勇者シズカ結婚する
魔王は魔界城にいる。
それは大陸の西の端。広大な未開地とそこに生息するモンスターが人間の侵入を拒んでいた。その魔界のエリアに冒険者たちが踏み込んで、モンスターを退治し、そこで宝を奪い取っていた。
そう考えると人間たちが善で魔族が悪とは言い切れなくなる。魔族も人間の住む地域に出没し、人間を殺し、財宝を奪うことをしてもそれはお互い様なのである。
リィの案内でその魔族の本丸である魔界城へやって来たシズカ。さすがに魔族の中心地ににわか結成の仲間を連れて行くこともできず、ビビらずについてきたジゼルだけを伴って、魔界城の謁見の場にいる。
「リィよ、人間の王子を殺しもせず、人間の女とエルフの女を連れて来るとは一体どういうわけだ?」
人間の骨でできた禍々しい椅子に座ったまま、魔王はそう言葉を発した。リィは自分の兄である魔王の前にひれ伏している。兄妹といえど、公式の場ではそれが礼儀なのであろう。
だが、シズカはひれ伏していない。堂々と仁王立ちで腕を組んでいる。その後ろにはエルフ族のジゼルも立っている。
ジゼルはいつも冷静で落ち着いているが、さすがに魔界の本丸、」魔界城の謁見の場でずらりと並んだ魔界の幹部、強力な魔獣たちがひしめく中では、その冷静さも保てない。
込み上げてくる恐怖で凍り付いたように手足の先まで硬直させていた。
(ここが魔王城……おそらく、人間界に住むものがここに足を踏み入れたことは今までないだろう。そういった意味では、シズカについてくることで見ることができたのは貴重な体験だが……。果たして生きて帰れるのだろうか……)
そう思いながら、これも実際に目にするのは人間界の住人では初めてかもしれない魔王の姿を目に焼き付ける。
(い、意外だ……)
魔王と言っても姿は少しがたいのよい人間の男。角も生えていないし、翼も生えていない。髪は銀色で短く刈り込んでいる。彫りが深い顔立ちは、イケメンと呼んでいいくらいである。さすがに魔族だけあって、その色気は人間を惑わす怪しい感じを醸し出していた。
「我が妹リィよ。なぜ、答えぬ?」
魔王の声が冷たく響く。リィは冷汗をたらたらと流し、それが地面にぽたぽたと落ちて行く。尋常ではない汗の量から、リィもビビっている。兄とはいえ、やはり魔王である。
「こ、このものが……兄上……あ、いや、魔王様に会わせろと言うもので……」
「リィよ、お前は人間に命ぜられ、行動しているのか?」
魔王の言葉に怒気が含まれる。
ますます、冷汗を垂らしてリィは必死で答える。
「こ、この女は勇者です。それもとんでもない力の持ち主なのです」
「ゆ、勇者……」
「勇者だと……」
謁見の間にいる幹部や魔獣がそう口々に話し出す。勇者が単身で乗り込んできたなどと、信じられないが、目の前の自信満々の人間の女の態度から、それを疑う者はいない。
先ほどからシズカの体から発するオーラにあてられて、ここにいるものはみんな息苦しさを感じていたのだ。
「くくく……面白い。勇者が単独で我に会いに来るとはな」
魔王はそう余裕で言葉を発したが、シズカはそんな魔王をにらみつけた。
「あんたが魔王か?」
「見たままだ、人間の女よ」
「ならば、そこのチンチクリンの妹に課した変な掟をやめてやめてやれよ。不埒なことをした王子はぶっとばしてやったからよ」
魔王はきょとんとした。勇者というから、自分と一騎打ちをしに来たとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。
「許さぬ。魔界の王族たるもの。唇を奪われるなど、ありえないことだ。もし、奪われたのなら、身も心も捧げるか、そいつを殺すかは王族としては当然だ」
「当然だと……ばっかじゃないの!」
シズカは叫んだ。魔王に対する侮辱の言葉に、周りの魔族が色めき立つ。
「無礼な!」
「魔王様になんてことを!」
「こやつ、殺しましょう」
「面白い、かかってこいや!」
シズカは右手を差し出し、4本の指を上に向けてクイクイと動かした。この挑発に乗ったのが魔王の片腕と言われた悪魔将軍。大きな鎌を振り上げてシズカに襲い掛かる。だが、シズカは慌てない。右手をピストルのように向けた。
「バーン!」
指先から真っ白に輝く高エネルギー波が放たれる。
「ぐあああああああっ~」
悪魔将軍が一瞬で灰になった。
一斉に襲い掛かろうとした魔族や魔獣は足が止まった。一歩も動けない。
「うそだろ!」
「悪魔将軍様が一撃だと!」
「絶対に勝てない~」
それでも知能の低い魔獣は、シズカの力をすぐに把握できない。7つの首をもつヒドラが毒液を吐きつつ、シズカに迫る。
シズカは剣を抜いた。
「螺旋斬り!」
目に止まらない速さの斬撃。
7つの首がそれぞれ7つに輪切りにされ、血しぶきと共に床に転がった。
