガッチリと確保する。

 いっぽうで、余裕のない貧者ができることは少ない。

 切羽詰まった人間は略奪行為へとはしった。食べ物がありそうな店舗や倉庫を襲い、ついでに建物を壊してまわる。


 幸いなのは、暴徒が少数なこと。

 理由は、みんな【バケモノ病】を恐れて、外出しなくなったため。

 皮肉なことに、砦街を封鎖する原因となった流行(はや)り病そのものが、騒乱の拡大を抑え込んでいたのだ。


 冒険者組合が治安維持にまわったことも良かった。

 本来であれば、この仕事は衛兵や領主軍がすべきであろう。

 しかし、連中は脱出して街にはいない。

 代わりに、冒険者たちが街中を巡回して、暴れまわる輩(やから)を捕まえていた。


 陣頭指揮するのはモーガン組合長。

 彼は情報の大切さを知っている。

 根も葉もない噂や、勝手な妄想で動きまわるのは愚かなことだと、関係者たちに繰り返し説明をする。


「いいか、何度も言っているが【バケモノ病】という呼び名は嘘っぱちだ。実際に、身体から“異形のモノ”が生える患者数は少ない。

 せいぜい感染者の一割程度だ。頭の良いセンセイがたが調べたことだし、これは間違いない」


 謎の奇病に罹患(りかん)しても、六~七割の患者は助かる。

 肉体の一部が変質することを無視すれば、よくある感染症と同じ。主な症状は高熱、下痢や嘔吐、さらに感覚異常などだが、類似する病気はたくさんある。


 現状、致死率は三割ほどだ。

 インフルエンザの強毒タイプならば、同等の数値になってしまう。つまり、【バケモノ病】は死亡確率にかぎっていえば、ありふれた伝染病とかわらない。


 彼は、共に戦う仲間がいるのだと皆を諭(さと)した。

 街の医師たちは、懸命に治療を続けている。

 薬師や錬金術師だって寝る間を惜しんで薬づくりをしていた。

 他にも現状打破すべく奮闘している住人は多い。


「我々が取り締まるのはトチ狂ったバカどもだ。かならず捕獲して牢屋にぶち込んでしまえ!」


 最も質(たち)が悪いのは、患者に暴力を振るう輩(やから)である。

 感染者が【バケモノ】になる前に殺してしまえと、集団で襲撃していた。病気を恐れる気持ちは理解できるが、弱者を寄(よ)って集(たか)って甚振(いたぶ)るなんて、絶対に許せない。


