040.罪と宝具
空から攻撃を仕掛けてきた少女は、次撃を放つことなく木洩日の側に降り立ってきた。
どうやらこの少女と木洩日には何らかの繋がりがあるようだ。
少女が側に戻ってきたことで、木洩日は少し安心したようにしている。
「くそっ……おい柴田!! 月詠を盾にするとか先生のすることじゃねぇだろ!!」
予定が狂ったのか、鳴島が唾を飛ばしながら叫んでくる。
「何言ってるんだ、あいつ?」
俺が恋唄を盾にするわけないじゃないか。
「さぁ?」
「ん?」
思っていた以上に間近から声が聞こえた。
そこで気づいた。
最初の攻撃で恋唄を守るために抱き寄せたままだったから、今も恋唄は俺の胸の中だ。
超至近距離に恋唄の小さな顔があってドキドキしてしまう。
なるほど。
確かに傍目に見れば恋唄がいるから、あの少女が全力で攻撃出来ないって見えるかもしれない。
「鳴島くん、教えて。その子は陽咲だよね?」
恋唄が俺の胸の中から抜け出し、悪態をついている鳴島に尋ねる。
恋唄の声が聞こえたのか「んー! んー!」と何か叫ぶ木洩日だが、鳴島に鎖を引っ張られ苦しそうに叫ぶのを止めた。
「ん? あ、ああ! よく分かったな、お前」
「どうしてそんな格好をして――させられているの?」
「決まってるだろ? アンジェラ様に逆らったからだよ」
アンジェラ。
ゴスペラズ帝国の第一王女を名乗り、俺たちをこの世界に召喚した張本人。
そして、恋唄を害しようとした『敵』だ。
「逆らった? そのチョーカーが着いていたら、そんなこと出来ないんじゃ?」
「ああ、【具現の輪】か」
鳴島の首元にも着いている黒い拘束具。着けた者をアンジェラの奴隷と化す、ふざけた魔導具だ。
それを指で引っ張りながら、鳴島は鼻を鳴らす。
「ふん。具現の輪はアンジェラ様の意思に沿うように精神を揺り動かす魔導具だけどな。効果はアンジェラ様が近くにいないと薄まっていくんだよ」
さすがに王女様でも、心を操る完璧な道具は作れないということか。
「ん? 待って。じゃあ、今のお前も木洩日も洗脳されてないってことか?」
「当たり前だろ? 俺様だぜ? そんな道具に縛られるモブとは違うんだよ!」
「じゃあ、なんでアンジェラ"様"とか、あいつの味方みたいな言動し続けるんだ?」
「おいおい。お前、馬鹿じゃねぇの? アンジェラ様を手に入れるために決まってんだろ!?
そんで帝国もオレのモノにして、この知識と力で世界をオレのものにしてやんだよ!!」
う、うわー……。
ヤバい。ガチ目のヤツじゃないか、こいつ。
普段は大人しそうにしていたのに、まさか心の中ではそんなことを考えていたとは……。
ヒトは見かけによらないな。
恋唄もなんだコイツはって感じの冷たい視線で鳴島を見ているが、どうやら興奮している本人は気づいていないようだ。
「それで? 俺達を襲うこととお前があの王女に気に入られることと、なんの関係があるんだ?」
「お前分かんねぇの? アンジェラ様が月詠を見つけて連れてこいって"願って"んだよ!」
「恋唄を? なんで?」
「さぁな。よっぽどムカついたんじゃねぇの?」
俺達より沢山の情報を握っているからだろうか。鳴島は饒舌に教えてくれる。
他人から求められ必要とされることが少なかったからか、今この状況の愉悦に酔っている感じだ。
鳴島が気持ちよく喋れるようにか、命令がないと空に浮く少女は攻撃を仕掛けてこないようだ。
「鳴島君。陽咲を放してあげて」
静かに、それでも凜とした声が響く。
恋唄が怒っているのを久しぶりに見た気がする。
「放す? はははっ! これはコイツの罪なんだよ!!」
「罪?」
「ああ、そうさ! コイツはあろうことかアンジェラ様の――帝国の神代宝具を自分のモノにしようとしたのさっ!!」
鳴島は浮かぶ少女の金髪を掴み上げ、引っ張る。髪を引っ張られても表情を変えない少女。
「んー!!」
と木洩日が抗議の声を上げるが、興奮している鳴島には響かないようだった。
「帝国に眠っていた神代宝具。木洩日はコイツを修繕したけど、何をとち狂ったか所有者を自分に設定しやがったんだ!
