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2-03.組合長との問答

 彼女の名前はイザベル。

 砦街キャツアフォートにある冒険者組合の受付嬢だ。年齢は若いが、とても優秀だし面倒見も良い。冒険者たちから一目置かれていた。

 ある日、いつものようにカウンター業務をしていたのだが、とんでもない人物に出くわしてしまう。


 その男が姿を現(あらわ)した途端、室内の空気が固まった。

 ピキッとなにかが割れる音が聞こえた気がする。

 男性が放つ威圧感が強烈すぎて、身体が硬直した。息をしようとするのだけれど、思うように肺に入ってこない。


 彼女が感じた恐怖は錯覚ではなかった。

 その証拠に、食堂にいた連中も凍ったように停止している。

 騒がしい野郎どもが一斉に口を閉じて、”謎の男”を注意深く注目していた。


 優秀な冒険者なら、相手の力量を見極める眼を持っていて当然だ。

 歩き方ひとつだけで、身体能力を推(お)し量(はか)ることができる。どれだけ隠そうとしても、足の運びや重心の位置、体軸の安定性などをみれば、判る者は判るのだ。

 

 一階フロアに居た全員が認識したこと。


 あの男はヤバい。


 イザベルの前に、問題の人物がやってくる。

 その足取りはゆっくりしたもの。

 なぜか、首狩り役人を連想してしまった。きっと、深層心理では“死”の象徴になっているのだろう。そんなこと自覚もなかったが、今この瞬間、強制的に思い知らされる。

 いや、心理分析なんてどうでもいい。

 危険度マックスな存在が何をするつもりかだ。


「あ、あっ…… 」


 血の気がすっと引いてクラクラとめまいがする。

 このままだと、失神してしまうだろう。必死になって声を出そうとした。誰か助けてと叫びたいのに、ヒューヒューと口から空気が漏れるだけ。

 それでも、無理をして言葉を発しようとしたとき、謎の男がしゃべった。


「これを届けにきた」


「は、はひぃ」


 我ながら、情けない返事であった。

 でも、しかたがない。応答をしただけでも己をほめたいくらいだ。

 もう、座っているだけで精一杯。動転して、相手が何を言っているのか理解できない。

 そんな自分に、男がカウンターの上に置いた袋を見るようにと、無言で圧力をかけてきた。


 彼女は、オロオロしながらも懸命に相槌をうつ。

 思うように指先が動かなかった。頭と手を結ぶ神経が接触不良になったみたいだ。ブルブルと震えながらも麻袋の口を開けてみる。


 中身は大量の【認識票】。

 ざっくり目算しただけでも五十個以上はあった。

 しかも、冒険者用と兵士用とが混在している。


 【認識票】とは個人識別に使用するものだ。

 この国の軍隊では、二枚の小さな革製板に紐を通して首からつり下げる。兵士が死んだら、一枚を剥がし取って報告用に使い、残りを遺体識別用にする規則になっていた。

 冒険者組合も同じ仕組み。

 軍組織と違う点は、本人のランクに合わせて、材質を木片から銅、鉄などに変化する。


 何十個もの認識票が意味すること。

 それは、多くの兵隊さんや冒険者が死亡したという事実だ。


「これは……。す、すこしお待ちください」


 イザベラには心当たりがあった。

 三年前の領主軍による軍事行動だ。

 この地域を管轄する男爵家が主導する事業でもある。目的は、異端の神々が住むとされる【邪神領域】で、貴重な素材を収集すること。

 作戦には多くの冒険者も参加した。

 ふだんはケチで有名な領主が、大盤振る舞いの報奨金を提示したせいだ。


 結果は惨敗。

 参加者の八割が死亡するという悲惨な結末であった。

 しかも、作戦責任者の男爵は己の失敗を認めず、現在でも未帰還者を敵前逃亡という扱いのまま。以降、領主一族と冒険者たちとの間は険悪な関係になっている。


 彼女の眼前にある認識票。

 【邪神領域】に消えた将兵と仲間(冒険者)たちの死を確実に証明するものだ。

 これはいろいろな意味を持つ。