「くくく……次は誰だ。死にたい奴から前に出ろ!」
「うああああっ……」
「魔王様、これは無敵です、絶対に勝てません!」
みんなビビってずりずりと後退する。赤い血しぶきが顔に付いたシズカの顔は鬼気迫る。
(これでは、どっちが魔族か分からない……。今回の勇者の力は絶大だ)
ジゼルもシズカの並み外れた強さに舌を巻く。それでも魔王に忠義を尽くす暗黒の騎士がジゼルの首に剣を突きつけ、人質とする。
「女勇者よ、剣を捨てよ。さもなくば、この仲間のエルフの首をはねる」
「ははははっ……いいね、いいね、そのシチュエーション、お約束通りだ。魔界の悪い奴はそうじゃなくては。でも、あたいには通じない。死ね!」
シズカがそう叫んだだけで、暗黒の騎士がチリと化す。
「う、うそだろ~」
手や足から粉々になりながら、断末魔の叫びをあげる暗黒の騎士。これには椅子に座った魔王も腰を抜かした。
だが、曲がりなりにも魔王だ。大勢の部下が見ているのに逃げ出すわけにはいかない。
「や、やるな……勇者。直々に我が相手をしてやろう」
「おおお、いいね、いいね。敵のボスと一騎打ち。受けて立つ」
シズカはぽきぽきと指を鳴らす。魔王は慌てて条件を付ける。
「ど、どうだ。互いに武器は持たず、魔法も使わず、腕力だけで勝負では?」
これは賭けである。先ほどの悪魔将軍やヒドラ、暗黒の騎士のやられようを見て魔王は、己の肉体だけの勝負に活路を見出した。でないと自分も一撃でやられる可能性大なのだ。
「いいよ。己の拳だけで対決しよう」
シズカはボクサーのようにファイティングポーズを取った。魔王は立ち上がり、身に着けていたマントを脱ぐ。そして上半身に力を入れて筋肉を盛り上げる。細マッチョの体が2倍ほどに膨張し、上着を粉々にした。
「うおおおおおおっつ!」
「やああああああっ!」
すさまじい、肉弾戦。ただの殴り合いが延々と続く。
その戦いはなんと24時間続いた。
「な、なんてすごい女だ……」
シズカにボコボコに殴られ、口から血を流す魔王。シズカもさすがに無傷というわけにはいかなかった。口からペッっと血反吐を吐き、青あざを作った左目と晴れ上がった左の頬が痛々しい。
しかし、どう見ても魔王が劣勢である。しっかりとした足取りのシズカに対して、魔王の方はフラフラで今にも倒れそうであったからだ。
「くそ……魔族のため……魔界の平和のため……倒れるわけには……」
魔王は倒れそうになる意識を辛うじて保ち、右足を一歩出して踏みとどまった。だが、その右足の力が抜けた。前方向かって体が投げ出される。
「久々に、気持ちい勝負だったぜ……」
気を失いそうになった魔王をシズカが受け止めた。
「あれ?」
シズカも体の力が抜けた。24時間のタイマン勝負はさすがに疲れた。そのまま、魔王と抱き合う形で後ろへ倒れ込んだ。
「う、う、うーっつ」
ここで信じられないことが起こった。
気を失ってしまった魔王が覆いかぶさり、あろうことか唇と唇が重なってしまったのだ。
「うううう……」
「むむむ……」
軟らかい感触で意識が戻った魔王。目を開くとびっくりして目を真ん丸に開けていたシズカと目があった。
「うああああっ……」
慌てて離れた2人。
魔界の掟。
キスをしたら、その相手と結婚する。さもなくば、その相手を殺す。
魔王の力では勇者シズカを殺すことはできない。
となると……。
元々、この掟は魔王が勝手に決めたもの。妹のリィの行動を束縛するために決めたのであるが、魔王の言葉は魔界のルールである。しかも、シズカとの接吻は魔界の幹部はじめ、多くのものが見ている。
魔王自らがそれを無視するわけにはいかない。
(ど、どうする……人間の……勇者と余は結婚せねばならぬのか!)
魔王はシズカの顔を見る。シズカはというと、男とキスした経験は今が初めて。事故とは言え、ショックで放心状態であった。魔王の顔を見ると恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
「こ、この……エロ魔王が!」
照れ隠しの強烈な右ストレートが炸裂。
魔王は鼻血を飛び散らせながら、そのまま後方へと倒れた。
*
「魔王を倒すために神より遣わされた勇者はもう現れていない。勇者ウォッチャーとして、数々の勇者を見て来た私の役割もそろそろ終わりのようだ」
ジゼルはそう記録にペンを走らせている。
勇者シズカによって魔族と人間は300年の和平を誓う条約を結ぶこととなった。
自ら決めた掟によって、シズカに求婚することになった魔王。
それにツンデレながらも受け入れたシズカ。
勇者シズカの方がはるかに強かったから、魔王はいつも尻にひかれていたことは、公然の秘密であった。
(完)




