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2-02.初めての会話は、ちょっと残念

 砦には誰もいなかった。

 シンは(いぶか)しく思いながらも、防壁の内側を調べてまわる。建物は簡易ながらも頑丈そうな木造平屋が五棟。ひとまわり小さな物置がひとつ。

 中央部に広場があるだけ。


「ちょいと、お邪魔しますよ~」


 最も大きな建屋のなかを確かめてみる。

 やはり、人影はまったくない。

 指揮官や上級士官たち専用らしい。こじんまりした執務室や資料室、奥には個室が幾つかある。机の上はうっすらとホコリが積もっていた。

 無人になって結構な時間が過ぎているようだ。


「ここにあるモノ、全部かっぱらおう。人がいないということは、持ち主がいないってことだ。道端に落ちている物を拾っても、盗んだとはいわない。うん、そうしよう」


 我ながら、ずいぶんと身勝手な論理を展開した。


 小さな軍砦は、国の軍隊が管理する場所だ。

 執務関連の資料などは価値があるはず。

 なにより優先したいのは魔導具の(たぐ)い。これらを解析すれば新しい技術が入手できるかもしれない。まあ、僻地への支給品なんて、お(ふる)なのが相場。

 とはいえ、はじめての収穫としては上出来だとおもう。


 あれこれと物色しながら、次々と建物のなかを調査してゆく。


「うわぁ」


 遺体が並んでいた。

 ベッドが二十数台、その上に死んだ人間が横たわっている。

 廊下で倒れている者も数名。


 みんな腐敗している。

 ウジ虫やハエが(たか)っている遺骸や、乾燥し始めているモノなど。詳しい知識はないけれど、腐乱状態からみて死亡時期にはバラつきがある。

 死後二週間から一ケ月間ほど、といったところか。


「死因は……、分からんなぁ。ただ、外傷によるものではないと」


 そう判断した理由は、死体は包帯をしていないから。

 負傷なら止血だとか、薬剤を塗りつけるだとかの処置をしているはず。治療痕跡がないので怪我が原因ではない。


「たぶん、病気だとおもうが」


 兵士の死亡原因でもっとも多いのは餓死や病死だ。


 たとえば、第二次世界大戦の日本陸軍。

 食糧不足や栄養失調によって慢性的な飢餓がつづいた。

 さらに、抵抗力が低くなったところに、マラリア、アメーバ赤痢などの感染症が加わる。たくさんの兵が亡くなるのも当然であろう。

 戦死よりも、飢死者や病死者のほうが多数であったと、主張する研究者もいるくらいだ。


 だが、ちょっと気になることがある。

 砦は食糧が不足するほど、劣悪な状態ではなかったはず。【人外魔境の大森林】の近くなので危険度は高いけれど、ここは戦場ではない。

 定期的に食料や医療品などの物資は補給されていた。実際、彼は観察していたので実情を把握している。


「どうにも納得できない。非常時ならともかく、平時に仲間を見捨てる行為をするか?」


 断じて(いな)である。

 戦時であっても同僚を置きざりにすることは、非常に(まれ)だ。まともな軍隊ならば絶対にしない。

 この状況を、どう解釈すべきであろうか? 


