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052.群れの王者


 これまでの春の陽気が嘘みたいな、極寒の大地。

 ルナとフェンリルの戦いの後は、そこら中が凍り付き、至る所に霜が降りていた。


 両者のいた場所はもちろん、周りの岩は凍り付き、大木には極太の氷柱が垂れ下がり、大気中には雪の結晶が幻想的に舞っている。


 降りそそぐ陽光が場違いに感じる程だ。

 足を踏み出すとシャキシャキとした雪の感覚。草が凍って歩く度に割れてしまっている。


 そんな中、巨大な魔術を放ち佇むルナは、スターダストが降りそそいでいることもあり神秘的な雰囲気を感じさせる。


 ルナの側に寄っていくと、俺の接近に気づいたのかばっと振り向いてきた。


「ご主人様、どうでしたか!?」


 まるでご褒美を待つワンコのように、尻尾を大きく振りながら期待に満ちた眼差しを向けてくる。

 よく見れば獣耳もピコピコ揺れていた。


「すっごいなぁ。ビックリしたよ」


 その言葉に嘘はない。

 もともと持っている魔力の質や量から結構実力はあると思っていたけど、ここまで圧倒的だとは思わなかった。


 そもそも生まれてすぐのはずなのに、これほどの魔術を扱う力があるということにも驚きだ。

 魔物の生態の謎の一つだろう。


 それはそうと、俺の言葉を受けたルナは満面の笑みを浮かべてさらに嬉しそうにする。


「ん?」


 なぜか頭を差し出すような形で『待て』をするルナ。

 これは、あれか?


 もしかして頭を撫でてほしいというポーズか。

 だが待ってくれ。


 俺はマンガや小説の主人公ではない。

 そんなに簡単に、可愛い女の子の頭をなでなでできる勇気はないぞ。


 だって考えてみると、どこからどう見てもオッサンが女の子の頭を無許可で撫でる構図は犯罪的だ。いやそんな生ぬるい言い方は良くない。断言しよう、犯罪だと。


 そもそも女の子は好きな男に頭を撫でられるのは好きだったり嬉しかったりするかもしれないが、そうでもない男に撫でられたら嫌な気持ちになるに決まっている。


 というか、あまり面識がなくても女の子の頭をすぐ撫でる主人公がいるが、あれって気持ち悪いと思うぞ。それに頭撫でられただけで惚れるわけないだろ、こんちくしょう。


 せめて百歩譲って、撫でるならきちんと男の子の頭も撫でてやってくれ。

 そうしたら、あーこいつは頭撫でるのが普通なんだなと無理矢理納得するから。


 おっと、無限回廊に入ってしまうところだった。

 ここまで頭なでなでに対して糞味噌に言ってしまったが、正直俺自身撫でて良いなら撫でたい気持ちは結構ある。


 だが、撫でてしまってそんなの求めてないんですけど的な冷たい視線や引いた苦笑いを受けるのは嫌だ。


 結局ルナの頭をぽんぽんと優しく叩いて場を濁した。


「えへへ」


 それでも嬉しそうなので、これで良かったのだ。


「かかか。佳きかな佳きかな。聖皇様は随分と奥手のようですな」

「うぐ!?」

「その様では、コウタ殿もなかなか苦労が絶えぬであろうな」


 したり顔で頷く賢者様。

 これにはぐうの音も出ない。


「ま、まぁそれはそれとして。戻し(・・)ますか」


 目の前には極寒の大地。そしてその中に倒れ込む満身創痍となったフェンリル。

 ルナの攻撃は最終的には手を抜いたとは言え、それでも圧倒的な破壊力をもっていた。


 輝いていた白銀の毛皮は至る所が焦げてチリチリになっているし、自慢だろう鋭く尖った牙もボロボロになっている。


 このまま放っておけば、命も危ういかもしれない。


「さすがは群れを率いる王者ボスでした。あの全力の一撃がなければ、塵も残っていなかったでしょう」


 満足げに頷くルナに軽くチョップを入れる。


「こら! 俺たちの目的は魔物退治じゃないぞ!」


 せっかく遠路はるばるやってきたのに、目的を違えては意味がない。

 今回は安定した魔物討伐による食材・素材を確保するルートの構築が目的だ。


 そのためにルナが前面に立ち、戦う必要があったのだ。

 ルナはどうやら狼系の魔物の頂点に近い種族のようで、同じかそれに近い種族であれば実力を認めさせることで配下に出来るそうだ。


 これは狼系の魔物の生態の特徴らしい。

 俺たちの世界と同様に、彼らは『群れ』を構築するようで、その群れのボスが絶対的な王者になるようだ。


 つまりその王を打ち破ってしまえば、その群れの新たな王になれる。

 そうすれば、群れに属する魔物達が連携して獲物を確保してくれる、というわけだ。


 この島に生息している狼型の魔物は、最強と名高いドラゴン種に引けを取らない精鋭揃いらしい。確かに個の力ではドラゴンに及ばないものの、彼らには連携という集の力があるからだ。


