勇者、恋に落ちる
「ハセガワ、この子たちをどうするのだ?」
ハセガワにそう聞くジゼル。ハセガワは一瞬ジゼルが焼きもちを妬いているのではないかと思ったが、淡々と質問するジゼルの目には、聞かなくても答えは知っていますよ的な色合いを感じてしまった。
もちろん、ハセガワとしてはやることは決めている。獣人の女奴隷を手にれたら、メイド服を着せる。これはお約束である。
「この子たちは屋敷で侍女をさせようと思っている」
「……それだけか?」
ジゼルはハセガワの心の中を見透かしたようにそう突っ込んできた。ハセガワは思わず、自分の願望を口にしてしまった。
「メイド服を着た親衛隊にしようかなと……」
「……男のロマンという奴だな」
「はい……」
ジゼルの言葉は軽蔑した感じではないので、ついハセガワは素直になってしまった。元々、獣人は体の耐久力や運動神経は普通の人間を上回っている。ちゃんとした武器をもって、使い方を学べば優秀な戦士になる才能はもっている。
ハセガワの財力を使えば、その目的は達せられるだろう。 ルキ、ロキ、リキの3姉妹を連れ帰ったハセガワ。さっそく、メイドとしての仕事に従事させるとともに、熟練冒険者を雇って戦う訓練を行った。
この3姉妹には槍を扱う才能があって、その腕はめきめきと上達した。3人には魔法で強化されたショートスピアを買い与え、自分直属の戦闘侍女にしたのだ。
暇つぶしとして、この余興はハセガワにとって非常に興味深いものであった。訓練だけでなく、実際に冒険に出かけ、モンスターとの戦闘の経験を積ませた。
ハセガワが屋敷で悠々自適の生活をしだして、2年の月日が流れた。金の力は偉大で、ハセガワが莫大な財産をもっていると聞いた人々が遠くから助力を仰ぎにやって来る。
ハセガワはそれらの人間を見極め、これぞと思った人間は助け、そうでないと判断した人間は拒絶した。ハセガワを憎んで殺そうとする人間もいたが、立派な護衛侍女となった3姉妹や熟練の腕の剣士、久次郎に弓の達人であるジゼルによって排除した。
そんなことを繰り返すと自然にハセガワの周りには人々が集い、ついには自然発生的に冒険者が集まった巨大パーティのオーナー兼リーダーとなってしまった。
ハセガワに経営者としての才能があったことと、やはり莫大な財産がものを言った。ハセガワは自分がオーナーの冒険者パーティに『梟の目』という名称をつけ、世の中のためになると判断した仕事のみを引き受けた。
そうすることで名声が得られる。金の力であるが名声も金で買えると思った。パーティの強さも金で買える。優秀な人材は報酬がよければ集まってくる。そして性能の良い武器も金さえあれば手に入る。
(唯一……手に入らないといえば)
賢いハセガワは金で手に入らないものあることを知っている。それは『人の心』。
ありきたりだが、それはハセガワも分かっている。なぜなら、これだけの財産があり、ハセガワに言い寄ってくる女性は数が多かったが、ハセガワはいずれも「金目当て」と蔑んだ。だから、女にうつつを抜かすことはしなかった。奴隷とした獣人3姉妹のルキ、ロキ、リキもいつでも夜伽を命じることができるのだが、それすらしなかった。
おかげでハセガワはその方面でも、信用を勝ち取っていた。だが、ハセガワも朴念仁ではない。
ある時、町で一目で恋に落ちた。
相手は街角の花売り娘。名前をフローラと言う。
花屋で売り子として働く18歳の女の子だ。ハセガワは高級馬車の車窓から、ふと目を向けて釘付けになった。ものすごく美人というわけではないが、可愛らしくまじめで清楚な姿が印象的であった。
ハセガワはそんな彼女に真面目に近づいた。金にものを言わせてお近づきになるという方法は最初から却下した。ハセガワの見立てなら彼女はそんなハセガワを好きにはなってくれないだろう。それに仮に彼女がハセガワの膨大な財産転んだら、それはそれで立ち上がれないぐらいの心の傷を受けてしまうことが怖かったのだ。
