10話 心霊写真
「本当に付いてくるのか?」
「勿論です! その方が効率も良いですからね!」
「改めて言っておくけど、今から家に向かうとなると俺一人だけだからな」
「別に問題ありませんよ」
「男は獣とかよく言うだろ? 硬派な俺が豹変して君達三人を襲う可能性だってあるんだ」
「じゃあ襲ってみなよ。私達三人、ここちーのお兄ちゃん、ハーレムだね!」
「……っ。それはだな……」
車を持って来る為、俺の家に向かう途中、俺は結奈さん達に再三注意を促していた。
しかし本人達は全く気にしない。いくら親友の兄貴だとしても、ちょっと無防備過ぎないか?
そんな俺に紗枝さんが訊ねるように覗き込んだ。
「そもそも、何でそんなに家に行きたがらないの? もしかしてネットで色々見たり知ったり出来る今の時代に、エッチな本とかベッドの下に隠してるタイプ?」
「そうじゃないけど……俺はただ単に君達の身を案じてだな。俺だから良かったものの、筋肉質のチャラ男なら一瞬で襲い掛かって骨の髄までしゃぶり尽くされちゃうぞ?」
「それって何の作品の話~? 骨の髄までしゃぶり尽くすって、よく漫画に居る“オレ、コイツ、クウ”って話す感じのキャラじゃん。リョナ作品でもそんなにしないよ。あ、ここちーのお兄ちゃんってそう言うジャンルよく読んでるの? 寝取られリョナはちょっとなぁ~」
「断じて違う! と言うか紗枝さん、色々詳しいんだな……」
「女の子の方がそう言った知識多いんだよ~」
「そうだったのか……!」
「お兄さん……サエちんの言葉を鵜呑みにしないでください」
冗談も交えて話す。
出会って数日、時間でまとめると半日程。それでもここまで心を開くか普通?
いや、女子って初対面でも割と気さくに話し掛けてくるよな……それで勘違いする俺のように哀れな男も少なくない。
だからと言うか何と言うか、そう言う事はそう言う事って割り切るべきか。
「まあ、ちょっと上がってすぐに出掛けるし、別に気にする事も無いかもな」
「すぐに出掛けちゃうの? ここちーの家にはあまり行った事無いし、少しのんびりしようよ」
「そうですよね。すぐに出掛けるのは何だか勿体無いです」
「うん、同感」
「私もみんなと一緒に居たーい!」
俺は車の準備が出来たらすぐに思い出巡りに出掛けるつもりだったが、結奈さん達は違ったようだ。何なら心音本人も家で寛ぎたいらしい。
まあ、心音はともかく、俺達四人が全員都合の合う時間はあるし、少なくとも今週いっぱいは問題無い。一気に行く必要も無いか。
「っても、特に見るものなんて無いぞ? 家自体も普通の家だし……って、何度かは来てるんだっけ。俺とは会ってなかったけど」
「うん。ウチらも少しは知ってるよ。ここちーのお兄ちゃん」
「本当に数える程……片手の指で足りるくらいの回数ですけど」
「勉強会も何度かは開きましたね」
「へえ」
「楽しかったよぉ~」
何にせよ、取り敢えず家に行くのは決定事項。もう変わらない結果のようだ。
そんなこんな話しているうちに、高台から本当に近かったのでもう自宅に着いた。
*****
「ただいま。って誰も居ないけど」
「ただいまー!」
「「「お邪魔しまーす」」」
家に着き、俺と心音が最初に上がり、結奈さん達が続くように上がった。
返事は無いけど、心音が居るし結奈さん達も居るから静寂な感じはないな。
心なしか結奈さん達も最初に会った時や再会した時より明るくなったかもしれない。いや、これが素だったんだろうな。心音が亡くなって少し落ち込んでいた。そんな心音が近くに居る事が分かれば、まあ、明るくもなる。
後の問題は心音が成仏した時、この明るさを保ち続ける事が出来るか。俺も、結奈さん達もな。
「お兄さん?」
「ん? ああ、いや、取り敢えず何か出すよ」
結奈さんに言われ、ハッとする。
