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2-11.騒動

 シンは、【禍祓(まがはら)い】の女性と一緒にいた。

 ふたりとも騎竜に騎乗して邪神領域のなかをのんびりと移動している。


 安心していられるのは護衛役たちのおかげだ。

 周囲にはツクモ族と硬殻兵士たちが展開していて、近寄る魔物を撃退している。往路では不殺生の制限条件があったけれど、復路にはそれがなくなったので、敵を情け容赦なく排除していた。


 彼らは砦街キャツアフォートへと帰る途中。

 当初の予定では現地解散するつもりであった。

 実際、【清め(つかさ)】の老婦人とは、その場で別れている。

 いっぽう、【禍祓(まがはら)い】の女性は同行を申し出てきた。いろいろと話を聞ける機会なので、二脚竜のサコンを提供している。


 彼女は、たいへん美しい。

 ただし、(たお)やかな外見とは正反対に、かなりの強者(つわもの)である。なにしろ【神器】を二つ同時に扱えるくらいだ。


 【神器】。文字通り、神が人間に与えた宝器である。

 今までお目にかかったことはないけれど、ひと目見て途轍もないシロモノであるのが判った。

 資格のない人物が触れるのは不可能だ。

 魔力量の多い彼ならば、多少の抵抗はできるだろうが、最後には魂を持っていかれてしまう。ましてや、ふたつを同時並行で使用するなんて真似は絶対にできない。

 なにが言いたいかというと、【禍祓(まがはら)い】はハイレベルの実力者ということだ。


「わたしはルナ・クロニス。上位階梯者(神々)からの請負(うけおい)仕事では、互いにお役目の名称で声がけしますが、仕事以外では名前で呼んでくださいな」


 彼女は冒険者なのだと説明してくれた。

 普段は単独で活動しており、主に希少素材の採取が中心とのこと。彼女ほどの実力があれば、魔物退治で大金を得るのも可能であろう。

 しかし、目立つのを避けるために、採取活動をしているそうだ。

 入手困難な素材採取は苦労も多いけれど、結構な金額を稼げるのだと、美しい女性は笑う。


 ニッコリと微笑(ほほえ)む表情は、まことに魅力的だ。

 ツンとすました時の顔はクール・ビューティなのに、ちょっと()みを浮かべるだけで、印象がガラリと変わった。

 その落差が大きくて、ついつい気が惹かれてしまう。


「私はシン・コルネリウスです。あらためて、よろしく」


「ええ、こちらこそお願いします。ところで、家名がコルネリウスということは、錬金術師なのですか? 」


 すこし驚いてしまった。

 錬金術について何も語っていないのに、言い当てられたからだ。

 彼女の前で使ったのは【言霊奉法】だけ。魔導師だと類推するのは可能だが、錬金に関する情報は示していないはず。


「はい、そのとおりです。なぜ、お判りになりました? 」


「ペンダントですよ。それはコルネリウス派の(あかし)ですもの」


 彼が首からぶら下げている首飾り(ペンダント)