せっかくの兵器を木洩日の命令にしか従わない木偶の坊にされちゃ、さすがに許されないよなぁ。
帝国は木洩日を処刑することにしたんだけど、そこをオレが掬ってやったってわけさ」
兵器。修繕。神代宝具。
少女とは繋がりそうにもない言葉の羅列に、眉をひそめる。
「オレの恩恵は帝国にとって捨てがたいモノだからな! 渋ってはいたが最後は折れてくれたよ!
木洩日のギフトの価値が分からない奴らを相手にするのも大変だったぜ!!
まぁ条件として封呪を課せられたのは痛かったが、まぁ追々なんとかなるだろ」
封呪ってのが、木洩日を拘束している装備類ってことか。
「だからさ、月詠。こいつの封呪はオレには外せねぇ。でもお前が一緒に来るならオレがなんとかしてやるよ!」
「鳴島君が?」
「ああ、オレが! 結構頼りになるぜ、オレは! ああ、そうだ。なんならお前もオレの女にしてやるよ!!
アンジェラ様が正室だからお前は側室って扱いだけど。でも、オレと一緒にいれるならそれでいいだろ?」
さも名案だとばかりに、嬉しそうに提案してくる鳴島。
俺のこめかみに浮かぶ血管がぴくぴくしちゃっているのは仕方がないことだ。
「ぐひひ。オレにも運が回ってきたぜ!! あの月詠がオレのモノになるなんてなぁ!!」
既に恋唄が自分のモノになったと思い込んでいるのか、興奮し始めた鳴島は顔を赤く染め叫んでいた。
「――なぁ、鳴島?」
「あん!? なんだよっ、柴田は邪魔すんな!!」
「お前、結構思い込み激しいって言われるだろ?」
会話の流れのどこを読んでそういう結論に達しているのか聞いてみたい。
俺の理解を遙かに超える思考回路に興味はあるが、これ以上の暴言はさすがに我慢できなかった。
「う、うるせぇ!! 殺すぞ!!」
「……あんまり簡単に吠えるな。弱く見えるぞ?」
「――ッ!?」
鳴島の羞恥に染まった顔は、すぐに怒りへと転化した。
恩恵を得て自分が強いと妄信してしまうと、こうなるのか。明日の我が身と、しっかりと心に刻む。
「木洩日ィッ!! やれッッ! 柴田を――」
「――お前が【死の刻印】を使わないのか?」
「なっ!?」
驚愕に染まる鳴島。
アホっぽくしゃべり続けていた鳴島だが、今までなんだかんだと周りに意識を向け脅威を探っていた。
腐っても召喚された『勇者』なんだろう。
恩恵を抜きにしても、持っているステータスはそれなりのものがある。
だから敢えて挑発し、周りへの警戒を疎かにさせる。
「――ぐぇ!?」
「ん!?」
その隙を突き、鳴島は筋肉の塊の下敷きになった。カエルの鳴き声のような悲鳴が漏れる。
すぐ隣では木洩日と少女が漆黒の闇に身体を捕らえられていた。木洩日は言葉にならない悲鳴を上げていたが、少女は相変わらずの無表情だ。
「かかか。意識がお留守だのぉ」
「もうっ!! 骸骨ジジィは邪魔よ!! ワタシだけでも全然大丈夫だったのにぃ!!」
ゆらりと空間が揺れ、豪奢なローブを纏った賢者様が現れる。
鳴島を押さえ込み、どこで学んだのか関節を極めている筋肉の塊――リボンちゃんはなぜかプンプンだ。
「ぅぎぎぃ!? な、なんなんだよ、コイツらぁ!?」
「愉快なお友達だ」
「ゆ、愉快な……お友達!?」
突然の事態に混乱気味な鳴島の疑問に答えてやる。なんて優しい俺だろうか。
隣では恋唄が苦笑いを浮かべていた。
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