「変な病気だったらイヤだな」


 シンは念のため魔法の【消毒】を自身にかける。

 その後、他の建物を調べてまわったが、やはり誰もいなかった。

 もう完全に放棄されている。


『ミドリ。一個小隊を送ってくれ。砦には、生きた人間はいないから姿を隠さなくてもかまわない』


『了解しました。すぐに向かわせます』


 【念話】で要望を伝えた。

 ここから【岩窟宮殿】までの距離は相当あるけれども、【念話ネットワーク】で遠距離通話もできる。苦労して中継点を幾つも設置した甲斐があった。

 これまでに持てる力をフルに発揮して様々な工夫をこらしてきたのだ。


 ミドリには、新たな役目を(にな)ってもらっている。

 補助人格たち(・・)の統括リーダー役へと格上げしたのだ。

 以前の気の利かない専門バカではない。

 今では頼りになる参謀役へと大変身している。


 ちなみに、複数の魔造結晶体を復活させた。

 シンが覚醒した時点で、彼女以外のモノは壊れていたが、これらを長い時間をかけて修理したのだ。


 再起動した総数は十体。

 もともとの内訳は、研究室専属が三体。中央管制室に五体。他の場所に二体だ。それぞれが専門分野を担当しており、亡父ルキウスを補佐していた。

 彼は、新生補助人格たちを再編成して、統括役をミドリにまかせている。


「おっ、来たな。待っていたよ」


 近くで待機していた味方部隊が近寄ってきた。

 ツクモ族やゴーレム兵士たちは、砦に残っていた書類や魔法道具など、価値がありそうなものを回収。部隊の一部を分けて、後方の【岩柱砦】へと搬送してゆく。


『ミドリ、確認したい。軍砦への偵察を中断してどの程度になる? 』


『およそ四週間です』


『う~ん、普通なら問題ないのだけれど。間隔を開けすぎたのかな。でも、こんな突発的な異常事態は予測なんてできないし』


 砦に対する観察は断続的だ。

 活動する鳥型やネズミ型の魔導人形を定期的に戻すからだ。小型なので、どうしても活動期間は短い。頻繁にエネルギー供給する必要があった。

 機体数も限られていたし、四六時中続けるのは無理だ。


 さらに、最近は【岩柱砦】の建設に集中している。

 飛行タイプは、建設現場の周辺警戒を優先していた。

 軍砦から目を離すのはしかたがない。その隙に、なにかトラブルが発生したのだ。


「やれやれ、予想外の展開だ。他人との初会話を期待していたのに。今夜はここで一泊するとしよう」


 翌日。


 シンが向かった先は【砦街キャツアフォート】。

 防壁は、砦よりも大規模で頑丈な石造りだ。


「ついに、人間社会との接触かぁ」


 騎竜から降りて徒歩で大門を通る。

 出入りは自由であった。

 門番はいるけど、いちいち往来者を調べることはしない。役目は魔物の侵入をふせぐことで、人間は警戒の対象外なのだ。

 このことは事前調査で知っていた。

 偵察用の魔導人形たちは優秀だし、そこそこの情報は収集できている。


 彼は、慎重に行動するタイプなのだ。

 危険な【人外魔境の大森林】で生き残るためには、用心深さが必要不可欠なのだから。過酷な環境が、性格形成に影響を与えたのだとおもう。


「ほほう、人がいっぱいだ」


 行き交う人々の多さに、驚き興奮した。

 道に立ち止まってキョロキョロと左右を眺める。その姿は、ド田舎からでてきたお上りさん状態だ。


 住人が多いといっても、人口は数千人といったところ。

 大半の建物は平屋で、たまに二階建てがあったりする程度。道路は土を踏み固めただけで舗装されていない。

 はっきりいえば辺境の街。

 それでも、はじめて接する街中は刺激に満ちていて、じつに愉しい。


「これ、いくら?」

「銅貨五枚」


 シンが声をかけたのは食べ物を売っている屋台。

 この会話、異世界で初めてのものであった(補助人格ミドリを除く)。

 悲しいことに相手は、ひげ面のおやじ。

 できれば、ファースト・コンタクトはきれいなお姉さんとしたかった。しかし、おいしそうな香りに誘惑されたので、食欲を優先した。


 支払った硬貨は、人外魔境の大森林で拾ったもの。

 正確にいうなら、森のなかで死んだ者たちから回収した。


 彼の認識では、お金は盗んだものではない。

 ちゃんと遺体を埋葬して、その報酬として金銭を譲り受けたのだ。ほんとうなら、森林で野晒(のざら)しのまま()ちてゆくのが、自然の法則であろう。

 とはいえ、死者を放置するのは忍びない。


