2-15.孤立する砦街
早朝未明。
行商人たちが騒いでいた。
彼らは街を出発して領都に向かっていたのだが、再び戻ってきている。
というか、引き返す以外に方法がなかった。
「橋が落ちていた」
橋は、他の都市につながる唯一の通路だ。
まさに命綱そのもので、これが途切れてしまうとキャツアフォートは陸の孤島と化してしまう。もう、街の機能が停止するのも時間の問題だ。
砦街は、人類文明圏の最前線基地でもあった。
危険な【邪神領域】のなかに、橋頭堡として構築されたのが、第四の砦だ。
古い記録によると、最初は小さな野営地だったという。
時代を経るにつれて、人々は壁や堀をつくり、徐々に敷地を拡げていった。領地貴族は、たくさんの冒険者たちが集まるように各種優遇策を講じている。魔物対策でもあり、経済的発展を狙ってのことだ。
キャツアフォートの後背には大河がある。
王国は、この大きな河を人間社会の最終防衛ラインと定めていた。
万が一、人外魔境の大森林から恐ろしい魔物たちが押し寄せてきたら、橋を破壊して侵攻を止める計画になっている。
唯一の橋が壊された。
その情報は、あっという間に街中に広がってしまう。
「なんてこった! これじゃあ、魔境に閉じ込められたのと同じだ」
「なにかあっても領都からの応援がない。それどころか逃げられないぞ」
「【バケモノ病】に罹って死んでしまうなんてイヤよ! 」
住人たちは大騒ぎだ。
河川を渡れないということは、危険な【邪神領域】のなかで孤立無援になったことを意味する。
以前から、人々は精神的に追い詰められていた。
謎の奇病である【バケモノ病】が原因だ。そこに、“橋が落ちた”という衝撃的な報せが加わったのだから、パニック状態になるのも当然であろう。
シンに、橋の情報を教えてくれたのは薬師の女性であった。
彼女は、行商人を捉まえて状況を尋ねてきたという。
彼はひと通りのことを聞かせてもらって、ハアとため息をつく。
「街は孤立状態になったのか。ここは思案のしどころだな」
彼が外部社会と接触する目的。
それは、人間社会の最新技術を獲得するため。もっと正確にいうなら、錬金術や薬学など各種魔法知識を得て、寿命延長に役立てること。
彼は錬成人間である。
使用された魔導技術は五世紀も前のもの。
すでに約五百年もの年月が経過しているのだし、相応に各種技術は進歩しているはず。
いま現在、【LP】の最大値は<90>。
つまり、再生処理をせずに放置したままであれば、九十日間で生命が尽きてしまう。最新の技術で身体改造すれば、寿命を延ばせる可能性があるはず。
そんな期待をもって、彼は砦街キャツアフォートに来ていた。
「知識を集める作業は順調なのだが…… 」
最初に入手したのは冒険者組合の公開資料。
主な内容は魔物や薬草、各種素材など。簡単ながらも地理や歴史の資料もあったので、これらを魔法で画像複写した。
領主軍の記録類もある。破棄された軍砦から回収したもので、他には軍隊の武器や装備品なども含む。
これら資料類は、本拠地である【岩窟宮殿】へと後送した。
解析は、補助人格のミドリやツクモ族たちに任せている。異世界の文明度や技術発展の程度も判明するだろう。
さらに、錬金術についても学習中だ。
幸運なことに、錬金術組合の責任者であるシモンヌと知り合いになったので、彼女からレクチャーを受けているところ。
意外な発見もあった。
シンの錬金術知識は外部社会でも充分に通用するのだ。もちろん、彼が学ぶことはあるが、逆に教示できることも多い。
技術が進歩している領域がある半面、後退している分野があって、どうにもチグハグな感じだ。まあ、詳しい考察は後まわしで良かろう。
人間社会と接触しておよそ一ケ月半。
この短期間で収集できている情報量からすれば、評価は上々だとおもう。
「さて、どうしたものか。いったん調査を中断して、さっさと退散するのもアリだ。今なら、橋が破壊されて皆が混乱しているし、街を抜け出ても目立たない。【岩柱砦】に戻るのもよかろう」