 冒険者のボドワンが発言を求めた。

 彼は、チーム【明けの明星】のリーダーだ。砦街でもトップクラスの実力を有する。以前、組合からの依頼で、シンと共に【邪神領域】の奥にまで探査にいったこともある。

皆から信頼されているベテランだ。


「組合長の言うことはよくわかる。病人を虐(いじ)めるバカや強盗連中にお仕置きするのはかまわねぇ。性根の腐った者どもは力でねじふせるべきだからな。

 でもよ、それだけじゃあ問題の解決にはならん。治安維持よりも優先すべきは、安全地帯への脱出じゃねえのかい」


「ああ、そっちのほうも抜かりはない。別口が浮橋を造る準備をすすめている」


 すでに、モルガンは街の有力者たちに要請していた。

 作業要員の確保や釘やロープなどの資材提供をお願いしている。大手商会や業者たちは、浮橋計画に賛同して精力的に用意を整えている最中だ。

 もちろん、必要な木材は手配中だとも付け加えておく。


「だいじょうぶだ。橋については任せておけ」


 彼は自分の胸をバシッと叩いた。

 自信たっぷりに断言して、皆に希望を抱かせる。

 計画を聞いた者たちは納得して、治安を守る活動を再開した。


「あとは、若い錬金術師の働き次第か」


 組合長のシンに対する第一印象。

 それは“絶対的強者”というもの。

 最初に出会ったとき、若者は強烈な魔力を身体から放っていた。事実、周囲にいた冒険者たちは、その威圧感にビビッていた。


 いま現在、青年からのプレッシャーは消えている。

 本人から、漏洩する【理外理力(フォース)】を封じていると、説明も受けた。

 ちなみに、錬金術師組合のシモンヌによれば、高濃度な魔力発散の状態こそが、自然な姿であるらしい。

 ほんとうに底の知れない恐ろしい男だ。


「アイツ《シン》は、絶対に【邪紳領域】に拠点を持ってやがる」


 根拠は、件(くだん)のアルケミストが描いた地図だ。

 それは鳥瞰図(ちょうかんず)であった。

 空高く飛んで、高高度からの景色をスケッチしたかのような感じ。描写範囲は領域深部にまで及ぶ。しかも、かなり細かな地形まで記入していた。


 マップの視点位置も判断理由のひとつ。

 構図として、絵図の手前側が【邪神領域】で、遠方に砦街が位置している。つまり、描き手は、危険地帯の最深部にいるのが自然な感覚であることを意味した。

 容易には信じられないが、人外魔境の大森林こそが、ヤツのホームグランド(本拠地)なのだ。


「彼には謎が多いし、胡散臭い。とはいえ、“力”があるのは確かだ。そんな人物が、“自分に任せろ”と言いきりやがった。

 浮橋造り用の木材は大量に必要なのに、アイツが要求した期間はたったの三日間。普通に考えれば絶対に無理なんだが……」


 だが、モルガンは、その言葉を信じた。

 あの青年は、無茶な難事業であっても、実現する“なにか”を持っている。

 具体的な方法なんてまったく見当もつかなかった。

 しかし、期待に応えてくれるはずだ。




■■■■■


 三日前。

 シンが、壊れた橋の前で語ったこと。


「私がなんとかしよう。資材調達に数日もらえれば、資材は用意できる」


 街の住人が【邪神領域】で樹々を伐採するのは不可能だ。

 理由は、魔物が危険すぎて木こり職人が作業できない。たとえ、多数の護衛をつけても、効率が悪いし時間がかかりすぎる。

 なので、協力を申し出た。

 この仕事を可能だと判断したのは、強力な味方がいるからだ。


『ミドリ、頼みたいことがある。【岩柱砦】の予備部隊をこちらに移動させてくれ』


『了解しました。規模はどの程度をお望みでしょうか?』


 通話先の相手は魔造結晶体(ミドリ)だ。

 彼女がいる場所は本拠地の【岩窟宮殿】。

 砦街から遠く離れているが、【念話ネットワーク】のおかげで、遠距離通話ができる。苦労して、通信用中継基地をいくつも設置した甲斐があった。

 人間社会との接触をするために、年月をかけて各種準備をしてきたのだ。


 数時間後。


「おっ、来たな。みんな、ごくろうさま」


 要請していた応援部隊が到着した。

 ツクモ族と硬殻兵士(ゴーレム)で構成した部隊だ。

 土木作業用の多脚型ゴーレムも随伴している。

 護衛役たちと合わせれば、仕事には充分な人数だ。樹々の伐採作業などは簡単に済ませられる。


 彼らは錬成人間の一種だ。

 シンが【天啓】を受けて再誕(・・)させたのだが、彼らは自意識を持ち、己の意志で判断できる。単純で指示待ちである魔導人形(ゴーレム)とは造りが違う。


 ツクモ族たちは実に個性豊かだ。

 見た目は、白い大理石製彫像そのものだけれど、性別もあるしサイズや顔も、それぞれに異なっている。

 性格もバラバラで生真面目な者やドジっ娘(こ)がいたりする。


 ただ、残念なことに彼らとは会話できない。

 発声器官がないためだ。でも、身振り手振りだけでも意思疎通はできる。サインの組み合わせで、かなり複雑な内容でも意味が通じた。

 いざとなれば、補助人格ミドリが念話で通訳してくれるので問題はない。


 シンは、部下たちを集めて事情説明を始めた。


「さて、これからの作業についてだが……」


 小隊ごとに作業担当をきめた。

 とあるチームは、樹木を伐採して枝葉を落として材木の形を整える。別の部隊は巡回して魔物の排除。土木工事用の多脚型ゴーレムは周辺の整地だ。

 指示をうけて、配下たちはさっそく動きだす。


 三日後。


 彼は、モルガンたちが来るのを待っていた。

 場所は破壊された橋のある位置から数キロ上流。

 ここは、筏を造るための作業場所だ。

 百メートル四方の土地を切り拓(ひら)いて、地面を真っ平らに均(なら)しておいた。もちろん、浮橋用の資材も充分な量を用意してある。


「こんにちは、組合長。予定どおり準備完了だ」


「あ、ああ……、なんとも驚く光景ですね。たった三日間で大量の木材を集めるなんて。実際に見ても信じられないくらいだ。どうやったのです?」


「自分で言うのもなんですが、私は優秀な錬金術師でしてね」


 はぐらかすように返答した。

 簡単に己の手の内をみせる迂闊なことはしない。

 彼としては、少々目立ちすぎたと思っている。必要に迫られたとはいえ、短時間でこれだけの作業を完了させると、人目をひいてしまうだろう。

 まあ、今更あたふたしても遅い。

 それよりも念押しすべきことがあった。


「今回の報酬の件、お忘れなく」


「ええ、大丈夫です。任せてください。イザとなれば、わたしひとりが責めを負うつもりです。で、引き渡しの時期や方法はどのように?」


「あなたには迷惑はかけません。こちらで対処するので。黙って知らないふりをしてくれれば、それで結構」


 ふたりがいう“報酬”。

 内容は公(おおやけ)にできないモノなので、ふたりは密約を交わした。バレてしまえば、組合長は冒険者ギルドから追放され、重い罪を科されるのは確実。

 シンとて犯罪者扱いされて、各方面から追いまわされる。


 秘密契約に至った経緯について。


 モルガンが、シンに相談したことから始まる。

 本来、住人避難は領主が為すべき仕事だ。冒険者組合が主導するものではない。しかし、肝心の行政関係者が橋を破壊し、逃げてしまった。


「我々には、報酬を用意できない。組合の資金は僅かだし、住人から金を徴収するなんて無理だ。もう、貴方の慈悲にすがるしかない。

 どうか、どうか、皆を助けてやってくれないだろうか」


「私は、偶然、ここに滞在しているだけの流れ者だ。恩もなければ義理もありはしない。タダ働きをするのも、まっぴらごめんだ。

 でも、ちゃんとした見返りがあるなら、話にのっても良い。なに、金銭を要求するつもりはないから、安心してくれ」


 シンは代案として、とあるモノを求めた。

 通常ならば、絶対に拒否される内容であった。

 だが、砦街の住人数千人の命を救うために、冒険者組合長はこれに同意する。背に腹は代えられないと覚悟をきめたのである。

 合意の後、彼は見事に浮橋用資材を集めた。


 次はモルガンが“報酬”を提供せねばならないが、それは後日のこと。

 今は、目の前の仕事に集中すべきだ。


 組合長は、背後にいた職人や冒険者たちを見やる。


「さあ、ぼっとしてないで作業を始めるぞ!」






■現在のシンの基本状態


 HP:172/172 

 MP:183/183 

 LP:42/90 


 活動限界まで、あと四十二日。


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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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