051.フェンリル
ルナをはじめとした魔物達には、それぞれ得意な分野での手伝いをしてもらうことになった。
世界樹での生活は、家がありお風呂もありトイレもあって、ご飯も美味しい。
子リボンちゃん達から貰う金糸で作られた服は、肌触り抜群の高級品だ。
衣食住全てが高水準で揃ったこの生活。
結果だけを見れば十分だが、現状不味い状況であると言える。
なぜならそれを可能にするマンパワーが圧倒的に足りていないのだ。
頑張って作りすぎた畑が生み出す作物は極上の味だが、その世話と管理に追われる。
衣服やタオルなど生活に必要な品も超高級品だが、作るのには時間がかかる。
つまり、今の生活を維持するために日々を追われてしまうという状況になっているのだ。
このままではせっかくの異世界ライフなのに、農作業だけで終わってしまいかねない。
そんなのは嫌だ。
もっと恋唄ときゃっきゃうふふな異世界ライフを送りたいのだ。
そのためにマンパワーの補充は必須。
というわけで実施された魔物生成も無事に終えたことで、その魔物達に手伝いをしてもらうことは規定路線なわけだった。
ルナには狩猟、ティラには農作業、オロバスには恋唄の家庭教師、ラルヴァには周囲の情報収集と防諜、スラりんには……癒やしペット枠。という感じでそれぞれに出来ることを手伝って貰うことになった。
とは言え、それぞれの分野に一人ずつ増えたところで付け焼き刃に水、焼け石に水。
彼らにはそれぞれのリーダーになってもらい、その手足として動ける人材を集めなければならない。
ティラは自分で仲間を見つけるから大丈夫なのーと言っていたのでお任せすることにし、今回はルナの配下を見つけるためにわざわざやって来たわけだ。
その目的地が、ここ。
誰が言い出したか分からないが、世界中の美食家達が求めてやまないという食材が揃うダンジョン――曰く、食色の坩堝。
このダンジョンがある九頭竜列島と呼ばれる諸島は純度の高い濃い魔力元素が満ちているため、生息している魔物の質も異常に高い。
特に最強種であるというドラゴンなども生息するなど、魔力元素の純度が高いためか魔物の種類も豊富だ。
中には食材としてあまり姿を見せないが美味という伝説上の魔物も多くいるようで、それらさまざまな種類の魔物が濃いマナを餌に美味しく熟して存在しているわけだ。
つまりここを拠点に狩猟場を作れば、いつでも美味しい肉や素材を得ることが出来る。
しかも、生息している魔物も常識外れな強さをもつ奴らばかりということは、そいつらを配下にしてしまえば人材も増える、食材も増えるという一石二鳥ということだ。
魔物を手懐けるのに苦労しそうだが、ルナ曰く狼や犬系統の魔物であれば余裕とのことなので、そこはお任せすることにする。
ちなみに賢者様は近場まで転移魔術が使えたので、ご足労をお願いしたわけだ。
もうこの場所はしっかりと理解できたので、これからは俺の転移魔術でもここに来られる。
ただ、ルナは転移魔術が使えないようなので、移動の方法を考えないといけないなぁ。毎回俺が送ってあげてもいいけど、それだと気を遣いそうだし……。
ここはきちんとした魔導具の作成にチャレンジするときかもね。
「神狼の娘よ。お主の望みは此奴か?」
「……骸骨さん。わたしはルナ。ご主人様より頂いたこの名で呼んでください!」
「かかか。それはすまなんだ。ではルナ嬢よ、此奴は既に準備を終えておるぞ」
賢者様が言い終わる前に、眼前の怪物はその大きな口蓋を開く。
目の前いっぱいに広がる赤黒い肉壁は、巨大な牙がビッシリと生え揃っている。
「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!」
そこから放たれる轟音。それが衝撃波となって俺たちを襲うが、誰ひとりとして微動だにしない。
小柄で華奢な身体を持つルナですら、何吹く風の佇まいで目の前の怪物を冷静に眺めていてた。
「ほえー! こいつがフェンリル?」
アホみたいに馬鹿でかい怪物に目を剥く。こんなのが普通にいて、この辺りが陥没したり土砂崩れが起こったりしないか心配になるが、そこはファンジー力が働く世界なので問題ないんだろう。
「はい。確かにここらの群れのボスのようですね」
「賢者様、この前ランクの話があったじゃないですか? フェンリルはどのくらいのランクなんですか?」
「そうですな。『開いて』おればSSSランクに到達しておるのですが……此奴であればSSランク、といったところでしょうか」
目の前の怪物――巨大な体躯をもつ狼のような魔物は、フェンリルという種族のようだ。
北欧神話の怪物の名を冠するそいつは、よくマンガやゲームで見かけるソレのイメージ通りの魔物だった。
白銀の毛皮と獰猛な牙をもつ、『地を揺らす者』という名の由来通りの巨獣。
数十メートルはあるだろうその巨躯は、山のようにそびえ立っている。
『矮小な生物よ。何故ワレの前に姿を見せる?』
「かかか。矮小ときたか。彼我の実力差すら見抜けぬそなたこそ矮小な存在と言えるのではないかね?」
『……なんだと?』
思った以上に理知的な声が脳裏に響く。テレパシー的な何かで声を送ってきているようだ。
攻撃をしてこず様子見の姿勢から察するに、どうやら先ほどの咆哮は威嚇だったようだ。
これなら会話という円滑なコミュニケーションができるかもしれないなぁと思った矢先に、それを見事な挑発で台無しにしてくる賢者様。
ぐるぅと唸り声を出し始めちゃってるじゃないですか!?
