42 定例報告会兼作戦会議
他のみんなが全く動く様子を見せないので、私もあまり動かずに時間が経つのを待つ。正直にいうと辛い。そして可笑しい。
聞こえていないだけならまだしも…。
視線を動かすのも躊躇うレベルの空気の中で、ひたすらにユシルの独り言がするという異常な空間。
もしかして私とユシル以外の時間が止まっている?
「そうね、これが隠しイベントだったとしたらどうするのが正解かしら?少なくともセルリアとの仲違いは良くないわよね、どうしてだかわからないけど“セルリア”関連のイベントを進めるとカイ様に会えるみたいだし…ならここは謝っておいた方がいいわね」
人をイベント発生装置扱いですか。お助けキャラよりも尊厳が下がっていませんか?
そしてあくまでもサスケがお目当てらしい。あげませんからね!
「ねぇ?セルリア。私が悪かったなら謝るわ。これからまた仲良くしていきましょうよ。…今までみたいに」
一人作戦会議をようやく終えたユシルは、目に涙を溜めたまま謝罪をしてくるけど…今までの全て口に出てましたからね。バッチリ聞いていた身としては頷けないし、聞いてなくても頷けない。
なんだよ“私が悪かったなら”って、自分の非を認めていないという事ですよね?
「…どうやら自覚が足りない様ですね」
ユシルが台詞を言った事でフリーズしていた場が動き出す。私もふぅっとため息を吐いて調子を合わせる。自由に動けるのって素敵ですね。
「私とコレンス嬢が“仲直り”をする事はないと思いますわ。そもそも“仲が良かった事などなかった”みたいですし、ね」
話は終了と判断して立ち上がる。
「二度とあなた方と“お話”をしなくてすむ事を祈りますわ」
「え?待って…!」
「それではお邪魔しましたわ、ベキースタ先生」
ユシルの止める声を完全に無視して部屋を退室する。疲労感が強いが、ユシル相手に正攻法で言っても無駄だとよくわかった。
では今度はちょっと荒療治をしようかと思います。
その前にいくつか確かめなければいけない事が出来ましたが。
散々な目に合った“話し合い”の翌日。
メルーセ経由でアポを取ったレオーネ様のお部屋を訪ねる。
人払いをしたのちに最初に口火を切ったのはレオーネ様だった。
「昨日はずいぶんと楽しい事があったみたいね」
「まぁ、ある意味で楽しくはありましたけどね」
侯爵と騎士をやり込めた時とかはそれなりに楽しめた。
レオーネ様よりも私の方が悪役令嬢の才能があるかもしれないと錯覚するほどには。
「レオーネ様、今のままだと侯爵に跡を継がせるのは考え直した方がいいですよ、絶対にトラブルメーカーになります」
そう前置きして侯爵が如何に領主に向いていないのかを力説する。ついでに騎士の悪口も吹き込んでおいた。
「ターレはともかく、ルオイの件は確かに問題ね」
頭を押さえながらレオーネ様も頷いてくれる。
騎士は実家を継ぐわけではないので、国への貢献度という意味では侯爵よりも低くなる。
最終的には騎士団長くらいにはなりそうだが、エピローグでは一部隊の隊長に出世したところで終わりだった。
「親戚に裏切られていないのが原因だと思うんですよ、近い事をされて一度心を折ってどん底に叩き落してからでないと更生しないと思います」
「そこまでいう?」
「それくらいの意識改革が必要ですよ、多分ですけど親戚連中には甘やかされて育ったんじゃないですか?将来自分たちが利用しやすいように自分たちに依存する様に仕向けていたとか」
「確かにトレスト侯爵はお忙しい方だから親子のスキンシップはあまり取ってこなかった様だけど…そう頻繁に親戚が訪ねてきたという話も聞いてないわ」
「身ぐるみ剥いで市井に放り込む事をお薦めします」
「お薦めされても…死んじゃわないかしら?」
「こっそり護衛を付けておけば大丈夫じゃないですか?そこで詐欺にでも引っかかれば甘い顔して擦り寄ってくる奴らこそ危険だと学習するでしょうし」
「そうとう怒っているのね…」
「レオーネ様と違って私は小さい頃からの知り合いというわけでもないですからね、実際に会った印象としては…信用するに値しない人ですね。彼と直接やり取りしなければならない会社に勤めた場合は転職先を探すレベルです」
「そんなに…、そうね、少しトレスト侯爵を交えて話をするべきかしら?」
昨日の会話が録音できていれば良かったのですがね、この世界ではその様な技術はまだ生まれてないので諦めるしかない。
「証言ならメルーセも含めてしますよ、いくらでも」
同じ世界観を共有しているからか、ポンポンと話が出来るのは気持ちがいい。
「あと騎士はボロボロになるまでしごく様にと騎士団の皆様にお伝えください」
「機会があったらそうするわ…」
わりと本気で言ったのだが流されてしまった、残念。
「まぁ前置きはこれくらいにしまして…本題なんですけど」
「…前置きが長いわね」
侯爵と騎士の件で大分愚痴らせてもらいましたからね、おかげでスッキリしました。ありがとうございますレオーネ様。
「最後の方でヒロインがブツブツと言い出した時に私とヒロイン以外の時間が止まっているかの様な印象を受けました」
「どういうこと?」
先ほどまでの面倒さを滲ませた表情から一変して真剣な表情になるレオーネ様。
レオーネ様は悪役令嬢らしくキツめな印象を与える美人さんなので真剣な表情をすると迫力が増してますます美人になる。
ユシルは甘めの可愛らしい顔をしているし、ゲーム上のヒロインの性格はフワフワした天然良い子ちゃんといった乙女ゲームのヒロインのテンプレだった。
思い返してみればテンプレと王道が盛沢山の内容のゲームだったな、だから私には合わなかったんだな。
乙女ゲームのヒロインに自分を反映するのではなく、単純に“物語”を楽しむプレイスタイルだった私には少し個性的な性格のヒロインの方が楽しめた。
前世では面白い乙女ゲームを作る会社があってファンでしたわ。買うかどうかは中身と声優に左右されますけどね。
一般受けしない作品を多数販売していたけど、だからこそコアなファンからの人気は高かったと思われる。…結局潰れちゃったけどね!
