84 途中退場します
人ごみに紛れ出入り口となっている扉の側に来たのはいいが、そこには入場者チェックでもしているのか王弟がスタンバってました。
…攻略キャラの中ではマシな部類ではあるが、進んで会いたいというわけではない。あと今の心境で顔を合わせてしまえば王太子についての文句を言ってしまいそうだ。それは八つ当たりというものだと分かっているからこそ避けたい。
休憩中です。という体で壁の花になりながら他に帰る道はないかと視線を巡らせれば外…というか庭園側へは簡単に出入りできる状態だという事に気付く。
…庭から回っていくのもアリかな?
どうせ今日も見張り、もとい護衛の忍者が側にいるだろうし危ないという事もないだろう。
楽観的な判断の元、庭へと足を踏み入れる。
ホールの近くはまだ明かりが届いているが、遠くに行くに従って暗くなっているのがわかる。
え~と…寮はどっちの方向だっけ?
前世では地図があっても迷うほどの方向音痴だったが、今は便利なアプリもないのが当たり前の世界だからか多少の方向感覚は備わっている。たとえ迷子になっても最終的に忍者が助けに来ることが分かっているせいで危機感は薄いけど。
そのせいで、この世界の基準からすると立派な方向音痴ではある。
一回通った道をそのまま戻るくらいは出来るので個人的には認めたくはない。
建物って大体同じ形をしているから、夜だと見分けが付きにくい。…そう思った時点で素直に引き返すべきだったのだと後悔するのは僅か数分後。
自分的にはちゃんと目標(寮)に向かっていたつもりだったのだが、実際は見当違いの方に進んでいたらしい。…学園内で遭難とか笑えない。とんだ間抜けな生徒がいたと歴史に残ってしまう。
美しく整えられているはずの庭園は暗いために良く見えないし、また手入れをされているからこそ似たような印象を与えてくる。
「……迷った?」
呟いた言葉が疑問形なところが抵抗を感じる。まだプライドを捨てられていない。
いや、だって、ほら!
寮に行く事は出来なくてもホールに戻る事は出来るし!
自分で自分に言い訳をし、くるりと方向転換。ホールの方へと体を向け…思った以上の距離に戻るのも億劫になった。
「………」
どうやら自力の脱出は諦めた方がいい。
慣れないヒールを履いているのと、ここまで舗装が不十分な土の道を歩いてきたせいで心なしか足が痛い。というより絶対に肉刺が出来てるね。出来てなくても既に痛い。…うん、痛い。
戻るための距離を確認したら一気に痛くなってきた。ちょっと立ってるのが辛い。でもしゃがむと下が土だけにドレスが汚れてしまう。
「さ…さす…け……」
多分誰もいないと思うけど、誰かいた場合の自分の立場を考えて小声でサスケを呼ぶ。…ちょっと嘘ついた。もし来なかった時に声が小さくて聞こえなかったのだと言い訳を残したかったのだ。
「御用っすか?」
しかしサスケはいつもの様に軽い口調でひらりと目の前に現れる。忍者最高っ!
自分でもビックリするほどにその姿に安心してしまい、うっかりと涙まで流れそうになる。…私なんでこんなに心細くなっているんだ?
