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2-12.視えてしまうモノ

 シンは困惑していた。

 患者の腹部に集(たか)る不可視の羽虫に対して、どう対応すべきなのか分らない。追い払うべきなのか、周囲に助けを求めたほうが良いのか。


 ―――透明なハエのことを皆に伝えてみたろうか? 

 いや、誰も信用してくれへんやろなぁ。せいぜいが“疲れて幻でも見とるんか”とか、“騒ぐなや”と注意されるだけ。

 下手すりゃ狂人扱いされてしまうで。


 そもそも、他人が視認でけへんモンをどうやって理解させたらエエねん? 

 たとえば、絵に描いてみるか。こと細かに口頭描写しようかいな。

 アカン。どの案をつかってもコイツらが納得すると思えへん。というか、そこまでして得られるメリットがあらへんし。どないしよ……。


「よし、無視しよう」


 とりあえず、ナニも視(み)てないことにした。

 問題の先送りともいうが、それだって立派な対応策のひとつだ。

 いま優先するべきなのは流行(はや)り病。

 ワケの判らない不可視の蟲に意識をとられるよりも、患者の病状を観察したほうが有意義だとおもう。


 医者とシモンヌたちは意見交換をしていた。

 彼らは真剣に話し込んでいて、あれこれと思案していたシンには気づいていない。


「……というわけで、熱をさげる薬草を煎じて飲ませている。しかし、一部の患者には効果がでない。病人ごとに症状の現れかたが違ってなぁ」


「薬の効き方になにか傾向にないのかい? たとえば、年齢とか性別とかで…… 」


 シモンヌは、主に薬と服用効果について質問を重ねている。

 さすがに、各種薬品の作り手だけあって服用後の患者の様子が気になるらしい。

 医者は、症状別に薬剤を使い分けていると説明した。続けて、今回の流行(はや)り病は、いままでの伝染病とは違うのではと疑っている。


 彼女も、その見解に賛成なようだ。


「ねえ、シン。アンタは、患者たちの容体を聞いてどう思う? 」


「う~ん、断定はできないが、やはり感染症の一種ではないかと」


「カンセンショウ? ああ、さっきもそう言っていたね。なんでも、目に見えないくらいに小さな生き物が悪さをするってヤツかい。仮に、見立てが正しいとして対策はあるのかい? 」


 この異世界の医療科学は未発達だ。

 疾病の元凶である細菌やウイルスを認識していない。

 とはいえ、病気の原因が未知のモノである可能性だって充分にある。

 結局、できることといえば対処療法ぐらいだ。


「私の郷里での方法なのだが…… 」


 コレラを想定した対応策を考える。

 多くの患者が下痢や嘔吐の症状を示していた。病原体が不明でも対処法として、基本的な手法を用いるべきであろう。


 まずは水分補給。

 病人は大量に水分を喪失して脱水症状をおこしている。

 補給は絶対に必要だ。糖分としてハチミツ、電解質として岩塩を水に混ぜて飲ませるだけでも、弱った身体の回復に役立つ。


「次に清潔な状態を保つこと」


 患者がいる部屋は風通しをよくする。

 汚物でよごれた衣服やシーツ類は焼き捨てて、きれいなものに取り替えるべき。看病する者たちや病人の家族には手洗いとうがいを徹底させる。できれば、接する人間を制限するのが望ましい。


 罹患者の吐(と)しゃ物や排泄物は危険だ。

 今回の流行(はや)り病が感染症であると仮定してだが、患者が排出したものには病気の元凶である細菌やウイルスが大量に含まれている。そんなものを不用意に触れれば二次感染だ。