 単純に受け取って“はい終わり”では済まされない。自分の職分を超える案件なのは明白だ。上司に判断を求めるべきであろう。


「た、大変です、たいへんです。組合長、すぐに降りてきてください」




■■■■■


 シンは、受付嬢の反応を大げさだと感じていた。

 組織の微妙な人間関係なんて知らない。

 なんだか騒ぎになっているなという程度のである。


 彼としては、認識票を届けたのは“仕事”の一環である。

 つまり、遺体の処理全般だ。森のなかで見つけた死者を大地に埋めてやり、冥福の祈りを捧げ、関係者へ報せること。

 集めた認識票を渡して、お役目御免なのだと思っている。

 すでに対価として、お金やその他物品を頂戴したし、最後まで面倒をみるつもりだ。


 偉そうなハゲおやじが姿をあらわした。

 その壮年男性は、興奮する受付嬢に対して落ち着けと諭(さと)す。最初、彼の態度は面倒くさそうであったが、報告を聞くにつれて、真剣な顔つきへと変わった。

 なにやら受付女性に命令して二階へと引っ込む。


 指示された彼女がシンへと向かってきて、


「こ、こちらへ来ていただけますか。組合長がお話したいとのことです」


「ふむ、わかった」


 女性に案内されて応接室へとむかう。

 内心は、“なんだか大ごとになっているな”とのんびりしたもの。

 周囲を見渡すと、冒険者たちや事務職員たちが無言でこちら側の様子をじっと窺(うかが)っている。

 邪魔して申し訳ないなと、他の者たちに目で謝意を示しておいた。


 ただし、受け手側の認識は違う。

 冒険者たちが感じたのは、“謝意”ではなくて“プレッシャー”。

 謎の男からの威圧感にビビッていたところに、強烈な視線が加わったのだ。


 彼らは勘違いした。

 無言のメッセージは、『なんか文句あんのか?』との意味があると受け取った。ひと睨(にら)みされただけで、一階フロアはすべての音が消えてしまう。


 問題の男が、二階へと消えた。


 その途端、冒険者たちが騒ぎ始める。


「おい、なんだ。とんでもない存在感だったぞ。はじめて見る顔だ。お前知っているか? 」


「あれはヤバイ。一瞬視線が合っただけで小便チビりそうになった。見ただけで判る。ありゃトップクラスの実力だ。どこか他国のA級だろうぜ」


「そんな事よりも、ヤツが持ってきた袋だ。組合長があわてるぐらいだ。なんか凄いモノが入っているに違いない」


 一階のフロアは喧噪であふれてしまう。

 冒険者たちが一斉に声を張りあげて話すのでやかましい。

 本来なら、彼らを注意すべき事務職員たちも一緒に大騒ぎするばかりで、いっこうに静まる気配はなかった。




 シンはソファに腰をおろし、内心でため息をつく。


 ―――はあ~。なんや面倒くさいなぁ。

 ちょっとした親切心で届けものをしただけやのに。いきなりお偉いさんに呼ばれてしもうたわ。

 街角の交番に落とし物を渡したら、警察署長さんが登場したようなもんやで。なんでウチが、こないな扱いをされているのかワケが判らへん。



 そのお偉いさんは“ハゲおやじ”だったりする。

 筋肉ムキムキだし顔つきは厳(いか)つくて怖い。


「はじめまして。儂はモルガンという。砦街キャツアフォートの冒険者組合をまとめている者だ」


 モルガンはベテラン組合長だ。

 長いあいだ冒険稼業を続け、高い評価を得たうえに、組合からスカウトされた。自分でも意外であったが、組織管理の才能もあったようで、荒くれ連中の扱いは上手い。

 度胸もあるし面倒見も良いので、冒険者からも慕われる優秀な組織代表者だ。


 そんな彼が気圧(けお)されている。

 謎の男の強烈な雰囲気にあてられたためだ。応接室から逃げ出したい衝動を無理やり抑え込む。

 しかし、それは内心だけのこと。

 表面上は、にこやかで礼儀正しい。長年、組合代表を務(つと)めてきただけあって、完璧な大人の対応である。


 いっぽうのシンは、暢気なもの。

 そもそも、己が他者に威圧感を与えていることに無自覚だ。

 “自然”に振る舞っているつもり。