「あし、いたい…」
疑問に思う程度には余裕があるのに、実際に出てきたのはなんとも情けない声だった。
「…こんなところ歩いてるからっすよ」
呆れた口調で近寄ってくるサスケは目の前に跪く。
「ちょっと見てみるっすから、俺の肩に手を置いて…で、痛い方の足をここに置くっす」
サスケの言う通りにサスケの肩に手を置き、体を安定させてからより痛みの強い右足からハイヒールを脱ぐ。その後に“ここ”と示された膝の上にそっと足を置いた。
「失礼するっす…」
一応一言添えてから置いた足に触れられる。
「いっ…」
サスケの指がちょうど痛いところに触れて声が漏れてしまう。
「…けっこう酷いみたいっすね」
その私の反応を見てサスケは手を離す。強い痛みはなくなったが、じくじくとした痛みが続いている事に変わりはない。ハイヒールを脱いで少しは楽になったはずなのに…。
「ここは暗いっすし…部屋に戻って手当をした方がいいっすね」
確かに靴下も履いているしね、傷そのものが今のままでは見えない。かといって靴下をこの場で脱ぐのは抵抗がある。
腿の当たりでガーターベルトで止めているからだ。…ガーターベルトを使用しないとずり落ちてくるんですよね。
現代の様にゴムで止める様なものはなく、この世界ではボピュラーなものだ。
従って私も普通に使っている。だが、これを外すのは人前ではまず出来ない。なぜなら外す時はスカートの中に手を突っ込む必要が出てくるからだ。
人並みの羞恥心はあるので無理です。この世界で女性が足を見せるのははしたないという風潮があるので尚の事。
「歩けるっすか?」
「…むり…かな?」
先ほど心が挫ける前までなら大丈夫だったが、今は無理だ。サスケがいるからという甘えもある。
「仕方ないっすね、じゃあしっかり掴まっててほしいっす」
「…わっ」
言葉とほぼ同時に抱き上げられる。…いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
今世では別に初めてではないが慣れるほどされているわけでもなく、やはり緊張はする。
足元まで丈のあるドレスはこういう時はありがたい。短いと捲れるかもという心配をしないといけないので。
抱き上げられた時に多少の衝撃はあったが、それを過ぎれば後は平気だ。…それでも怖いからサスケの首に手を回して体勢を安定させる必要がある。
「こっちも脱いだ方が楽っすよね?」
「うん、お願い」
体勢が整ったところでサスケは残っていたもう片方のハイヒールも脱がせてくれる。
窮屈なハイヒールから解放されたおかげで楽になった気がする。
靴擦れもどこにも触れてないせいか痛みがマシになった。プラシーボ効果はバカに出来ない。
「じゃあ戻るっす」
一声かけられ、腕に入れていた力を少しだけ抜く。
こういう時、サスケが男性でしかも顔がいいというのは緊張する要素になる。今世も前世もあまり異性に縁がある生活を送っていないので。むしろ今世の方が前世よりはマシだ、サスケがいるから。
前世では異性の友達がいたかも怪しく、交際とか絶対にしていなかった…と思う。記憶があやふやな事にワンチャン賭けても…いや、やっぱりなかったと思う。
だからか、うっかりとドキドキしてしまうのだが、それは全てサスケに伝わってしまう。
スルーされる時と指摘されて揶揄われる時があるが…今日はどうやらスルーする方向の様だ。助かった。
「それで?どこに行こうとしてたっす?」
「……とりあえず会場から離れたかった」
素直に寮に帰ろうとしたと言えなかったのは、サスケが向かう方向が私が向かっていた方向と違っていたからだ。
どうやら最初から方向を間違えていたらしい。
「そういえば王太子と踊ってたっすね?」
「あ~…イエウール卿やターレ卿をやり込めた事をベキースタ先生から聞いて興味を持ったみたい」
相変わらず私の行動は把握済みの様だ。
昼間に王太子に会った件は聞かれるまでは黙っておこうと、用意された表向きの理由を答える。
「つまり王太子の中でもあの二人の扱いはそれって事なんすね」
しみじみと言われたそれに、肯定も否定も出来ず曖昧に頷いて返した。
「王太子と話してみた感想はどうだったす?」
「う~ん…」
本性込なら間違いなく近づかない方が吉と言える相手だが…あれだけの接触で何か分かるほど私は聡くはない。
「イエウール卿やターレ卿よりはマシ…だと思う。今のところ」
今夜の接触で言えるとしたらそれくらいだ。それ以上は怪しまれる。
「……お嫁さんになりたい、とか……」
「ない」
サスケにしては歯切れ悪く問いかけられたが、即答する。
本性を知らなくてもそうだが、知っているなら余計にない。あれは近寄らない方がいい。
「そうっすか」
私の返答が満足のいくものだったのか、サスケの声が多少弾んでいる気がした。
感想ありがとうございます!




