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15.

 その日の業務後、「飲みに行くぞ」と電話で連絡をしてきたのは本庄さんだった。「嫌なら断ってもいい」という但し書きつき。断る理由など一つもないので、私は二つ返事でオーケーした。


 とある駅の西口、SL広場。


 文字通り、SLの車両が展示されていて、その前で、本庄さんは煙草を吸っていた。てっきりバディの泉さんもいるものだと思っていたのだけれど、いない。


 素直に「泉さんはどうされたんですか?」と訊いてみた。「いつも一緒だと飽きるだろ」という返答があった。


 好き合っている者同士なら、どれだけの時間を共有したところで飽いたりはしないだろうという私の考えは間違っているのだろうか。あるいは、単純に喧嘩でもして、その言いわけなのだろうか。可能性はあるように思う。二人とも、とても個性が強いから。


「あー、黒峰、おまえ、今、俺と伊織が喧嘩でもしたんじゃねーかって考えたろ?」


 その通りなので、少々驚き、目をぱちくりさせた私。


「ちげーよ。アイツも来るっつったんだけど、後輩の面倒くらい一人で見させろっつったんだ」

「面倒、ですか?」

「んだよ。なんできょとんとすんだよ」

「いえ。本庄さん、優しいなと思って」

「ああ、そうだ。俺は優しいんだ」

「はい。改めて思い知りました」

「だったら、とっととついてこい」


 のろのろと歩いていたら「遅い」と叱られてしまいそうなので、慌てて隣に並んだ。くわえ煙草で道をゆくことから、まさに煙たそうに見るヒトもいるけれど、その大きな体と全身から匂い立つ迫力に気圧されてだろう、みんな揃って道を譲る。頼もしいなと思うと同時に、カッコいいなと感じたことは否定できないし否定するつもりもない。


 チェーン店の居酒屋に入った。木製のかたい長椅子の四人席。向かい合って座る。角ハイのジョッキをごくごくと二杯空けたところで「もう顔赤いぜ」と言われた。ちょっと気分がいい。不思議な高揚感がある。らしくもなく微笑んで見せると、そのままズバリ、「らしくないぜ」と指摘されてしまった。


「本当に、ただ飲みに誘ってくださっただけなんですか?」

「下心でもあんじゃねーかと思ったのか?」

「もしそうなら、ちょっと嬉しいです」

「ああん?」

「私だって、時には女扱いされたいんです」

「おまえにしちゃあ、珍しい言い分だな」

「『治安会』にお世話になるようになってから、少しずつ考え方が変わってきているんだと思います」

「いいほうに変わってんのか?」

「もちろんです」

「よかったな。ミス・クールビューティ」

「はい。この調子で柔軟性に富んだニンゲンになりたいです」


 私は日本酒が入っている小さなグラスをすすった。


「明日も早いんだろ? 飲みすぎんなよな」

「大丈夫です。それくらいのコントロールは、自分でできます」

「仕事はどうだ? 楽しんでやれてるか?」

「いろいろとありますけれど、そうですね。なにせ、市長ご自身が面白いかたなので」

「あのおかっぱ、チビのくせして度胸あるよなあ」

「あのおかっぱ、それにチビですか」

「あー、言い方がマズかった。ま、美人ではある。ちょっとガキっぽそうな一面も垣間見えるけどな」

「子供っぽいっていう言い方は正解です。でも、中身は本当にしっかりしていて」

「ずっと一緒でも飽きなさそうか?」

「飽きないと思います。それで、えっと、本庄さん」

「ああん?」

「その、神崎英雄の話……」

「またいきなりぶっ込んできやがったな。奴さんがどうかしたか?」

「本庄さんは心配じゃないんですか?」

「心配したらきりがなくなっちまうだろうが」

「どうして奥さんがいるのに不倫なんかしたんでしょうか」

「神崎がか? それとも伊織の奴がか?」

「両方です」

「男と女の話だ。そこにはなにがあったっておかしくねーさ」

「割り切れているんですか?」

「そういうのとは、ちっとちげーな。なるようにしかならねーって思ってる」

「本庄さんと泉さんには、ずっと一緒にいていただきたいです。もっと言うと、泉さんが投げたブーケをキャッチしたいです」


 すると、本庄さんはかんらかんらと笑って。


「ジョークで言ってるんじゃありません」

「わかってるよ。つーか、なんで目ぇつり上げてんだよ」

「本庄さんには本気度が足りないように思います」

「そうかね」

「そうですよ」

「先述した通りだ。ま、なるようになるだろ」

「ですから、そういう考え方はよくないって言っているんです」

「ちょっと飲みすぎじゃねーかあ?」

「ついでください」

「あん?」

「いいから、ついでください!」


 私が小さなグラスを前に出すと、本庄さんはクックと喉を鳴らしながら、日本酒をついでくれた。一気に飲み干す。安いお酒でも、とても美味しく感じた。




 店を出た。


「タクシー、拾うか?」

「大丈夫です。終電、まだ間に合いますし」

「んじゃ、先に帰れ」

「駅まで一緒じゃないんですか?」

「コンビニで煙草買いてーんだよ」

「それじゃあ、早く買ってきてください。ここで待ってますから」

「付き合いがいいこった」


 私は「ちょっと酔ってますから」とアルコールのせいにして、やっぱりらしくもなく、にこっと笑って見せたのだった。


 そして、本庄さんの背が見えなくなった時のことだった。


 通りすがりの男性に「あれ? ひょっとしておまえ、黒峰じゃね?」と話し掛けられた。声のほうを振り向く。前髪の長い男性がいた。三人連れだ。知り合いはいないと判断しようとした瞬間、「あっ」と声が漏れた。その前髪の長い男性、若い男性に見覚えがあったのだ。


