039.不思議系少女
明くる日。
今日も朝早くから起きてきた。昨日作った畑の様子を見に行くためだ。
恋唄は少し寝ぼけ気味でまぶたが下がりつつあるが、指で目を無理矢理開こうとしたり何とか意識を保とうとしている。
寝ておけば良いよと伝えるも、初めての収穫は一緒にしたいんですという感動的なセリフを言ってくれている。
ああ。なんて良い娘や。
毎日言っているような気がするが、気にしない。
というわけで、家から出ればすぐに畑が見える。
「すげーなー……」
「ですねー……」
そこには、成熟した野菜や花を咲かせている作物、まだまだ成長途上の作物と種類によって様々な姿をしているものの、緑の絨毯で埋め尽くされた畑があった。
世界樹の泉の魔力があるからといって、全ての作物が一日で成長するというわけではないようだ。
だが、その栽培速度はとんでもない。ほぼほぼ全ての野菜がすぐに収穫できそうな雰囲気だった。
普通に育てれば一月はかかるレタスが一日で生長していることを考えれば、どの野菜も数日で収穫できるレベルまで生長しそうだ。
「先生、試しに食べてみても良いですか?」
キュウリを作っている畝のところで、恋唄が聞いてきた。
見ればしっかりとブツブツをつくったキュウリが何本もできているではないか。
明らかに恋唄よりも高く育ったキュウリのつるが、支柱や添え木なしでしっかりと立っている光景はドン引きするくらい異様だとしか思えないが、触れてはならない雰囲気があった。
まぁ他の畝に行くことなくしっかりと自分たちの畝の上で生長している姿は、立派なものだ。
「では、いただきます」
三十センチくらいの大きさのキュウリを二本ちぎり、魔術で水を出して軽く洗ってから食してみる。
「うんまあああああああああああああああああいっ!!」
「美味しいっ!!」
思わず大声が出てしまった。めっちゃ美味しい。
弾けるようなパリッとした食感。一口で分かる瑞々しさと爽やかな香り。
日本で食べてきたキュウリは何なんだと思えるほどの差がある。ヤバい。調味料なしで一瞬で食べ尽くしてしまった。
恋唄を見れば、彼女もまた凄いスピードで食べ尽くし――食べ終えてから恥ずかしそうに俺を見てきた。
「これは他の野菜も期待できますね!!」
「うん! 早くコーンや果物も食べてみたいわ!!」
畑の隣に作った果樹園も、すでに小さいながら木が生えていた。
とりあえず、みかんや梨、桃にキウイを植えてみているが、キュウリでこのレベルなら果物も期待できそうだ。
本来なら三年はかかるであろう生育期間も、きっと数ヶ月もかからずいけそうな気がした。
異世界、スゴい。
★
畑での収穫を終え、このために作った作物庫に収納しておく。
作物庫には状態保存と腐敗防止だけでなく、虫除けや気温維持等の魔術付与を施しておいたので、しばらくは保つはずだ。
最悪腐りそうなら俺の【无匣】に入れておけば良い。
「これで食事にも彩りが出てきますね!」
「でも、料理を任せても良いの?」
「はい! 先生のために腕によりをかけて作っちゃいます! 料理で先生を骨抜きにしてやります!!」
恋唄がぐっと握りこぶしをつくりながら宣言していた。
それは骨抜きの意味をきちんと理解して使っているのか!?
ちなみに恋唄の料理はマジで美味い。過分に贔屓目が入っているとはいえ、高級レストランも相手にならないレベルの料理を作ってくれる。
それも高級食材を使ってのオシャンティーな料理ではない、家庭的なあたたかい料理というのがポイントが高い。
でも、こうやって自分の時間を削って料理や洗濯などの家事を率先して担おうとしてくれるのは、おそらく『守ってもらっている』という負い目が少なからずあるからなんだろうか。
本当に気にしなくていいのになぁ。
「――ッ!?」
恋唄を抱き寄せ、広範囲に渡る結界を即座に構築。対魔力に特化した十層の結界が瞬時に俺たちと作物庫、家や畑や温泉などに形成された。
瞬間。
森の方からの砲撃によってミサイルが着弾したような爆発音が轟く。
同時にガラスが次々に破裂する破裂音が鳴り響き、砲撃によって結界が破壊されていった。
「あっぶね……」
結界を七枚破ったところで魔力弾は力尽き、魔力の粒子となって消えていった。
砲弾が放たれてきた方向を見れば、森が円上に抉れていた。砲弾の魔力によって塵と化してしまったんだろう。
まるで森の中に出来たトンネルだ。その中を悠々と歩いてくる人影が三つ。
「……鳴島?」
先頭を歩いてくるのは、俺たちと一緒に召喚された生徒の一人だった。
鳴島慎司。
細目に膨らんだ鼻。ニキビが目立つ顔。体つきは平凡で、クラスではあまり目立たない生徒だ。
長いものに巻かれるのが得意な男子で、いつもクラスのリーダーシップを取る皇英雄の後をついて回っていた。
学生服ではなく魔術師風のローブで着飾っていて、手には先端に尖った極太の針がついた球体をつけた杖をもっている。
さらにもう片方の手に鎖をもち、後ろを歩く少女を引っ張っていた。
鎖で繋がれた少女は包帯のような眼帯で両目を覆われ、口元には囚人のようにゴツいマスクを付けられている。
腕には重厚な手錠が付けられていて、重そうに腕を引きずっている。何度も転んでいるのだろう、脚は傷だらけになっているし着ている制服は汚れてしまっていた。
……俺たちの学校の制服だから、俺のクラスの生徒なのか?