 また、水源地を汚染しないように、汚物処理の場所にも配慮しないと。


 シモンヌたちはなるほどとうなずく。

 シンが伝えた内容について、詳しい原理は知らなくても、経験則として納得できるものであったらしい。医師はできる範囲のことはやってみようと、前向きな態度であった。


 実際の作業は診療所の者たちに任せて、次の目的地へと向かう。

 道中で、気になっていたことを尋ねた。


「ところで、領主側から情報は得られたのかな? 軍砦を放棄するだとか、魔法治療薬(ポーション)の大量購入だとか、どうにも妙な動きをしている」


「ああ、あいつらなぁ」


 シモンヌは顔をしかめる。回答は曖昧なものだったとのこと。

 以下は、冒険者組合を経由しての話だ。

 組合長のボドワンが領主軍のトップに、砦に幾つもの死体が残されていたことを連絡した。だが、返ってきたのは了解したと答のみ。

 詳しい説明どころか、感謝の言葉すらなかった。

 並行して、彼女も領軍部に薬品の用途について質問したが、やはり返答は不明瞭なもの。


「ウチら組合と領主陣営は良好な関係だったのだがねぇ。ここ最近、かなり風通しが悪い。連中、絶対になにかを隠している」


「でも、それが何かは判らないと? 」


「ああ、そうだよ。ほんと、腹の立つやつらだ」


 しばらく会話しているうちに救護院に到着した。

 教会が運営する貧者救済のための施設だ。治療魔法を使える教会関係者もいる。ここは早い時期から流行(はや)り病の病人を受け入れており、入院者数は先ほどの診療所よりも多いとのこと。


「約束をしていた者でシモンヌという。司祭殿にお会いしたい」


「お待ちしておりました。ご案内いたします」


 修道女の先導にしたがって、彼らは大きな建物へと入る。

 建物内では、病人独特の臭気が鼻についた。換気が悪いせいもあるが、それ以上に患者が多いことが臭いの原因だ。ベッドに横たわる病人数は先刻の医院の三倍以上はいる。


 どうやら、この大部屋は臨時にあつらえた病室のようだ。

 というのも、壁や天井には宗教的な飾りを施していたから。もともとは信者たちが宗教行事に使う場所なのだろう。


 シンは、病床者たちを前にして内心でため息をついた。


「予感はあったが、当たっても嬉しくないなぁ」


 彼には視(み)えていた。

 ここの罹患者たちにも、透明なハエみたいなモノが集(たか)っている。

 ブンブンと飛び回る気味の悪い蟲(?)の数が半端ではない。もう、視界の半分を遮るほどの勢いだ。思わずのけぞってしまったくらいで、ほんとうに吐き気がする光景である。


 なにか気を紛(まぎ)らわさないと。

 彼は、そんな思いにつき動かされて司祭に話題をふってみる。


「司祭殿、つかぬことをお伺いします。先ほど、修道女のかたが【病 魔(アグロデモン)】とつぶやくのを耳にしました。なにやら、病を引き起こす魔物だと解釈したのですが、いったい何なのでしょうか? 」