【岩柱砦】は情報収集の要となる拠点だ。
というのも、本拠地である【岩窟宮殿】は砦街キャツアフォートから二百キロ以上も離れており、往き来するには遠くて不便なのだ。
おのずと最前線基地の重要性は高くなる。
移動距離も少なくて済むし、小さいながらも研究施設も設置していた。なにより、ツクモ族や硬殻兵士たちの戦力を常駐させているので、いざという時には頼りになる。
冒険者組合長のモルガンが来訪してきた。
顔つきは厳ついうえに筋肉ムキムキな体躯だ。見かけによらず、彼の言動は丁寧で紳士的であったりする。
一見すると脳筋のようだが、その中身は政治的な判断もできる切れ者だ。
「こんにちは。シン殿」
「ああ、モルガン殿。申し訳ないがシモンヌ組合長は不在なのだが」
「分かっています。というか、既に彼女は街を離れている。あなたは知らなかったのですか? 」
モルガンによれば、シモンヌは砦街を出て行ったらしい。
いまは、ジュール長官や側近たちと行動を共にしているとのこと。
「彼女はコルベール男爵家に連なる者でしてね。ここ数年、男爵一族とは疎遠になっていたはずですが、いざとなれば血縁者側に与する。
貴族一門とは、そういったものです。ぶっちゃけ、あのひとは皆を見捨てて裏切ったのですよ」
「我々に黙って脱出したなんて……」
信じられなかった。
シモンヌは、少々性格のキツイ面もあったが、面倒見の良い姉御肌な性格である。実際、彼女は仕事の合間に、錬金術関連の知識を彼に教えてくれていた。
組合のメンバーに対しても気配りを忘れない。そんな人間が、同僚や仲間だけでなく、街そのものまで切り捨てるとは。
さらにモルガンは説明を続けた。
橋を落とした犯人はジュール長官だという。
頑丈な建造物が簡単に壊れるはずがない。強力な魔法使い、つまり魔導貴族なら能力的に可能だし、破壊する権限も持っているとのこと。
組合長は姿勢を正して本題にはいった。
「ここに来たのはお尋ねしたいことがあったからです。
【バケモノ病】の治療法は見つかりましたか? あるいは、その可能性があるとかでも結構です」
住人たちに希望を与えたいのだろう。
有効な医薬があるなら、みんなが助かるのだと告げることができる。
いま、キャツアフォートの雰囲気は最悪だ。
謎の奇病が猛威をふるっている真っ最中である。
しかも、橋が破壊された。砦街は陸の孤島状態と化して外部からの援助がない。誰もが不安に思い、将来に絶望している。
モルガンは、鬱積した空気を吹き飛ばしたいのだ。
シンには、組合長の意図が読めてしまう。
できるなら応えたいけれども……。
「残念ながら、【バケモノ病】に対する特効薬はありません」
都合良く展開するのは物語のなかだけ。
薬剤の開発には、地道な研究と長時間の検証作業、そしてちょっぴりの幸運が必要だ。そもそも、この奇妙な流行り病を診たのは数週間ほど前のこと。
既知の伝染病ならともかく、相手は“異形のモノ”が生えてくる疾病だ。
当初、細菌やウイルス性の感染症だと推測していた。
しかし、その仮説は間違いなのかもしれない。
これは病気ではなく、呪いや魔法系の禍患の可能性だってある。原因追及や治療法を確立するには、どうしても時間がかかってしまう。
モルガン組合長はハァとため息をついた。
「そうですか。まあ、予測はしていましたが残念です。いまの状況からすれば、ジュール様の判断は施政者として正解なのでしょうね」
彼は悔しそう。
【バケモノ病】の感染拡大を防ぐために、砦街の封鎖を決定したのでしょうねと、つぶやく。仮に自分がその立場ならば、同じ結論に達したであろうとも。
市政責任者は、『大を生かすために小を殺す』決断をしたのだ。
犠牲となる『小』は、キャツアフォートの住人数千人。
優先すべき『大』は、コルベール男爵家の領地に住む領民十万人。さらに王国の人民数百万人以上が加わるのだ。
「橋を破壊したのは、適切な処置でしょう。数多くの者を助けるために小数を見捨てる。実際、我々冒険者であっても似たようなことをしてきました。