 集団として纏まる群れである限り、この島内に負ける相手はほぼいないという。

 というわけで、早速群れのボスであるフェンリルと戦ったわけだ。


『あ……あなた様は……まさか……神の……』


 掠れた声が脳内に響く。

 打ち倒れているフェンリルが重そうに頭をずらし、瞳を俺たち――ルナに向けていた。


「いえ。わたしはルナ。ご主人様の牙。それ以上でもそれ以下でもありません」

『ご主人様……あなた様ほどの方がお仕えになる……それほどの……』

「当然です。ご主人様は世界で最強のオトコなのですから!」


 止めてくれ。

 目の前でべた褒めされるほど恥ずかしいことはない。


『なるほど……今なら分かります……その黄金に輝く……ああ……なんと気高く美しく……そして強大な……ワレはなんという不敬を……』

「ええ。それが分かるということは、あなたにはまだ見る目があるということ。

 ならば、忠誠を誓いなさい。わたしではなくご主人様こそ、王の中の王」

『残念ですが……ワレに残された時間は多くなく……おこがましい願いであることは存じております……ワレ亡き後……残された子らを……』


 目の前に現れた『敵』には、命を賭けて挑まなければいけない弱肉強食の世界。

 うーん……元の世界でもテレビでそういう世界を見てきてはいたものの、やっぱり苦手だな。


 それが自然の摂理であっても、つい『可哀想』という同情が出てきてしまう。これが上から目線の安全な立場だから言える独尊的な考えだとは分かっているけど、それでも俺の目の前だけでももっと甘く優しい世界でいてほしい。


「安心しなさい。群れを率いるのはこれまでも、そしてこれからも貴女です」


 ルナがこちらを見てくる。

 何を期待しているのかはちゃんと分かっている。元より請われなくてもそのつもりだ。


 右手を挙げ魔力を放つ。それに呼応するように光の粒子が周囲を埋め尽くした。


 正直、こんなポーズも光のエフェクトも、これからしようとすることには必要ないことだが、やっぱりこういうのは演出だと思う。俺の中の中二病が、この世界に来てから目を覚まし始めてしまったようだ。


 降りそそいだ光が世界を癒やしていく。

 凍り付いた草木が瑞々しさを取り戻し、割れ抉られた大地が緑に覆われ、傷ついた獣が癒やされていく。


 正確にはそれぞれの細胞が記憶している"健康"な状態に戻しているのだが、外から見れば立派な回復魔術だろう。


『そ……そんな……無詠唱で……これほどの魔術を……』


 驚くフェンリルの声にも張りが戻ってきていた。

 大火傷をしたように焦げくすんでいた毛皮は、しっかりと艶のある白銀に戻っている。


 抉られ傷ついた部分もしっかりと元通りだ。


『おおっ……おおおっ!!』


 戸惑うように、そして感動したように声を上げたフェンリルは、山のような巨躯を起き上がらせ大きく振るわせる。


 弾ける魔力の残滓が、空を舞う雪の結晶のようだ。


『WAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!』


 高鳴る遠吠え。

 地を揺らし、風を吹かせる雄叫びが響くと、周りの岩陰から何頭もの狼のような魔物が現れてきた。


 焔を纏っている狼、巨大な角を生やした犬、身体に漆黒の翼を携えたものもいる。

 およそ30頭を超える魔物だ。


『王よ。人の身に宿る神よ。ワレ等はあなた様に永遠の忠誠を誓おう』


 フェンリルが頭を下げ、鼻先を俺の間近に降ろしてくる。

 それを見て、ルナが満足げに頷き催促するような視線を向けてきた。


「お、おう。よろしく頼むね」


 巨大な岩のような大きさの鼻を触ってみると、冷たく濡れていた。

 満足したように顔を離すと、再び大きく雄叫びを上げる。周りの狼たちも同じように咆哮を上げていた。

すみません…インフルの影響で体調不良が続き

しばらく更新できませんでした…

これからも回復するまではちょっと不定期になりそうです…


下手にこじらせてしまい、気管支炎まで併発している状況です…


よろしくお願いいたします。

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