心音が消えた時の事は今考える事じゃないな。今はその過程の段階なんだ。
取り敢えず冷蔵庫を開き、結奈さん達への飲み物を探す……あるのは麦茶と牛乳。炭酸飲料か。無難に麦茶……いや、高校生はまだ成長期。将来的に健康になるのを考えて牛乳……しかし、夏だからこそ爽快な炭酸飲料も捨てがたいな。だが、“夏だから”を考察に入れると麦茶がまた一歩台頭してくる……。確かに牛乳や炭酸飲料は苦手って人もそこそこ居るよな……それなら……しかし、麦茶もアレルギーの可能性がある。一体どうする事か……。
「お兄さん……何をそんなに悩んでいるんですか?」
「冷蔵庫からピーピーって音鳴ってるよ?」
「この様子、気付いていなかったみたいだね」
「……!」
悩む俺の左右から結奈さん達が顔を覗く。
すっかり考え込んでしまっていた。
そう、俺は女子と話すのが苦手という訳じゃなく(それもあるけど)、奥手も奥手、考え込んでしまう癖があるのだ。
確かに冷蔵庫から規制じゃない“ピー音”が聞こえるな。一旦閉めてまた開き、結奈さん達に話した。
「いや、君達は何が飲みたいかって考えてね。見ての通り飲み物の数は三つ。どれが最適解なのかを……」
「そんなどうでもいい事で……? 無難に麦茶でも出しちゃえば良かったのに」
「それか、私達に聞いてみるとか。私達が押し掛けている側なので気にしませんよ」
「私もです」
「お兄ちゃんってそう言うところあるよねぇ」
三人+心音に指摘される。
確かに聞けば早い話だったな。こんな事で無駄な時間を過ごすんじゃなかった。
「じゃ、どれにする?」
「私は麦茶で良いですよ」
「ウチは炭酸飲料!」
「私は牛乳ですかね。骨が強くなりますし。胸も少し……」
見事に三人バラバラ。聞いて良かったよ。
綺麗なコップを三つ取り出し、氷の所を開けて訊ねた。
「氷はどうする?」
「私はありで」
「ウチも」
「私も」
「みんなアリ……って、え? 牛乳にも氷入れるのか?」
「はい……それが何か?」
「いや、薄くならないか?」
「それは他の飲み物にも言えますよ」
「いやそうだけど……まあいいか」
喜美子さんは牛乳にも氷を入れる派らしい。
別にマズくなったりはしないけど、ちょっと意外だ。少しの間を置いただけで氷の所から冷たい湯気? が出て……。
「キャー!?」
「……!? どうした!?」
すると、紗枝さんの方からサスペンスばりの悲鳴が聞こえた。
俺は慌ててそちらに視線を向け、紗枝さんは指を差す。
「そ、そこに……人みたいな影が……」
「「……。……え?」」
「本当だ……」
「幽霊……!?」
その言葉に声を出したのは、俺と心音。
結奈さんや喜美子さんもそちらを見て反応を示しており、若干怯えていた。
いや、それはおかしい。しかしまさかの可能性もある。そこに居たのは……。
「──今、丁度そこに心音が居るんだけど……」
「「「…………!?」」」
一瞬の絶句。同時に息を飲み、次の瞬間には俺の家の台所に悲鳴が木霊した。
*****
「はあ……まさか、ここちーが湯気? 越しに見えるなんて……」
「ウチもビックリ……やっぱり見えないから完全には信じてなかったけど……本当に居たんだ……湯気? 越しに見えるなんて……」
「厳密に言えば氷霧ってモノなんだけど……私も実物を見るの初めてだから驚いたよ……氷霧じゃなくて幽霊の方……」
「まさか霧越しに見えるなんてな……。確かに光を通すモノには写るとか言われているけど……」
各々の飲み物をテーブルに置き、先程のやり取りを振り返る。
思わぬ形で心音の存在が確証に変わったな。これが本当の盲点。灯台もと暗しだ。
すると、おもむろに紗枝さんがスマホを取り出した。
「……もしかして……写るかな……スマホカメラになら……」
「心霊写真だね。確かにそれなら写るかも!」
「写真ではなく撮影ならリアルタイムで心音ちゃんを見れるかも……!」