あの時は凄くショックだったよ!
あの会社のソフトをプレイしたいが為にゲーム機まで買ったのに!
バグが多くて直ぐにフリーズしたりデータが飛んだりとか色々と不備もあったけどさ。
まぁ潰れてても潰れてなくてももうプレイ出来ないんですけどね。
「それは本当の事なの?」
「はい、あの後にメルーセに確かめましたが、ヒロインが何かを呟いていたという記憶自体がないそうです。
私が把握できたのはヒロインと同じ“転生者”だからと仮定するのが正解かと」
あと試してないけど動く事も出来たと思う。
「で、これは単なる予測なんですけどゲームに関する情報を知らせる事は純粋なこの世界の住人にはできない仕様になっているのではないでしょうか?」
そうでなければユシルがあんなに油断してベラベラ喋らないと思う。さすがにそこまでバカじゃないと思いたい。
以前からちょいちょいゲーム情報を私の前で口に出していた事も合わせて報告する。
「あれだけ迂闊なら私の前だけでなく他の人の前でもポロポロ零してたと思うんですよ、今まで」
「その度に時間が止まっているかの様な結果になったなら、気にしなくなっても仕方ないわね」
「ついでにいえば、この世界を“現実”ではなく“ゲーム”だと認識する根拠にもなると思うんですよね」
現実世界では起こりえない事が連続して起こればそう錯覚しても不思議ではないと思う。
「この世界が自分の都合の良い様に回っている、極端にいえばやり直しが出来る世界だと思っているんじゃないかな?と」
前まではそこまでバカじゃないよね?と思っていたけれど、ああいう現象がちょくちょく起きていればあり得る。特に。
「前世の年齢によっては、バーチャルゲームの世界に入り込んだ感覚でも可笑しくはないと」
前世のニュースで死んでも生き返れると思っている子供がいると流れた時は驚愕したものだ。
私の記憶では没入型のバーチャルゲームはまだなかったが、そういうゲームを題材にしたアニメや漫画は溢れていた。
そういう感覚の持ち主がユシルに転生しているとしたら?
あんな感じになるのではないか?
「その現象は“ヒロイン”の特権なのかしら?」
「どういう意味ですか?」
「例えば、私達が“ゲーム”の話をしている時に、他の人たちはどうなるのかということ」
「…試した事ないです」
頭が可笑しいと思われたら普通に生活できなくなるので隠すのが常識だと思うけど、ユシルの精神が幼ければ誰かに言ってしまう可能性はある。
その時にこの現象に気付いてヒロイン思考が加速したとか?
「前の勉強会で私がマラソンとかティーパックとか言った時は止まりませんでしたよね?」
「あれは前世の知識ではあったけれど“ゲーム”の情報ではなかったでしょう?
単語でしかなかったし、意味を知らなければ単なる聞きなれない記号でしかないわ」
なるほど?
頭の中を?が飛び交う私の為にレオーネ様は補足説明をしてくれる。
「例えばだけど…私たちの前世の知識を利用してこの世界の文明を大幅に進めたりする事は“世界の抑止力”の様なものに引っかかって実現できないかもしれないわ」
ちょっと話の規模が世界単位で大きくなってきましたね。
世界に影響を与えるほどの知識とか持ってませんけどね、私。
「それは…私も同じね」
前世はおそらく二人とも一般人で、趣味はせいぜいゲームやアニメといったオタク系。お互いの知識を総動員しても技術革新とか出来そうにない。
石鹸の作り方すら知りませんからね、他の美容用品とかはもっと無理だ。
どんどん増えるブクマの数にビックリしてます!
どうして急にこんなに増えたのか不思議ですが、大変嬉しいです。
ありがとうございます!
評価、誤字脱字報告もありがとうございます!