 材質は金属製で八芒星の形をした魔導具だ。亡父ルキウスが身につけていたものを、形見代わりにもらった。


「よくご存じで。錬金術師組合長ですら知らなかったのに」


 組合長シモンヌは、錬金術師と薬師の組合代表を兼ねている。

 彼女は、彼の錬金術を“古式”だと評価した。

 ただし、流派のことは指摘していない。もっとも、彼自身も知らなかったし、ましてやコルネリウス派なんて初耳である。


 冒険者のルナがそれを言い当てたなんて驚きだ。


「昔、良くしていただいた方々がいまして。その人物がお持ちだったのが、八芒星の首飾りだったのです」


 その表情は懐かしそうであった。

 彼女が苦しんでいたとき、(くだん)の術師夫婦が親身になって世話をしてくれたのだという。


「遠い異郷の地で訃報を聞きました。ろくな恩返しもできなくて、ずいぶんと残念な思いをしたわ。しかも、恩人方の埋葬先も分らなくて。

 できることといえば、ただ冥福を祈るだけ。そんなこともあってソレを見てすぐに判りましたのよ」


「心中お察しします。名も顔も知らないけれど、同門尊師に成り代わってお礼申しあげます」


 その後、とりとめない会話が続いた。

 互いに興味を惹くような話題もあって、ついつい話がはずむ。シンにしてみれば、彼女が語る希少素材については初耳なものが多かった。

 彼の最終目的である、LP値の上限を引き上げに役立つこともあるだろう。もっと詳しく聞く必要がある。


「あ、あのう。少々不躾(ぶしつけ)で申し訳ないのですが、お願いしたいことがあります。実は……」


 シンは、彼女に再会の約束をお願いした。

 ちょっと、(つたな)い誘い方であったが、勘弁してもらいたい。まあ、情報収集は大義名分で、本音でいえば、美しい女生との会話を楽しみたいだけ。

 彼女から了承の返事をもらって、内心で歓喜の声をあげたのは内緒だ。

 その後、ふたりは砦街キャツアフォートの門前で別れた。

 