「ひょっとして、鈴木君……?」

「そうだよ、鈴木だよ。ハハッ。まさかこんなとこで会うとはなあ」


 鈴木君、すずこうすけ君。

 軍属時代、同じ部隊にいた同僚、同い年。


「軍、辞めちゃったの?」

「一年ほど前にな。今はネットワーク系の仕事やってる。ビビったよ。軍上がりなのに、案外、つぶしがきくもんだな、って。つーか、おまえのほうが先に辞めちまっただろうが。なんでだよ。教えてくれたってよかったじゃんかよ。仲はよかっただろ?」


 仲はよかった?

 そんなことはない。

 軍にいた時の私は任務に忠実なだけで、誰にも心は開かなかったのだから。


「テレビ見たよ。サイトで動画も見たよ。美人すぎるボディガードさん?」


 ねちっこい視線を寄越してくることに嫌悪感を覚えて、私は顎も身も少し引いた。


「なあ、黒峰、おまえ、今、なんの仕事やってるわけ? 警察に転職したわけ?」

「警察じゃないけど……」

「じゃあ、なに? なんなの?」

「……早く行って」

「あん?」

「用事ないから、もう行って」

「えー、冷たいじゃーん」


 鈴木君が顔を近づけてきて、酒臭い息が鼻をついた。軍はなぜだか飲む機会が非常に多い。昔から鈴木君は酔うとめんどくさかった。今夜も薄笑みを浮かべながら「一発、ヤらせろよ。おまえのこと、ずっと好きだったんだって、俺」などと卑猥なことを平然と言ってきた。「先輩方、お疲れっした」と続け、職場の仲間らしい二人とは別れた。


 右の手首を掴まれた。なんとか振りほどきたいところだけれど、変に喚いて目立つのは嫌だ。だからといって、このまま引きずられていくわけにもいかない。いかないけれど、ついに鈴木君は肩に腕まで回してきて……。


「黒峰」


 後ろから、そう名前を呼ばれた。振り返った先にいたのは本庄さん、くわえ煙草の本庄さん。


 私は身を左右に揺すって、拘束から逃れた。咄嗟に本庄さんの後ろに隠れた。ちょっと情けないけれど、隠れてしまった。


「なに、おまえ、誰、おまえ? なんなの? ああん?」


 鈴木君は突っ掛かるようなことを言いながら、本庄さんに顔に顔を近づける。本庄さんは大きい。だけど、鈴木君も大きい。鈴木君は喧嘩っ早い性格でもある。酔ってヒトを殴り飛ばしている場面は何度も見た。


「そりゃこっちのセリフだ、ボケ」


 そう言うと、本庄さん、両手でどんと胸を押すことで、鈴木君のことを遠ざけた。


「んだよ、やるってのかあ?」

「酔ってんだろ? やめとけよ。恥ずかしい思いすることになるぜ?」

「おまえ、もう黒峰とヤったのか? ヤったんだろ、そうなんだろ、ああん?」

「なあ、おまえ、馬鹿なのか? いい加減にしとかねーと殺すぞ」

「殺す? 笑わせるなよ。できるもんならやってみ――」


 鈴木君がそこまで言った時、本庄さんがずどんと前蹴りを決めた。腹部を蹴られた鈴木君、信じられないくらいぶっ飛んだ。一発KOだ。でも、本庄さんと来たら、のしのし歩いていくなり、容赦なくストンピングを浴びせて、周囲のヒト達を著しくヒかせて……。


 私は駆け、飛びつくようにして本庄さんの左腕にしがみついた。


「ほ、本庄さん、もういいですから、行きましょう」

「なんかヤなことされたんだろ? 任せとけ。死ぬまで蹴ってやっからよ」

「お願いです。言うことを聞いてください」

「いいのか? つーか、おまえも蹴るか?」

「蹴りませんっ」


 本庄さんを鈴木君からようやく引っぺがした。




 本庄さんの腕にしがみついたまま歩いていることに気づくまで、しばらくかかった。SL広場に着いたところで、慌てて離れたのだ。


 頬が熱い。

 俯く。

 すると本庄さんは「なあ、黒峰」と声を掛けてきて。


「おまえ、やっぱ着痩せするタイプなんだな」

「えっ」

「いや。結構、胸、デケーなって」


 腕にしがみついていたわけだから、その大小くらいは伝わって当然だ。泉さんと比べると小ぶりだとはいえ、一般的にはじゅうぶん大きいサイズとされる胸は、私にとって昔からのコンプレックスだった。それを男性に真顔で指摘されてしまうなんて……。


「今夜はどうもありがとうございましたっ!」


 私は勢いよくお辞儀をして、大急ぎでタクシーに乗り込んだ。行き先を早口で告げてから、心の中で本庄さんに何度も何度も謝罪した。なんだかとても失礼な真似をしてしまった気がする。無礼を働いてしまったように思われる。


 だけど、しばらく経ったところで一つ大きく吐息をつくと、口元に小さな笑みが浮かんだ。


 粗野で乱暴でも、あそこまで振り切っているといい、スゴくいい。

 本庄さん、やっぱりカッコいいなって、女心をくすぐられた。


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― 新着の感想 ―
[一言] こ、これは泉さんに報告すべき事案ですぞコポォッ!!(おちついて
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