さらにその後ろには、空を漂うように浮かんでいる少女の姿があった。
見た目は小学生高学年から中学生くらいだろうか。白いドレスのようなフリフリの服で着飾った身体はとても小柄だ。
流れるような金髪は長く腰にかかっている。大きなくりくりとした瞳、小さな鼻に可愛らしい唇とまるでフランス人形のような可憐さをもつ少女だ。感情を感じさせない表情が、余計作り物っぽく感じさせている。
背中には大きな白い翼。翼は動いていないが、小さな身体はふよふよと浮かんでいた。
「あれ……陽咲?」
異質な三人組が近づいてきたところで、恋唄の呟く声が聞こえた。
陽咲って……木洩日のことか?
「はっはー!! やっと見つけたぜっ!!」
少し甲高い声が少年――鳴島の口から発せられた。
普段の言葉遣いとは違い異様にテンションが高い。クラスでの彼はもっと卑屈な感じの喋り方をしていたはずだ。
「……柴田は邪魔だなぁ。いいや、おい木洩日。柴田は殺せってアイツに命令しろ」
「んー!? んーっ!!」
突然の呼び捨てに処刑依頼。
先生は驚きで声も出ませんよ。
鳴島の無茶ぶりに、目隠しとマスクをさせられている木洩日は何かを叫びながら首を振る。横に振っているから、その命令は聞きたくないっていう意思表示で良いんだよな?
さすがに即答でオッケー出されたら、俺は悲しいぞ。
「うるせぇなぁ。お前分かってんのか? これが成功すればオレはアンジェラ様の旦那になれるんだぜ?
つまりはアンジェラ様のためってことだろ? それを拒否するってことは、お前どうなるか分かってんだろ!?」
「……ッ!?」
鳴島は木洩日の首についているチョーカーを引っ張りながら怒鳴り声をあげる。
その勢いにビクッと震える木洩日。
「早くしろよっ!! うぜぇな!!」
その叫びが引き金になったのか、木洩日の後ろで漂っていた少女が突如空を駆け上がる。
一気に数十メートル上空に到達した少女は、小さな両手を俺の方に向けてくる。ドレスの裾から細く白い脚が覗くが、それに気を取られている余裕はなかった。
「――【鈴の音の共鳴】」
小さな声が、空に溶けるように消えていく。
だが同時に膨大な魔力がその両手に集まり、甲高い金切り声のような音が鳴り響く。
濃厚な魔力は、両手を囲むリングとなって光り輝いていた。
「お、おいっ!! 月詠にも当たるだろうがっ!?」
なぜか鳴島の焦ったような悲鳴も聞こえるが、上空の少女は構わず貯められた魔力の輪を発射してくる。
光の輪から放たれた暴力的な光の渦が螺旋を描く。
なるほど。どうやらさっきの先制攻撃はコレのようだ。肌がビリビリするほどの圧倒的な魔力。近くで見れば、よくこんなものを防げたと自分で自分を褒めてやりたい程だ。
だがさっきよりも攻撃目標が明確な分、守りやすいとも言える。
こちらからも魔術を放つことも考えたが、万一勢いがつきすぎて相手を消滅させてしまうと目覚めが悪い。見た目は完全に小さな女の子だからな。
防御結界を瞬時に構築。同時に着弾する。先ほどと同じように10枚の結界は7枚まで破られるが、そこで相手の魔力が切れた。どうやら永続的に放ち続けることが出来ない攻撃のようだ。
「ばっ、馬鹿な!? 何なんだよ、あのスキル!? 柴田も恩恵貰ってやがるのかッ!?」
驚愕の声を上げる鳴島だが、それに応えてやる義理も義務もない。
自分の攻撃が続けざまに防がれたことが疑問なのか、上空では少女が不思議そうに首を傾けていた。かすかにではあるけれど、初めて感情らしいものを表す少女。どうやら一切の感情がないって訳ではないようだ。
「さて。一体どういうことなのか、教えて貰おうか」
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