「あれは迷信だよ」


 神父によると古くからの言い伝えとのこと。

 病気の元凶は人間に憑く悪魔で、そいつは目に見えない。

 辺境地の土着信仰の一種らしい。医師や薬師のいない僻地では、呪い師が【病 魔(アグロデモン)】を祟神として恐れ敬って供物を捧げるそうだ。

 あれは異教徒の間違った信仰だと吐き捨てるように断言する。


 それでも、司祭は親切な人物であった。

 昔の書籍などに伝染病の記録と共に【病 魔(アグロデモン)】が描かれていると、教えてくれた。


「関心があるなら古文書をみるかね? 手すきの者に書庫へ案内させるが、どうするかね」


「ええ、お願いします。過去の流行(はや)り病を調べれば、なにかの参考になるでしょう」


 シンは、臨時病室から脱出したい一心で返答した。

 ここは透明な羽虫がブンブンと飛び交っていて気味が悪い。精神衛生上、最悪な場所からはさっさと退散すべきだ。

 彼は、シモンヌたちに古文書を閲覧するからと伝えて、別行動をとることにする。


 教会書庫は地下階にあるとのこと。

 書籍に使用している紙は光に弱くて変質しやすいので、直射日光を避けるための措置だという。修道女に案内してもらって書庫室に入る。

 教えてもらった書棚から幾つもの古書を引っ張り出した。


「これはまたなんとも空想的な」


 古書には不気味な絵図が描かれていた。

 過去の流行病と当時の人々の様子だ。

 ページ中央部には病気を象徴化した死神の姿。

 おどろおどろしい骸骨が黒いフードをかぶり、手には命を刈り取る大鎌で、いかにもといった感じである。


 空想のバケモノがいっぱいであった。

 頭にヤギの角を生やした悪魔。

 女性の顔に大魚の身体。

 各種動物をごちゃ混ぜにしたモンスター。

 他にもさまざまな怪物の絵があって、人間の想像力がいかに豊かなものかと思い知らされる。


 中世日本でも同様の絵巻がある。

 代表的なものでは、【虎狼痢(ころり)】というお化け。

 これは、伝染病を象徴的に表現したものだ。『ころり』とは、感染すれば簡単に“ころり”と死ぬことからついた名称で、感染症のコレラのことである。

 前世地球であれ、この異世界であれ、医療科学が未発達な社会だと、病気は化物の仕業だと考えてしまうのは共通みたいだ。


「な、なんと…… 」


 シンは、別の古文書にある絵図をみてうなってしまった。

 理由は、病人たちに集(たか)る透明なハエが描かれていたから。

 先刻までは、古書のバケモノを想像上のモノだとして批判的にながめていたのだけれど、これには動揺してしまう。

 目に見えない存在を視(み)ることができるのは、自分だけでなく他にもいた証拠だ。


 この古文書は、他の書籍とは少し違っていた。

 病気を象徴したであろうバケモノだけでなく、さまざまな異形を描いている。


 一部だが、見覚えのある姿があった。

 たとえば、竜巻のなかに傲然と立つ【嵐の巨神】。

 山脈の天辺にどっしりと腰をおろす【山爺】。

 高高度の上空を移動している何匹もの【ジェット気龍(流)】。


 【邪神領域】ではお馴染みの存在。

 著者は、彼と同じように上位階梯者(神)を視認していたのだ。


「これを残した人物は、どのような扱いを受けたのだろうな。訳のわからないことを言いふらす狂人であろうか」


 自分には視(み)えると吹聴してまわるのは、危険だ。

 ホラ吹きだとか気がふれていると敬遠されるだろう。下手をすると、教会関係者に邪神の眷属や信奉者として迫害される恐れがある。

 巨大な宗教組織に睨まれると面倒くさい。


 突然、叫び声が聞こえてきた。


 それは女性のもので、地上のほうからだ。

 続いて、幾つもの悲鳴が重なって響いてくる。野太い男のものや子供の泣声も混じっていたが、共通するのは慌てていることだ。


 シンは階段を駆けのぼって地上階へとむかった。

 騒ぎの元は臨時病室。そこから逃げ出てくる看護役の修道士や患者たちで廊下はいっぱいだ。

 彼は、パニック状態になった人たちをかき分けて病室へとはいる。


「おいおい、これはなんだ? 」


 ひとりの病人がいるのだが、様子が異常であった。


 横たわる男性の身体からナニかが蠢(うごめ)いている。

 体表がコブのように盛りあがっていて、天頂部分が横一文字に裂けてギザギザした鋭い歯が見えている。


 目こそないが、どうみても肉食獣の口だ。

 しかも、ギギィと変な唸り声を発していた。

 生理的な嫌悪感をかきたてる。気味悪い口吻(こうふん)が幾つも患者の肉体に生えていたのだ。






■現在のシンの基本状態


 HP:172/172 

 MP:183/183 

 LP:62/90 


活動限界まで、あと六十二日。


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よければ、読んでみてくださいね。
【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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