 彼は、そのまま錬金術師組合の建物へとむかう。


「ただい……、なんだ? この騒ぎは」


 組合建物のフロアーは人で溢れかえっていた。

 大声で喚き散らす男。

 受付職員に懇願する女性。

 呆れたことに客同士で殴り合いの喧嘩をする連中までいた。

 共通しているのは、誰もが魔法治療薬(ポーション)を切実に欲しがっていること。


 正面から入館するのをあきらめる。

 建物裏へとまわり、二頭の騎竜を厩へ入れた後、裏口扉からそっと建物内へはいった。


「ただいま、シモンヌ組合長。ところで、正面玄関のゴタゴタはなにかな? 」


 普段、組合事務所への客数は少ない。

 ここは錬金術師と薬師の組合が共同で運営管理しているが、やって来るのは関係者ばかりである。


 薬師関連ならば、主な来訪者は医者や教会系の救護院の者たち。

 彼らは必要な薬品を求めてくる。

 薬師は、要望に応じて対応するが、それは相手が専門家だから。一般人には薬を直接に販売することはしない。

 あるとすれば、医師のいない小集落や辺境地だ。やむなく薬師が患者をみる場合にかぎる。


 錬金術師関連の来客とて同様だ。

 客は魔導具などの作成や修理などの依頼者か、錬金加工を希望する者たちが中心になる。どちらにしても訪問してくるのは専門業者ばかり。

 今のように、正面フロアーにたくさんの人がいるのは珍しい。


 シモンヌは、シンが無事に帰ってきたことを喜んでくれた。


「アンタが留守しているあいだに、病人が増えてしまってね。もう、これは流行(はや)り病と判断してもよかろうよ」


 たしかに、彼が【邪神領域】へむかう以前から、その傾向はあった。

 彼女から魔法治療薬(ポーション)の増産について意見を求められたのも、同じ時期である。


「今から医院へ行くことになっている。帰ったばかりで、すまないのだが、わたしと一緒についてきてほしい」


 彼女は、シンに同行を求めた。

 いかにも申し訳ないといった口調だが、同時に拒否できない雰囲気が漂っている。かなり切羽詰まった状態にあるようで、現状把握のために診療所にむかうのだとか。


 目的は、病状を直接に確認するため。

 つい先日まで、組合は、要望に応じて薬品を作成して納めるだけであった。薬師たちは、(じか)に患者を診たことはない。

 つまり、実際にどのような病なのかは知らない。


 背景にあるのは、分業がキッチリとしていること。

 病人を診察するのは医者の仕事。

 薬剤をつくるのは薬師や錬金術師の役割だ。

 互いの領分を犯す行為はしない。


 だが、今回の流行(はや)り病に対して、この役割分担が通用しない。

 問題なのは、病気が正体不明なこと。

 故に、根本的な対策ができず、対処療法に終始していた。今後、疾病の広がり具合によっては、大勢の人間が死ぬ可能性が高い。

 そんな経緯もあって、医師は、シモンヌたちも患者を()てほしいと伝えてきたのだ。


貴女(あなた)にそこまで言われれば断れない。同行させていただこう」


「おお、ありがたいね。感謝するよ」


 シンは、伝染病であろうと見当をつけていた。

 話を聞いたかぎりでは、初期症状は発熱や倦怠感で、発症者うち約二~三割が重症化する。主な症状は高熱、下痢や嘔吐、幻覚や幻聴などの感覚異常など。

 体力のない老人や子供はもちろん、成人でも死亡するケースが増えているとのこと。


 思い当たる病気は、コレラやマラリアなどだ。

 彼には前世記憶に基づく知識がある。

 ただし、地球世界の尺度で判断するのは危険だ。病原の元になる細菌やウイルスだって未知のものがあるはず。地球での治療法や対策だけでは不充分かもしれない。


 シモンヌは、ブツブツとつぶやくシンをみて、


「うん? なにか言ったか? 」


「ああ、患者の様子から推測するに感染症なのだろうなと思って。さすがに細菌性かウイルス性かまでは判別はつかないが」


「カンセンショウ? それは流行(はや)り病のことを意味しているのか。サイキンセイとかウイルスセイとか聞いたこともない単語だな」


「病気の原因となるものだが。詳しく……、いや、なんでもない」


 彼は説明しようとしたが途中でやめた。

 この異世界では、細菌やウイルスの存在は未知の存在らしい。

 前提知識がなければ、理解なんて不可能だ。せいぜいが、目に見えないごく小さな生物が、身体のなかで悪さするのだと解説するのが精いっぱい。

 それ以上のことは伝えないでおく。


 シモンヌが振り返って、


「シン、注意しておくよ。アンタ、魔力をダダ漏れにしないように。ちゃんと制御しておきな。以前のように相手をビビらせちゃダメだからね」


 彼女が懸念していること。

 それは、彼が医院の関係者を威圧することであった。

 事実、前科がある。この若い錬金術師が、砦街キャツアフォートにやってきた際、膨大な魔力を放射したままにしていた。

 そのせいで、冒険者組合にいたもの全員が、彼のプレッシャーにあてられてしまったのだ。

 

「心配しなくてもよい。魔力制御はできている。貴女からもらった魔導具ももっているし」


「それなら良しだ」


 彼らが向かった先は、街で唯一の診療所。

 規模は小さなもので、優しげな中年医師がほそぼそと営んでいる。

 ここも患者がいっぱいだ。診察を待つ者たちが建物の外にまで列をつくっていた。


 医者が、シンたちを案内してくれる。


「ああ、シモンヌ組合長。わざわざ来てもらって申し訳ない。なかなか自由になる時間がなくてね」


「いや、こちらこそ大勢で押しかけてすまないね。さっそくだが、患者を()せてもらおうかい」


 医師の案内で、彼らは病室に入った。

 ベッドが幾つも並んでいて、住人たちが苦しそうに唸っている。


 シンには、不可思議なものが()えていた。

 透明なハエみたいなモノが、病人に(たか)っているのだ。

 どうやら非物質的な存在みたい。というのも、ソイツらは、寝込んでいる患者の身体内部に出たり入ったりしている。

 非常に気味が悪い。

 腐敗した死体に群がる羽虫を連想してしまった。音がないはずなのに、ワーンと蠅が飛ぶ羽音の幻聴が聞こえてくる。


「なんということだ。こうも奇妙なモノがいるだなんて」


 彼だけが()えているらしい。

 その証拠に、隣のシモンヌも医師もまったく反応していない。

 当の患者自身も身体の不調を訴えているだけ。本人が不可視の蟲を追い払う様子はないし、助けを求めてもいない。



 ―――うへぇ、気色ワル~。もう訳が分からんわ。

 病気の症状を()るために来ただけやのに。こんなケッタイなもん見せられるなんて、ウチなんか悪いことしたんやろか? つくづく異世界は珍妙すぎるわ



 ここは、マジカルな幻想世界。

 前世地球にはいなかった魔物が跋扈(ばっこ)し、【嵐の巨神】や【太陽神】みたいな超越的存在がいる。物理法則を完全無視する魔法や錬金術が街中にあふれていた。


 透明な羽虫に対して、適切な対応方法はあるのだろうか? 






■現在のシンの基本状態


 HP:172/172 

 MP:183/183 

 LP:62/90 


 活動限界まで、あと六十二日。


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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