「心霊写真扱いは何か嫌だけど、みんなに見えるかな?」
それは、カメラでの撮影を経て心音の姿を視認するという事。
良いアイデアだ。もしもそれが立証されれば家族への問題もスムーズに解決するかもしれない。
「と、撮るよ……」
「うん、オッケー……」
「準備出来てるよ……」
「私も大丈夫……」
「何で自撮り風なんだよ……」
自撮り棒を取り出し、結奈さん、紗枝さん、喜美子さん。そして心音が集まる。
元々見えている身からするとシュールな光景だな。真剣な顔で自撮りって、あんな迫真の自撮りは未だかつて見た事が無いぞおい。
「ここちーのお兄ちゃんは来ないの?」
「せっかくだから皆で撮りましょうよ!」
「ほら、お兄さんも」
「お兄ちゃーん! 入って入って!」
「俺もかよ。俺は別に……。……いや、分かったよ」
……。この五人で写真を撮るのは最後になる可能性もある。心音は確実に消える予定だからだ。
なので俺は断るのをやめ、また一つ勇気を出してその中へと入った。
「はい、チーズ」
(今の子も変わらないんだな。掛け声)
聞き慣れた声と共にシャッター音が響き、パシャリと一枚。
俺達は恐る恐るその写真を覗き込んだ。
「……写ってる……けど……モヤ?」
「もやだね」
「靄かな」
「やっぱり心霊写真ってこうなるんだ……私なんだけど、何か不思議な感覚……」
「ハハ、まあ、こんな感じが妥当だよな」
そこに写っていたのは、心音の居た場所にだけある不自然な靄。
俺と心音が若干重なっていたから俺の半身が消えているな。自称霊能力者の人が見たらこれから俺は半身が消え去るとか言われるんだろうな、この感じ。多分そんな事は無いと思うけど。
「けど、確かにここちーかも……! 別の心霊写真とかじゃないよね! お兄さん!?」
「あ、ああ。そこに居たのは確かに心音だよ」
興奮気味に結奈さんが俺の肩を揺らして訊ねた。
まあ、心音の位置が分かっているのは俺だけだし、まず俺に訊ねるのは間違っちゃいない。
「写真越しなら心音ちゃんの姿が分かる……それなら、動画なら声は分からなくても動きは分かるかも……!」
「「……!」」
「「……!」」
喜美子さんの思い付きに心音を含めた俺達四人が反応を示した。
確かにそうもしれない。読唇術が使えなけりゃ動きから言葉を読む事は出来ないけど、動きが分かるだけで、常に見えている俺はともかく、結奈さん達の心境は軽くなる。そうなれば心音もまた気持ちが軽くなる事だろう。
「もしもそれが本当にそうなら……!」
「試さない理由は無い!」
「うん、やろっか!」
結奈さん達三人が顔を見合わせ、ニッと笑う。
三人にとっては本当に嬉しい事だろうからな。もう一度心音に会えるかもしれないと考えて撮った写真に写ったのはただの靄。それでは互いに納得出来ないだろう。
だからこそハッキリとはせずとも、ちゃんとその姿が見えるだけで報われる事も多い筈だ。
三人は立ち上がり、動画モードに変えて撮影を開始した。
「えーと、幽霊が居るか居ないかを調べるのはこの状態で目を閉じて回るんだよね……」
結奈さんが試したのは、スマホを使った幽霊の見つけ方。
ちょっと前にほんの少しだけ話題になった方法で、スマホの内カメラをONにしつつ目を閉じ、その場で回る事。それで幽霊が居るとか居ないとかが分かるとか分からないとか。
「えーと、もう心音が居る事は分かっているんだし、今更居るかどうかが分かる方法をやる必要は無いんじゃないか?」
「……あ、アハハ……確かにそうですね。普通に撮りましょうか」
しかしまあ、今やる必要はあまりない。なのでそれを指摘し、結奈さんは照れ笑いを浮かべた。
可愛いな……と、素でそう思う。何だろうかこの感覚は。恋愛感情とは違うそんな感覚。子供を相手にするようなそんな感じだな。母性ならぬ父性か?
