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2-13.異形のモノ

 シンは驚いて思わずつぶやいてしまう。


「なんだ、これは?」


 異様な光景であった。

 患者の皮がボコリと盛りあがっている。

 先端部分には口裂があってギザギ/ザな歯が並んでいた。


 不気味なモノが幾つもあるのだ。

 姿かたちは肉食獣の口のよう。

 ただし、表面は人間の肌そのもの。獣毛はなくて、ノッペリした表皮は、逆にグロテスクな印象を与える。

 見ていて、頭がクラクラとするくらいに気味が悪い。


 当の患者本人は苦しそうにもがいていた。

 肌色のバケモノは皮膚や筋肉が変質したものだろう。

 相当な負担を身体にかけているはず。

 体表だけではあるまい。皮下の神経系や内臓系に、悪影響を及ぼしているのは確実だ。


 彼が患者に近寄ろうとしたが、


「用心しな。ソイツは噛みつくよ」


 シモンヌが真っ青な顔で注意をしてきた。

 彼女が介抱しているのは腕から出血している司祭。

 どうやら“異形のモノ”にやられたらしい。


 シンは、改めて化物を観察する。

 口から赤い血が、ダラダラとこぼれ落ちていた。


「なるほど、人間の肉を齧(かじ)り取るのか。たしかに危ないシロモノだな」


 コイツをつぶすことは簡単だ。

 魔法を使えば、速攻で対象を破壊できる。

 ただし、この方法は選択できない。

 同時に病人も死んでしまうからだ。


「詳しく調べる必要があるしな」


 患者の肉体から、幾つも生えている気味悪い存在。

 不気味なバケモノたち《・・》が威嚇してきた。

 ソイツらには目がないのに、どうやって感知しているのか不思議だ。あるモノは牙をむき出しにし、別のヤツは肉食獣のように唸り声をあげている。どいつもこいつも獰猛で荒々しい。


「まあ、無傷な状態で確保してみようか」


 彼は、“異形”を左手で押さえつける。

 噛みついてくる様子は、グロテスクだ。

 でも、【邪紳領域】のモンスターどもに比べれば、なんということはない。むしろカワイイくらいだ。


 右手に持った【術符】を病人に軽く接触させた。

 機能は【麻痺】で、弱電気を発生させる。

 対象の神経系にダメージを与えて体の自由をうばう効果がある。


 使い慣れた魔法発動用の魔導具だ。

 錬金術の素材を収集するために、魔物を生け捕りにするのに利用していた。今回は強力な魔獣ではなく、普通の人間を相手なので出力を弱めて発動させる。


 ギャ!