「あ、ハセガワさん。今日はどんなお花をお探しですか?」
ハセガワは毎朝、彼女の店の近くで密かに馬車を降りて、いかにも近所を散歩している風を装っている。その途中で花を少しだけ買うということをしていた。そんなハセガワをフローラは楽しみにしているようであった。
ハセガワは自分が大金持ちで、巨大な冒険者パーティのオーナーであることは言っていない。自分は作家でこの町には取材できているとだけだと話していた。
「そうだね。今日はこの花にしようかな。この黄色い花びらがフローラさんみたいだし」
「あら、ハセガワさん、お上手ですね。でも、私はこんな黄色いドレスなんてもっていませんよ」
ハセガワが選んだ花は『ダンシングレディ』と名付けられた蘭の一種で、華やかなドレスを身につけた貴婦人のように見える花の形が美しかった。
「ハセガワさん、これはちょっと高いですよ。一本で銀貨1枚もします」
「ああ、かまわないよ。実は原稿収入があってね。今はリッチなんだ。10本ばかりもらうよ」
そういうとハセガワは金貨1枚をフローラに手渡した。フローラはそれを両手でハセガワの手を挟み込むようにして受け取る。やわらかい手がハセガワの恋心をくすぐる。
(こ、今度、黄色いドレスをプレゼントするから、パーティへ行こうよ。俺がエスコートするから……)
(り、臨時収入があるから仕事終わったら、食事でもどう?)
そんな言葉がハセガワの頭の中をぐるぐると回転する。しかし、それは言葉にはならない。今の自分は普通の庶民を装っている。食事くらいなら誘えるだろうが、もし、断られたらと考えるとハセガワは勇気が湧いてこない。
「ああ、そうだ。フローラさん。お母さんの病気の具合はどう?」
「は、はい。それがどこかの親切なお金持ちの方が、薬を寄付してくださったので病気も随分とよくなりました」
「へえ……。世の中には親切なお金持ちもいるんだね」
「はい。本当に感謝しています。私だけじゃなくて、近所で困っている人全員に薬を届けてくださっているのですよ」
「ふ~ん」
「それだけではないのです。私の弟が学校に行く学費まで奨学金を出してくれたのです。おかげで私の給金が生活費に回せて暮らしも随分と楽になりました」
「すごく親切な人だね」
「はい。私にとっては神様のような方です。どんな人かしら……」
両手をそっと合わせて視線を空に向けるフローラ。親切な人のことを崇拝しているようだ。ハセガワはその姿に心が動き、少し突っ込んで聞いてみた。
「何かその人につながる手がかりはないの?」
「はい。一度、メッセージカードがあったのですが、そこにかわいい青い梟のマークがあったくらいです。私はそれで『青い梟おじさん』とその親切な方をお呼びしています」
フローラはハセガワと会話しつつも、花を10本選んで紙に包む作業を流れるように行っている。
「ふ~ん。おじさんか……でも、おじさんとは限らないよね。30歳くらいかもしれないよ」
「ハセガワさん、青い梟おじさんのことを知っていらっしゃるのですか?」
「あ、いや、知らないけどね」
「すごく大金持ちの方みたいですから、きっとご年配の方かなと思うのです」
「……そうだろうね」
やがてハセガワが注文した花束が出来上がった。フローラはそれを笑顔でハセガワへ渡す。
「はい、ハセガワさん、いつもありがとうございます」
「あ、ああ。フローラさんもがんばってね」
今日もそれ以上は何も言えず、ハセガワはすごすごと店の前から立ち去る。フローラはそんなハセガワに可愛く手を振ると次のお客の接客に取り掛かる。
フローラの優しさは花を買いに来る客には常に平等である。ハセガワだけに優しいわけではない。あれが営業スマイルであることは十分に承知していたが、それでも自分は少しだけ彼女には親しく思われていると思いたい。




