14.
夜、お風呂上がり。
頭にタオルを巻いたまま脚に保湿クリームを塗っていると、不意にスマホが震え出した。否。あえて不意にという表現を用いる必要はない。だって電話が鳴る時はいつだっていきなりなのだから……などというのはどうでもいい思考。
ディスプレイを確認。
忍足さんだ。
「もしもし」
「僕だよ」
「わかっています。なにか御用ですか?」
「僕が今、どこにいるか知ってる?」
「ご自宅では?」
「ううん。札幌」
「本当ですか?」
「嘘をついてどうするの」
「どうして札幌に?」
「レッドマリーを追って」
「なにか新しい情報が得られたんですか? ひょっとして、北海道にまだ製造ラインがあった、とか」
「勘がいいね。そういうこと。札幌東区の工場で堂々と生産していたよ。でも、不思議なんだ。高確率で失明してしまう目薬なのに、どうして作り続けていたのかなあ」
「あっ」
「ん? なにかあるの?」
「すみません。報告書に書き忘れました」
「書き忘れた?」
「先日の市役所での人質事件の時、犯人の男が言っていたんです。レッドマリーと相性がいい、レッドマリーがフィットする人種がいるって」
「そういうことか。主に輸出することで利益を得ていたんだね」
「そうみたいです」
「作り続けていた、利益を得ていた。僕は過去形で言ったけど、この国、あるいは海外には、まだ工場があるのかもしれないね」
「そうなりますね」
「こういう時、マトリのコネを併用できるとスゴく便利なんだけれど、そうもいかないしなあ」
「マトリに戻るという手もありますよ?」
「意地悪を言ってるの?」
「冗談を言ったんです」
「黒峰さんも冗談を言うようになったんだ?」
「いけませんか?」
「そんなことはないよ。いい意味で、君はオープンになってきているように感じてる。気さくな市長さんのおかげかな?」
「それはあるかもしれません。どの程度、オープンになっているのかは、自分ではよくわからないですけれど」
「今のままでいるといいよ」
「とりあえずは、そうします」
そして忍足さんは、レッドマリーの生産工場に勤めていたニンゲンを一人、いざなみに連れて帰ると言った。
「素直に聴取に応じるとは思えないけどね」
「口がかたそうなんですか?」
「現状においてはそう。上役が相当怖いんだと思う。なんだったら、明日、見においでよ。夜、事情を聞かせてもらうつもりだから、それとも終業後だとめんどくさい?」
「いえ。伺います。いつかまたツーマンセルを組む時が来るかもしれませんから、できるだけ、ナマの情報を共有しておきたいです」
「いつかまたツーマンセルか。そう。いつか、だよね」
「はい。いつかです。でも、私はその、また忍足さんと一緒に仕事を……」
「一緒に仕事を?」
「いえ。なんでもありません」
「おやすみ、黒峰さん」
「はい。おやすみなさい」
翌日、午後二十二時。
ホワイトドラムの尋問室。
通称101号室。
レッドマリーの研究と生産に従事していたらしい小太りの中年男性は、弁護士を呼べとか人権がどうとか叫ぶ。けれど、この部屋に連れ込まれた以上、弁護士は呼ばれないし、人権だって蔑ろにされる。
パイプ椅子に座っている男性の両手を、忍足さんは手錠を使って後ろ手に拘束した。続いて両目を見開かせるようにして、粘着力の強いテープを貼る。それからその顔面にまぶしい卓上ライトを当てた。
忍足さんに「つらいですか?」と尋ねられると、男性は「わ、私はなにも吐かんぞ!」と強気な返答をした。
「それよりなんだ、この仕打ちは! ここは法治国家だぞ! こんなことがゆるされるのか!?」
「法治国家ではあるかもしれない。でも、この一室においては、その限りじゃない」
「な、なにを言っているんだ!?」
忍足さんは男性の向かいの席についた。
テーブルに両肘をつき、指を組む。
「こうされてしまうとね、本当に一生寝れないんです。耐えられますか? 貴方に」
「た、耐えるぞ。私は耐えて見せる!」
「まずはお名前から伺いましょうか」
「い、言わんと言っている!」
「ご家族に被害が及んでも?」
「は、はあ?」
「貴方がなにもうたってくれないとなると、さまざまな手段を講じるしかありません」
「そそ、そんなこと、できるわけが」
「名前を」
「だ、だから、吐かんと――」
「名前を」
「くっ……」
忍足さんがジャケットのサイドポケットから取り出したもの、それは小さなプラスティックの箱だった。ヘアピンが入るようなサイズのものだけれど、中に入っているのはたくさんの細い釘。
忍足さんは早速一本取り出し、それを右の人差し指と中指の間に挟んだ。ぴゅっと返すようにして手首を動かした。投じられた釘は男の額に突き刺さった。その刹那、忍足さんのかたわらに立っている私は、思わず目をつむってしまった。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!」
「大丈夫ですよ。頭蓋骨で止まっていますから。もう一本、行きますか?」
「わわ、わかった。話す、名前を言う!」
「助かります」
忍足さんはまた釘を放つ。
二本三本とまっすぐに突き立つ様が、見ていてなんとも恐ろしい。
「ハ、ハ、ハナダだ。私はハナダだっ」
「これで少し話がしやすくなりましたね。呼び名ができた」
「な、なんだ? 他になにを話せばいい?」
「ハナダさんは『OF』のニンゲンですか?」
「こ、構成員じゃないんだ。雇われているだけだ」
「じゃあ、組織そのものについて詳しいことは知らない?」
「あ、ああ、そうだ」
「釘、もう一本、やっぱり行っときますか?」
「本当だ! 私は嘘はついていない! 私はなにも知らないんだ!」
「ふむ。残念です。そうですか」
「お、お願いだ。解放してくれ。この部屋は暗すぎる!」
「ライトの光は明るいでしょう?」
「おまえが怖いんだよぉぉぉっ!」
「支離滅裂ですね」
とてもではないが、この状況で正気を保っていられる者などいないだろうと私は思う。
「目薬の効果は? どれくらいの間、続くんですか?」
「さ、三時間程度だ」
「連続的に点眼しても問題はない?」
「適性がある者なら、なんの問題もない」
「いったい、どういう仕組みなんですか?」
「せ、成分を言ったところで、アンタにわかるのか?」
「いえ。わかりません」
「支離滅裂なのはおまえのほうだろうがぁぁっ!」
「有益な情報を期待したのになあ」
「きゅ、急に、なにをのんびり言って――」
「ここであったことは、口外しないと約束していただけますか?」
「そそ、それはもちろん。だ、だから抜いてくれ。釘を抜いてくれ」
「ほとんど痛みはないでしょう?」
「ででで、でもっ」
「僕は用心深いニンゲンです。疑り深くもある」
「は、はあ?」
「ゆっくり優しく殺してあげますからね?」
忍足さんはジャケットのサイドポケットから、今度は金槌を取り出した。
「黒峰さん、いいよ、もう出ていって」
言われた通り、私は部屋をあとにした。
通路をゆく中、ハナダの大きな叫び声が聞こえてきた。
忍足さんは実際、ゆっくり優しく殺すつもりなのだろう。
そのサディスティックさが、本当に怖ろしい。




