046.再会
世界樹のある大陸の西側。そこにゴスペラズ帝国があった。
その首都である帝都エヴァンジェと呼ばれる都市に、ゴスペラズ帝国皇帝ジャオソク・ツ・ナード・ドレアムと、その家族が住む王城があった。
その城の居住区画の一室、帝都の光を存分に見下せる高い位置にある部屋。
そこに第一王女アンジェラの寝室があった。
部屋の中には王女とメイド服を着込んだ長身の少女、さらには禿げた頭に大量の汗をかく小太りの男がいた。絢爛な法衣を身に纏ってはいるイタンヘと呼ばれていた男だ。
「もう、まだ見つからないわけっ!?」
「は、はいっ……何分行き先すら分からぬよう出立――いだっ」
王女は飲んでいたワイングラスを小太りの男に向かって投げつける。抜群のコントロールでグラスはハゲ頭に当たり、残っていた飲み物が男の顔を濡らす。
「言い訳は要らないわ! くそっ! あのガキ、私に色目使ってきてたくせに、肝心な時に使えないんだから! くそっ!!
お前の神聖術で【探査】は出来ないの?」
「面目次第もありませぬ……私の術でも……どうやら【妨害】がかかっているようで」
男は顔に垂れる液体を拭うこともせず、王女に視線を向けることすら出来ずに震えた声で答えた。
「そもそも、いなくなって半日経ってから気づくなんて、なんでそんなに気づくのが遅いのよ!!」
「ちょうど『勇者』達の野外演習のタイミングでして……」
「でも、あの【天屍】は最重要兵器の一つでしょ!? "影"の監視はどうしたのよ!?」
「はっ……殺されておりました。おそらく【天屍】の警戒網に引っかかってしまったものと……」
「クソッ!!」
王女はイライラしながら、隣に立つメイドを容赦なくぶん殴る。
ばちんと大きな音を立てメイドが仰け反るが、すぐに姿勢を戻す。口端を切ったのか血が滲んでいた。
「……王国の手引き? 勇者どもの裏切り? いえ、チョーカーがある限りそれはないわね……」
「消えたのは勇者二名――鳴島慎司と木洩日陽咲。そして【天屍】。
"影"からの報告では、おそらく東へ向かったかと」
「ならすぐに東へ兵を出しなさいっ!!」
「し、しかし、現在あの"世界樹"への対応で、兵を回すことなど……!!」
「クソッ!!」
再びメイドの頬を殴る王女。ご丁寧に、先ほどとは逆の頬を殴りつけていた。
「……他の勇者達は何か知らないの?」
「はい。どうやら件の勇者は、他の勇者と達と距離を置いていたようで。ただ、何人かは彼が『これで王女様の寵愛は頂ける』と豪語しているのを聞いていたそうです」
「……そう」
その言葉で少しは落ち着きを取り戻したのか、王女は柔らかそうな横長のソファに静かに腰かけ爪を噛む――前に慌てて手を口から離し、細い顎に添えた。
「ということは裏切りの線は薄いわね……」
「はっ! もしかしたら王女の求めるモノ……あの少女の消息の手がかりを得たのかもしれません」
王女が落ち着いてきたと判断したのか、男は懐からハンカチを取り出し顔を拭きながら呟いた。
「あの……カマトトね。思い出しただけでイライラする。必ずいたぶって殺してやるわ」
「――なら、その前に俺がお前を殺すよ」
密談する三人と俺しかいない部屋の中。俺の声は、やけに響いた。
「誰っ!?」
王女が悲鳴のような叫び声を上げる。それに呼応するようにメイド服を着ている女が跳ねるように跳びかかってきた。
流れるように漆黒のナイフを逆手に持ち、確実に首筋を狙ってくる。
さらにその横では、ハゲた神官が体躯に似合わない素早い動きで魔術行使の準備に入っていた。
一人を除いて、思った以上に切り替えが早い。
「――ッ!?」
でも、切り替えが早いところで、実力が伴わければ意味がない。
容赦なくナイフを突き立てようとしたメイドの腕を弾き、がら空きになった鳩尾に手を添え軽く電撃を流す。