「ちょ、ちょっと賢者様!? せっかく相手が話に応じてくれそうなのに……!?」
「聖皇様。我らの世界は基本的に実力主義。このような時は、どちらが上かをハッキリさせておく方が良いのです」
「その通りですね。ご主人様、ここはわたしに任せてください」
そう言うと、ルナは一歩前に踏み出る。
『……むぅ? そこの娘? 貴様からは何かワレに近しいものを感じるぞ』
「戯れ言を。わたしはご主人様の牙にして、絹紐を引き裂く者。あなたのような未熟者とは違うのです」
ルナの獣耳が凜と張っている。
どうやら尻尾だけでなく獣耳も、彼女の感情とリンクしているようだ。
『ワレを愚弄するとは……痴れ者が!』
再度大きな咆哮が放たれ、ルナの銀色の尻尾を靡かせる。
「吠えるだけでなく、来なさい。真贋の差を見せてやりましょう」
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
フェンリルの前脚が霞む。その巨体からは想像できない程の速度で、打ち下ろされたのだ。
前脚とはいえ、元々の体躯が数十メートルあれば、それだけでも重厚で圧倒的な破壊力の塊となる。
それが容赦なく――さらにフェンリルの膂力を持って振り下ろされたのだ。
常人であれば当たれば肉片すら残さないだろう、その一撃。
ズドンと腹に来る重い衝撃音が響く。
『バカなっ!?』
それをフェンリルに比べればまるで蟻のような少女が、片手で軽々と受け止めていた。
ちなみに俺と賢者様は既にある程度の距離を取っていた。
ここはルナに全任せのスタイルだ。とは言え、もし何かあってもすぐ対処できる立ち位置にはいるようにしているが、多分ルナだけで大丈夫だろう。
「軽いですね」
ルナは受け止めていた手をそのまま弾く。
それだけでフェンリルの巨体は軽々と空を舞った。
攻撃力がなかったため、空中で回転し姿勢を整えたフェンリルは地響きを鳴らし着地するが、その表情は先ほどのまでとは違った。
瞳に浮かぶのは困惑と恐怖。それを隠そうとする怒り。
目の前の少女の見かけとは裏腹な"力"に、二の足を踏んでいた。
「獅子が兎を狩るように。如何なる時も全力で来なさい。さもなくば――死にますよ?」
何気なく語るルナの言葉に、周囲の温度が下がった気がした。
それは比喩でもなんでもなく、確かにルナの足下を中心にキラキラと光る雪の結晶がスターダストのように煌めいていた。
「WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
その言葉を受けたフェンリルは、白銀の毛を逆立て、高らかな咆哮を上げる。
体内に隠しきれない魔力が、氷の粒子となってフェンリルの周りを漂う。
「――【■■■■】ッ!!」
音にならない程の雄叫びは、魔術の詠唱か。
巨大な魔力が渦巻き、瞬時に幾十にも重なる術式が編み出され、さらにそれが一つの術式となり他の術式と重なり混じり合う。言わば超多重階層で構築された術式が放つ魔術は、神ならざる個の力では限界の第九階梯の魔術。
大きく開いた口蓋から放たれる光の渦は、まるで凍てつく夜空に放たれるオーロラのようだ。
「……【絶対零度の極光】」
対するルナも厳かに呟く。
瞬間、放たれる光の渦は、フェンリルが放ったものとほぼ同じ。
違うのは纏う魔力の密度だけ。
『まっ、まさか……貴様は……っ!?』
フェンリルの光を打ち破ったルナの魔術は、そのままフェンリルを貫き覆った。
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