 ただし問題なのは、彼の“自然”の基準が【人外魔境の大森林】であること。狂暴な魔物がウジャウジャいる場所だ。

 危険地帯を自由に散歩する人物の“自然”な態度なんて、異常そのもの。

 ハッキリ言えば、凶悪な魔獣と同類なのだけれど、困ったことに本人は気づいていない。


「私はシン・コルネリウスです」


「わざわざ、認識票をお届けいただいて感謝する。今は亡き者たちや関係者にかわってお礼を申しあげる」


「いえ、当然のことをしただけ。ご遺族の心中をおもえば、この程度のことは苦労ではない」


 シンの受け答えは丁寧なものであった。

 中身はおっさんだし、日本人的な礼儀が身についている。いくら無愛想であっても、遺族関係者への細やかな気配りはできるのだ。


 これには組合長も驚き、警戒レベルを一段下げた。


「たいへん不躾ながら、認識票のことでお尋ねします。どこで見つけたのか詳しくお教え願いたい」


 シンは問われるままに説明する。

 人外魔境の大森林でたくさんの遺骸を発見したと。

 遺体の状態はかなり悪く、バラバラになって広範囲に散らばっていた。おそらく、魔物に食い荒らされてしまったのだろう。

 彼は大雑把な絵図を描き、死体のあった地点やそこまでの経路をつけ加えてゆく。


「この地点が最も多かった。他には点在していたな」


「こ、これはなんとも…… 」


 モルガンは狼狽(うろた)えてしまった。

 同時に、どう返答すべきか悩む。認識票があった場所は、異端の神々が住むという【邪神領域】。人間がはいるのは非常に危険である。おいそれと立ち入る地域ではなかった。


 問題なのは地図。

 シンと名乗る人物が描写するモノが、精密すぎた。

 冒険者組合が保有するマップはもっとアバウトであり、精巧なものではない。


 砦街の組合は、長年にわたって【邪神領域】を探査してきた。

 しかし、その苦労は報われず、大森林の大部分は不明のまま。だが、眼前の男はかなり奥深い領域まで詳細に描いている。


「領主軍はそんな深くにまで進んでいたのか……。いやはや、シン殿はよくぞご無事でお戻りになられたものです。

 ほかに気づいたことや、ご要望はございますかな? 」


「では、兵士の認識票は、冒険者組合から軍隊へ送り届けてもらいたい。というのも、大森林近くの陣地に渡しに行ったのだが、誰もいなかったので。

 いや、正確にいうなら二十人以上の死体があったか」


「ええっ、それは本当ですか? 」


 組合長が聞かされた情報は思いがけないもの。

 あまりにも不穏な内容であった。


 ここは砦街キャツアフォート。

 名前の由来は第四(キャツア)の砦(フォート)であり、役割は【邪神領域】からやってくる魔物を撃退すること。


 街を守る主戦力は領主軍だ。

 だが、彼らが管理すべき前線砦に兵士がいない。しかも、二十人以上の遺体を放置しているなんて異常事態だ。


「詳しくお話いただきたい」


「ああ、かまわない」


 シンは求めに応じて説明をはじめる。

 まあ、魔導具やら書類やら価値がありそうなものを根こそぎ奪ったのは黙っておいた。


 ひと通り語り終えると、ハゲおやじからお願いをされた。

 それは街にしばらく留まって欲しいというもの。疑っているワケではないけれど、軍砦の調査をしたいらしい。

 宿泊先の予約や料金負担は冒険者組合がするし、認識票の件についてもたっぷりと謝礼をすると言われた。


「滞在することは了解した。ただ、報奨金については遺族の方々へ分配していただきたい。その代わりといってはなんだが、依頼したいことがある」






■現在のシンの基本状態


 HP:172/172 

 MP:183/183 

 LP:89/90 


 活動限界まで、あと八十九日。


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【わたしを覚えていて、天国にいちばん近い場所で】
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