メイドは悲鳴にならない悲鳴を絞り出し、海老反りになって白目を剥いた。口元からは泡が出ているが、たかだか数千ボルト級の電撃だ。命に別状はないだろう。
そのまま間髪おかず、神官に肉薄する。
こいつはあの現場にいた奴だ。なら遠慮は要らないだろう。
俺の勢いに詠唱が間に合わないことを悟ったのか、バックステップで距離を稼ごうとする神官。
だがこの広い部屋とはいえ室内での判断としては最悪だ。
後ろへ飛び退いた神官を追いかけるように、もう一歩大きく踏み込む。それだけで彼我の距離は一瞬でゼロになる。
「バカな――ぇぐっ!?」
神官の叫びは最後まで発されることなく、俺の手が喉を掴む。
そのまま腕を振り下ろし床に叩きつけた。
その衝撃で床が震えるが、どうやら強固な材質を用いているようだ。ボロ雑巾のように転がる神官のいる辺りが多少陥没したくらいで、崩落することはなかった。
「な、な、なっ!?」
一瞬で戦闘不能になった二人を交互に見やりながら、未だソファに座り込んだままの王女が言葉にならない声を上げている。
突然の事態に混乱しているのかな。
「どうも、こんばんは」
一応他人の部屋に入ったということで丁寧に挨拶をしておいた。
まぁ入り込んでから結構経っているので、今更ではあるが。
「な、なにを――!?」
混乱した声を上げるが、そこでようやく闖入者の前で無謀に座り続ける愚に気づいたんだろう。
俺を牽制するように無詠唱で小粒の氷の刃をいくつか放ちながら、王女は転がるようにソファから飛び降り、部屋の奥にある窓辺に転がり近づいた。
王女の意図は丸わかりだが、それは無駄だ。
氷の刃を軽く弾きながら、王女が必死に窓の外にでようと藻掻く姿を眺める。
「な、なんでっ!?」
「そりゃ、俺が結界を張ったからだよ。この部屋からは何も出られない。もちろん音も衝撃も、な」
こんだけどっかんばったんしていれば部屋の外に音が漏れ出てしまい、城や王族を守ろうとする兵士達が迫ってきてもおかしくない。
それなのに何一つ変化がないのは、俺の張った結界がしっかりと動作しているからだ。
「……そう。それは困りましたわね」
「いちいちぶりっこすんなよ、気持ち悪い」
俺が一歩も動いてこないことから、すぐすぐに攻撃されることはないと踏んだか。それとも異空間からこっそりと取り出した己の武器を隠し持てたことで安堵したのか。王女は余裕を取り戻したかのように窓際に浅く腰掛け、王女様モードで喋りかけてきた。
「あら……不躾なお方。そんなに怖いお言葉を使われたら、私泣いてしまいそうですわ。
ところで、どうやってこの部屋に忍び込めたのかしら? ここは皇帝の居城ですよ。守護兵も多くいたはずですし、幾重にも防衛結界が張られてあったはずですが?」
「なんでいちいちお前にそんなこと言わないと駄目なの? というか素直に教えてくれると思ってたなら、お前相当のバカだな」
俺の物言いに、ぴくりと王女の形の良い眉が跳ねる。
だが、まだまだぶりっこモードは続けるようだ。今更俺に取り繕っても何の意味もないのに、一体何がしたいんだこいつは。
「まぁ怖いお方。それでは質問を変えましょうか。
貴方様は、あのときにツクヨミという少女と一緒に消えた『センセー』という方ですわね?」
そんな名前ではないが、訂正するのもアホらしいので適当に頷いておく。
「では、私に何用でこちらに? レディの部屋を訪れるには、少々遅い時間かと思いますが?」
「それは失礼。ちょっとお前に伝えたいことがあってさ」
「……伝えたいこと?」
訝しげにする王女に向かって、【无匣】から取り出した黒い布切れの束を放り投げる。
「これは……【具現の輪】!?」
「ウチの生徒達に勝手に着けたやつだよ。必要ないからお返しするわ」
長くなったので、いったんここで切ります。
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