 “異形のモノ”たちは痙攣した。


 患者も大きくのけ反(ぞ)っている。

 目がクワッと開いて、口からアワとヨダレがたれ流れでてきた。

 ただし、その身体はピクリとも動かない。


「しまった!」


 心肺停止だ。

 【麻痺】の威力が強すぎた。

 心臓が耐えきれずに停止している。あわてて胸骨圧迫をおこなったが、まったく反応がなかった。


「いかん、慌てるな。落ち着け。これは心室細動の症状だ。電気ショックのせいで、心筋が不整脈をおこしている」


 現代地球なら、除細動器(AED)を使う場面だ。

 ふたたび刺激を与えて、心筋細胞の伸縮リズムを同期させれば、鼓動は再開するはず。

 うろ覚えだが、通電の時間はコンマ何秒かのごく短い単位。適切な電圧は千~二千ボルト程度だったはず。

 とはいえ、魔法生成の電気を計測したことはない。

 ましてや、AEDの再現なんて想定すらしていなかった。


「ちっ、ぶっつけ本番で試すか」


 最初は、小さな威力で始めてみよう。

 徐々にパワーを上げてゆけば、なんとかなるかも

 術符に記載した魔導回路を、書き換えてトライしてみよう。


「第一回目、最小威力で発動。……、反応なし。

 出力単位を二つアップして発動。……、反応なし。

 二回目もダメか。ならば……」


 五回目で蘇生させることに成功した。

 ただし、何度も電撃を与えたせいで、患者の皮膚は爛(ただ)れている。見るからに痛々しい。申し訳ないことをした。


 まあ、“異形のモノ”もまったく動く気配はない。

 結果良しとしよう。


 シモンヌがおずおずと近寄ってきた。

 顔が少しばかり引きつっている。罹患者に生えた”肌色の化物”に強い嫌悪感をもっているみたい。視線はソイツに固定したままだ。


「だいじょうぶかい?」


「ああ、とりあえず、病人の命に別状はない。”獣の口”みたいなものも停止している。もしかしたら、死んでいるかもな」


 問題の人物は静かに寝ていた。

 上半身は裸で、肩や腹部など数ケ所にバケモノが生えている。

 幸いなことに、【麻痺】のせいでピクリともしなかった。


「この患者を放置するのはマズいぞ。別の場所に隔離したほうが良い。他人との接触を禁止すべきだと思うのだが」


「なるほど。その意見はもっともじゃな」


 司祭は、シンの提案に強く同意した。

 閉じ込める個室はすぐに決まる。

 しかしながら、修道士たちは誰も病人に触れたがらない。


 しかたないので、彼ひとりで担いで移動させた。

 念のためにとシモンヌも同行してくれるが、彼女もビクビクした様子。少しばかり距離をあけている。


「こんなタイプの症例を知っている? 私は、化物が生えてくる症状なんて初めてだ」


「わたしも同じだね。というか、本当に病気なのか疑っているくらいだよ。むしろ迷信の【病 魔(アグロデモン)】のせいだと言われれば信じてしまう」


 ふたりは問題の患者を観察した。

 衣服をはぎ取って全身を調べてみると、“異形のモノ”は大小あわせて七つもあった。共通するのは、鋭い歯があって目や鼻穴はないこと。

 見るからに生理的嫌悪感が沸きあがってくる。

 コレに噛まれてしまうと、指先などは簡単に引きちぎれそう。


 どんな構造をしているか不思議だ。

 コイツらには口があるが、胃や腸などの内臓があるとも思えない。口内を開けて覗いてみたが暗くて良く判らなかった。

 棒かなにかを突っ込んでみたいが、病人の筋肉や臓器を傷つけそうなので、やめておこう。


「ふむ、肉体の一部が変質しているのか? 詳しく検査したいところだが、必要な薬剤も機材も皆無だしなぁ。司祭にお願いして道具類を貸してもらおう」


「アンタねぇ。研究熱心なのはいいけど、他にやることがある。騒ぎを鎮(しず)めるほうが優先だよ」


 彼女の指摘はもっともだ。

 “異形のモノ”のせいで、大きな混乱が生じた。

 大勢の病床者が病室から逃げ出している。彼らは、謎の病気に感染しているのは確実だ。罹患者たちが街中に散らばったなら、感染症は拡大するであろう。


「患者の多くは野垂(のた)れ死にするだろうさ。

 既に体力は消耗しているんだよ。絶対、行き倒れになってしまう。看護者がいなければ、そのまま死亡する可能性は高い」


「つまり、奇病が街全体に広がってしまうのか。なにか対策をとらないと本当にマズいなぁ。しかたない、化物を調べるのは後回しにしよう」


 とりあえず、問題の病人をロープで拘束する。

 ベッドに縛りつけて身動きできないようにする。念のため鍵を閉めて誰も入室不可能な状態にした。これなら、“異形のモノ”が他人を傷つけることはない。


 ふたりは病室へとむかう。

 だが、室内は無人。いろんなものが散乱しているが、後片付けをする者はいなかった。


 シンは、負傷した司祭をみつけて声をかける。


「だいじょうぶですか? ひとつだけですが、魔法治療薬(ポーション)をお渡しします。なにか異常があればすぐに使ってください」


「ありがとう。それよりも、アレはいったい何なのかね?」


「まったく見当がつきません」


 ほかに答えようがない。

 あんな怪物が生えてくる病(やまい)なんて、初めて見た。

 緊急措置として、件(くだん)の患者を個室に隔離したことも説明しておく。いまは無理だが、あとで詳しく調べる必要があるとも、つけ加えて。


「早急に対策をすべきでしょう。ここから逃げた病床人たちが危ない。重篤化するだとか、体力が尽きて死んでしまう可能性があります。さらに問題なのは、病気が拡散することです」


 司祭長は、シンの意見に同意した。

 だが、救護院の関係者は庭園に退避したまま。

 みんな、よほどの恐怖を感じたのだろう。

 高熱や嘔吐で苦しんでいた病人でさえ、大慌てで逃げ出したのだから。


 司祭は、シモンヌに支えられながら庭へむかった。

 そこには怯える救護院関係者が、散らばっている。


「みな、こちらに集まってほしい。まずは、諸君らに感謝を伝えたい」


 彼は穏やかな口調で労(ねぎら)いの言葉をかけた。

 態度は堂々としたもの。

 ケガを負っているにもかかわらず、まったく体調不良な様子をみせない。

 その台詞は、聞く者の心を落ち着かせた。

 本当にたいした人物だ。長年、たくさんの信者から尊敬されてきただけのことはある。


 司祭は、修道士たちが冷静になったのを確かめて、本題にはいった。


「患者たちを連れ戻さねばならない。病人たちは体力を消耗していて、大変に危険な状態じゃ。まことに申し訳ないのじゃが、皆で手分けして街中を探してほしいのだよ」


「いやです! さっきのアレはいったいなんなのですか? あんなバケモノを相手にするなんて絶対に無理よ。わたし襲われたくないわ!」


しかし、修道女が反対する。

 ブルブルと身体を震わせながらも、強く主張した。


 これに同調する修道士たちも声をあげる。


「お言葉ですが、賛成しかねます」

「むしろ、逃げたいくらいですよ」

「なぜ、我々が対応するのですか」


 怯えるのも当然であろう。

 今回の流行(はや)り病は正体不明だ。

 有効な治療方法だってわかっていない。

 今までは、恐れながらも救護院の者たちは、献身的に病人を看護してきた。


 そこに“異形のモノ”が加わったのだ。

 心理的にギリギリな状態なところに、ダメ押しの一撃である。近づきたくないと訴えるのもしかたがない。

 気味の悪いバケモノが人間から生えてきて、自分たちに襲いかかってくるなんて悪夢そのもの。誰だって拒否したくなる。


 司祭は、部下たちの反応に困ってしまった。

 彼らの言い分はよくわかる。

 そもそも司祭自身が被害者でもあるからだ。

 たまたま手を噛まれただけで済んだが、もっと大きな怪我をする可能性だってあった。とはいえ、流行(はや)り病に犯された罹患者たちを放置することもできない。


 話し合った結果、救護院に戻ってきた病人だけを介抱することになった。

 いっぽうで、ここから逃げ去り、行方をくらました者は追わないと決まる。修道士の数は限られているし、街中に隠れている患者たちを探すには人数が少なすぎるからだ。


 しばらくして、噂が広まった。

 奇病に罹(かか)ったものはバケモノになってしまうと。

 身体から魔物が生えてきて人間を襲っては肉を引きちぎり、血をすするのだ。しかも、噛まれた被害者も、同じ怪物に変身する。


 流言とともに、不気味な感染症は着実に拡大していった。






■現在のシンの基本状態


 HP:172/172 

 MP:183/183 

 LP:56/90 


 活動限界まで、あと五十六日


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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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