でもね、規模が大きすぎる。この街には数千人もの人間がいるのですよ」
シンは、苦悩するモルガン組合長に静かに語りかけた。
「貴方のおっしゃる通りなのでしょう。『大を生かすために小を殺す』には、一定の理があるのは確かです。
しかし、いっぽうで私は“正しい”は幾つもあると思っていましてね」
人には誰でも”正しい”ことがある。
ただし、それらは全員に共通するものでは“ない”。
なにがしかの判断を求められても、立場や背負う責任が違えば、あるいは思想や性別が異なれば、結論も変化する。当たり前のことだ。
人間社会での諍いは、“正義”のぶつかり合いだ。
それぞれに言い分がある。
どちらか一方が“絶対的正義”で、もう片方側が”完全な悪”なんてことはない。
しかし、シンには我慢できないことがある。
強者の理論がまかり通って、弱者ばかりが犠牲を強いられる現実だ。
前世でも理不尽な思いを幾度も経験している。
仕事ではコロコロと方針が変わる上層部や依頼者に振り回されて、いつも泣きをみるのは現場の人間であった。
この異世界のように生命の危険はなかったけれども、弱い立場の者が虐げられる構図は同じだ。
「『小』にだって“正しい”はある。自分の命を守ることは最低限の“正義”でしょうに。我々を切り捨てる『大』の論理に従う必要なんてない。そうおもいませんか? 」
シンは、モルガンに力を貸すことにした。
―――たまには、弱者が逆襲したってエエやんけ。
偉そうに威張っている連中にひと泡ふかせてやったる。なんでもかんでも、お前らの思い通りなるなんて、間違いやからな。
うん、なんかムッチャ腹たってきたわ。
絶対に、街の住人数千人を脱出させたる。
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ふたりは大河の岸辺にいた。
河川幅はおよそ百メートルもある。
水流には結構な勢いがあって、普通の人間では対岸まで泳ぎ渡るのは無理だ。少人数なら筏の利用もできるが、千人単位の輸送は不可能。
やはり、住人全員を逃がすには、橋を修復すべきであろう。
簡易でも良いし、頑丈さは不要。ほんのひと時だけ機能すれば充分だ。
破壊された橋を観察する。
河川のところどころに、数本の岩石製の橋脚だけが取り残されていた。上部に架かっていた橋桁部分は焼け落ちてしまい、今はない。
「これはまた見事に壊れていますね」
「ええ、ジュール様は優秀な魔導師でもあります。彼は火属性の攻撃魔法の使い手としても有名です。それに、橋は非常時に備えてあらかじめ崩壊させやすい造りになっていましたから」
ふたりがここに来た理由。
街に隔離された住人を逃がすために、臨時の浮橋を架けれないか検討しようと、シンが提案したから。
「残された橋脚をうまく利用すれば、船を連結して簡易な橋を作れますよね? でも、それをしない。なにが原因ですか? 」
「木材の調達ができないからですよ」
伐採したくてもできないのだ。
すぐ近くにあるのは人外魔境の大森林だし、筏の材料となる樹々は豊富にある。
ただし、付近に出没する魔物が強力すぎた。
きこり職人が安心して作業できない。護衛役をつけても負傷者はでるうえに、作業効率が悪くて確保できる量は少ない。
ちなみに、破壊された橋の原材料は、対岸の安全な領域から運んできた。
シンは理由を聞いて納得する。
たしかに、一般人では【邪神領域】のモンスターを相手にするのは厳しい。
逆に感心もした。脅威度が高い土地へと進出する人間のたくましさには驚くばかりである。希少素材を得るために人々が集まり、街を作ったのだから。
しばらく考えてみる。
材料となる木材が大量にあれば、臨時の橋を用意できるはずだ。
「私がなんとかしましょう。資材調達に三日間ください」
■現在のシンの基本状態
HP:172/172
MP:183/183
LP:45/90
活動限界まで、あと四十五日。