何はともあれ、結奈さん達は改めて撮影を開始した。
「お兄さん。ここちーはどこに居ますか?」
「俺のすぐ隣だな」
「やっほー!」
「分かりました」
俺の隣で心音が手を振る。
結奈さんはスマホをそちらに向け、紗枝さんと喜美子さんもそのカメラを覗き込む。俺も一応見てみるか。
「どうなるんだろうね~」
その光景を見、心音は楽しみにしながらフワフワ浮かんで待っていた。
何度も言うように自分の姿を見て貰いたい心音。心踊っているのも分かる。
一先ず数十秒だけ撮影し、録画機能を終わらせる。その動画を見やった。
「……うーん……辛うじて人型なのは分かるね……」
「うん、けど、ここちーかどうかは微妙なライン……」
「写真よりは精度が高いんだけどね……」
「やっぱりそんな感じか」
「うーん、残念。けど、少しずつ私に近付いている感じだね」
映っていたのは人型っぽいナニか。まあ、心音なんだけど。
俺達五人はその映像を見て肩を落とす。しかし確実に近付いてはいる。後もう少し何かの切っ掛けがあれば……。
「いっその事、冷気越しで撮影するか?」
「それも一つの考えですね」
「良さそうかな~?」
「ガラス越しや影とかで見やすくなるとも言われていますし、アリですね」
なので今度は合わせ技。心音の影が映った冷気と人型が分かった動画を組み合わせる。
何とかして写真も取り入れたいけど、冷気程直接的じゃないからな。結局は変わらない。
なので俺達は再び台所に向かい、冷気を解放。同時にスマホのカメラを起動した。撮影時間はまた数十秒。冷気がずっと出続ける訳じゃないしな。本当に一瞬だけ。
その撮影をすぐに終わらせ、リビングに戻りソファに座ってその動画を見た。
「じゃ、見るよ……」
「「「うん……」」」
「ああ……」
結奈さんが確認を取り、心音、紗枝さん、喜美子さんが息を飲む。俺も真剣な面持ちでそのスマホを覗き込んだ。
その映像は冷凍庫を開ける俺と、結奈さん達の声。そして、
「こ、ここちー……」
「まだぼんやりだけど……顔を確認出来るくらいに映ってる……」
「心音ちゃん……」
「私が……」
──冷気によって、ぼんやりながらもその顔がしかと確認出来る心音の姿があった。
撮影時間は数十秒。なのでその映像はすぐに終わり、確認した結奈さん達の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「やっぱり……ちゃんと居たんだね……ここちー……」
「アハハ……良かったぁ……」
「心音ちゃん……」
両手で口を覆う結奈さんと片手で涙を拭う紗枝さん。そして正座したまま膝に手を乗せ、静かに涙ぐむ喜美子さん。
前のカラオケボックスのような反応ではない。元々居る事は分かっていた状態なので、ただ純粋にまた心音の顔を見れて嬉しいのだろう。
「やっと……皆に見て貰えたよぉ……」
「ハハ、良かったな。心音。みんな」
心音も涙を流し、フワフワと浮かびながら喜ぶ。
俺達四人は、ついに俺以外の三人も心音の姿を確認する事が出来た。




