050.夢のダンジョン
「ご主人様、ワクワクしますね!!」
目の前を歩く銀狼の少女が、尻尾を高速回転させながら振り向いてきた。どうやら、ワンコと同じように感情と尻尾の動きはリンクしているようだ。
まるで凶器のような勢いのそれを避けつつ、そだねーと適当な返事をする。
少女の嬉しそうな表情に対して失礼かなぁとは思うが、でも仕方ないよね。
だって、この会話は既に51回目だからだ。
同じ事を何度も何度も聞いてくるくらい、どうやら少女のテンションはマックスのようだ。
「かかか。モテモテですな、聖皇様」
同行してくれた賢者様がニヤニヤと楽しそうに声をかけてきた。
いや、頭部が完全に骨だからニヤニヤしているかどうかは完全に俺の主観なわけだけどね。
「はぁ、どうも……」
げんなりと力なく、苦笑いで答える。
モテモテかどうかは分からないが、俺がつくった魔物達は俺への好感度が異常に高かった。
俺が"親"だということもあるんだろうが、その愛情の質がどんなものなのか分からないため、今ひとつ対応に困っていたりする。
まぁ見た目麗しの美少女が、全力で愛情を表してくれるのは素直に嬉しいんだけどなぁ……。
「細かいことは気にしないで良いのです。据え膳食わぬは男の恥というではありませんか」
「いや、気にするでしょ」
それが簡単にできたら苦労しないよ。
「かかか。英雄色を好むと言いますからな。女子を何人も侍らかしてこそ、聖皇様といえるでしょう」
「いやいやいや。そもそも英雄じゃないですから」
古きは晋の武帝とやらは10000人を超える側室がいたというが、そんなに多くの人がいても相手できないだろ。
よほどの精剛でないと枯れてしまうか、日々やつれていってしまいそうだ。
というか、そんなにいたら一人ひとりとしっかり向き合えないだろうし、愛し合えないだろう。
一万人の女性となったら、一回会ったらそのまま放置というか、そもそも一度も会わないままの女性も出てきそうな勢いだもんな。
ハーレムは男の夢だとは思うけど、きちんと愛し愛される関係でつくっていかなければいけないと思うんだよな。
「ちなみに賢者様は何人くらいいるんですか?」
「儂はもう枯れ果ててしまいましたからな。男女の性なぞ忘れて久しいですが、なぜか言い寄ってくる女子は後を絶ちませんなぁ」
すごく余裕のある発言にイラッとするぞ。
だが、確かに賢者様のデキる男感は半端ない。もし日本のように上司にしたいとか旦那にしたいアンケートがあれば、ダントツで一位を取ってきそうな感じはする。
そういえばこの前賢者様の【迷宮】で、スケルトン達が賢者様のファンクラブ会合を開いていたなぁ。
骸骨やゾンビ達が何体も頭を突き合わせ、賢者様の素敵なとこを言い合っている姿を見たときは、なんの呪術的な集まりだろうかとビックリしたものだ。
「あのっ! ご主人様!!」
壮絶な過去を思い出していると突然、銀狼少女が目の前に立っていた。
キリリとした銀色の大きな瞳がキラキラに輝いていた。
「もう一度! もう一度名前を呼んでいただいてもよろしいですか!?」
「えっ? また?」
これも既に何十回と繰り返したやりとり。
だが、目の前の少女の期待に満ちた眼差しに、否と言えるはずがなかった。
「ルナ」
「はいっ! えへへっ! 名前って良いですねぇ!!」
改めて面と向かって女の子に名前を呼ぶのは少し恥ずかしいが、銀狼少女――ルナの嬉しそうな顔を見れば、そんなことはどうでも良かった。
★
結局。
魔物を生み出した後、知恵熱で頭が痛くなるほど真剣に名前を考えた。
名付けのセンスが皆無な俺ではあるが、名前とは一生その人を縛るものだ。
適当に考えることなんて出来なかった。
というわけで、彼らの印象と俺の持ちうる全ての知識を総動員し、なんとか五体分の魔物達の名前を思いつくことができたわけだ。
まず、先ほど出てきた銀狼少女はルナ。
輝く銀色の髪が、まるで夜空に浮かぶお月様のように輝いていたから、月に由来する名前となった。
『なの』が口癖のノーメ族の小人は、ティラ。
ノーメのままで良いと思ったが、どうやらノーメとは種族を表す名称だったようで、しっかり個としての名前が必要だった。
馬面のインテリな女性は、オロバス。
元は悪魔の名前だけれども、馬の顔をもつ知的な存在となればこれしか名前はないだろう。
どうやらこの世界の悪魔は俺たちの世界の悪魔学とは違うようで、オロバスの名を持つ魔物は存在していなかったので良かった。
サボり癖のありそうなオッサンは、ラルヴァ。
鬼を表すラテン語がラルウァだかラルヴァだったはずなので、ちょっと格好良いラルヴァにした。
中学生時代にせっせと格好良い名前候補を探していたのが、まさかここで活きてくるとは思わなかった。
最後に黄金のスライムは、スラりん。
黄金でも羽根があってもスライムである限りその名は絶対だという神の声を聞いた気がした。
それぞれの名付けが終わると、みんな満足した感じだった。
ただ、リボンちゃんのように身体的な変化は特に起こらなかったし、内包している魔力量が大きく増えたということもなかった。
賢者様曰く、これは元々俺の魔力を使って生み出された魔物だからだろうとのことだ。
まか、もともとの魔力量が尋常ではないので、ここから増えようが増えまいが大きな差はないだろう。
それぞれが賢者様に匹敵する力はありそうなので、簡単に討ち取られる心配はなかった。
せっかく出会えたのに、簡単に消滅させられるのは可哀想すぎるからな。
「骸骨さん。こっちであってるの?」
名付けの苦労を思い返していたが、ルナの声で我に返る。
周りを見れば、先ほどまでの長閑な田園風景は姿を消し、骨太な岩場に囲まれていた。田を挟む轍は踏みならされた獣道となっており、穏やかな虫の鳴き声は獣の唸り声になっている。
どうやら既にここは【迷宮】のようだ。
ダンジョンは、必ずしも洞窟ではない。
山や海、森林や廃墟。至る所にダンジョンは存在している。
要は魔力元素が濃く溜まる場所。そこがダンジョンへと姿を変えていく。
極論を言ってしまえば、都会の街中であろうと、そこに魔力元素が溜まればダンジョンと化してしまう。
そしてダンジョンから溢れて出た魔力元素がダンジョンの周囲をさらに迷宮化し、深く広くなっていくのだ。
今、俺たちが出向いてきたここもダンジョンの一つだった。
世界樹からは遙か彼方。九頭竜列島と呼ばれる諸島にある一つの無人島の中にあるダンジョン。
世界最強種であるというドラゴン種が跋扈するダンジョン。
ひとたび足を踏み入れれば、生きて帰ることは奇跡を願うしかないと言われる、秘境の中の秘境。
だが、それでもそこに挑む者が絶たないダンジョン。
曰く、食色の坩堝。
世界の食材が集う、夢のダンジョンだった。
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