 で、遺骸をまとめて土に埋めてやった。

 墓標代わりの石を置き、簡単なお祈りを捧げておく。

 まことに丁寧で心利いた扱いである。

 もちろん、作業の対価は頂戴した。なんらやましいことはない。


「ほほう、うまいな!」


 ひげ親父から渡された食べ物。

 メキシコ料理のトルティーヤに似ている。

穀物を粉にして薄く焼いた生地に炒めた肉や野菜をはさんでクルクルと丸めたものだ。


 知らない味つけだ。

 あとからピリリとした刺激がくるのは香辛料であろう。素朴な手料理だけれども、なんともイイ感じ。


 これを食べられただけでも、街に来た価値がある。

 道端で売っているものなんて庶民向け。

 銅貨数枚なんてファスト・フード的な扱いだが、充分に満足できる品だ。


「大森林での食文化は、どうしても(かたよ)っていたからなぁ」


 食糧調達は狩猟採取が中心だ。

 そもそも、野外での農業なんて不可能な土地である。


 豊かな食生活なんて夢のまた夢。

 それでも、頑張った。見たこともない動物を狩り、あれこれと植物や木の実を集める。毒の有無を調べて食用に耐えられる物品を選定した。調理方法だって煮る、焼く、揚げるなど様々な方法を試している。

 新しいメニューも開発したけれど、やはり限界はあった。


 ―――そんな苦労も今日で、お別れやで! 

 美味いものは正義なんや。

 文明世界にようこそ! ビバ、異世界の料理たち。

 腹いっぱい喰ってやさかい、待っとれや。


 食べ歩きしながら、向かう先は冒険者組合。

 事前に建物の場所も調査済みなので迷うことはない。


「どうにも冒険者の呼称には違和感がある」


 シンの認識では、彼らの仕事は狩人と同じだ。

 魔物を狩り、肉や毛皮、その他の素材をはぎ取って収入を得ている。素直に”ハンター”といえば良かろうに。

 わざわざ“冒険者”と言い換えているのが謎である。


 ギルドの建屋は、街では珍しい二階建てだ。

 開け放たれている扉をくぐって屋内にはいる。

 一階部分の半分は飲食スペース。

 数名の(いか)つい者たちが飲み食いしていた。

 こちら側に視線をむけてくるが、すぐに興味をなくしたように仲間たちと話を再開する。


 一見すると荒っぽそうな連中。

 粗暴な集団だと想像していたけれど、意外と行儀は良い。見知らぬ余所者に難癖をつけてくるかなと、ちょっと警戒してしまった。


「変な先入観は捨てるべきだな。さすがに、幻想物語の定番的展開はないよな」


 カウンター前の受付女性を見やる。

 年の頃は二十代半ば。

 雰囲気は知的だが、気の強そうな娘だ。

 なぜか、彼女はにらみ返してくる。


「……、」


 実は、シン、少しばかり会話が苦手だったりする。

 異世界で目覚めてから、生きた人間と接した経験が皆無なせいだ。うまく言葉がでてこない。相手に配慮する機会もなかったし、ついつい無愛想になりがち。

 面倒くさいので、受付嬢から“ご用件はなにですか”の台詞を待った。

 ところが、むこう側から話しかける様子がない。


 しばらくの間、にらみ合いが続いた。

 そうしていても埒が明かないので、仕方なく自分から要件をきりだす。


「……、これを届けにきた」


 それは麻製の布袋。

 カウンターの上に置いたモノは、握りこぶし二つくらいのサイズ。


「は、はひぃ」


 受付女性が奇妙な返事をする。

 少し(なま)りが混じっているが、言い回しが違うのか? 言語によっては、同じ意味合いであっても男言葉と女言葉で表現が変化することもある。

 この国の言葉については詳しく調べたつもりだが、微妙な差異までは判っていない。

 ふむ、会話とは難しいものだ。


 なぜか、彼女は半泣きになっていた。

 手を震わせながら袋の中を確認していたのだが……、


「これは……。す、すこしお待ちください」


 受付嬢があわてて後方にひっこんでしまった。

 しかも室内全体に響き渡る大きな声をだしながら。


「た、大変です、たいへんです! 組合長、すぐに降りてきてください!」






■現在のシンの基本状態


 HP:172/172 

 MP:183/183 

 LP:89/90 


 活動限界まで、あと八十九日。


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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